エクスクラメーション

桜綾つかさ

第1章 Scalar 第5話 友達②

E:\the\tale\of\STM1-2>





-五月十九日- 木曜日 七時~



 外の景観けいかんと制服姿の私を映し出す漆黒のクラ〇ン。
 鏡、っていうのはいささ誇張こちょうした表現かも知れないけれど、苫米地とまべちの車は息を呑むほどに隅々すみずみまで清掃が行き届いている。
 普段それに乗る私としてはこの綺麗さに気分が上がるのだけれど、毎日洗車してる彼からしたら大変なんじゃないかしら、といらない気をんでしまう。

さとり様。おはようございます。あれからお気分のほどは?」

「おはよう。えぇ、問題ないわ」

 単調な挨拶を交わし、苫米地が開けてくれたドアから後部座席に乗り込む。パタンと静かにドアを閉めると彼も運転席に乗り込んだ。

「悟様。シートベルトをお締め下さい」

 苫米地がバックミラー越しに私を見ている。っていってもサングラスを掛けてるから私を見てるかどうかは定かじゃないけれど。
 でも本当、りもせずによく指摘してくるのよね。私は「はいはい」と返事しながらシートベルトを締める。
 自宅から学校までのちょっとした距離だというのに、彼は必ずシートベルトを締めさせる。
 高速道路みたいに速度を出す訳ではないのだからしなくても良いんじゃないかしらと思うのだけれど、苫米地は私の安全のためと欠かさず指摘してくるのだから生真面目きまじめにも程がある。
 私はそれにあらがって彼に諦めさせようと毎回わざとシートベルトをしないのだけれど、彼は性懲しょうこりもなく何度だって注意してくるのだから脱帽だつぼうものだった。

「では、出発致します」

 後ろに流れ去っていく景色をぼぅと眺める。

「ねぇ。苫米地」

「はい。何でございますか」

「普通、使用人と言ったらあなたみたいな態度が本来あるべき姿よね」

 私は昨日の保健室であった鎌渡かまたりあんずとの一件を思い出していた。

「と言いますと?」

「杏の話よ」

「……はぁ」

 彼は私の意図がめず、ほうけた返事をした。

「杏って私にだけタメ口でしょう?しかも人を食ったあの態度。ほんと気に入らないわ」

「お気持ちは察します。ただ恐らくですが、悟様のことを気に入っているということなのではないでしょうか」

「そうかしら?私を虐めて楽しんでいるようにしか見えないわ」

「そのようなことは決してございませんよ。彼女は我々使用人の中でも特別優秀ですから」

 優秀ね。まぁ、百歩譲って優秀なのは認めるけれど……。
 でも、そうじゃないのよね苫米地。本当、男の人って分かってないわ。私は嘆息する。

 まぁ杏のことなんかよりも問題は武田たけだ君よね。彼に女装がバレていないかの探りを入れつつ、仲良くなる方法……。これが中々難しいのよねぇ。
 ただ仲良くなるだけなら超イージーゲームなのだけれど、私は仲良くなった更にその先で彼と一緒にしたいことがある。

 それは二人で女装すること。もっと言うと彼に女装友達になって貰いたい。

 でも普通に考えて拒絶されるのが目に見えている。
 だからこそ拒絶できない状況に持っていければ一番都合が良いのだけれど。そこが悩ましいのよね……。
 私の女装を知っても周りに吹聴ふいちょうせず、女装友達になってくれる人。
 やっぱり難しいわよね……。
 私はまた溜息をく。でも諦めたくないのよね……。

 私は初めて武田君を見かけた入学式のことを思い出す。

 あれはそう。たしか桜舞う季節のこと──って言っても北海道の桜開花時期は四月じゃなくて五月だから、実際は桜なんて舞ってすらいないのだけれど。もっと言うなら雪解ゆきどけ水でベしゃべしゃだったけれど。まぁそれは置いといて。
 私はあの日、うつろな眼をした彼を見掛けた。
 この世界に、そして自分自身にさえ価値を見出せずに日々を流し見しながら生きてきたであろう彼に、私は強くき付けられた。
 それはかつての私自身を見ているようなそんな錯覚からかも知れないけれど、それ以上に彼の容姿がとても魅力的だったから。
 そう。あの華奢きゃしゃ体躯たいく…白く透き通るようなキメ細かい柔肌…ッ、普段は髪で見え辛いけどパッチリとした瞳…!
 それを見た瞬間、彼は女装するために生まれてきた運命なのね、と私は悟ったのだった。
 あの衝撃の出会いから、はや一ヵ月──。

