時代が移り変わろうとも俺達は恋をする 

ベレット

5話 冬科つららの事情

俺は何故かバスに冬科つららと乗り込んでしまった。


まあかといって害獣に襲われ怯えている兎を野に放つ趣味は無いので仕方なく震えがおさまるまで付き添うことし、バスの最後尾の座席に二人して座る。


反対側の窓から風景を見ながらぼーっとしていると、落ち着きを取り戻した冬科さんが声を掛けてきた。


「あの...秋人さん、ありがとうございます。」


「ん?あー、いや何か雪穂が悪いな。あいつ判りにくし直ぐ手が出るし、こっちこそ迷惑かけた。ごめん。」


謝罪をすると、顔を真っ赤にして手と頭をブンブン振り。


「ああ、秋人さんは悪くないですよ!悪いのはあの女ですからっ!っていうか本当に何なんですか!常識しらずにも程があると思いますけどねっ!」


恥ずかしがっていたと思ったら今度は露骨に怒りを露にしてまくし立て始めた。


見た目どおりなかなか騒がしい女の子だな。


「ははっ、まああいつは昔からあんなだからなぁ。」


「あっ、えっとすいません、興奮してしまって...」


本当に最初に会った時の事を思うと誰?ってぐらいにしおらしい。


俺の落ち着き払った対応に、冬科さんも落ち着きを取り戻したらしく、猫の様に丸くなってしまった。


だが昨日の事を思いだし、やはり違和感が物凄いのでダメ元で提案してみる事にした。


「冬科さん....あのさ..えっと..その喋り方なんとかなんないかな?」


「へ?」


またもや目を丸くして驚いている。


確かに世間一般からしたら丁寧な言葉遣いは歓迎されやすい...だがいかんせん俺の場合年下からもため口で話される事も多いので、それこそこんなヤンキーやってます系少女にそんな口の聞かれ方されたら非常に気持ちが悪い。


「いや...最初あんな感じだっただろ?だから何か変に感じちゃってさ、頼むよ。」


「で、でもファンとしては流石にそれは...」


あれだけストイックにゲームに勤しむ程だ、やはり頑固である。


本気でゲームを楽しめる人はアスリートと一緒で勝ち負けに拘るプレイヤーが殆どだ。


俺も一ゲームプレイヤーだから分かる..だからこその手があるという物だろう。


「あ~あ、残念だなー。せっかく趣味の合う友達が出来たと思ったんだけど。でも友達と丁寧語で話すのもなぁ。」


これみよがしにそう告げると、焦った表情の中に期待と嬉しさの混じった輝かせた眼をしている。


やはり思った通りゲーマー足るもの同じ趣味を持つもの同士お近づきになりたいものだ。


まあ今回は白井会長の指示だからなので少々心苦しくあるが...


一先ず感傷は抑え気付かれないように目線をチラチラと送っていると。


「えっと、こほんっ。そのくらい問題ないです...じゃなくて、問題ないし...」


そう告げてきた冬科つららは頬を赤らめながら顔を背けていた。


これは所謂釣れた..のだろう。


ヘビーユーザーであれば目の前にレアアイテム確定時限クエストが転がってきたら飛び付いてしまうのは性だと言える。


それも見たところあれだけ他プレイヤーに食って掛かったりする所を見るに、恐らく彼女はボッチ...だと思う。


ソロプレイヤーは孤高の一匹狼を気取ってる人達が多いが全員とは言わないが大体が仲間に入れず擦れてしまった人が多いのではと経験上何となくそう感じる。


だからこそ今回の言葉においては冬科つららに刺さったのかもしれない。


だがその冬科さんが次の繋げた言葉に俺は返答に喉を詰まらせてしまった。


「だ、だったらさ、その...私のこと...名前で呼んでくんない?つららってさ!!」


「え...」


無理難題を吹っ掛けてきやがった。


知り合って二日しか経ってない女子の名前を俺の様なオタク男子に呼ばせるとか...半世紀前なら苛めだぞ?


