エクスクラメーション

桜綾つかさ

第1章 Scalar 第11話 本当の自分⑦ (了) 

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 -五月二十三日- 月曜日 十二時三十五分~


武田たけだ。お前、玉置たまきさんと付き合ってるのか?」

「…………え?」

 フリーズしてしまっている頭をなんとか働かせて、状況を整理する。
 多分、かけるはクラスの皆から聞いたんだ。僕と玉置さんが二人で出て行ったって。根も葉もない噂をしていたから、“武田と玉置が付き合っている”という話を耳にしても不思議じゃない。
 どうするべきだろう。付き合ってると言えば翔は玉置さんを諦めてくれるだろうか。僕は少し思案する。
 いや、もしかしたら自分の好きな人を奪われたことに対して怒り出すかもしれない……。そうなったら翔と仲良くなるどころか、より一層疎遠になってしまう。そんなのは嫌だ。

「……そ、そんな訳ないよ。だ、だって僕と玉置さんだよ?釣り合う訳がないし」
「……マジ…なんだな?」

 翔にじっと見詰められ、ドギマギしてしまう。キリッと整えられた眉と凛とした目鼻立ちがとても綺麗で何時間だって見ていられた。

「も、勿論」
「……はぁぁ~。そっかぁ。マジで良かったわぁ」

 翔が安堵したように胸をなで下ろす。
 その喜びは玉置さんがまだフリーだってことが分かったからだよね…。玉置さんを挟んで僕と対立することにならなくて良かった、とかだったら良かったのにな……。

「つか武田。玉置さんを保健室に運んだあの日は、玉置さんなんて知りませんみたいなこと言ってたくせに、いつの間に友達になったんだよー、おい」

 肘で小突かれて茶化される。
 あぁ。こんな友達みたいな会話を翔と出来るなんて高校生活始まって以来、一番に嬉しい出来事だった。これが玉置さんの話じゃ無ければもっと良かったのに。

「と、友達って程でもないよ」
「嘘つくなって!」

 そう言って翔に尻を叩かれる。その瞬間、何故だかドキッとしてしまった。

「なぁ、俺も玉置さんと仲良くなりてぇからさ。俺も混ぜてくれよ。な!頼むよ」

 翔は両の手を合わせて懇願してくる。
 そっか。別に仲良くは無いけど、こうして玉置さんと仲良しの振りをしていれば、必然的に翔とも話す機会が増えるのか…。
 僕は嫌なものを遠ざけるだけが正攻法じゃないことに気が付いた。

「う、うん。分かったよ。玉置さんに話してみるね」
「おぉっ!マジか!!うおっしゃ!ゲロ嬉しいわっ」

 ゲ、ゲロ嬉しい…?聞き馴染みのないフレーズに戸惑いつつ、翔との繋がりが出来たことに僕も嬉しさを感じた。
 キーンコーンカーンコーン、という電子音が鳴り響く。気付けば階段付近にいたはずの生徒も居なくなっていて、午後の授業開始の合図だということに遅れて気付いた。

「やっべ。教室戻ろうぜ、武田」
「う、うん」

 授業に遅れて出席するなんてしたことなかったけど、こうして誰かと一緒に遅刻するだなんて、なんか青春してるなって少し思った。先生に怒られる億劫さよりも、翔と共有できてるこの瞬間が僕にとって凄く掛け替えのないものに感じられた。



 -同日- 十六時~


 正門前のバス停で他の帰宅部達に混ざってバスの到着を待つ。
 いつもなら学校を出て、反対車線にある北24条方面に向かうバスに乗って帰路に就くのだが、今日はこのあと玉置さんと会う約束をしているのでイレギュラーな動きをしている。

 今日の玉置さんとの約束に翔も誘おうかとも思ったけど、帰りのホームルームが終わると担任の先生に呼び出されてしまったので誘う機会を逃してしまった。
 それに玉置さんとは仲直りという名目で会うのに、いきなり翔を呼ぶのはどうだろうと気が引けたのも事実だった。