 やっぱり諦めるなんて論外よ!!どうにかして籠絡ろうらくしてみせるわ。
 意気消沈していたのもつかの間、私のやる気スイッチが三つくらい入った気がした。



「到着いたしました。悟様」

 そう言って苫米地は後部座席のドアを開けてくれる。

「ありがとう」

 学校に到着した私は完璧美少女キャラとしてのお面をかぶり、彼に対して華麗にお辞儀する。
 とりあえず風紀委員の仕事テキトーにこなしつつ、戦略を練るしかないわね。
 私は内に秘める熱い野望とは裏腹に、粛々とお嬢様然としたよそおいで生徒玄関へと向かった。



     ※     ※     ※



 -同日- 七時二十分~



 本当、うちの学校って何でこんなに面倒めんどう臭い造りなのかしら。
 教室棟四階に位置する一年一組の教室へとイライラしながら向かう。
 この天尚あまます高校は主に北側にある教室棟と南側にある特別棟の二校舎から成り立っており、その二校舎間を三本の渡り廊下が架け渡されて成り立っている。
 上から見ると丁度「日」の字の形をしているのだけれど、問題は渡り廊下が各階に一つずつしかないということだった。
 つまり教室の位置によっては特別棟への移動距離がとてつもなく長くなる構造になっているということ。
 そして、一年一組の教室は教室棟四階の生徒玄関側である北北西に位置しており、私が今から向かおうとしている風紀委員会の教室は特別棟四階の南南東と対角に存在しているため、例に漏れず移動距離がめっっっちゃ長い。
 きっとこの学校建設にたずさわった設計者は馬鹿に違いないわ。全体的な景観を意識するあまり利便性度外視で建造したのね。本当、困っちゃうわ。芸術家気取りは。

 一組の教室に入り自分の机へ荷物を置く。当然ながら教室に他の生徒の姿はない。
 私は風紀委員室へと向かうべく回れ右して教室を出ると、左に曲がって永遠に続くのではないかと思われる長い廊下を歩いていく。

「おっす」

 途中にある階段から上ってきた久田ひさだ君とばったり出くわした。私は慌てて営業スマイルを作ると「おはようございます。久田君」と挨拶を返す。

「昨日はご迷惑をお掛けしたみたいで……」と私ははにかんで見せる。

「ハハッ。迷惑だなんてこれっぽっちも思ってねぇよ。むしろ普通のことしたまでって言うか」

 そう言って彼は鼻頭を人差し指で擦る。
 うっわ…。典型的なクサい奴じゃない。当然のことをしたまででござる、的な?こういう紳士的な態度を取る男子ってその裏に隠れてる下心が見え見えなのよねぇ。付きまとわれても面倒だから適当にあしらっておかないと。

「そんなこと無いですよ。でも本当に昨日は助けて頂いてありがとうございました」

 私は九十度の完璧な最敬礼を披露して、顔を上げると同時に満面の営業スマイルを貼り付けた。

──それでは。

 さっさとこの場から離れようと重心の移動をしかけたその時──

「あ、あのさ。今日昼飯一緒に食べねぇか?」

 食べねぇか、の”ねぇ”ってのは”無ぇ”ってことだって知っているのかしら。
 疑問形で正しく言うなら、食事でもどうでしょうか。でしょう?ってなんで私はクレーマーみたいに言葉の訂正なんかしてるのよ。そんなことしなくても文脈と場の雰囲気から意味は分かるじゃない。ってか早速面倒臭いことになってるし!
 まさかの展開過ぎて四の五の言って思考放棄していた私は止まっていた思考を回転させ、切り返しの言葉を考える。

