ロボアニメ好きの俺ですが、異世界の現実が厳し過ぎるので巨大ロボからの脱却します

青空顎門

ロボアニメ好きの俺ですが、異世界の現実が厳し過ぎるので巨大ロボからの脱却します

「……間に合ったな」

 目の前に置かれた兵器の数々。
 それを見ながらサルヴァドルは感慨深げに呟いた。

 二十五年前。
 現代日本でつまらない理由で死んだ結果、気づくとこの異世界に転生していた。
 ライトなオタクとして生きた前世の記憶を持って。
 ここでの身分は第四王子と高貴の生まれ。
 ただし、サルヴァドルが生まれたルガトル王国は辺境も辺境の小王国で、お世辞にも豊かとは言えない環境だったが……。
 それだけに侵略する価値も乏しく、平和な国ではあった。
 地形的に進攻しにくいことも、一つの要因だっただろう。
 故に今生は適度に趣味を楽しみつつ、スローライフを満喫するつもりだった。
 最初の十年間は。

「ご報告致します! ヴァイエト帝国が我が国の領土に侵攻を開始しました!」
「遂に来たか」

 伝令の明瞭な報告に、サルヴァドルは重々しく頷きながら応じた。
 ヴァイエト帝国。
 十五年程前に政変が起こって帝政となった遥か東の巨大国家。
 かの国が大陸制覇を掲げて侵略を開始するようなことさえなければ、サルヴァドルの望みは叶っていたはずだ。
 しかし、ヴァイエト帝国は徐々に徐々に大陸の端にあるこの国に近づいてきた。
 生きた心地がしなかった。
 だから必死に足掻き続け、今日という日を迎えたのだった。

「やれることはやったつもりだが……まず何よりも国境の防衛が持つかどうかだ」
「デュアルトならば、必ずや成し遂げてくれるでしょう」

 サルヴァドルの呟きに、ルガトル王国軍元帥トマシュが自信満々に返す。
 件のデュアルトは元王国最強の騎士にして騎士団長。そして現機甲師団長だ。
 新兵器に乗り込んだ彼を含む機甲師団は既に国境付近に陣取っている。
 トマシュの言う通り、あちらはもう彼を信じて任せる以外にない。

「全ての始まりは、あの日だったでしょうか」

 そんな彼らへの信頼を示すように、あるいはサルヴァドルの緊張を解すためか。
 感慨深げに呟いたトマシュが見上げた先には、一体の巨大ロボ。
 分類上は、この世界で機装巨人と呼ばれているものだ。
 もっとも。使えそうなパーツは剥ぎ取られ、今や上っ面だけのハリボテだが。
 それでも変化の象徴として基地の隅に置かれている。

 そう。この世界にはロボアニメオタク垂涎の人型巨大兵器があった。
 魔法的な技術によって直感的な操作や直立二足歩行の制御、更には人間のような近接格闘に至るまで、強引に行われている。
 これこそが各国が保有する最大戦力であり、その性能と数こそが軍事力を左右していと言って差し支えない。
 機装巨人の成り立ちには宗教が関わり、古代文明の存在も噂されているが……。
 如何に前世ではロボアニメを好んでいたサルヴァドルであっても、その解明に時間を割く余裕は存在しなかった。
 この世界最強の兵器を数百倍規模で揃えた国が攻めてくる事実を前にしては。

「……この機体の力が示された日。全てが変わったように思います」

 トマシュが告げた通り、国として見ればそれが節目であったのは間違いない。
 しかし、真の始まりはサルヴァドルが帝国の存在を知った日。
 ロボアニメ好きのロマンを捨ててでも生き残ると決意した瞬間だろう。

 ルガトル王国には、十二歳を迎えた王族に専用機を作る慣習があった。
 万が一の時は先頭に立って戦場に立つことを自覚させ、また国民に示すために。
 滅びの運命を変えるには、この機会以外にないとサルヴァドルは思った。
 故に、工房に無理を言って一風変わった機体を作り上げたのだ。

「鳥の如く形を変えて空を飛ぶ。初めて見た時には度肝を抜かれました」

 いわゆる可変機と呼ばれる機体。
 本当なら一足飛びに戦闘機まで持っていきたかったところだが、人型であることはこの世界の宗教の根幹に関わるもの。
 容易く捨て去ることのできないロマンに通ずるものだと認識し、サルヴァドルは間にワンクッション挟むことにした。
 技術に関しては、そもそも人型という無茶苦茶を成り立たせる魔法がある世界。
 にわか仕込みレベルの科学知識でも、概念さえあれば実証は難しくなかった。
 勿論、そうは言っても数ヶ月の紆余曲折はあったが。

