時代が移り変わろうとも俺達は恋をする
冬科つららと弟
お互い会話もせずエントランスに入るため入り口となる硝子製の自動ドアを潜り抜ける。
すると入って直ぐエントランスとなっており、そこには100近い椅子が規則正しく並んでおり所狭しと患者と思われる人達が順番待ちしているようだ。
つららに続き、そこを通り抜け窓口まで辿り着くと受付担当のアンドロイドがお出迎えしていた。
「いらっしゃいませ、冬科つらら様。今日はどのような用件でしょうか?」
今や人間と遜色ない間接の動きに、進化した人工の筋繊維がもたらした豊かな表情で微笑む女性型ロボットが用件を問いかけてくると、慣れた手付きで手前のタッチパネルをつららが操作していく。
俺もその左隣に立ちパネルを覗き込むと特別室入室許可発行と表示されていた。
そこには指紋認証ソフトとARパスをかざす部分があり、つららにやるように指示された。
「これやって。じゃないと病室入れないから。」
「ああ。分かった。...こうか?」
まずパスを通してみるとWHO[世界保険機関]が世界中の国民に登録を義務付けた生体情報マップを画面に反映するためにダウンロードしているみたいだ。
これは50年前まで現存した保険証とかいう名称の物理カードの役割の他、体重計に生体情報スキャナーを内蔵し乗っただけで携帯にあるこのシステムに更新される事で個人で体調管理も出来てしまう優れものだ。
何でも50年ぐらい前に疫病が蔓延し、対応が遅れたせいで全人口の半分ほど病死した事件を鑑みて、このシステムをつくったらしい。
昔のシステムとしてはかなり未来的設計だったらしく、今でもアップデートを重ねつつ現役を保っている。
当初こそは個人情報の漏洩だとか色々言われてたがこれは個人で管理するもので、基本的に政府は関与していないし、スキャンさせる時以外はオフラインなのでそういった危険性は皆無であり今までそういった事件は聞いたことがない。
と、アンドロイドのお姉さんが暇潰しがてら説明して貰いながら画面を見ていると、どうやらダウンロードが終わったらしく画面の左右にそれぞれ身体状態を記した生体情報マップとDNAマップが反映された。
「そこに手を置いてください。」
「はい。こうですか?」
「なんでロボットに敬語なのよ?」
機械とはいえ人の形をしているのだからそうなるのも自然だと思うが。
それに彼女達にも市民権があり働いているのだからそれなりの態度を示すのが礼を尽くすと言うものだ。
ヤンキーにはそういう概念が無いのかも知れないけど。
「おいおい。この人達だって社会の為に働いてるんだぞ?それに機械じゃなく、後生れの人類、なんだからな?」
「ふふっ、ありがとうございます。鈴木秋人様。そう言って貰えると仕事にも熱が入ります!あっ、わたくしロボットですから血は流れていないのですけどねっ!!」
「はっはっは....パンチの効いたロボティクスジョークですね。」
俺達が仲良さげに話していると、疎外感を感じたのか...
「いいからそこどいて。」
「あ、はい。」
冷たく言い放たれたその言葉に気圧され一歩横にずれる。
そしてつららが指紋認証ソフトに手を置くと、近親者による許可を確認しましたと画面に表示された。
「はい。問題ありません。これで手続きは終わりましたので左手にある特別病棟にありますエスカレーターをご利用下さい。また何かありましたら窓口まで!」
「それじゃいこっか。」
「ん、りょーかい。」
返事をしつつパネルを見るとデータデリートと日本語で表示され無事個人情報は消去されたのを確認し、つららが先に進んでいったエントランス左の通路に向かう。
歩きがてら通路入り口の上にホログラムから「特別病棟行き」と浮き出ているのを確認し、エントランスを抜け通路を渡り終えるとエスカレーターが目の前に姿を現した。
「ここから三階まで昇るから。病室は3-5...奥から2つ目の部屋よ。」
「ついてくよ。」
病院なのでなるべく声量を落とし足音も出さないように配慮しながら乗り込む。
三階まであっという間に辿り着くと眼前にT字路が広がっており、右側の壁に打ち込んである物理パネルには4~6号室と書いてあるので右に進むようだ。
案の定つららはそっちへ歩いていき、5号室の前まで来ると。
「悪いけど待っててくれる?後で呼ぶから...」
「気にすんなって。待ってるよ。」
「....ありがと。」
視線を病室の扉に移し少し時間を置いた後お礼を告げると、コンコンと扉をノックし。
「ひなた...お姉ちゃんだけど、入っていい?」
「あっ、うん!!入って!」
中から声変わり前なのか少し高めの声を俺達に聞かせると、つららは扉から出っ張っている持ち手を掴む、するとピピっと機械音が鳴り、窓枠にオープンの文字が浮かび上がるのを視認すると、一度だけこっちを見てから扉をスライドさせ病室に入っていった。
俺は中から聞こえてくる会話を耳に入れながら閉まった扉の横に面している壁にもたれ掛かる。
「お姉ちゃん今日も来てくれたんだね!」
「当たり前でしょ?毎日来るつもりなんだから。」
俺と凛花とはまるで違う姉弟らしい会話にほっこりしてしまう。
俺の理想の兄妹像が正にそこにある、家の妹様ときたら...