 札幌駅近くまで行くための市営バスに揺られながら考える。
 玉置さんの家は確か円山まるやまの方だったから、そっちにあるカフェにでも行こうか。あれだけ迎えに行くことをゴリ押しされたけど、やっぱり気が引けた。
 札幌駅周辺のカフェで時間を潰そうと思っていたが、予定を変更して円山にあるカフェに向かうことにした。

 札幌駅に着いた僕は地下鉄南北線で大通駅に向かい、そこから東西線に乗り換えて円山公園駅を目指す。
 道中、制服を着崩した沢山の学生とすれ違う。普段学校が終わったらすぐに帰宅する僕にとっては新鮮な光景だった。
 皆、同じ制服をいかにオシャレにせるかで競っているようで、僕には到底理解できるものでは無かった。一旦帰って着替えれば良いのに。

 夕方の円山はOLや大学生、高校生と様々な若い女性で溢れていた。バス停に仕事終わりのサラリーマンもチラホラ見える。

 時刻は十六時五十分過ぎ。丁度待ち合わせの時間まで一時間程度ある。どこにどんなお店があるのか、あまり把握しないで来たため当ても無く歩き始める。
 少し歩くと古民家風の建物があって軒先にメニューの書かれた看板を見つけた。
 え、ここってお店なの…?外観はあまりに家屋然としていてお店らしさは看板くらいしかない。奥に続く細い石畳の道を歩いていくと玄関に”あずまや”という暖簾のれんが掛かっているのが分かった。そこでやっとお店だと確信した僕はそのあずまやに入店することにした。

 いらっしゃいませの挨拶に続き、お好きな席へどうぞと促された僕は少し店内を見渡す。明治の洋館っぽい古くも気品ある内装に多少気後れしつつも手近な壁側の席へと座る。
 あらかたの説明を終えて立ち去る店員を見送ると僕はメニュー表に目を落とした。和風な内装に似つかわしい和菓子がメインのお店のようだ。コーヒーという頭で来ていたが、折角なのであんみつと日本茶のセットを注文することにした。

 運ばれてきた盆の上には、黒蜜の入った容器と口直しの塩昆布。そしてメインとなるあんみつが和を乱すことなく完璧に並べられていた。
 あんみつは透き通るような寒天の上に粒あんと白玉、淡い緑と赤の求肥ぎゅうひが盛り付けられ、差し色として杏子と苺が飾り付けられていた。
 見た目の美しさに和菓子の本気を見た僕は食べるのが惜しいと思いつつも、添えられた黒蜜を掛けて頂くことにした。
 


 あんみつと日本茶の絶妙なタイアップの余韻に浸っていると、スマホに通知が届いた。
 画面に表示されたポップアップには、玉置さんの名前と短く“委員会終わったわ。どこのカフェに居るのかしら?”のメッセージが映る。
 僕はアプリを開くことなく、ポップアップ表示のまま“あずまや”とだけ入れて送信する。
 間も無くして、LINE通話の呼び出し音が鳴り出した。

『もしもし、武田君?』
「あ、はい。武田です」
『気を遣わなくて良かったのよ?』
「す、凄いね。あずまやだけで伝わるんだね」
『別に普通よ。んーでもそうねぇ。そこまで来てるのなら直接家に向かって貰った方が近いから、歩いて来て貰っても良いかしら?』
「あ、うん。それは全然大丈夫だよ」
『そう。なら住所送るから。また後でね』

 通話が切れてから程無くして住所が送られてくる。そのまま住所をコピペして地図アプリで検索を掛けると、ここから十分もしない距離に玉置さんの家があることを確認する。
 僕は音声案内にして機械の指示のままに歩き出した。



「ごめんなさい。待たせてしまって」

 玉置さんはてへぺろ、と可愛く舌を出して謝って見せる。
 大体四十分程度だろうか。玉置さんの住むマンション前に到着してから、それくらいは待たされていた。渋滞で道が混んでいたらしい。おかげで近隣住民から変な目で見られて、とても居た堪れない思いをしたけど、お詫びにと言ってケーキを買ってきてくれたらしいので僕は許すことにした。

「まぁ少し待ったけど、大丈夫だよ。それよりも──」

 そう言いながら室内の壁掛け時計を見る。既に時刻は十九時に差し掛かろうとしている。今から料理してとなるとかなり時間が掛かるんじゃないだろうか。玉置さんのことだから下準備くらいは済ませてそうだけど。

