エクスクラメーション

桜綾つかさ

第2章 Vektor 第16話 やっぱり俺は……①

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 -五月二十五日- 水曜日 十七時三十分~



 キュッ、キュッ、と音の鳴る体育館。無風の館内は皆の汗と熱気でむわむわと蒸している。

「サービスオーバー、20マッチポイント3」

 俺はバドミントンラケットを左手の中でクルクルと回しながらコート右側のサービスラインに立つ。グリップをバックハンドで握るとショートサーブの体勢に入った。
 相手の立ち位置を見る。
 右利きでセンターコートラインに近い場所に陣取っていた。バック側にサーブが来ないように意識しているのが分かる。

 俺は相手の望み通り、フォア側シングルスのサイドラインギリギリを狙ってサーブを打った。相手はヘアピンでネットすれすれにシャトルを落としてくる。それを相手コートのフォア奥にロブで返球する。
 俺はそのまま自陣コートの中心より左側でレシーブの体勢を取って待ち構える。
 相手は素早いステップでシャトルの下に入るとストレートにスマッシュを打って来た。強烈に撃ち込まれたシャトルに対して俺はラケットを当てに行く程度に抑えてレシーブする。
 相手の位置と対角になるように返球したシャトルは山形やまなりの軌道を描いて相手コートのネットギリギリに落ちる。
 相手はスマッシュを打った体勢から慌ててステップを踏んでネット前に踏み込んでくる。
 ラケットを思い切り振り上げて繰り出されたロブはストレート奥に上がってきた。それをハイバックでストレート奥に返球し、すぐにセンターポジションへと戻る。

───あ、クロスにドロップ来る

 相手の動きから直感的に察した俺はネット前へとステップを切る。
 ドンピシャで送球されてきたシャトルに対して俺はプッシュで相手コートにシャトルを叩き付けた。

「ゲームマッチ、ウォンバイ久田ひさだ。21対3」
「ふぅ」
かける、お前相変わらずつえーな」

 対戦相手であった天高あまこう二年の田中勝利しょうりパイセンが俺の肩を叩いて褒めてくれる。

「あざっす」
「久田、ちょっと良いか」
「うぃっす」

 天高バドミントン部顧問でセンコーの内田に呼ばれた俺はそっちへと駆け出す。

「怪我の後だからと心配していたが、好調みたいで先生安心したぞ」
「うぃっす」
「それで。何かあったのか?」
「何がっすか?」
「何がってお前な。この間先生と話した時、やる気が無くなってきてるって言ってたじゃないか」
「あぁ…。いや普通にちょっとやる気が出て来ただけっすよ」
「そうか…。まぁ何はともあれ、無事に戻って来てくれて良かった」
「うぃっす」

 内田にはこうは言ったが、実際問題やる気なんて全然無かった。むしろバドミントンが嫌いなのは今も変わらねぇし、辞めたい気持ちも変わらねぇ。
 ただ、スポーツ特待生で入学した俺にとってバド部を退部することは特待生の特権を失うことになるらしいから仕方なく続けている、といったところだった。
 ここの学費は高い。
 とうてい俺の親が払い続けられる額じゃねぇことはバカな俺にだって分かる。だから続けるしかねぇってだけだった。

 だけど最近はそれだけじゃなかった。
 一昨日くらいに玉置たまきさんからLINEの返事があったのがデカかった。男女二二にーにーで遊びに行こうって誘ったきり音沙汰の無かったスマホに彼女からOKという返事が来た。
 ダメ元で誘ってた俺はゲロ嬉しくて、約束をこじつけられたこともあって嫌な部活も仕方が無いと言い聞かせて出てこられている。
 嫌なことの続く毎日を癒してくれるマイエンジェル。文学的に言うなら、地上に舞い降りた天使に一目惚れ、だ。知らんけど。



 この日の練習が終わり、体育館を片付け終わった皆はユニフォームから制服に着替えてバラバラと帰り始める。
 俺も自分の荷物を片付けてバドバックを背負うと挨拶をして体育館を出た。

