おっさんのやり直し傭兵記

kitatu

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 すでに夕日が街の影に沈もうとしている。茜色に染まった広場では、百人もの人らが、いくてにも別れて、広場に繋がった街路に入っていく。ぞろぞろと、とぼとぼと歩いている集団のせいか、辺りには寂寥感が漂っていた。


  閲兵は、宣言通りパレスが一人一人と戦って幕を閉じた。その間、何が起きたといえば、どうとういうことはない。いやどうということはないという感覚がおかしいのだが、ウルブス相手に勝ちを収めたパレスが、雑兵に負けるはずがなく、そのまま全勝で終わったのだ。


 エリーは、最後の一人、パレスの兵科と給与を記帳し終えると本を閉じ、真っ先に当人を探す。帰ってしまったか、と思われたが、まだ一人で残っていた。胃を押さえるようにして、地面に這いつくばっていて、ただただみっともない。疲れからそんな体勢でいるのだろうが、エリーは急に冷める思いがした。


「パレスさん」


 エリーが冷めたような口調で声をかけた。するとかけられた本人は動こうとしない。心配になったエリーは慌てて駆け寄る。が、酸っぱい匂いが漂ってきたので、すぐに足を止めた。


「パレスさん……」


 呆れ声だった。酒を飲んでの連戦、そしてそれを終えた緊張感から開放され、ついに限界にきてしまったのだろう。戦闘中に我慢できたことは褒められてしかるべきだが、そもそも飲んで自分から全員と戦うなんてこと言わなければよかったのに。同情の余地はあるのかないのか。おそらくないだろう。


「なんだい、嬢ちゃん」


 ひとしきり吐き終えて、妙に爽快なパレスはそう言った。


 エリーは眉を顰めるが、ぶんぶん、と首を振り、真面目な顔で口を開いた。


「パレスさん、貴方が今日したことは偉業です。貴方は一体、何者なのですか?」


「俺はただの酔っ払いさ。ま、今日の結果を見る限り、雑魚よりはちょっとだけ腕が立つようだけどな」


「ちょっとだけ、ですか。私にはそう思えませんでしたが、仮にそういうことにしておきましょう」


 エリーがそう言うと、パレスは目を丸くした。


「へえ、なんだい? 俺に剣以外がある、って言っているようなもんじゃないか」


「あるから言っているのですよ。むしろ、剣は圧倒的なものじゃなかった、ウルブスさんとの試合を見ても明らかです」


「だとすると、お嬢ちゃんは俺の何に惹かれたのかな?」


 エリーはムッとして唇を尖らせる。惹かれた、その言葉に何となくの悔しさを抱いたのだ。しかし、それよりも好奇心が勝る。


「貴方は最初、場の空気を自分のものにしましたね?」


 エリーがそう言うと、パレスは腕を組んだ。そして、う〜ん、と唸り声をあげる。


「嬢ちゃん、聞いておいて何だが、俺がそれに答える利点が見当たらねえ」


「答えてくだされば、貴方をこの傭兵隊の長に指名します。そうなったら、貴方はこの軍でそれなりの厚遇を受けることができますよ」


「じゃあ、話さねえ」


 パレスはキッパリとそう言った。


「ど、どうしてですか!? 傭兵隊に志願するくらいです! その軍の中で厚遇を受けたくないというのですか!?」


「いんや、受けたいねえ。隊長になれば、できることも増えるだろうし」


「だったら、どうしてこの申し出を断るというのですか!?」


「だって、お嬢ちゃんが持っているその帳面に、傭兵隊長として俺の名前は刻まれているだろう?」


 エリーは驚愕し、少しの間固まった。


「え……どうして?」


 何とか絞り出された言葉はかすれていた。そんなエリーがおかしいのか、パレスは笑う。


「だって考えてみろよ。お嬢ちゃんは、『この男の戦いぶりを閲兵の手段といたします。勿論、支払われる給金もこの機会に定められますので本気でたたかってください』って言ったんだ。だったら、最もいい戦いぶりをしたもの、つまりは俺だ。俺が一番給金を支払われる立場に指名されていてもおかしくなんてない」