「あぁ、ご飯ね」

 僕の挙動から察したのか、玉置さんは頷くとソファから立ち上がりキッチンへ向かうとダイニングテーブルに置いてあったスマホを手に取る。

「何か食べたいものある?」

───デリバリー出来るもの限定になるけれど、とおもむろに言い放った。

「え?デリバリー頼むの?」
「そうだけど。何か問題あるかしら?」きょとんとした表情で見られる。

 これは僕の勝手なイメージだが、人を家に招待して食事と言ったら手料理を振舞うのが普通なのではないだろうか。なんて映画やドラマの見過ぎだろうか。

「恥ずかしながら、お金が…」僕は正直に懐事情を明かす。
「あぁそんなこと。お金のことなら気にしなくていいわ。全部私のおごりよ」

 玉置さんは慣れた手付きで髪を払い、事も無さげに答えた。さらりと金持ちアピールされるが、常識的に考えて、じゃあゴチです、とはならない。

「いやいやいや。申し訳ないよ」
「どうしてよ?私が誘ったんだから、それぐらい当然だわ」

 一理ある言い分に頷きそうになるが、グッと堪える。

「な、何か冷蔵庫に食材とか余ってないの?」
「あるとは思うけど……」

 思うけどって、自分の家なのに食材の把握もしていないなんて。玉置さんという完璧超人から発せられたとは思えない言葉に僕は驚く。

「あ、もしかして。いつも専属の料理人に作らせてるとか?」
「ふ、普段はね。ただ今日はシェフ休みだからいないのよ」

 ちょっと冗談のつもりだったけど、本当だったとは……。金持ちって凄い。

「な、なるほどね。よ、良ければだけど、僕が作ろうか?」
「え!武田君料理できるのっ?」

 玉置さんの声のトーンが一つ上がる。そんなに驚くようなことだっただろうか。僕の見た目からは料理が出来るように見えないから、そのギャップでとかなのかな。そう思うとちょっと心外だった。

「そこまで凝った料理はできないけど、ある程度は…。時間も遅くなるから玉置さんにも手伝ってもらいたいんだけど」
「んっ!?」
「ど、どうしたの?」
「な、何でもないわ。そうね。二人でやった方が良いわよね」
「う、うん……?」



 手を洗い終わった僕はキッチンへ移動する。
 玉置さんが手洗いから戻ってくる前に冷蔵庫の中を確認したかったからだ。勿論、玉置さんからの許可は貰っている。
 キッチン広いなぁ。こういうタイプのキッチンって何て言うんだっけ。セパレート?アイランド?どっちにしてもこんなキッチン使えるなら料理する方も捗るだろうな。
 冷蔵室の観音扉を開ける。やたらとタッパーが敷き詰められている光景に驚いた。シェフも楽したいんだなぁ。
 残念ながら冷蔵室にはこれと言って目ぼしい材料が無かったので、野菜室を覗いてみる。
 エリンギに玉ねぎ、アボカド、レタスにトマト、ジャガイモ、ニンジン……。どんな料理でも作れそうな材料達を前に感嘆としてしまう。ふと視線を移すと、フランスパンが見えた。
 次にチルド室を開ける。ステーキ用の牛肉が入っているだけ。なら冷凍庫は、と。あったあった。冷凍庫に冷凍のエビを発見する。うん、作るもの決めた。

「玉置さん、そこに出してるレタス、サラダに使うから洗って千切っておいて貰っても良い?」

 僕はエプロンを身に付けながら、手洗いを終えてキッチンに戻ってきた彼にそうお願いする。

「え、えぇ。分かったわ」

 その間に冷凍エビの解凍と野菜、キノコ類のカットをしていく。

「玉置さん、レタスの準備は…って!ええええぇぇぇぇぇえ?!!!」

 僕の口からこんなに大きな声が出るんだと初めて知る。

「た、玉置さん!何してる?!」
「え?何って、レタスを洗ってるのよ」

 なんとあろうことか、玉置さんは洗剤を付けたスポンジでレタスを洗っていたのだった。

「洗うってそっちじゃないよ!」
「ぇ…?ち、違うの?」

 僕は頭を抱えそうになりながら玉置さんに説明する。

「うん……全然違う。普通は野菜を洗うって言ったら流水ですすぐことを言うんだけど……」
「あ、あははは。これは、その、ちょっとしたボケを入れてみただけよ?ガ○使でもやらない、昭和のボケをすることでド○フターズ再来的な?」
「……ごめん、ちょっと何言ってるか分かんない…」