「え、えぇ。お誘いはとても嬉しいですけど。その、風紀委員の仕事がありますので……」

「そっか。なら食事はまた今度ってことで。したら連絡するからLINE教えてよ」

 どうして引かないのよ。諦めるって言葉を知らないのかしら、この人は。

「ご、ごめんなさい。今ちょっと急いでるので」

「へぇ、そうなの?先生に呼び出されたとか?」彼はニッと笑った。

 いや急いでるって言ったじゃない。耳ついてないの?それとも頭すっからかんなのかしら。それとも冗談言ったつもり?どちらにしても本当、厄介やっかいな人ね。

「い、いえ。風紀委員の活動でちょっと」

「へぇ!風紀委員やってんだ。こんな朝早くからって大変じゃね?」

 言葉を失うってこういうことを言うのね。

「え、えぇ、まぁ…。それじゃぁ私、先を急ぎますので」

 なかば強制的に会話を終了させて、私は歩き出す。
 少しくらい冷たい人と思われても別にいいわ。たかだか一人くらいにそう思われたって私の完璧美少女像が崩れる訳じゃないのだから。

「わりぃわりぃ。じゃあまた後でな」

 聞き捨てならないセリフが聞こえた気がしたけれど、とりあえず無視ね。
 私は聞こえないフリでそのまま風紀委員室に向かった。



 -同日- 八時~



「じゃあ挨拶強化月間活動ということで、皆元気に挨拶頼むよ!」

 もっさりヘアの風紀委員長がいさましく声を張り上げる。
 内心うるさいわねと思いながらもそれをおくびにも出さず、笑顔で「はいっ」と返事する。

「「「おはようございますっ!」」」

 打合せ通り、最初の挨拶を風紀委員全員でそろえる。予定調和って感じね。
 そしてこの後は風紀委員それぞれが各学年の下駄箱や玄関ホールなど各生徒に挨拶がしやすい場所へ移動して、銘々めいめいで挨拶を実行していくという流れになっている。
 私はすかさず一年の下駄箱周辺を陣取り、武田君が現れるのを虎視眈々こしたんたんと待ちわびる。

……見つけたわ

 別の風紀委員に挨拶され、おどおどしている武田君を見つける。
 ガッツいちゃダメよ、と自分に制止を掛けて飛び出していきたい衝動を抑える。

────彼と目が合う。

 私はここぞとばかりにエレガントに会釈えしゃくする。なるべく自然に、そして可愛いスマイルで。一段落したところで、とびきりの笑顔を作って彼の元へ駆け寄る。

──おはようございます。武田君

──お、おはようございます

 挙動不審な彼を見ていると虐めたい、困らせたいという私の中の嗜虐しぎゃく性を刺激される。
 しかし目的を遂行するためにも今は我慢しなくちゃいけないわ、となんとか自制する。

「昨日はごめんなさい。迷惑かけちゃったみたいで」

「いや、僕の方こそかれそうになったとこ助けてくれてありがとね。体の方は大丈夫?」

 昨日と違って滑り出しは順調ね。
 私としたことが、昨日の茫然自失ぼうぜんじしつとして信号待ちしていた武田君に対して、距離を縮めたいっていう気持ちと苛立ちから、馴れ馴れしく接し過ぎてしまったと反省をしていた。
 なので今回はなるべく敬語は外しつつ、かと言って友達感が出過ぎないようにということを意識して会話につとめようと決めていた。

「全然平気。昨日帰りに病院へ寄ったんだけど特に異常なしって医者の太鼓判を貰ったわ」

 女装友達籠絡作戦も重要だけれど、ここらで私の女装のことも確かめておかなきゃいけないわね。
 私は武田君の反応を見るために、わざと胸を張って女性らしい部分を強調させる。

「そ、そっか。それは良かったよ」

 くすっ見てる見てる。ちょっとした優越感にひたりながらも武田君の反応を観察する。
 キョドってはいるけれど、これじゃ普通の男子と同じ反応過ぎて分かりづらいわね……。もう一発お見舞いして上げるわ。