それにしても見た目に反してしっかり姉をしているらしく、何だかこっちまで頬が緩んでしまう。
「ほんとにっ!?嬉しいなっ!...ごほごほっ!ごほごほっ!」
「大丈夫ひなた?はしゃぐからよ?ほら落ち着いて水飲んで....」
扉越しには元気そうに思えたがやはりつららの言った通りらしい。
そこでふと気が付いたのだが、6号室の前でいつの間にか居なくなっていた霊菜が何かやっている。
しきりに扉に触っては静電気でも起きているかの様に手を引っ込ませて困った顔をしていた。
「おい、霊菜何してるんだ?」
「んー、何かさあここ入れないんだよねー。何でだろ...」
不思議に思いネームプレートを見てみるとそこには「夕月秋乃」と書いてある。
名前からして女の子なのだろうが...聞いたことの無い名字だ。
少なくとも南側では。
「別に入れなくてもいいだろ。」
「う~ん。なんか気になるんだよねー。この部屋~。」
「なんだそりゃ?」
霊菜が入れないって事はお札でも貼ってあるのか?
俺も段々と気になってきてしまい、つい取っ手を掴もうとするが。
「あはは...ごめんねお姉ちゃん。」
「別にいいけど...それよりもさ会わせたい人が居るんだけど。」
そろそろお呼ばれされそうな内容を聞き取り、扉に伸ばしていた右手を引っ込ませる。
「大人しくしてろよ?」
「え~!へ~い...なんだよもう...暇なんだよぉ~」
ぶつくさ文句を言いながら未だに入ろうとしている霊菜をじとじとした目線を送っていると。
「秋人?そこで何やってんのよ?ほら入って。」
背後から扉の開く音が響き、つららの声が届いた。
このアホはもう放っておいて5号室に近づくと。
「一旦閉めるから自分で開けてくれない?履歴残さないといけないらしいから」
「ほ~、分かった。一度やってみたかったんだよなあ~。」
「意外と秋人って子供っぽいとこあるのね。」
そう言い残し扉を閉めるとカチリと鍵の閉まる音がした。
「………………」
子供っぽいは余計だ、放っといてほしい。
気を取り直し取っ手を掴むと、つららの時と同じく音が鳴り、窓に文字が浮かぶと開くようになったようだ。
やはり機械や冒険ってのは時代が進んでも男の少年心をくすぐるものだ。
それが女には分からんのですよ、しょせん。
「失礼しまーす。」
と、挨拶代わりに声を掛けながら扉をスライドさせる。
「は、はいっ!!ど、どうぞっ!」
中から聞こえてきた可愛らしい声に耳を傾けながら一歩踏みいると、そこには思ったよりも酷い状態の十歳前後の男の子が医療ベッドに横たわっていた。
手足からは10数本の管が伸び、頭には脳の機能を停止させない為に、シールタイプの脳波アシストデバイスを等間隔でおでこに張り付けてある。
正直な感想としては今の状態で生き永らえてるのは科学のお陰だろう。
だがその科学力ですら解決できない病気とは何なのか気になるが、一先ずそれは置いといて自己紹介する事にした。
「こんにちは、俺は鈴木秋人って言うんだけど、君の名前は?」
「はいはーいっ!私は超絶美少女幽霊!霊菜ちゃん!だよっ!!」
そう騒ぎながら透明感のある青髪少女がギャルっぽくピースをしながら背後から俺の身体をすり抜けてきた。
この年齢にあるまじき、すっとんきょうな自己紹介が俺にしか聞こえていないのは幸いだが、俺の頭は痛くなる一方なのを本人に理解してほしい。
あと何度も言うが急に現れるのはマジで止めろ、心肺停止するわ。
だがそんな俺の怒りを掻き消すように冬科ひなたが自己紹介をしてくれた。
「あ、あの僕は冬科ひなたって言いますっ!えっ、えっと!本当に秋人さんなんですか!?ホンモノ!?」
「んあ?ま、まあそうだけど...な、なに?」
余りにていないと思っていたのだがこの圧力...確かに姉弟だ。
だがそんなに勢いよく上半身だけとはいえ起き上がって大丈夫なのかと心配だったが、やはり不安は的中し。
「うわあっ!ホンモノなんだあっ!!あの...ごほごほっ!ゲホゲホ...はあはあ...」
「ちょっと。ひなた!?大丈夫!?」
「おいおい!大丈夫なのか?ほら、横になって...」
その明らかに尋常じゃない状態に慌ててベッドの反対側に回り込み、ひなたの直ぐ隣にしゃがみこむ。
俺とつらら二人してひなたの身体を支えゆっくりとベッドに上半身を横たわらせていく。
「はあはあはあ...げほっ..はあはあ...はあ...」
最初こそは苦しいのか顔を歪ませていたが、次第に落ち着きを取り戻していった。
