時代が移り変わろうとも俺達は恋をする 

ベレット

12話 いつかした約束と予期せぬ決別

「あきちゃん、ここ座って」


「...そこか...すぅ...ふうぅ~...」


呼吸を整え本日2度目のベンチに腰を下ろす。


...にしても何で此処なんだ...ベンチなら手前のを使えばいいのに何故よりにもよってグラウンド側のベンチなのか...


先程会長が座っていた場所に雪穂が腰を下ろしている。
そこである事が脳裏に過った。


このベンチは呪われているのか?どうして皆言いにくい話がある時は此処に座るんだ...


もう嫌になりながら太ももに肘を置いて項垂れていると徐に雪穂が口を開き、問いただしてきた。


「...あきちゃんどうしたの?...昨日なにかあったの?....」


「いや...何でもない...はあ....何から話せばいいかな...」


何処から話せばいいのか悩んでいると見た目では分からないが酷く心配しているらしい雪穂を見て決心した。


「ゆっくりで...いいから...」


「....ありがとな...そうだな、実は...」


次の一言に神経を集中させ捻り出す。


「昨日のパンク系の女の子から...その...雪穂との再勝負のセッティングを頼まれてな...それで...」


「なんで?」


何でとはどういう意味だろうか?


俺がそんな頼みを引き受けた事に対して?それとも何故こんな事に関わらないといけないのかと言うことなのか?


その言葉が何を意図しているのかはどれだけ考えても答えに至ることは出来ず、ならとあり得そうな方を取ることにした。


「それって...何で俺が協力するのかって事か?」


そう問うと雪穂は地面を見つめたまま頷いていた。


その行動の意味を理解し話を続ける。


「...昨日の女の子...冬科つららって名前なんだけどな...つららの弟のひなたって子が居るんだがな?...その...実は...後一月持たないかもしれない...」


「死んじゃうってこと?...可哀想だと思う...けど...それがなに?...」


冷たい言い方かもしれないが知らない人からしたらそんなものだろう。
俺だって関わってなかったらそうなるかもしれない。


それなりに憤りは感じるがこの気持ちをぶつけるのはお門違いだと思う。


「...まあ...そうだよな...ただここからは雪穂にも関係あるんだよ。それが...そのひなたって子なんだけどどうもお姉ちゃん..つまりつららの晴れ姿を見たいらしくて。」


「晴れ姿?」


そのわざと濁した言葉の意図が伝わらなかったのか頭を傾げてこちらを見つめている。


「まあ平たく言うと...お前に勝った姿を一目見たいらしいんだよ。って言ってもわざと負けてくれだなんて頼むつもりはないぞ?そんな事したって喜ばないだろうし。」


「なにそれ...」


「え?」


今度こそは意味が理解出来ず、大して考えもせず聞き返してしまった。


「何って...何だよ?」


「あきちゃんは私に敗けてほしいの?」


「別にそういう訳じゃ...ただつららにも事情があるんだからそれなりのチャンスをあげたって....ゆ、雪穂?」


そこまで話すと雪穂の雰囲気が、がらっと変わったのを肌で感じ取り、顔色を確認しようと左を見ると今まで一度足りとも見たことのない眼をしていた。


雪穂の眼からは光が消えており悲しみでも怒りでもなく...この肌に纏わりつくような感覚は恨みなのを嫌でも理解出来てしまう。


その眼と感情は何に対してなのだろうか?何処に向けて...いや..誰に向けて...そんなもの分かりきっている。


その開いた瞳孔が捉えている人物は俺だ。


今まで向けられた事の無い眼には鈴木秋人を赦せない感情が灯っていた。


何がそこまで雪穂の恨みを買った?
俺には全く身に覚えがなく、それどころか先程までの柔らかい雰囲気とは全く違う雪穂に戦いてしまう。


そして次の言葉が余計混乱を招いた。


「それって...同じことだよ...そっか...あきちゃんにとってあの“約束”はその程度のものだったんだ...はは...本当にバカみたい...何であんな約束...支えにしてたんだろ...」


「雪穂..?...一体どういう...?」


約束とは一体なんの話だろうか。
それもこの様子からしてとても大事な...それこそ雪穂の人格に影響を及ぼすような。


俺は忘れてはいけないことを忘れているのか?


その約束を思い出そうと頭を捻るも全く出て来なく、雪穂はその様子に落胆したのか立ち上がり決別を意味する言葉を放った。


感情の露呈したその狂った笑顔を見せつけて。


「あきちゃん...もういいよ。本当にもう色々どうでもいい...だから...だから全部壊してあげるよ。あの女も...ひなたって子がどうなってもどうでもいい。それであきちゃんが苦しんでくれるなら...」


その意味のわからない言葉の羅列に冷や汗が流れ落ちる。


だが何か言わないといけないと思いベンチから勢いよく飛び出し雪穂の腕を掴もうと自分の右腕を前に突き出すが。


「雪穂!待ってくれ!俺はっ!」


「近づかないで。」


その圧倒的な言葉の壁と流した一筋の涙を目にし、俺は雪穂が立ち去るまで動くことが出来なかった。


そして去ったあと呆然と立ち尽くし。


「何なんだよ、クソ!一体何がどうなって!何だよ、約束って!言ってくれないと...わかんねえよ...」


「アッキー...もう中入ろ?雨...濡れちゃうよ...」


まるで俺と雪穂の心情を写すように唐突に降り始めた雨に身を委ねながら空を切っていた右腕を握り拳に変えていくと、霊菜が触れる事すら出来ないのに手を重ね。


「雨...凄いね...きっとこれなら誰かが泣いてたって分からなさそうだよね...」


その優しさの溢れた言葉に堪えきれなくなり俺は涙を流し続けた。


大事な約束を忘れてしまった自分に苛立ちを感じながら。

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