エクスクラメーション

桜綾つかさ

第1章 Scalar 第10話 本当の自分⑥

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 -五月二十三日- 月曜日 十一時四十分~


 三時限目の授業が終わり、昼食の時間になる。
 教室にいるお弁当持参組の皆は机を突き合わせてそれぞれいこいの場を展開し始め、食堂派と購買部派の面々はぞろぞろと教室を後にしていった。
 かけるも仲良くしている友達と一緒になって教室を出て行ってしまった。

 気分が悪い……。今日は早退しようかな…。
 土日に気持ちを落ち着かせて考えを整理しようと思っていたけど、どうも上手くいかず今日まできてしまった。

 頭をよぎるのは先週の木曜日、玉置たまきさんの自宅へ連行されたあの日のこと。玉置さんの怒った顔と吐き捨てられた言葉、そして何よりもあの時の自分自身の言葉だった。

 彼が怒るのも無理はない。
 僕が相手の気持ちなど何も考えずに身勝手な思い付きでものを言ったのだから怒らない訳がなかった。
 でも本当は彼の怒ってる理由より何より、自分の言動が招いてしまった"今"が僕を一番に落ち込ませていた。
 僕がもっと自分に正直になれていたら、玉置さんを怒らせることも無かったし、翔とも楽しく過ごせていたんだろうな。

 でも正直になんかなれるはずも無かった。
 そんなの常識的に考えて可笑しいのは、僕自身が一番分かってるからだ。

 それでも、ほんの少しだけ空想の話をするのなら……翔を思う気持ちは本当なんだと思う。
 ただ、その気持ちを認めて向き合ってしまったら、きっともう後には戻れない………そんな気がする。

 それに周りからの視線が……両親への顔向けが………どうなってしまうか分からない未来が恐くて怖ろしい。
 だから僕はわざと見えない振りをするし、認めない。
 でも、それでもって考えてしまっている自分もいるのは分かってて………。

 どっちつかずなのは玉置さんなんかじゃなく、僕の方じゃないか……。

 きっと玉置さんは女装している自分もそうでない自分も全部を認めて、今に至ってるんだ。
 それを僕みたいな半端者が横槍を入れれば怒るのも無理はない……か。

 彼は一体なんの為に女装し始めたのだろう。
 玉置が玉置さんになった理由が何なのか少し気になって考えてみるけど、分からなった。

 単純に趣味なのかもしれないし、好きな人に振り向いて欲しくてという色恋絡みなのかもしれないし…。所詮しょせん僕に想像できるのはこの程度でしかなく、それ以上のことは全くもって見当がつかなかった。

 もしかしたら、玉置さんを知ることが出来たなら僕も何か変われるのかも知れない………。

 顔を上げてふと教室を見渡す。
 白いもやの残るモスグリーンの黒板、その前にある教卓にたむろする男女。左を向けば、窓のさんに腰掛けて写真を撮っている女子二人。少し手前には、イヤホンを耳にして机に突っ伏す男子。右に目をやれば、スマホで動画視聴しながらご飯をのんびり食べる男子とソシャゲをする男子の集団。

 一見、何も悩みが無いように思える彼ら彼女らも何かしらの悩みを抱えているのだろうか。
 そう言えば翔は何かで悩んでいたな。バドミントンのことだっけ。部活はまだ休んでるのだろうか。そもそも右腕の怪我はもう治ったのかな………。

 僕はこんなにも翔のことを思っているのに、どうして玉置さんなんかを……。ほんの少しだけでも翔と仲良く出来たら良い、それだけなのに………。
 玉置さんへの嫉妬心がみるみる燃え上がるのが自分でも分かった。
 
 翔との仲を裂こうと思っていたはずなのに、喧嘩別れしたままじゃこの先どうしようもないし…。玉置さんと話せる状況だったとしてもどうすればいいのか考えて無いから意味無いし……。そもそもこんな険悪なムードになっていなければ……。あぁもう…どうしてこんな事に……。

 答えの出ない袋小路ふくろこうじに迷い込んでしまったみたいだった。
 僕が苦悩しているこの間にも翔と玉置さんの仲は深まってるのかな……。

 自分のしでかした過ちを棚に上げて怒りにも似た感情を玉置さんにぶつけている、そんな僕自身の傲慢ごうまんさも分かっていて………。結局、自分でもどうしたいのか分からなくなっていた。

 母が作ってくれたお弁当を机の上に出してみるが、今は食欲がない。帰ってから食べればいいや。そう思って包み直したお弁当をスクールバックに入れる。その時だった──────。

武田たけだー、一組の玉置さんが呼んでるぞ」

 教室の出入り口に近い席のクラスメイトが声高らかにそう告げた。
 その声が響いたのか談笑していた教室の皆が僕と玉置さんを交互に見渡してはヒソヒソと根も葉もない噂話をし始める。

 こういう気遣いのなっていない人は必ずクラスに一人や二人はいる。その軽んじた言動がどんな結果を招くか、何も考えていないんだ。

 言ってるそばから、「玉置さんと友達なんて武田のくせに生意気だ」「陰キャの分際で調子に乗ってんじゃねぇよ」「二人って付き合ってるのかな」なんてクラスのあちこちから聞こえてくる。

 嫌だなぁ、こうやってクラスのカースト最下位が注目を集めると後でろくなことが無いんだから………。

 鬱屈うっくつとしていた気分がさらに暗くなる。教室の外にいる玉置さんも同じ気持ちなのか、苦笑いを見せている。

 心の準備が出来ていないので、本当なら玉置さんと顔を合わせたくはなかった。
 しかしクラスメイトの視線にさらされるこの状況もとても居心地の良いものでは無くて、選択肢のない僕は逃げるように玉置さんの元へと向かうしかなかった。

──ちょっといいかしら?

