異世界に来ましたが俺はスローライフを送りたいだけです

ベレット

お仕事開始!

「じゃあわしはもう行くぞ。頑張るんじゃぞ」
「助かったよ、じいさん。また」
翌日の朝から大忙しだった。
一番最初に行ったのはギルドに申請した商業区の一角で店作りから始まった。
カウンターをまずは置き、女性でも入りやすいようにピンクと黄色の看板に『実演販売!アクセサリーショップユルリ!』と丸文字で描き、それをカウンターから伸びた木組みに掛けられた日除けの布から吊るす。
ユルリとは俺達の頭文字を取った店名だ。
そのテント風の垂れ幕に試作で作ったペンダントや指輪をぶら下げ、きらびやかなイルミネーションを作り上げ。
「よし!完成だ!」
「おおー、ちゃんとお店だぁ」
「綺麗.......」
無事露天が完成した。
開店まで後、二時間。朝十時からだ。
それまでに準備しないとな....と、炉に火を入れ、炉に設置してある釜にじいさんから貰った鉄鉱石を入れて、どろどろに溶かしていく。
それが溶けきると、師匠から貰ったスコップみたいなので釜を手前に引き、熱で溶けない細工を施したドワーフ御用達のおたまで掬い、型に慎重に流し込む。
それが綺麗に行き渡ると、大量に用意してある水を丁寧に掛けていく。
「よし.....やるぞ?.....ていっ!」
「お?....おお!」
「綺麗に出来てる......ね」
型を裏返し、裏をこんこんと金槌で軽く叩くと型通りの鉄の塊がごとりと落ちた。
それを手に取りくるくると回し確認していく。
「よし、問題ないな。それじゃあこれをあと一時間半で出来るだけ作るぞ。二人とも手伝ってくれ、ルカは炉に鉄鉱石を、リンカは固まった基礎部分を型から取り外してくれ。.....慎重にやれよ?」
「「はーい」」
返事は良いが何かやらかさんか心配だから常に注意を払っておこう。
なんにしろ、もうすぐ開店だ。気合い入れていくぞ。