...昔でいうパリピと言われる人種にしか踏み入れない領域だろう。


今でこそゲームそのものが世間一般の娯楽化したといっても結局の所、80年程前からそうらしいが重度のプレイヤー、オタクはソロでプレイすることが多く、結果対人恐怖症...コミュニティ障害になりやすく、今でこそましになったが、俺も中学の頃は引きこもっては父さんに心配をかけたものだ。


今はもう反省している。


まあ最近は先輩への告白や放送事件などもあり、若干そっち寄りになっている気がしないでもないが無理なものは無理だ。


....断ろう。


「あ~、それは~....」


どう切り出そうか言い淀みながら外の景観やバスの天井、宙に浮かぶ電光掲示板に目を泳がせながら言葉を探す。


だが熱視線を感じたので冬科さんの顔色を窺おうと、チラッ眼を向けると...帽子の唾を指先で摘み、その奥から上目遣いをした眼を覗かせていた。


しかしそこから読み取れたのは可愛らしいような物では決してなく、まるで獲物を捉えて逃がさない獣の眼光がそこにあり、蛇に睨まれた蛙の如く固まってしまい。


「ん....ん...」


緊張からか、地が出たのか、はたまたわざとなのかは判断がつかないがただただひたすらに怖く、何時の間にやらいつかの雪穂の如く縦に首を何回も振っていた。


その肯定としか取れない行動に満足したのか、眼を逸らし帽子を深く被り直すと。


「じゃあ...えと、よろしく...」


と、手を出してきたので無言で握り返した。


もう諦めるしか無いと悟り脱力感を感じながら窓の外を見ると、そこには島の西側の特徴であるビル郡がそびえ立っていた。


話していたら2時間ほどいつの間にか経過していたらしく、既に南と西の境界線を越えていたらしい。


俺達が通称“四季島”と呼んでいる第二日本島はそこまで大きいわけではなくバスなら10時間、自家用車なら5時間程しかかからない小さな島だ。


だからバス一本であまり時間もかけずに来られるのだが思いの外早く着いてしまったので肝心な事を何一つ聞いていないのに焦りを感じ。


「なあ冬科さん、何で雪穂と勝負なんて...それに俺に何か用事あるんだよな?それって...」


そこまで言って気付いた、冬科さんの表情が険しくなっている事に。


「つらら」


「え?」


「だからっ!私の名前はつららだからっ!」


どうやら名前で呼ばないと話してもくれないらしい。


このままではどうしたらいいのか分からないので非常に困る...なので心臓が痒くなる感覚に耐えながら。


「...つ、つらら....これでいいのか?」


「………………」


呼んだら呼んだで無視とは酷くはないだろうか...


俺が膝に顔を埋め、悶絶しているとピンポーンと鳴り『次はー、夏川コーポレーション本社附属病院ー、夏川コーポレーション本社附属病院ーお降りの方は手前のARタッチパネルの停止ボタンを押してください。』とバスのAIがアナウンスを流すと、そのボタンを押し立ち上がった。


ここが終点なのかと俺も立ち上がり、携帯に付属しているARパスを浮き出させるとつららの放った一言に身体が凍りつく。


「そういえば夏川って...あの暴力女と同じ名字よね...まさか...」


「あっ!いやそれは!」


雪穂の正体をこの女に知られるのは何となくヤバい気がして取り繕うとしたのだが。


「ってそんな訳ないわよねー。あんなのが社長令嬢なんてあり得ないし。」


「..........」


勝手に解決してくれたのでそっとしておく事にした。


小説より奇なりとは良く言った物で、実際は本当に世界有数の夏川財閥の一人娘なのだが本人があんな感じなので話したとしても信用されもしない。


会社のスローガンは『出産から葬儀まで夏川コーポレーションにお任せください』だったかな、確か...


思い出しながら乗降口の改札にパスをかざすとホログラムから浮かんでいたkeepoutの文字が消え通行可能になると、三段有る階段からバスを降りた。


つららが降りられるように左にずれながら周りを見渡すと直ぐ足元に異物を発見し、気になったのでしゃがみこんで観察してみる。


そこには見覚えの有る青色の髪の毛が落ちている...いや実際には落ちているというか突き抜けて...というか通り抜けている様に見える。


すると突然。


「わああああああっ!!」


「ぎゃああああああっ!!」


「きゃあああっ!!な、ななな、何よっ!!どうしたのっ!?」


心臓が口から飛び出るかと思うくらい驚いたがつららを誤魔化すため冷静さを取り戻すのに務め、なんとか言い訳を捻り出すのに成功し。


「ご、ごごごゴキブリが飛んで来てさあっ!マジびびった!は、ははは~....」


「えぇ....ゴキ呼ばわり....」


「うっ...そりゃ確かにキモいけどさ、男の癖にビビりすぎじゃない?なんか私の中の秋人像が崩れるからやめて。」


「う、うう...すいません...」


項垂れながら勝手に作り上げた理想像に後ろ指を指された気がしてつい謝ってしまった。


俺は何も悪くないはずなんだけど...