「……ちょっとどこ見てるのよ」私は胸の前で両手を組んで、恥じらって見せる。

「え、いや、別に。どこも」

 あら?私が女装だってことに気付いていない反応っぽいわね……。杏の勘違いかしら…。いやそう断定するのは早計ね。もう少し掘り下げてみないと。

「朝っぱらから欲情するのは止めて貰える?」

 私は挑発するような態度で言う。
 願わくば、この女性アピールで彼の「誰が男なんかに」的な言質げんちを取りたいのだけれど、そう上手くはいかないわよね……。
 
「ブッ!べ、別に欲情なんてしてないよッ」

さっきから童貞男子らしい純情っぷりな反応が可愛いくて、ついつい楽しくなってきてしまった私は言うつもりの無かったことまで言ってしまう。

「冗談よ。何本気にしてるの?もしかして本当に欲情してたの?」

「してない!誓って玉置さんをいやらしい目でなんか見てないし、興味もないから」

 ちょっとやり過ぎちゃったかしら?昨日の反省がかされてないわ…。私は臍を噛む。
 とりあえずそれは置いといて、と気持ちを切り替え頭を働かせる。

 想定していたシチュでの言葉でないにしろ、“厭らしい目で見ていない”と“興味無い”っていう単語は中々意味深よね。断定はまだできないけれど、杏の言う通り探りは入れていった方が良いかもしれないわね…。
 あーでもそろそろ朝のホームルームが始まっちゃう時間だから切り上げないといけないわ。連絡先ゲットに作戦変更しないと。

「えぇーー……なかなか酷いこと言うのね。ちょっと傷付いた…」私はしゅんと少し俯いて見せる。

 彼の気弱な性格上、本気で怒ってる訳じゃない今、必ず良心の呵責かしゃくに耐えられずに謝ってくるはず。
 その謝罪が狙い目──

「ご、ごめん。その、勢いというかつい、あの…傷付けるつもりはなかったというか……」

 はい、頂きました!内心でガッツポーズを決める。
 予想通りの武田君の言動に私は嬉々ききとして顔を上げる。

「ならLINE交換して?」

「うん、そうなんだよね悪気はなかったというか……って、え、なんで?」

「だって謝ったってことは悪いと思ってるってことでしょ?ならLINE教えてくれたら許してあげる」

 退路は閉ざしたから逃げ場はないわよ。これで確実に連絡先を手に入れられるし、次の機会に繋げられるわ。
 私は内心でほくそ笑む。しかし勝利の美酒に酔いしれたのも束の間、キーンコーンカーンコーンという聞き馴染みのある電子音が鳴り響く。

「あ。あぁーーー、そ、そろそろ行かなきゃ。遅刻しちゃうな。それじゃ玉置さん。ほんとごめんね」

 有無を言わさず、彼はその場から走って行ってしまった。

「あ、ちょっと…もぅ……」

 惜しかった。もう少しだったのに。
 長蛇ちょうだいっして悔やむ気持ちが溢れる。
 っていうか、私避けられてる……?ふと彼の言動から自分が警戒されているのではないかと考えが及んでしまう。

 まさか、ね……?


「玉置さん、僕らもそろそろ戻らないと」

 風紀委員長のもっさりヘア、略してもっさり君がまとめ役として声掛けをしてくれる。

「そうですね」

「……僕には敬語なんだね、玉置さん」

「え?そ、そんなこと無いですよ。委員長以外にも敬語ですよ?」

「さっきの子とは随分親しく話していたようだったけど?」

 うっわ。何嫉妬してんのよ。今私それどころじゃないのに。もっさりの癖に生意気よ。
 私は表面に出さないように心の中で悪態を吐く。

「え、えぇ。まぁ彼とは仲が良いもので」

「……彼、ねぇ」

「……。わ、私、教室戻りますね。先輩も早く戻った方が良いんじゃないですか?」

「あぁ、そうだね。早く、しないとね」

 もっさり君の薄ら笑いに背筋が粟立あわだつ。
 気持悪っ。ほんとこういうタイプ苦手なのよね。こいつの方もどうにか対処しておかないと後々大変そうね。
 私は未来で起こり得る可能性を危惧きぐした。

 っていうか、なんでこんなに考えなきゃいけないことが山積さんせきしているのかしら。これも全部父のせいだわ。
 私が女装してるってこと、っていうか私のセクシャリティがクエスチョニングだってこと公言してしまいたいのに……。そうしたらもっと楽に普段の私でいられるのだけれど……。
 父のせいでそれは叶わない。恨めしい……。いつもそうやって

 私は小さく溜息を吐いた。









「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く