そして表情に安堵を浮かばせ始めこちらも一安心したのも束の間シーツの一部分が赤く染まっているのを発見し、血の気が引いていくのを感じ始める。
どうやら先ほど咳き込んだ時に吐血したようだ。
この状態なら確かに長くは持ちそうにない。
始めて見た大量の血液に困惑してしまい目を泳がせていると霊菜と眼が合い、元々青白い霊菜の顔が更に青白くさせてながら顔をブンブンと左右に振っている様を見てしまった。
慌てている人を見ると逆に落ち着くと聞いたことがあるが、あれは本当みたいで、いつの間にか俺のうるさく脈動していた心臓がいつもの静かな鼓動に静まっていくのを感じる。
ふとつららを見てみると安心した表情の中に隠しきれない程不安げな表情が混じっている様に見える。
静まり返り皆今の出来事で言葉を失っていたのだが、一番苦しんでいる筈の冬科ひなたが切り出した。
「ごめんなさい、秋人お兄ちゃん。つい憧れの人に会えて興奮しちゃいました...へへ...」
力無く笑うひなたからそんな言葉を貰ったが、つい本音をぶちまけてしまう。
「俺は...そんな凄くないぞ?もっと凄い人いるだろ?」
「デリカシ~」
霊菜が茶化してくるが無視していると思いがけない言葉に胸を撃ち貫かれた。
「そんな事無いですよ...だって秋人さんが作ったワールドリンクオンラインは世界中の人達を笑顔にしてますから。僕はこんな身体ですから出来ませんけど...でもお姉ちゃんを元気にしてくれました。お姉ちゃんだけじゃなくてきっと...僕達みたいな苦しんでる人とか泣いてる人を笑顔にしてるんです。...だから...もっと長生き出来てたらきっと...秋人さんみたいなプログラマー目指してたと思います。」
俺はその一言に目頭が熱くなるのを感じ、直後一筋の涙が頬を伝う。
元々あのアプリは俺の趣味の延長戦であり、世界に自分自身を発信したい...それだけの軽い気持ちで始めただけに過ぎない。
だけどもし父さんみたいに知らず知らずの内に誰かを助けていたのだとしたら?
もし、誰かに生きる希望を与えていたとしたら?
そしてひなたの様に笑顔を溢せる手伝いができているとしたら...俺は少しでもあの人に近づけたのだろうか。
出来ているのだとしたら彼のこの想いを誇りに思うべきであり否定すべきでは無いのだろう。
だから俺は敢えて一言だけ伝える事にした。
「ありがとう。」
「えと....」
「なんかよく分かんないけどなんか感動したっ!!分かんないけどっ!」
俺の感謝に面食らい目を丸くしているひなたが更に何か伝えようともぞもぞしているが、これ以上は俺の涙腺が持たないので既に涙腺崩壊している
バカに目配せし、未だ愛おしそうに弟を眺めているつららに声をかける。
「つらら...少しいいか?話があるんだけど。」
「....分かった。じゃあ1階の談話室に。」
談話室..まあそこならひなたには聞こえないだろう、ようやく連れてこられた理由が判明しそうだ。
涙を拭い扉を開けようと手をかけると。
「秋人お兄ちゃんまた来てくれる?」
「ん?ああ、勿論来るよ。」
そう告げると満面の笑みで手を振っているので俺も手を振り返してつららを連れて外に出た。
早速エスカレーターに向かおうとしたらつららも我慢しきれなくなったのか、お姉ちゃんとして弟の前で泣かないようにしたのか判らないが目に涙を溜めているのを見てしまった。
何となく見てはいけない気がして目を逸らすと。
「秋人...ありがとね。やっぱりあんたは私達の憧れの人に間違いないわ。」
何時もなら誉められたら照れ隠しで否定してしまうが、この姉弟にはそんな気は起こらない....のだがやはり恥ずかしさは拭えず。
「過大評価だと思うけどなぁ...やっぱり...」
と、相変わらず目を逸らしながらつい口ずさんでしまったがその言葉に目くじらも立てる様子もなく。
「ふふっ、まあそーいう事にしといてあげるわよー。」
そう告げたつららは何処か楽しげで後ろ手に絡ませていた両手を腰に当て。
「ほらっ、さっさと行きましょっ!」
俺の前まで歩いていきくるっと一回、回ってそのままエスカレーターまで小走りで向かっていった。
俺も置いてかれまいと早歩きで追いかけ、エスカレーターを降り一階の談話室前まで辿り着いた。
談話室は個室となっており、ガラス張りのようで3部屋あり、その内2つは使用中らしく残る手前のスペースを利用するためドアノブを回し、透明な扉を手前に引く。