 二人して沈黙する。

「もしかしてだけど…、玉置さんって料理したことない、とか?」
「…………」

 閉口して目を伏せる玉置さんの様相が全てを物語っていた。
 漫画やアニメで見たことはあったけど、本当に金持ちの子は料理をしないんだなぁ。改めて僕の中での常識が覆された瞬間だった。

「と、とりあえず、レタスに付いてる泡を流そうか」
「…はぃ」

 その後は言わずもがな、玉置さんにはリビングで待って居て貰って、僕が料理を担当することになった。

「お待たせ」

 キッチンに併設されたダイニングテーブルに、エビときのこのアヒージョとカットしたフランスパンにオニオンスープ、アボカドとレタス、ミニトマトで彩ったサラダを並べていく。

「す、凄いわね」
「いや、そんなに凄い料理でもないよ。手軽に出来るものだし」
「何それ、嫌味?」
「い、いや。そんな積りじゃ」
「冗談よ。何本気にしているの?」
「べ、別に本気になんかしてないよ」

 半分嘘で半分本当だった。この間怒らせた時、あの時玉置さんの言葉数は少なくなっていた。淡々とする、というかこう相手がいないみたいな対応をするのだ。でも普段、冗談を言う時などは自分からどんどんと喋ってくる。ただ、まだ絶対の核心がある訳では無いから、半分嘘で半分本当なのだ。

「そう?なら良いのだけれど。冷めない内に食べちゃいましょう」
「う、うん」
「あ、そうそう。飲み物はシャンパンで良いかしら?」

 そう言って玉置さんは食器棚から二つグラスを持ってきた。

「シャ、シャンパンって。僕達まだ未成年だよ?」

 金持ちの子はもうお酒をたしなんでいるのか。僕の中の常識がまたも更新される。

───冗談よ

 そう言いながら玉置さんはジンジャーエールを注いでくれる。僕の中の常識が再構築される。前言撤回、相変わらず玉置さんの冗談は掴めないでいた。
 見た目は完全にシャンパンのそれだけど、この食卓に並んだ料理達と見事にマッチした装いになっていた。

「あらごめんなさい。こういう時って炭酸かと思って勝手に入れてしまったけれど、武田君炭酸飲めるかしら?」
「うん、大丈夫だよ。この方がオシャレだしね」
「でしょう?」玉置さんは長い黒髪をサラッと手で払う。

 食事の時に炭酸、というかジュースを飲むのには少し驚いたけど、思い返せば母も父もお酒飲んでるしね。今日くらい別に良いよね。
ちょっといけないことをしているみたいな気分で妙に楽しくなった。



「でね、もさ男が“僕には敬語なんだね”って言ってくるのよ?キモくないッ?」
「ま、まぁ、そうだね」
「嫉妬するのは勝手だけどそれを私に向けないで欲しいわ」

 食事開始早々から、怒涛の愚痴暴露大会が始まってどれくらい経っただろうか。食事中に余り会話をする習慣が無い僕にとって、どのタイミングでご飯を食べていいのかが掴めず、まともに食事出来ていなかった。
 対して玉置さんは食べて飲んで喋っての連続技で、聞き役に徹している僕よりも遥かに食べ進めているのだから驚きだ。

「しかもね!それと同じタイミングで久田ひさだ君もずぅーと私の連絡先聞き出そうとして探し回ってたのよ?本当に疲れちゃうわ……」

 前に翔の話を聞いた時は嫌味にしか聞こえなかったけど、改めて聞くと玉置さんは本当に迷惑に思っているのかも知れない。そう思うと今まで恋敵として見えていた玉置さんが、ただの同級生のように感じられてきた。