 ともあれ、お披露目の模擬戦にて。
 完成した機体の空中からの攻撃に、デュアルト王国最強の騎士はなす術もなく敗北した。
 そこから王国の軍は変化を始めた。
 人型に拘って玉砕を望む酔狂な殉教者は、よくも悪くも世界の端っこに位置するルドガル王国には多くは存在しなかった。
 ……本当は誰もが帝国の侵攻に恐怖し、変化を渇望していたのだろう。
 利があると誰の目にも明らかな証拠が示されたことで波紋は一気に広がった。

 陸は戦車。空は戦闘機。海から攻めてくる国はまだないが、実は資源の宝庫だった海底を探査するために船や潜水艇も作られた。
 同じレベルの技術で作るなら一々人型にする必要はない。
 身も蓋もなく、ロマンも糞もない合理的な考え。
 しかし、全ては生き残るために。そして――。

「サルヴァドル様のおかげで私達も国を守ることができます」

 傍に控えていた少女が崇拝と言ってもいいような目を向けて口にしたように、新たな祖国となった自分自身の居場所を守るために。
 前世の何も知らない自分が見れば、ふざけるなと言いそうだが、生きるか死ぬかの瀬戸際にロマンを後生大事に抱えてなどいられない。

「デボラ。準備はいいか?」
「はい」

 彼女とその後ろに整列する六人の少女。ルドガル王国航空団第一航空隊の面々。
 本来ならば、機装巨人の搭乗者となる資格を得られなかった彼女達だが……。
 男のほとんどは機装巨人の操縦に慣れ過ぎ、飛行への対応が難しいこと。
 そもそも新規に徴用可能な男が僅かだったこと。
 真偽はともかく、耐G能力は女性の方が優れていると前世で小耳に挟んだこと。
 諸々の事情が絡み、空軍は現状ほとんどが女性となっていた。
 ただし、第一航空隊の長はサルヴァドル自身だ。
 最後の仕事だけは他の誰かに任せる訳にはいかなかったからだ。
 その大罪を背負うべきは、変化をもたらした自分自身だけでいい。
 そんな思いと共に必要以上に表情を強張らせたサルヴァドルは、己の服の裾をくいくいっと引っ張る感触に振り返った。

「ふひひ。サル君、アレの準備も万全だからね」
「ソフィ……」

 声をかけてきたのは幼馴染にして天才科学者たる少女ソフィーア。
 彼女は若干コミュ力に難があったせいで、幼い頃は一人異様な雰囲気を出しながら怪しげな実験をしているような子だった。
 そんなソフィーアの才能に逸早く気づいたサルヴァドルは、本当はロマンロボを一緒に作って貰うために仲よくなったのだが……。
 結果として親密な幼馴染となった彼女には、対帝国の肝心要、最も罪深い異世界文明への干渉の片棒を担がせることになってしまった。
 そのことにサルヴァドルは大きな罪悪感を抱いていたが、ソフィーアは幼馴染としてそうした内心に気づいているようで――。

「これはボクとサル君の罪だ。一緒に死ぬまで背負っていこう」

 彼女は発育不良の小さな体でサルヴァドルを抱き締め、労わるように告げた。
 あくまで自分が指示したこと。ソフィーアに責任はない。
 そうサルヴァドルが伝えても尚、まるでその罪こそが二人の絆の証と見なしているかのように頑なにそう言い続ける幼馴染。
 そんな彼女の存在に、サルヴァドルは罪悪感と同じ分だけ救われてもいた。

「ソフィさん、間違えないで下さい。私達の罪です」

 と、そこへ横からデボラが不満げに訂正する。

「ふひひ、そうだったね。デボちん」

 サルヴァドルから体を離し、特徴的な笑い方をしながら言うソフィーア。
 デボラは彼女にとって数少ない親しい相手でもある。
 無論、サルヴァドルにとっても。

「さあ、サルヴァドル様。参りましょう」
「……ああ。我らがルガトル王国の力、見せてやろう」
「サル君、デボちん。武運を」

 ソフィーアの激励に頷き、人型から脱却して可変機構をオミットしたことで完全に元の世界の戦闘機という様相の機体へと各々乗り込んで大空へと飛び立つ。
 八機編隊を組み、通常魔法兵器では届くことのない高高度を翔けていく。
 まず目指すはヴァイエト帝国の首都。
 マッハ三を優に超える魔導戦闘機ならば、一時間もかからずに上空に至れる。