其処には中央に丸いテーブルが、それを中心に椅子が3つ等間隔で置かれており、俺は奥のをつららは向かって左、霊菜は右に座った。
霊菜に関しては座るというより、座るように見せかけて浮いてる状態だ...逆になんか気になる。
「ふう....ん?この部屋....」
「あっ、気が付いた?ここ防音になってるんだよね。だから気兼ね無く話せるわよ?」
「まっ!私には効かないけどねっ!!ちょちょいとすり抜けちゃえば~」
こいつにはモラルとかそういうのは無いのか...幽霊だからって節操無さすぎるだろう...
それはともかくとして、やはり特別病棟なだけあり患者に対する気配りがちゃんとしている。
この病棟にいる患者はそれこそ人に聞かれたくない病状やひなたみたいな余り見せられない人達の為だろうな。
普通なら大っぴらな空間に無数のテーブルと椅子に売店等が基本だ。
ここまでするって事は患者だけでなく、その近親者や友人...恋人の為でもあるのだろう。
それは俺にも都合がいい...そろそろ本題を切り出そうとしたのだがその前にどうしても気になるあれを質問してみる事にした。
「なあ...どうしてひなたの病気は治せないんだ?今の医療技術なら殆どの病気は完治できる筈だろ?それこそナノマシンとか医療用細胞投与とか出来ないのかよ?」
「.......そんなの....」
そう呟いたつららの顔を伺うなり俺はその問いをした事自体に後悔した。
「そんなの判ってるわよ!お金で解決出来るならどんな方法使ってでも揃えるわよ!でも何ともならないのよっ!!」
「悪い...考えが足らなかった。許してくれ。」
謝罪を受け入れてくれたらしく、落ち着いてくれた様だ。
しかし失態もいいところだ、そんな事を今さっき知ったばかりの奴に言われたくも無いだろうし、そもそも当然調べ尽くしているだろう。
「私こそごめん。怒鳴っちゃって...ひなたはさ、昔から身体弱くて...生まれた時から心臓を患っててさ。」
「生まれつきって事?」
「そういう理由か...確かにその病状...というよりも身体的特徴か?それなら...その年齢のドナーもいない訳か。」
医療技術が途中段階だった一昔前までなら別の症状で亡くなった子供の心臓の提供があったかも知れないが、今は2080年...医療や科学が発達した代償と言って良いのか分からないが、言ってみれば子供の内から亡くなる事そのものが殆ど無い。
その為ドナー等殆ど見つからず、大体子供の内に亡くなる理由として挙げられるのは生まれつき障害を持つ子達だけだ。
今の時代エイズだろうが末期ガンだろうが、それこそ新種のウイルスだとしても、ものの数時間で完治してしまう...そんな時代なのだから当然ドナーなど存在しない。
あったとしても優先度的にひなたの様な一般家庭ではなく金持ちや政治家等だろう...そもそも本島の方が人口が明らかに多いので其方が優先されるなんてざらだ、珍しくもない....珍しくもないが憤りは勿論ある。
そこら辺が俺が本島である日本が嫌いな理由の一端でもある。
「まあね...事情...分かってくれた?」
「....まあ...な...これからどうするんだ?ただお見舞いに来させたってだけじゃないんだろ?」
つららはテーブルを眺めながら指先を捏ね回しているようだ。
ようやく決心がついたのかゆっくりと口を開くと、俺だけではなく霊菜も驚く発言に度肝を抜かれてしまった。
「私を夏川雪穂に勝たせて。勿論鈴木秋人のゲームで。」
「....えっと、この桃色兎自分が何言ってんのか理解してる?クレイジー過ぎるわ...ついてけないんですけど。」
「.........」
余りにも突拍子の無いその内容にただただ呆然とするしかなく、俺はまるで声を出せなくなったかの様に口を開け閉めして目の前に座っている冬科つららの正気を疑う羽目になった。
すると入って直ぐエントランスとなっており、そこには100近い椅子が規則正しく並んでおり所狭しと患者と思われる人達が順番待ちしているようだ。
つららに続き、そこを通り抜け窓口まで辿り着くと受付担当のアンドロイドがお出迎えしていた。
「いらっしゃいませ、冬科つらら様。今日はどのような用件でしょうか?」
今や人間と遜色ない間接の動きに、進化した人工の筋繊維がもたらした豊かな表情で微笑む女性型ロボットが用件を問いかけてくると、慣れた手付きで手前のタッチパネルをつららが操作していく。