「翔。ちょっと待てって」
「ウィン先輩、どうしたんすか?」

 ウィン先輩とは、田中勝利パイセンのあだ名だ。勝利だからウィン、ってね。

「お前その呼び方やめろや、このっ。嫌味だろそれ」パイセンに軽く小突かれる。
「いやそんなことねぇっす」
「まぁいいや。てかさ、これから皆でマック行くんだけどお前も来いよ」
「あー、すんません。俺、これから用事あるんすよね」
「おい~、最近ノリわりぃぞ翔。お前の復帰祝いに先輩がおごってやろうってのにさ」
「マジっすか!うわぁ、マジ行きたいっすけど。すんません。また今度奢ってくださいっす」
「バーカ、今度だったら奢んねぇよ。じゃな」
「うぃっす」

 パイセンは皆の方へ走っていく。
 あんなこと言っているが、結局奢ってくれるんだよなぁウィン先輩。いわゆるツンデレというのか、とにかく優しいパイセンだった。
 それに天高バド部の中であまり良く思われてねぇ俺にも、こうやって声を掛けてきてくれる唯一のパイセンでもあった。
 バドミントンという競技自体個人技に等しいから、チームワークやコミュニケーションといったものは他の競技に比べて必要とされてねぇと思うし、俺もいらねぇと思っている。
 ダブルスなら話は少し変わるが、俺は基本シングルス専門だ。
 それに好きで部活をしている訳でもねぇから部員に嫌われようが、何しようが、とにかく結果だけ残しておけばどうだって良かった。
 戦績さえ良ければ確固たる地位が築けるし、誰にも何も言われねぇし、言わせねぇ。
 とにかく好きでもねぇことをしてるだけでもストレスなんだから、俺の好き勝手できない状況にまでなったらマジでしんどみだし辞めるしかねぇ。


 自分のママチャリにまたがってペダルを漕ぎ出し、学校のチャリ置き場から出発する。
 目的地は中学時代のダチである蓮治れんじの家だ。
 玉置たまきさんから返信があった日、俺は早速蓮治にLINEを送った。『好きな人と遊びに行くことになったから協力してくれ』
 次の日になって既読が付き、断りの返信がきた。俺はその後も何度も頼み込んだが、あいつは全然態度を変えず、断るの一点張りだった。
 なんだかそれが気になった。

 蓮治は昔からノリが良く、なんだかんだ文句を言いつつも最後は協力してくれる仲間思いの奴だった。それがここまでかたくなに態度を変えないのには何か訳があるんじゃねぇかと俺の勘がそう告げていた。

 そういえば、昔にもこんなことあったな……。
 俺は中学二年の時を思い出す。



 蓮治とは中学に入ってから知り合った。
 互いに小学校のガキ大将だったこともあり、初めの頃はよくあいつと喧嘩をしていたが、拳を交えるうちに仲良くなった。
 それからは二人で色々なやんちゃをしていた。
 センコーに悪戯いたずらしてみたり、授業サボってゲーセン行ったり、うちの中学の奴が他校の奴らに虐められていたから殴り込みに行ったりもした。

 そんなこんなで目まぐるしい日々を過ごしている内にいつの間にか中学二年に進級していた。
 そして、蓮治が不登校になった。

 蓮治の母親が亡くなった、という話をセンコー達がしていたのを聞いた俺は呆然としてしまったのをおぼえている。
 自分の母親が亡くなるなんて想像もしたことの無い俺には全然実感が湧かなかったし、正直訳が分からなかった。
 蓮治になんて声を掛けていいかも何も分からなかったが、とにかく連絡をしなきゃいけねぇってことだけは思って電話したが、一切無視のガン無視。
 ようやくメールが返ってきたと思ったら大丈夫の一点張り。
 心配していた俺は居ても立ってもいられなくなり蓮治の家へと走った。
 扉を開けて出てきたあいつは酷くやつれていて目を赤く腫らしていた。それでも俺を見て、無理して笑うあいつがどうにも見ていられなくて、あいつが立ち直れるようにと俺なりに色々と世話を焼いたんだ。



 とある一軒家の前。塀に寄せて停めたチャリは前輪部分が道路の方へと少し飛び出していた。バドバックを背負ったまま玄関口まで歩く。
 夕日に染まる『才賀《さいが》』という表札を見て何事も無いことを祈りながら、俺はインターホンを押した。




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