エクスクラメーション

桜綾つかさ

第1章 Scalar 第13話 友達⑥

第一章 友達⑥


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 -五月二十三日- 月曜日 七時~



「おはようございます。さとり様」
「えぇ、おはよう」

 鏡面反射する漆黒のクラウンの後部扉が開けられる。苫米地とまべちは私が座席に着いたのを見届けてから丁寧に扉を閉めた。
 普段と変わらない朝の登校。しかし私の心情は普段とは違って燃えに燃え盛っていた。何て言っても私の野望を叶える為の大事な日になるからだ。

「悟様。シートベルトをお締め下さい」
「もうしてるわ」
「ッ──!」バックミラーに映る苫米地の眉が跳ね上がる。

 信じられなかったのか、わざわざこちらを振り向いて確認してくる。

「な、何かあったのですか?」
うるさいわね。今忙しいから話し掛けないで貰えるかしら?」

 普段、言われないとシートベルトをしない私が自主的に締めていたのだから驚くのも無理はない。私はそれを分かっていながらも彼を冷たく退けた。

「…申し訳ございませんでした。では出発致します」

 すごすごとアクセルを吹かす苫米地。ゆっくりと街の景観が流れていく。ラジオや音楽を掛けない彼の車内はエンジン音だけが響く心地の良い空間となる。
 早急に考えなければいけない事は二つ。一つは言わずもがな、武田たけだ籠絡ろうらくへの布石を打つこと。もう一つは面倒なもさ男を片付けること、だ。

 昨日までの私は、武田君を籠絡することばかり考え、もさ男のことは受け身の姿勢で待っていればいいと考えていたのだけれど、今朝ふと気付いた。
 武田君と仲良くしている姿が噂になれば確実にもさ男はやっかみ、根に持つだろうと。そうなれば彼の持ち得る力で情報収集や私達の邪魔をしに来るはず。その最悪の結末は私の女装はおろか、武田君のセクシャリティまで知られてしまう、ということだった。そんなものは誰も望んではいない。だからこそ作戦を大至急練り直さなければいけなかった。

 いつも尽くしてくれている苫米地には悪いことをしてしまったと、ちょっとだけ胸が痛んだ。でもそれも察してくれるだけ付き合いが長いから大丈夫よね。苫米地を見ながら心の中でそう呟く。

 彼から視線を逸らし、窓から街並みを眺める。
 軒を連ねるマンション、交差点の角にある花屋が見える。いつもならここを直進していくのだけれど、今日は右折レーンに入っており、ウィンカーの小気味良いリズムが聞こえてきていた。学校まで少し遠回りをするルートだった。分かってるじゃない、苫米地。

 内心でほくそ笑んだ私は徐々に意識を内へと落としていき、頭を回転させていった。
 今日やることは主に武田君との仲直りともさ男の排除。本来ならもさ男を排斥し、面倒事が無くなった状態でゆっくりと武田君を籠絡していくのが確実…なのだけれど。武田君と喧嘩したままとなっている状況が軋轢あつれきを生むことになるかもしれないから後回しにはできないのよね。
 つまり、この両者をほぼ同時進行で進めなければならないのが実情。問題はその両方を着実に進めつつ、他の人に余り迷惑を掛けない方法があるか、ね……。

 私は嘆息する。
 二兎を追う者は一兎をも得ず、なんて言うけれど、それは単純に準備不足なだけ。周到な準備さえしていれば、二兎も三兎も変わらない一つの獲物でしかないのだから。
 まずは朝の挨拶活動で武田君が登校してくるかの確認が必要よね。彼のことだからくよくよ気を揉んで学校を休んでしまうかもしれないし。
 仮に武田君が登校してきたとしたら、昼休みに仲直りの後に今日のディナーへ誘う。そうね、なるべく人目に付くように武田君を呼び出せば、恐らくだけれど噂になってもさ男の耳にまで届くはず。あとはあっちが息巻いて動くのを待っていれば良いだけ。早くて放課後、遅くて次の日ってところかしら。まぁどちらにせよ、向こうから仕掛けてきたタイミングでカウンターパンチをお見舞いして上げれば良いだけのこと。