俺もその左隣に立ちパネルを覗き込むと特別室入室許可発行と表示されていた。
そこには指紋認証ソフトとARパスをかざす部分があり、つららにやるように指示された。
「これやって。じゃないと病室入れないから。」
「ああ。分かった。...こうか?」
まずパスを通してみるとWHO[世界保険機関]が世界中の国民に登録を義務付けた生体情報マップを画面に反映するためにダウンロードしているみたいだ。
これは50年前まで現存した保険証とかいう名称の物理カードの役割の他、体重計に生体情報スキャナーを内蔵し乗っただけで携帯にあるこのシステムに更新される事で個人で体調管理も出来てしまう優れものだ。
何でも50年ぐらい前に疫病が蔓延し、対応が遅れたせいで全人口の半分ほど病死した事件を鑑みて、このシステムをつくったらしい。
昔のシステムとしてはかなり未来的設計だったらしく、今でもアップデートを重ねつつ現役を保っている。
当初こそは個人情報の漏洩だとか色々言われてたがこれは個人で管理するもので、基本的に政府は関与していないし、スキャンさせる時以外はオフラインなのでそういった危険性は皆無であり今までそういった事件は聞いたことがない。
と、アンドロイドのお姉さんが暇潰しがてら説明して貰いながら画面を見ていると、どうやらダウンロードが終わったらしく画面の左右にそれぞれ身体状態を記した生体情報マップとDNAマップが反映された。
「そこに手を置いてください。」
「はい。こうですか?」
「なんでロボットに敬語なのよ?」
機械とはいえ人の形をしているのだからそうなるのも自然だと思うが。
それに彼女達にも市民権があり働いているのだからそれなりの態度を示すのが礼を尽くすと言うものだ。
ヤンキーにはそういう概念が無いのかも知れないけど。
「おいおい。この人達だって社会の為に働いてるんだぞ?それに機械じゃなく、後生れの人類、なんだからな?」
「ふふっ、ありがとうございます。鈴木秋人様。そう言って貰えると仕事にも熱が入ります!あっ、わたくしロボットですから血は流れていないのですけどねっ!!」
「はっはっは....パンチの効いたロボティクスジョークですね。」
俺達が仲良さげに話していると、疎外感を感じたのか...
「いいからそこどいて。」
「あ、はい。」
冷たく言い放たれたその言葉に気圧され一歩横にずれる。
そしてつららが指紋認証ソフトに手を置くと、近親者による許可を確認しましたと画面に表示された。
「はい。問題ありません。これで手続きは終わりましたので左手にある特別病棟にありますエスカレーターをご利用下さい。また何かありましたら窓口まで!」
「それじゃいこっか。」
「ん、りょーかい。」
返事をしつつパネルを見るとデータデリートと日本語で表示され無事個人情報は消去されたのを確認し、つららが先に進んでいったエントランス左の通路に向かう。
歩きがてら通路入り口の上にホログラムから「特別病棟行き」と浮き出ているのを確認し、エントランスを抜け通路を渡り終えるとエスカレーターが目の前に姿を現した。
「ここから三階まで昇るから。病室は3-5...奥から2つ目の部屋よ。」
「ついてくよ。」
病院なのでなるべく声量を落とし足音も出さないように配慮しながら乗り込む。
三階まであっという間に辿り着くと眼前にT字路が広がっており、右側の壁に打ち込んである物理パネルには4~6号室と書いてあるので右に進むようだ。
案の定つららはそっちへ歩いていき、5号室の前まで来ると。
「悪いけど待っててくれる?後で呼ぶから...」
「気にすんなって。待ってるよ。」
「....ありがと。」
視線を病室の扉に移し少し時間を置いた後お礼を告げると、コンコンと扉をノックし。
「ひなた...お姉ちゃんだけど、入っていい?」
「あっ、うん!!入って!」
中から声変わり前なのか少し高めの声を俺達に聞かせると、つららは扉から出っ張っている持ち手を掴む、するとピピっと機械音が鳴り、窓枠にオープンの文字が浮かび上がるのを視認すると、一度だけこっちを見てから扉をスライドさせ病室に入っていった。
俺は中から聞こえてくる会話を耳に入れながら閉まった扉の横に面している壁にもたれ掛かる。
「お姉ちゃん今日も来てくれたんだね!」
「当たり前でしょ?毎日来るつもりなんだから。」
俺と凛花とはまるで違う姉弟らしい会話にほっこりしてしまう。
俺の理想の兄妹像が正にそこにある、家の妹様ときたら...