「って武田君全然食べて無いけれど、お口に合わなかったかしら?」
「そんな訳じゃ…って!いやいや、これ僕が作ったものなんだけどっ」
「そうだったかしら?」玉置さんが悪戯な笑みを浮かべる。
「レタスを洗剤で洗ってた癖に」
「い、痛いところ突くわね…」
「そりゃいつまでもやられっぱなしじゃ居られないからね」

 何でもできる完全無欠と思っていた玉置さんが、まさかの料理下手だったこと、更には僕がその分野でまさっていることが少しの自信に繋がっていた。どれだけ僕は下劣で矮小な人間なんだろう……。

「言うようになったわね武田君も。私としても嬉しいわ」

 とにこりと微笑まれる。この微笑みが本心なのか、嫌味なのかの判別はまだ僕には付かなかった。なので誤魔化しの為に、とりあえずジンジャーエールを飲むことにした。

「お代わりは?」
「じゃ、じゃあ、お願いしようかな」

 玉置さんは冷蔵庫から取り出したジンジャーエールを僕のグラスへと注いでくれる。
 その横顔を見ていると、単純に僕と友達になろうとしてくれている良い人のように思えてきて、それを翔と近付くための出汁だしに使っている僕が凄く最低な奴に思えてきてしまった。

「話は変わるけれど、武田君って好きな人とか居るの?」
「ぐぼほっ──!」

 明後日の方向に向いていた意識と口にしていた食事のせいで僕は盛大にせ返ってしまう。

「だ、大丈夫?」

 僕は口元を抑えながらこくこくと首肯して、無事を伝える。
 早速入れて貰ったジンジャーエールを飲み干して、何とか体を落ち着かせた。

「でもその反応、武田君好きな人居るでしょう?」

 ニヤニヤしながら玉置さんは自席へと戻る。

「べ、別に居ないよ」
「メンズトークに隠し事は無しよ?」
「メ、メンズトークって…。なんでガールズトークみたいなキャピキャピした響きにしちゃってるのさ」
「別に普通でしょう?ガールズトークがあって、メンズトークがあっちゃいけない理由は無いわ」
「ま、まぁそうだけど。でもガールズに対抗するならボーイズじゃないの?」
「女性はいつまでも若く見られたいものだけれど、男性は逆に大人に見られたいでしょう?だからメンズトークで良いのよ。ていうか、細かいことは気にしないの。それでそれで?」

 なんとか話題を逸らしたかったけど、こうも簡単に受け流されてしまうとは。流石はゴリ押しトークの達人だ…。なんて変なことを考えている余裕なんて無かった。

「だ、だから居ないって」
「はぁぁー。つまらないわねぇもぅ…。武田君に好きな人とか居るのだったら、もしかしたら恋のキューピッド役になれたかも知れないのに」

 そう言われて今日の学校での翔とのやり取りを思い出す。
 確かに、玉置さんと一緒にいるおかげで翔とも話すキッカケが出来たし…。

「私、学校では女子してるから色恋の噂には詳しいほうなのよ?」
 
 も、もしかしたらだけど、女装している玉置さんなら、僕の常識では測り知れない玉置さんなら…僕のこの気持ちを受け止めてくれるんじゃないだろうか……。
 そしたら、翔のことも相談できるかも知れない。翔に興味が無いような感じだったし…。

 で、でも。もし仮に受け入れてくれたとしても、本当にそれで良いのだろうか……。だってそれを玉置さんが認めるイコール、僕自身もと向き合わなきゃいけなくなるということじゃないか。そんなこと…僕に出来るだろうか……?

「………やっぱり、好きな人いるでしょう?」

 僕の目を覗き込むみたいにテーブルに肘をついて前屈みになる玉置さん。妙な圧迫感からか緊張して喉が渇いてしまう。
 いつかのバスのお爺さんみたく、頑として自分を貫き通せるだろうか…。周りからの忌避きひの目に耐えられるだろうか……。常識人間の母と父は分かってくれるだろうか………。
 それら全てを解決できたとしても翔に受け入れて貰えなかったら?その先僕は後悔しないで生きていけるのかな…。