「そんな単純な。私が貴方を除いて考えていると思わなかったのですか?」


「思わないね。お嬢ちゃんはこうも言っていた。『これから帝国が侵略してくるのです、一人でも強者がいなければ守りきることは難しいです』ってな。そんな逼迫しているんだから、俺を逃すつもりはないはずさ」


「私が貴方をそこまで買っていると? 貴方はさっきまで吐いていた、ただの酔っ払いですよ」


「苦しいぜ、嬢ちゃん。そんな酔っ払いに、何者ですか、と声をかけておいて何を言うんだい?」


 エリーは冷や汗を流す。たしかに私はこの男を傭兵隊長に、とすでに帳面に記していた。ここまで読み切られると恐ろしく感じてしまう。いや、読まれたのではない、言葉を引出されていたのだ。


『この男の戦いぶりを閲兵の手段といたします。勿論、支払われる給金もこの機会に定められますので本気でたたかってください』その言葉が挑発に乗って出たのではないか、という疑問を抱いていたことを思い出す。傭兵隊長に指名されるために自らを閲兵の手段に仕向けたとするのなら、余計に恐怖が増す。ただ同時に、ここまでのことができる男が何者なのか知りたい思いも大きくなる。


「たしかに、私は貴方を傭兵隊長として、記帳しています。ですが、まだこちらで変更が可能です。私は貴方が信用ならない。そんな人間に傭兵隊長を任せることはできません」


 パレスは「そうきたか」と苦笑した。


「お嬢ちゃんの言う通りだ。いくら実力があるとはいえ、信用できなければ人はついていかないのは事実。今日いた大半の人間は俺に実力の面で信頼をおいてくれた。だが、それで傭兵隊長に選ばれないなら、俺という人間に不信を覚えてしまう」


「はい! だから貴方のことを教えてください!」


 エリーは初めて優位に立てた感覚から、ニコニコとそう言った。そんなエリーを見てパレスは苦虫を噛み潰したような表情になる。


「嫌だ」


「は?」


「だから嬢ちゃん、嫌だ、って言ってんだよ」


「そんな子供みたいな」


「子供みたいは、どっちってんだ。俺を傭兵隊長にする気しかないくせに、こうやって困らせてくる」


「私は嬢ちゃんなので、子供みたいでいいです」


「何だよそれ。『お嬢ちゃん』呼びは、嫌なんじゃないのかい?」


「どうしてか、貴方にそう呼ばれることに今は悪い気がしません」


 そう言われてパレスは顔をさらに渋くさせる。少し黙り込んでいたが、おずおずと口を開いた。


「わーったよ。俺のことを話してやる。だが、条件がある」


「条件ですか? 傭兵隊長に指名しますよ?」


「もうそいつは諦めがついた。面倒だが、また信頼は築けばいい。それより面倒なのは、お嬢ちゃんだ」


 エリーはイラッとするも、くっと堪える。


「じゃあ、貴方を知るための条件って何ですか?」


「最初、俺の偉業がどうのって語った時のように、俺の目的を当ててみせな。そしたら一つ俺の昔話をしてやる」
「その昔話で貴方を知ることができるんですか?」


「まあな。人には歴史がある。そっから紐解いて行けば、俺が何者かなんて簡単にわかるさ」


 エリーはしばらく考え込んだ。今すぐに知ることが出来ず、とても焦ったい。それに目的を当てられない可能性だってある。そうなってしまえば、この男を知る機会は一生訪れないだろう。しかし、この提案を飲まなければ同じかもしれない。持っているカードが弱いのだ。この男を傭兵隊長にするという切り札は、もう既に諦めた、との言から、効力がないと言ってもいい。それにパレスのことだ、失った信頼を取り戻してもおかしくない、そうなればこのカードは本当に意味をなさなくなる。