それにしても見た目に反してしっかり姉をしているらしく、何だかこっちまで頬が緩んでしまう。
「ほんとにっ!?嬉しいなっ!...ごほごほっ!ごほごほっ!」
「大丈夫ひなた?はしゃぐからよ?ほら落ち着いて水飲んで....」
扉越しには元気そうに思えたがやはりつららの言った通りらしい。
そこでふと気が付いたのだが、6号室の前でいつの間にか居なくなっていた霊菜が何かやっている。
しきりに扉に触っては静電気でも起きているかの様に手を引っ込ませて困った顔をしていた。
「おい、霊菜何してるんだ?」
「んー、何かさあここ入れないんだよねー。何でだろ...」
不思議に思いネームプレートを見てみるとそこには「夕月秋乃」と書いてある。
名前からして女の子なのだろうが...聞いたことの無い名字だ。
少なくとも南側では。
「別に入れなくてもいいだろ。」
「う~ん。なんか気になるんだよねー。この部屋~。」
「なんだそりゃ?」
霊菜が入れないって事はお札でも貼ってあるのか?
俺も段々と気になってきてしまい、つい取っ手を掴もうとするが。
「あはは...ごめんねお姉ちゃん。」
「別にいいけど...それよりもさ会わせたい人が居るんだけど。」
そろそろお呼ばれされそうな内容を聞き取り、扉に伸ばしていた右手を引っ込ませる。
「大人しくしてろよ?」
「え~!へ~い...なんだよもう...暇なんだよぉ~」
ぶつくさ文句を言いながら未だに入ろうとしている霊菜をじとじとした目線を送っていると。
「秋人?そこで何やってんのよ?ほら入って。」
背後から扉の開く音が響き、つららの声が届いた。
このアホはもう放っておいて5号室に近づくと。
「一旦閉めるから自分で開けてくれない?履歴残さないといけないらしいから」
「ほ~、分かった。一度やってみたかったんだよなあ~。」
「意外と秋人って子供っぽいとこあるのね。」
そう言い残し扉を閉めるとカチリと鍵の閉まる音がした。
「………………」
子供っぽいは余計だ、放っといてほしい。
気を取り直し取っ手を掴むと、つららの時と同じく音が鳴り、窓に文字が浮かぶと開くようになったようだ。
やはり機械や冒険ってのは時代が進んでも男の少年心をくすぐるものだ。
それが女には分からんのですよ、しょせん。
「失礼しまーす。」
と、挨拶代わりに声を掛けながら扉をスライドさせる。
「は、はいっ!!ど、どうぞっ!」
中から聞こえてきた可愛らしい声に耳を傾けながら一歩踏みいると、そこには思ったよりも酷い状態の十歳前後の男の子が医療ベッドに横たわっていた。
手足からは10数本の管が伸び、頭には脳の機能を停止させない為に、シールタイプの脳波アシストデバイスを等間隔でおでこに張り付けてある。
正直な感想としては今の状態で生き永らえてるのは科学のお陰だろう。
だがその科学力ですら解決できない病気とは何なのか気になるが、一先ずそれは置いといて自己紹介する事にした。
「こんにちは、俺は鈴木秋人って言うんだけど、君の名前は?」
「はいはーいっ!私は超絶美少女幽霊!霊菜ちゃん!だよっ!!」
そう騒ぎながら透明感のある青髪少女がギャルっぽくピースをしながら背後から俺の身体をすり抜けてきた。
この年齢にあるまじき、すっとんきょうな自己紹介が俺にしか聞こえていないのは幸いだが、俺の頭は痛くなる一方なのを本人に理解してほしい。
あと何度も言うが急に現れるのはマジで止めろ、心肺停止するわ。
だがそんな俺の怒りを掻き消すように冬科ひなたが自己紹介をしてくれた。
「あ、あの僕は冬科ひなたって言いますっ!えっ、えっと!本当に秋人さんなんですか!?ホンモノ!?」
「んあ?ま、まあそうだけど...な、なに?」
余りにていないと思っていたのだがこの圧力...確かに姉弟だ。
だがそんなに勢いよく上半身だけとはいえ起き上がって大丈夫なのかと心配だったが、やはり不安は的中し。
「うわあっ!ホンモノなんだあっ!!あの...ごほごほっ!ゲホゲホ...はあはあ...」
「ちょっと。ひなた!?大丈夫!?」
「おいおい!大丈夫なのか?ほら、横になって...」
その明らかに尋常じゃない状態に慌ててベッドの反対側に回り込み、ひなたの直ぐ隣にしゃがみこむ。
俺とつらら二人してひなたの身体を支えゆっくりとベッドに上半身を横たわらせていく。
「はあはあはあ...げほっ..はあはあ...はあ...」
最初こそは苦しいのか顔を歪ませていたが、次第に落ち着きを取り戻していった。
そして表情に安堵を浮かばせ始めこちらも一安心したのも束の間シーツの一部分が赤く染まっているのを発見し、血の気が引いていくのを感じ始める。
どうやら先ほど咳き込んだ時に吐血したようだ。
この状態なら確かに長くは持ちそうにない。