「………」

 今ここでの僕の選択が僕を生涯孤独にしてしまうかもしれない。そもそも目の前にいる玉置さんさえ、僕を受け入れてくれないかも知れない…。でも…何故だか玉置さんなら受け止めてくれそうな、そんな気がする。
 金持ちだってことしか素性は知らないし、どんな理由があって女装しているのかも分からないままだし…。僕のこと脅してくるし、揶揄からかってはもてあそんでるようにも見えるし……。

 でも、思い返してみれば一番最初に出会った時、かれそうになった僕を身をていして助けてくれた。風紀委員の仕事の一環としては務めの範囲を大きく超えたものではないか。
 それに女装してることを問い詰めた時、玉置さんならいくらでも誤魔化せたはずなのに僕に本当のことを告げてくれた。何故かは分からないし、僕の思い込みかも知れないけれど、玉置さんは僕のことを買ってくれている。そんな気がする。
 それに酷いことを言うようなこんな僕と仲直りしようと、こうやって食事にも誘ってくれて。
 玉置さんのことを知れたら、何か変わるんじゃないか。そう直感した日もあった。

「私ったら、また無理に聞き出そうとしちゃって。ごめんな──」
「す、好きな人は…その、まだ言えない……」

 でも、やっぱり恐い…。男が好きだなんて言えない。けどせめて───。

「……け、けど。今のじ、自分を変えたい、って思ってて……」
「……そう」玉置さんは目を丸くする。
「ご、ごめん!やっぱり今のなしで。い、いきなりこんな悩み打ち明けられてもこ、困っちゃうよねっ」
「そんなことないわ。武田君の悩みを打ち明けてくれてありがとう」玉置さんは嬉しそうに微笑んだ。
「い、いや、その、あの………」

 玉置さんの真っ直ぐな笑顔が凄く輝いて見えて、なんだか気恥ずかしくなってしまう。

「私から一つ提案があるのだけれど」人差し指を立ててウィンクされる。
「て、提案…?」

 玉置さんは頷くとゆっくりと僕に告げる。

「武田君、女装してみない?」
「………へ?」

 何を言われるのか固唾を呑んで待っていた僕は狸に化かされたように、盛大に肩透かしを食らった気分になる。

「な、なんで僕が女装することになるのさ!?」
「まぁまぁ。落ち着いて武田君」僕を宥めるように優しく微笑む。
「理由は二つあってね。一つは、いつもと違う自分に変身することで心の奥底に眠っている素の自分を出せるようになるから」
「……素の、自分」

 常識や周りの目を気にせずに、素の自分を出せたらどんなに楽しいだろうか。僕は想像してしまう。

「そしてもう一つが、かつての私もそうだったから」
「た、玉置さんが?」
「そうよ。言ったでしょう?私は完璧超人じゃないって」

 ふっ、と彼は鼻息を漏らした。

「私もどうにかして今の自分を脱却したいって思っていた時期があってね。長くなるから経緯は省くけど、とある人が”コスプレは違う自分になるための変身だ”って言っていたの。自分の延長線上でやっている訳ではなく、全く違う自分になるための手段としてコスプレをしているって。それで試した結果が今の私」

 昔の玉置さんを知らないから比較のしようはないけど、比べずとも分かる。だって僕の目にはいつだって玉置さんが輝いて見えていたのだから。いつも嫉妬してしまうくらいに。

「ぼ、僕も…。玉置さんみたいに、変われるかな…?」

「武田君。それはあなた次第よ」

 真面目な面持ちで見据えられる。なんだか上げて落とされた時のようなショックを受ける。

「でもね、変わるキッカケくらいにはなるはずよ」

 玉置さんの真っ直ぐな笑みが嘘じゃないと物語っていた。

「それは私が保証するわ」

 別に女装がしたい訳ではない。けど、女装という手段で今の自分が少しでも変わるのなら、毎日を臆病に過ごす僕と離別できるなら、本当の自分と向き合う勇気が持てるようになるのなら…女装という手段も悪くは無いのではないだろうか。

「た、玉置さん…。僕、じょ、女装してみるよ……!」
「えぇ、全力でサポートさせて貰うわ」

 この選択が正しいのか、間違ってるのかなんて分からない。けど、一つだけ確かなことがある。
 それは、常識的に考えて判断したのではなく、僕が今までの自分から変わる為に僕自身が選択したということ。ということだ。

























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