その怒りの矛先をその原因を作ったふよふよと浮いているこんちくしょうに睨み付けで投げ掛けるも、全く意に介さず。


「ぷぷぷぷーっ!!私を置いてくからだよ~。アッキーのバーカ!!うへへー。」


「霊菜マジで止めろ...心臓マヒで死ぬわ...」


つららに聞こえないように小声で寝坊した幽霊に文句を告げると、俺の後ろに居た人物と一方的に目が合い、機嫌が悪くなったのを見てとれる。


「何でそいつがいんのよ~。最悪~。」


「はあっ?お前知ってて付いて来たんじゃ...」


「今、初めて知ったってば。さっき起きたらアッキー居ないから気配探って飛んで来たんだよぉ。」


は?....え、なに...そんな事出来んの?


また一つ明らかになった霊菜の特殊能力に興味を持っていると、背後からつららが服を引っ張ってきた。


気にはなるが今は冬科つららの目的を達成させる方を優先させるため頭を切り替える。


「ちょっと、大丈夫?ほら行くわよ。」


「あ、ああ。でも行くってどこにだよ?」


その問いかけにとある場所を指差し、答えてくれたその場所は...


「今からあそこに行くから...」


指差した先は大病院だった。


俺と霊菜は役所関係に用事が無ければまず近寄る事もない島の西側に位置する商業地区のコンクリートジャングルをつららの後に続いて歩いていく。


霊菜は周りを飛び回りながら好き勝手騒いだり話しかけてくるが、人がごった返しているので返事をする事が出来ないので頷いて返答する。


俺もビル郡などテレビ以外では余り見たことが無いのでつい、きょろきょろと田舎者丸出しにしていると。


「着いたけど...さっきから何してるわけ?」


「はあー、すっげぇ。あのビル何階建てだよ...え、ああ、悪い悪い。こんなのあんまり見ないからさ、つい。」


「ほんとに?ゲームデザイナーのアキトって言ったら世界中の企業から商談が来てるって噂で聞いたからてっきり..」


噂の事は知らんがまあ言わんとすることは分かる。


何故本島ではなく、この島の...しかも一番田舎である旧発展途上地区に住んでいるのか理解出来ないのだろう。


理由は単純明快だ...ただこの島が好きであの町が俺の生まれ育った故郷だからだ、それ以上も以下もない。


そもそもアプリの関係上確かに世界中の企業とは提携する際商談はあるが、ホログラムでのやり取りな為、島外出ることは無い。


本島に行ったこともないしな。


出掛けたとしても行く場所と言えば北側に位置する施設地区ぐらいのものだ。


最近はめっきり行かなくなったがあそこには孤児として凛花が育った孤児院があるのでそれで行くことはあるが...そのくらいしか用事もない。


そもそも家があるんだから出る必要もないし、父さんが、寂しがるだろうし。


なので地元から出る必要がないのだがそのつららの言い分に腹が立ち。


「てっきりなんだよ?俺はただ彼処が好きなだけだ。他に理由がいるのかよ?」


「べ、別にそうじゃないけど...その..ごめん。」


つららは自分の質問が地雷だったのを察したのか顔を青ざめさせていたが、俺も許すつもりもなければ謝る気もない。


確かに本島や外国の企業の社長からも言われた事は多々あり、その都度ストレスは溜まっている...が、これから一緒に行こうというのにこのままでは非常にやりずらい為


「まあ気にしなくていいから。俺も忘れるからさ。」


「その...ほんとにごめん。」


やはり勘違いされやすいだけで根はいい子なんだろう、本当に反省しているようだったが。


「ふ~ん。アッキーも色々あんだねぇ~」


と呑気な事を言うもんだから、俺しか聞こえていないとは言え感情の行き場をどこに寄せればいいのか分からず。


「ま、まあとりあえず行かないか?ここには何しに来たんだ?」


「....ここにはさ...」


俺がそう急かすように肩を叩くとつららの口から場所を考えたら分かりそうな物だがそれ以上の予想外なその言葉に何も言えなくなってしまった。


「ここにはさ...あと1ヶ月であの世に行っちゃう私の弟が居るんだよね...だからアキトにも見舞いに来てほしくて...」


その内容に冷や汗と同時に言葉を失い、今度は自分が地雷を踏んでいたことにそこでようやく気が付いた。













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