 本当ならもっと穏便に事を済ませたいのだけれど、如何いかんせん武田君のLINEを知らないのが痛かった。でもその弱みをチャンスに変え、両者を一網打尽に出来るこの作戦ならそこまで問題は無いはず。私は一呼吸おいた。

 この作戦の問題点は二つね。まず、もさ男の耳に噂が届くまでにどんな尾鰭おひれが付くか予測できないこと。
 そして噂を聞きつけた久田ひさだ君がどんな挙動を示すのかが全くもって見当つかないこと……。
 やっぱり作戦練り直した方が良いかしら。

「悟様。到着致しました」

 そう言って路肩に停車させた後、運転席から降りて後部座席の扉を開けてくれる。
 いくら遠回りをしたとはいえ、稼げて五分ちょっとってところね。もう少し時間が欲しかったけれど仕方ないわね。

「ありがとう」
「行ってらっしゃいませ」苫米地が頭を下げる。
「苫米地。助かったわ」私は綺麗なお辞儀をしてみせる。
「いえ」




-同日- 七時四十分~



「さっちゃん大丈夫やの?」

 委員室に着くや否や先に到着していた千種ちぐささんが後ろ手に近付いてくる。

「おはようございます、千種さん。えぇ、とりあえずは」そう言って私は微笑んだ。
「そかそか。なら一先ひとまず安心やなぁ」

 と言いつつそばに近付いて来る。フローラルな香りがふんわりと鼻腔を満たした。

「さっちゃんも重いほうなのかい?」耳元でそうささやかれた。
「え?…えぇ、まぁ」

 一瞬何についての話なのか分からなかったけれど、すぐにピンと来る。この話、前にもしたわね……。私はあんずの顔を思い出した。

「でしたら姉御ぉ。良いのがありまっせ、くひひひ」
「ちょっと怪しいですよ千種さん」
「なんもなんも。楽になりまっせぇ姉御ぉ」

 千種さんに手を引かれて委員室から女子トイレに連れていかれる。

「はいよ」そう言って手渡されたのは生理痛緩和の飲み薬だった。
「あ、ありがとう、ございます」
「ええのええの。さっちゃんにはいつも世話になってるから、これぐらいねっ」

 とウィンクされる。可愛さのあまり抱き締めて上げたい衝動に駆られたがそれを何とか我慢した。

「千種さん、香水変えたんですね」
「お、分かるかい姉御。良い女の香りがするだろう?ほれほれ」体を揺らしながら抱き着かれる。
「えぇ、とても上品で良い香りですね。千種さんに似合ってると思います」
「ちょっ、そんな素直に褒められるとハズイから止めてっ」
「何でですか?本当のことなんですから」
「ぐわぁ、アモーレかよ姉御」

 二人で委員室に戻る頃には、風紀委員全員が揃っていた。もさ男は私たちの姿を確認すると眼鏡をくいと持ち上げる。

「では皆さん、今日も元気に挨拶運動お願いします」



 エントランスに移動した風紀委員一同は一斉挨拶を済ませた後、三々五々さんさんごごに散っていく。私は勿論一年生の下駄箱周辺を陣取り、挨拶と共に営業スマイルを振り撒いた。
 出来れば武田君が休んでいてくれると私的には助かるのだけれど、まぁそんな淡い期待が叶う訳無いわよね。

 そうして十数分が過ぎた頃、私のわずかばかりの期待はことごとく裏切られ、武田君がとぼとぼと登校してくる姿が見えた。思いつめた表情には先週の木曜日のことを引き摺っている様子がうかがえる。
 来てしまったからには仕方が無いわよね。他に代案も思いつかないし、さっきの作戦で行くしかなさそうね。
 武田君が登校していることさえ確認できれば良かった私は、彼の視界に入らない位置へと移動する。
 さぁここからが正念場よ。私は自分に気合を入れるとより一層営業スマイルを振り撒くのだった。



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