──うん。ここじゃなんだから上に行こう

 僕達は口裏を合わせたかのように教室から退散する。しかし僕達、というより玉置さんが目立つためにどこを歩いても皆の視線を集めてしまっていた。
 それらを振り払うようにしてようやく屋上に辿り着く。

 僕の暗雲立ち込める心情とは裏腹に、外は日向ぼっこするには打ってつけの春うららかな日和見ひよりみであった。
 屋上には僕達以外に人影はない。
 玉置さんは深緑色した背の高いフェンスまで歩いていくので、僕もそれに続く。

 どうしよう…。とりあえず謝らなきゃいけないよね……。でもその後は…?あーもうこれだからコミュ障は嫌になる……。

「こないだはごめんなさい…」

「え…?」

 なんと声を掛けるべきか思案中だった僕をよそに、フェンスにからめていた手を放して振り返った玉置さんは頭を下げた。

「い、いや。謝るのは僕の方だよ…。あの時、玉置さんのこと何も考えないで酷いこと言っちゃってごめん……」

「ううん。私の方こそ、つまらないところで意地張って怒っちゃってごめんなさい。昔からなのよね。悪いところって分かってはいるのだけれど、なかなか治せなくて……」

 玉置さんが何について意地張っていたのかは分からない。けど、女装のことと関係があるのは何となく想像が着いた。
 でもそれを今ここで言及することは違うような気がして、とりあえず話を合わせておくことにした。

「そ、そうなんだね。僕も後先考えないで口走っちゃってたから」

 二人して「あははは」と乾いた笑いを浮かべる。

「それでね、良ければなんだけれど。仲直りの印に一緒に夕食なんてどうかしら?」

 一体全体どういう風の吹き回しだろうか。
 木曜のあの様子からだと、凄く怒っていると思っていただけに面食らってしまう。

 今の僕には玉置さんと仲良くする資格はないだろうし、友情を築ける気もしないけれど、それでも翔との接点に繋がる可能性があるのなら、こんな千載一遇のチャンスは他にないんじゃないだろうか。

 そんな卑怯ひきょうよこしまな考えに行きつく自分にまたしても嫌気を覚えるが、この歳になって初めて感じた得も言えぬ情熱、生まれて初めて芽生えた突き動かされるような衝動を僕は身勝手と知りながらも優先したかった。