 エリーは考え込んだのち、答えを決めた。


「わかりました。その提案、呑みましょう」


「そうかい。それじゃあ、さっきの続きといこうや。俺が場の空気をものにした、それは何のためだい?」


「それは認めるのですね」


 パレスは頷いた。エリーは再び考え込む。


 だったら、場の空気をものにしたのにはどうやら目的があったらしい。それは私に目をつけられるためか? そう考えると、納得がいく。どうやら傭兵隊長になりたいらしいこの男は、どこかで私の目を引く必要がある。そのため、場の空気をものにして、私からの注目を浴びたかった。いや、違う。空気をものにしたのは、私との会話があってこそ。酔っ払いと閲兵を務める令嬢との諍いに群衆は目を引かれたのだ。だから、私から注目を浴びようとしたわけではない。


 じゃあ、私とは関係がない。そのあとのことを考える。空気をものにしたパレスは、何をした? たしか、私を挑発し、『この男の戦いぶりを閲兵の手段といたします。勿論、支払われる給金もこの機会に定められますので本気でたたかってください』との言葉を引き出そうとした。そこにウルブスが現れ、賭場が開かれ、戦いで実力を証明した。


 だとしたら、選択肢は三つだ。


 エリーはそこまで考えが至ると、口を開いた。


「一つ質問があります。それは偶然起きるようなものでしょうか」


 パレスは首を振る。


「いんや、偶然を狙って行動する人間なんていないと思うがね」


「そうすると、選択肢がひとつに絞られますね」


 そう言うとパレスは目を丸くした。


「へえ。すごいね。もう真相にたどり着いたんだ」


 エリーにはパレスの口調が変わったように感じられたが、気にせず続きを口にする。


「まず却下されたのは、ウルブスを場に引き出すためという選択肢です」


「なるほど。でも、俺にはウルブスと最初に戦うことに利点がある。そうは思わないかい?」


 パレスの言う通りではある。ウルブスを倒すことができたのなら、実力を証明するには手っ取り早い。それに、疲弊した状態でウルブスと戦うには難しいものがある。初っ端からウルブスを引き出すこと、つまりは強者を引き出そうとすることは、理にかなっている。


「ですが、出てくるかどうかまでは読めない。あの時、他に名乗りを上げているものもいました。その中から、ウルブスを限定して指名されることを読むことは不可能です。それに、わざわざ場の空気をのっとる必要がありません。あれだけの大男です。貴方が私を挑発するのではなく、あの男を直接挑発したら良い話だと思いませんか?」


「一眼見りゃ、あいつが猛者だってわかるわな。俺が実力を証明したけりゃ、そいつ一人に喧嘩吹っかけたらいいわけだ」


「はい。だから二つ目の選択肢も消していいです。あなたが実力を証明するために、場の空気をのっとった、という選択肢です」


「へえ。そりゃまあ、どうしてだい? 俺は傭兵隊長になりたがってるんだ、お嬢ちゃんに実力を示す必要があったんじゃないのかい?」


「それも貴方の企みの一つでしょう。だから、貴方は私を挑発し、貴方との戦いが閲兵の手段となるように仕組んだ。でも、これまた空気をのっとる必要はないんです。さっき貴方が言った通り、ウルブスに喧嘩をふっかけて勝ったりすればいいんです。それで十分に実力をしょうめいすることができます」


「となると、答えはどうなんだい」


「貴方が空気をのっとる必要があったのは、賭場を開かせるためなんじゃないですか? それを通すには、どうしても周りの空気をのっとらなければなりません。誰もが貴方の話に耳を傾け、ふざけた提案を本気にしなければなりませんから」


「どうして俺が賭場を、っつうのは通らねえか」


「はい。貴方が提案していたことですから、そこに目的があるのは確実です」


 パレスが苦しそうに「正解」と呟いて言葉を紡ぐ。


「俺は金銭を目的に賭場を開こうとした」


「私には疑問があります。どうして貴方はお金を欲していたのですか? 酒を飲み続けるだけのお金があるのなら、わざわざ賭場を開かずともいいのではないのでしょうか?」


「金は多けりゃ多いだけいい。が、集めたのには目的がある。けど、それは次の謎さ。今回はお嬢ちゃんの言う通り、すべては賭場を開くために仕組んだんだよ」


 エリーは喉につっかかるような感覚を覚えたが、すぐに考えを改め目を輝かせた。


「まあ答えにはたどり着いたわけですね! それでは、貴方のことを教えてください!!」



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