◇◇◇


「うわ~、綺麗な指輪~。これ貰えますか?」
「は、はい.....あの.....800セルカ....です....」
「ホントにそんだけでいいの!?お得~!雑誌で見た値段の半額以下じゃん!」
「あの.......お兄ちゃん?この値段で.....いいの?」
ルカが値段設定に不安になり、こちらに視線を投げ掛け、助けを求めている。
それに応じ作業を一旦終わらせ、カウンターに駆けつけた。
「うん?ああ、それは800で問題ないぞ。本物じゃないしな」
「え!?ほんとに!?本物じゃないの、これ!?」
「うそ....本物にしか見えない」
女性客が指輪の宝石部分の輝度を確かめるように太陽にかざしている最中に作業場から、加工済みの透明な結晶を持ってきてカウンターに置く。
「これは何か分かる?.....クリアクリスタルって名称の安価な結晶なんだけど、これを.....」
既にカラフルな色に変貌している手袋を嵌めて、クリアクリスタルと作業場にある、師匠との合作のスプレー缶で色付けしていく。
「うわぁ....すご.....あっという間に本物みたいになっちゃった」
「だねー。それ何なんですか?見たことないですけど。」
「悪いけどそれは企業秘密だよ。これはうちの秘密兵器だからね」
このスプレー缶、実はじいさんに無理言って作って貰った物だったりする。
『また訳のわからんことを』....と、初めは渋っていたのだが、実際に使って見せると量産してくれた。
どうやらお気に召されたっぽかった。
中身は顔料を溶かしたもので非常に安価だったりもする。
「じゃあ私、2つ買っちゃお」
「私もこれとこれにしよ」
「あ、ありがとうございます.......」
「もし色が剥げてきたら店やってる時に持ってきてくれ。50セルカで色付けするから」
余程満足したのか満面の笑みでお金をルカに渡すと、足取り軽く店から立ち去っていった。
最初こそはどうなることやら、と不安だったが、なんのその。
物珍しさから遠巻きに眺めていた人達も、客足が伸びるにつれ店へと足を運んでくれ始めた。
ある目的の為に製作したテーブル席でアクセ製作を眺めている人達がいる程、絶賛大繁盛中だ。
あのリンカに鉄鉱石を買いに行かせなければいけなくなったぐらいに。
「ふ.....ふはははは!笑いがとまんねえな!」
既に売り上げは一万セルカなんて目じゃないほど儲け、うはうはな状態に鼻の穴を大きくしていると。
「随分お忙しそうですね」
あのアヌビス顔の店員さんが並んでいるアクセを覗いていた。
「ん?あんたは....本屋の?確かアヌビスさん」
「アヌ....?そんな名前じゃないですよ?ルセットって呼んでください」
あの書店と同じ名前だな。
もしかしなくても、あそこの店主なのだろう。
「分かった、じゃあルセットって呼ぶよ。それで、やっぱりアクセサリーを買いに?」
「はい!とても綺麗な品物ばかりで素晴らしいです!....ですけど、私の欲しいのは見当たらなくて....」
「そうなの?どんな感じの?良ければ作るけど」
そう伝えるとパアッと表情豊かに身を乗り出してきた。
「でしたら、こう.....首からかけるタイプで、扇状に広がった貴金属に宝石が散りばめられているのとかは作れるでしょうか!?」
「あー?どんなの?いまいち想像がつかないんだけど。良かったらこれに描いてもらえる?」
紙とペン、インクを渡すと、さらさらと書き留めた物を手渡された。
.......ハムナプトラが着けてそうなあれじゃん。
やっぱりこの人、古代エジプトから転生したんじゃ.....
「ど、どうでしょうか...?」
「うーん、今すぐには無理かな。時間がある時に試作品作ってみるから、出来たら書店に届けに行くよ。それでもいい?」
「は、はい!お待ちしておりますね!あっ!もうこんな時間!そろそろお店に戻りますのでこれで!」
「はーい。じゃあ近いうちに行くねー。」
と、伝えるとホクホク顔で町の奥へと消えていった。
メモを拾い上げ、ポケットに突っ込んでいると。
「あのー、ネイルアートって何ですか?」
年頃の女の子が数人、宣伝旗に記されたネイルアートに興味津々なご様子で問いかけてきていた。
言葉の意味が分からなくても、女の子の興味は世界を越えるらしい。
「やってみる?」
「えー、どうしよっか?」
「これ、なんだろ?」
女の子の一人が付け爪を眺めながら不思議そうに表情をコロコロ変えている。
その付け爪をひょいっと十個拾い上げ。
「良かったらお試しでひとつだけやってあげようか?」
と、セールストークをすると、おずおずとテーブル席に着席した。
俺も席に座り、周りの観客が見守るなか、付け爪の裏にはけでのりを塗り。
「ちょっと手出してくれ」
「は、はい.....」
またしてもおずおずと差し出した右手の人差し指の爪に丁寧に張り付ける。
「ふう.....じゃあ次は....と」
テーブルの端に取り付けたポケットから毛筆の細長い筆と顔料を溶かして詰めた小瓶を取り出し、付け爪に描いていく。
ここからが数日の修行で習得したネイルアートスキルの魅せ所だ。
「今から爪に絵を描こうと思うんだけど、何がいい?」
「絵ですか?その.....じゃあ猫ちゃんとか....」
「おっけー、じゃあ、動かないでくれよ」
細心の注意を払い、さらさらと描いていく。
スキルのお陰でぶれもせず、すらっと描き終わるなり、お客さんの目がきらきら輝き始めた。
「ふわぁ.....すごぉい....あ、あの!他の指も出来ますか?」
「勿論いいよ。全部で500セルカね」
「わ、私も!私もやりたい!」
「私も良いですか!?」
それを見ていた友達と思われる女の子達が興奮気味に身を乗り出してきた。
「わ、分かった、分かった。順番だからそこに座って?....ルカ様ぁっ!お客様にハーブティーお出ししてぇっ!」
「あ、ありがとうございました....!は、はい....です!......えとえと.....」
あたふたしながら、慣れてきた接客をしながらハーブティーをテーブル席に置くなり戻っていった。
「ど、どうぞ.....です.....」
「可愛い店員さんだなぁ」
「だよねー、良い店見つけたかもー」
ルカは天使だからしょうがないよね。
それにしてもリンカのやつ、帰ってくるの遅くないか?
どこで油売ってるんだ。帰ってきたら隙を見てしばいてやろう。

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