「………………た、玉置さんが良いなら」

「良かったっ。断られるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたわ」

 そう言ってはにかむ玉置さんはとても綺麗に見えた。

「前回はあまり話せなかったけれど、本当は武田君と沢山お話ししたかったのよ?」

 そんなに僕と話すことなんてあるんだろうか。僕の方には目的はあるけれど、話したいことは特にないし……。

 まさか女装の件を言い触らしてないかどうか尋問される、とか。
 そう思うと彼の自宅へ行くのがなんだか恐くなってきてしまった。

「そ、そうなんだね。因みに話って…?」

「それは勿論、今悩んでいることとか………」

 今悩んでいることって……。玉置さんの秘密を知ってしまっている僕の所在しょざいをどうしようか…とか。
 悪い方向にばかり考えが及んでしまう。

「た、玉置さんでも悩むことがあるんだね」

「そりゃ当然よ。私を何だと思ってるの?」ぷぅと頬を膨らませた。

「い、いや、けなしてる訳じゃなくて。何でもそつなくこなしてるイメージだったから、つい」

「そんな完璧超人じゃないわよ、私」

「そ、そうなんだね」

 ここで会話が途切れてしまい、なんだか気まずさを感じる。
 玉置さんを見ると、心ここに在らずとばかりに視線が中空をただよっていた。

「ち、因みに悩み事って?」

「え?あ、あぁ。うーん、そうねぇ……例えば」

 彼は人差し指を下顎に当てる。

「風紀委員長に変に気に入られてて困っている、とか」

「う、うん」

 どうやら僕をどうこうするという話では無さそうだ。内心でホッと安堵する。

「最近だと久田くんがやたらと声を掛けてきててちょっと疲れちゃってる、とか」

「ッ──。へ、へぇ。そうなんだ」

 翔に話し掛けられて疲れてるって、どれだけ贅沢な悩みなんだろう。僕がどんなに望んでも手にできない状況をいとも簡単に手にしてしまう玉置さんが羨ましかった。

 僕だって、翔と話したいのに……。僕だったら翔からどれだけ話し掛けられようが疲れたなんて思わないのに…。どうして僕じゃないんだろう。気持ちが暗くなる。

「まだまだ話したいことがあるんだから、ちゃんと付き合ってよね武田君?」

 腰に両手を当てて仁王におう立ちする玉置さんに詰め寄られる。

「う、うん……。分かったよ」

「なら、今日の夕方六時によろしくね。迎えに行くから住所、教えてくれるかしら?」

「えっ!今日の話なの?」

 今すぐの話ではないと思って油断していた僕はきょを突かれて驚いてしまう。

「善は急げって言うでしょ?」長い黒髪を払ってウィンクされる。

「い、いや。まぁそうだけどさ。そ、その、まだ心の準備が……」

「そういうのは勢いでなんとかなるものよ?」

「そんなやっつけな」

「じゃぁ決まりってことで良いかしら?」

 有無を言わせぬ会話に僕は結局、成す術無く従うことになる。玉置さんの方から仲直りの機会を作ってくれたのだから、これくらいは甘んじて受けるしかないのかもしれない。僕はそう思うことにした。

「それで家はどこなのかしら?」

 僕の沈黙を了承と受け取った彼は話を戻す。

「い、いいよ。わざわざ家まで迎えに来てもらわなくても。六時に学校に居るようにするから」

「そう?ちなみにだけれど、六時まで何して待っているの?」

「カフェかなんかで適当に時間を潰そうかなって思ってるけど」

「ふぅん。ならそのカフェまで迎えに行くから、LINE教えてくれないかしら?」

 どうあっても迎えに来るのは変わらないみたいだった。彼のこういった強引に押し切る会話術というのは僕も少し見習わないといけないのかも知れない。

「わ、分かった」

 前に聞かれたけどけむに巻いたんだっけ。僕はいつぞやの記憶を思い出す。全くもって抜かりのない人だな。
 ポケットからスマホを取り出すと二人してスマホをフルフルする。

「友達登録かんりょ~っと」

 玉置さんは早速トーク画面に「よろしくっ」と言った何かのアニメキャラスタンプを送ってくる。既読だけ付けるのは申し訳ない気がしたので「よろしく」と文字だけ送信しておいた。

「じゃあ、また後でね」

「う、うん。また後で」

 玉置さんは軽く手を振ると小走りに校舎の中へと戻っていった。
 早退しようと思っていたけど、これじゃできないな。
 屋上に一人取り残された僕は嘆息する。
 でも心の中のわだかまりが少しばかり解消されたような気がしてわりと気分は良かった。

 あとはどうやって翔との繋がりに持っていけるか。そして玉置さんと翔の仲をどう遠ざけられるか、かな。
 とりあえずお弁当を食べちゃわないと。そう思った僕も屋上を後にする。

 人間というのは不思議なもので、さっきまで食欲無かったのが嘘のように今では空腹を感じている。
 不安が解消された途端とたんお腹空くって、どれだけ単細胞なのだろうか。それとも皆も同じなのかな。そんな疑問を抱きながら教室へと戻る。


 教室の壁掛け時計は十二時三十分を指していた。
 午後の授業は十二時五十分から始まるので、残り二十分である。

 お弁当を食べ終わった皆は思い思いの過ごし方で休み時間を満喫していたが、教室に戻ってきた僕に自然と視線が集中するのが分かる。

 残りわずかしかない時間でお弁当を食べてしまいたいのに、この異様な雰囲気がそれを許してくれない、というか僕自身が委縮してしまってお弁当の包みを出すことすらままならなかった。

 たまれない状況から逃げようとお弁当では無く本を出して読み始めるも当然、本の世界に入り込めるはずも無く、ただただ字面を追うだけ。内容も何も頭には入ってこなかった。

「なぁ武田。ちょっと良いか」

 その声に顔を上げると翔が僕の席までやって来ていた。

「ど、どうしたの?」

 今まで教室で話し掛けられたことなんて無かったので、ドキリと胸が高鳴った。

「ここじゃあれだからよ」

「う、うん」

 翔に言われるまま僕は席を立ち、二人して教室を出て行く。
 休み時間の後半というのが残念だけど、翔の方から話し掛けてきてくれたことがとても嬉しかった。
 お弁当は食べられそうにないけど、そんなことはどうでも良かった。

 何の用事だろうっ…。僕はワクワクしながら想像を膨らませる。
 最近、元気のない僕を気遣って話し掛けてきてくれたのかな。担任でもない世界史の岡部先生ですら僕の異変に気付くくらいだから、もしかしたらそうかも。
 それか。遊びに行こうとか、そういうお誘いかな。
 何にしても二人きりで話したいってことは大事な話だよね。

 背の高い翔の大きい背中をずっと見つめながら歩いていると階段の中腹、折り返しの地点で翔は急に足を止めて振り返った。

「単刀直入にくけど」

 妙に真剣な表情で見据えられる。
 なんだかこっちまで緊張してしまう気迫だった。



「武田。お前、玉置さんと付き合ってるのか?」



「…………え?」



 予想だにしていなかった彼のセリフに僕の頭は真っ白になって、いつも以上に言葉が出てこなかった。


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