始めて見た大量の血液に困惑してしまい目を泳がせていると霊菜と眼が合い、元々青白い霊菜の顔が更に青白くさせてながら顔をブンブンと左右に振っている様を見てしまった。
慌てている人を見ると逆に落ち着くと聞いたことがあるが、あれは本当みたいで、いつの間にか俺のうるさく脈動していた心臓がいつもの静かな鼓動に静まっていくのを感じる。
ふとつららを見てみると安心した表情の中に隠しきれない程不安げな表情が混じっている様に見える。
静まり返り皆今の出来事で言葉を失っていたのだが、一番苦しんでいる筈の冬科ひなたが切り出した。
「ごめんなさい、秋人お兄ちゃん。つい憧れの人に会えて興奮しちゃいました...へへ...」
力無く笑うひなたからそんな言葉を貰ったが、つい本音をぶちまけてしまう。
「俺は...そんな凄くないぞ?もっと凄い人いるだろ?」
「デリカシ~」
霊菜が茶化してくるが無視していると思いがけない言葉に胸を撃ち貫かれた。
「そんな事無いですよ...だって秋人さんが作ったワールドリンクオンラインは世界中の人達を笑顔にしてますから。僕はこんな身体ですから出来ませんけど...でもお姉ちゃんを元気にしてくれました。お姉ちゃんだけじゃなくてきっと...僕達みたいな苦しんでる人とか泣いてる人を笑顔にしてるんです。...だから...もっと長生き出来てたらきっと...秋人さんみたいなプログラマー目指してたと思います。」
俺はその一言に目頭が熱くなるのを感じ、直後一筋の涙が頬を伝う。
元々あのアプリは俺の趣味の延長戦であり、世界に自分自身を発信したい...それだけの軽い気持ちで始めただけに過ぎない。
だけどもし父さんみたいに知らず知らずの内に誰かを助けていたのだとしたら?
もし、誰かに生きる希望を与えていたとしたら?
そしてひなたの様に笑顔を溢せる手伝いができているとしたら...俺は少しでもあの人に近づけたのだろうか。
出来ているのだとしたら彼のこの想いを誇りに思うべきであり否定すべきでは無いのだろう。
だから俺は敢えて一言だけ伝える事にした。
「ありがとう。」
「えと....」
「なんかよく分かんないけどなんか感動したっ!!分かんないけどっ!」
俺の感謝に面食らい目を丸くしているひなたが更に何か伝えようともぞもぞしているが、これ以上は俺の涙腺が持たないので既に涙腺崩壊している
バカに目配せし、未だ愛おしそうに弟を眺めているつららに声をかける。
「つらら...少しいいか?話があるんだけど。」
「....分かった。じゃあ1階の談話室に。」
談話室..まあそこならひなたには聞こえないだろう、ようやく連れてこられた理由が判明しそうだ。
涙を拭い扉を開けようと手をかけると。
「秋人お兄ちゃんまた来てくれる?」
「ん?ああ、勿論来るよ。」
そう告げると満面の笑みで手を振っているので俺も手を振り返してつららを連れて外に出た。
早速エスカレーターに向かおうとしたらつららも我慢しきれなくなったのか、お姉ちゃんとして弟の前で泣かないようにしたのか判らないが目に涙を溜めているのを見てしまった。
何となく見てはいけない気がして目を逸らすと。
「秋人...ありがとね。やっぱりあんたは私達の憧れの人に間違いないわ。」
何時もなら誉められたら照れ隠しで否定してしまうが、この姉弟にはそんな気は起こらない....のだがやはり恥ずかしさは拭えず。
「過大評価だと思うけどなぁ...やっぱり...」
と、相変わらず目を逸らしながらつい口ずさんでしまったがその言葉に目くじらも立てる様子もなく。
「ふふっ、まあそーいう事にしといてあげるわよー。」
そう告げたつららは何処か楽しげで後ろ手に絡ませていた両手を腰に当て。
「ほらっ、さっさと行きましょっ!」
俺の前まで歩いていきくるっと一回、回ってそのままエスカレーターまで小走りで向かっていった。
俺も置いてかれまいと早歩きで追いかけ、エスカレーターを降り一階の談話室前まで辿り着いた。
談話室は個室となっており、ガラス張りのようで3部屋あり、その内2つは使用中らしく残る手前のスペースを利用するためドアノブを回し、透明な扉を手前に引く。
其処には中央に丸いテーブルが、それを中心に椅子が3つ等間隔で置かれており、俺は奥のをつららは向かって左、霊菜は右に座った。
霊菜に関しては座るというより、座るように見せかけて浮いてる状態だ...逆になんか気になる。
「ふう....ん?この部屋....」
「あっ、気が付いた?ここ防音になってるんだよね。だから気兼ね無く話せるわよ?」
「まっ!私には効かないけどねっ!!ちょちょいとすり抜けちゃえば~」
こいつにはモラルとかそういうのは無いのか...幽霊だからって節操無さすぎるだろう...