「……よし。作戦を開始する」
「「「「「「「了解」」」」」」」

 その手前で散開し、サルヴァドルはヴァイエト帝国首都の中心へと向かった。
 デボラ達も各々のターゲットへと進路を変えていく。

「この一撃で……全てを、覆す!」

 そしてサルヴァドルは僅かに残っていた逡巡を振り切り、ソフィーアと共に作り上げた最凶の兵器を撃ち放った。
 ルドガル王国の主力となった魔導戦車と魔導戦闘機。
 それらは間違いなく既存の機装巨人を凌駕する性能を有している。
 しかし、所詮は小国の生産力。
 正面切って戦えば、性能差は物量によって覆されるだろう。
 下手をすれば、その有用性を見抜かれて一瞬で同じかそれ以上のものを配備されてしまうかもしれない。
 もし相手が宗教に拘らない柔軟で合理的な考えを持っていたりしたら尚更だ。
 ルドガル王国に勝機があるとすれば、唯一つ。
 敵戦力を足どめし、敵主要施設を奇襲して大量破壊兵器で潰す以外にない。

「大量殺戮の罪は背負おう。だが、それはあくまで倒すべき敵としてだ。侵略の勝利を喜ぶ者達を、俺は無辜の民とは思わない。……諸共に滅べ!」

 放たれた力は首都上空数百メートルの地点で解放される。
 魔導核融合弾。
 その威力はヴァイエト帝国の首都一帯を瞬時に消滅させるには十分で、故にこの魔導戦闘機とセットで運用しなければ自爆特攻にしかならない。
 背後に灼熱の輝きを感じつつ、それに追いつかれないように決して立ちどまることなく空を超音速で翔け抜けていく。
 続けて七度、閃光が世界を揺らす。
 政治中枢のある首都。
 軍事基地と軍事工場、資源プラントを保有するいくつかの主要都市。
 重要施設を全て壊滅させられた帝国は、向こう二十年は再起不能だろう。
 それどころか、内から外から引き裂かれ、もはや国としての体裁を保てなくなるかもしれない。だが、同情はしない。
 こうしなければ、滅ぼされていたのは祖国ルドガル王国だったのだから。

「……帰るぞ」
「はい。サルヴァドル様」

 デボラ達と合流した後、区切りをつけるように魔導通信で告げて帰途につく。
 帰投してすぐにトマシュに作戦の完遂を告げ、しかし、未だ国境で防衛に当たっている者達を思って気を緩めずに待つ。
 そうしてデュアルト達が耐え続けること数時間。
 魔導通信によってようやく主要都市消滅の一報を受け取ったのか。

「帝国軍、撤退しました!」

 伝令が告げた通り、かの国の脅威はようやく完全に去り――。

「勝った……勝ったぞっ!!」
「帝国に打ち勝った! これで我が国は助かったっ!!」
「サルヴァドル殿下万歳っ!! ルドガル王国万歳っ!!」

 緊迫感から解放された兵士達の声が響き渡った。

「やったね。サル君」
「ああ。……後は父上と兄上達の仕事だな」

 少しだけ肩の荷を下ろす。
 これで帝国の力は決定的に弱まった。
 かの国に占領されていた国々も解放されていくはずだ。
 東方の一帯は大きな混乱の渦に巻き込まれること間違いないが、侵略の矛先が再びルドガル王国に向けられることはしばらくの間はないだろう。
 無価値だからではなく、畏怖故に。
 そんなことを考えながら、サルヴァドルは己がこれ以上の罪を重ねることなく命への贖いの日々のみを過ごすことができるように心の内で願った。
 しかし……。

***

 その戦いの情報は千里を駆け、遠く海を越えたリジン教国にも伝わっていた。

「禁忌の力が使われました」
「人の型を逸脱した兵器は許されません」

 同じ顔の少女達が、抑揚のない声で告げる。

「神の依り代たる原初の人形ヒトカタにて全てを埋葬しましょう」
「かつて歴史の闇に消え去った、数多の国々のように」

 彼女達の背後には、魔力を以ってして尚、何故自重を支えることができるのか分からない程に巨大な人型の兵器が鎮座していた。

***

 戦勝に沸くサルヴァドル達。
 しかし、彼らはまだ、この世界にとんでも人型ロボット、即ちスーパーロボットの類が隠されていることを知らない。

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