それはともかくとして、やはり特別病棟なだけあり患者に対する気配りがちゃんとしている。
この病棟にいる患者はそれこそ人に聞かれたくない病状やひなたみたいな余り見せられない人達の為だろうな。
普通なら大っぴらな空間に無数のテーブルと椅子に売店等が基本だ。
ここまでするって事は患者だけでなく、その近親者や友人...恋人の為でもあるのだろう。
それは俺にも都合がいい...そろそろ本題を切り出そうとしたのだがその前にどうしても気になるあれを質問してみる事にした。
「なあ...どうしてひなたの病気は治せないんだ?今の医療技術なら殆どの病気は完治できる筈だろ?それこそナノマシンとか医療用細胞投与とか出来ないのかよ?」
「.......そんなの....」
そう呟いたつららの顔を伺うなり俺はその問いをした事自体に後悔した。
「そんなの判ってるわよ!お金で解決出来るならどんな方法使ってでも揃えるわよ!でも何ともならないのよっ!!」
「悪い...考えが足らなかった。許してくれ。」
謝罪を受け入れてくれたらしく、落ち着いてくれた様だ。
しかし失態もいいところだ、そんな事を今さっき知ったばかりの奴に言われたくも無いだろうし、そもそも当然調べ尽くしているだろう。
「私こそごめん。怒鳴っちゃって...ひなたはさ、昔から身体弱くて...生まれた時から心臓を患っててさ。」
「生まれつきって事?」
「そういう理由か...確かにその病状...というよりも身体的特徴か?それなら...その年齢のドナーもいない訳か。」
医療技術が途中段階だった一昔前までなら別の症状で亡くなった子供の心臓の提供があったかも知れないが、今は2080年...医療や科学が発達した代償と言って良いのか分からないが、言ってみれば子供の内から亡くなる事そのものが殆ど無い。
その為ドナー等殆ど見つからず、大体子供の内に亡くなる理由として挙げられるのは生まれつき障害を持つ子達だけだ。
今の時代エイズだろうが末期ガンだろうが、それこそ新種のウイルスだとしても、ものの数時間で完治してしまう...そんな時代なのだから当然ドナーなど存在しない。
あったとしても優先度的にひなたの様な一般家庭ではなく金持ちや政治家等だろう...そもそも本島の方が人口が明らかに多いので其方が優先されるなんてざらだ、珍しくもない....珍しくもないが憤りは勿論ある。
そこら辺が俺が本島である日本が嫌いな理由の一端でもある。
「まあね...事情...分かってくれた?」
「....まあ...な...これからどうするんだ?ただお見舞いに来させたってだけじゃないんだろ?」
つららはテーブルを眺めながら指先を捏ね回しているようだ。
ようやく決心がついたのかゆっくりと口を開くと、俺だけではなく霊菜も驚く発言に度肝を抜かれてしまった。
「私を夏川雪穂に勝たせて。勿論鈴木秋人のゲームで。」
「....えっと、この桃色兎自分が何言ってんのか理解してる?クレイジー過ぎるわ...ついてけないんですけど。」
「.........」
余りにも突拍子の無いその内容にただただ呆然とするしかなく、俺はまるで声を出せなくなったかの様に口を開け閉めして目の前に座っている冬科つららの正気を疑う羽目になった。
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