3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第118話 ヴォルフへの処断

 山賊騒ぎがあってから一週間ほど経過した。面倒な後始末は全て第六騎士団に押し付け、そそくさと王都に戻って来たレイ達だったが、帰ってくるや否やレイとヴォルフの二人は問答無用で病院へと押し込められた。それもそのはず、二人は命を失わなかっただけで、掛け値無しに本気の戦闘を繰り広げたのだ。重傷を負っている事実は変わらない。それでも、適切な処置と二人の驚異的な生命力により、日常生活に支障はない程度には回復したので、今日やっと退院することができたのだった。
 第零騎士団の詰め所兼屋敷に戻ってきたヴォルフはまっすぐに自分の部屋へと足を伸ばし、荷物をまとめていく。山賊に手を貸した件について、レイからはお情けをもらったが、女王はそれで済むわけがない。それならば、処分が決まった際、迅速に動けるよう準備をしておく方がいいだろう、と判断したのだ。

「なんだかんだいって、ここには長い間世話になったからなぁ……いや、そんなこともねぇか。結構外泊しちゃってたっけ」

 王都で好き放題やっていた自分を思い出し、思わず苦笑いが出る。思い出にふけりながらも、テキパキと荷物を整理していたヴォルフだったが、ヤルングレイプルと狼の仮面を持ったところで、その動きが止まった。

「……こいつは返さないといけねぇよな。女王から貰った物ではあるが、それは『零騎士のヴォルフ』に対して贈られたわけだし……『ただのヴォルフ』じゃ、手にする資格すらないって話だ」

 何となく寂しい気持ちが湧いてくる。どちらも自分が第零騎士団に所属しているという証。それを女王に返すということは、つながりを断ち切るということに他ならない。

「…………やっぱりここを離れるんですね」

 突然、声をかけられたヴォルフは、部屋の入口へと目を向ける。そこには腰まで伸びた茶色い髪と眼鏡が特徴的な美少女が立っていた。

「あなたの手際の良さにはほとほと呆れさせられます」

 中へと入り、片付けられた部屋を見渡しながらファラが言う。何と答えたらいいかわからなかったヴォルフは笑いながら肩をすくめた。

「それが俺の長所だからな」

「……ここまであっさりだと、何の未練もないように感じてしまいます」

 ファラの言葉に、ヴォルフは出かけた軽口を呑み込み、口を噤む。そんな彼の方に身体を向けると、ファラは真剣な表情でヴォルフの顔を見つめた。

「考え直す気はないのですか? ファルが悲しんでしまいます」

「……考え直すも何も、これは俺の意思とは無関係だからな。ファルには申し訳ねぇけど」

「私も悲しみます」

 きっぱりと言い切ったファラを、ヴォルフが少し驚いた顔で目を向ける。自分からまったく視線を逸らす気がない彼女を見て、ヴォルフはフッと小さく笑った。

「この前とは随分違うじゃねぇか。カシラとファルに連れられて王都に戻ってきた時は、死にかけの俺に泣きながら説教してきたっていうのによ」

「あの時は……色々と感情がたかぶってしまっただけです」

 ファラがバツが悪そうに顔をしかめる。ヴォルフは彼女に優し気な眼差しを向けると、ヤルングレイプルと仮面をふところにしまい、荷物を詰め終えた鞄を持ち上げた。

「ありがとうな、ファラ。だけど、今回ばかりはどうすることもできねぇんだ。今、カシラが女王様んところに行ってんだろ?」

「……はい。今回の騒動を報告をしに」

「だったら、すぐにでも俺の処分は決定するだろ。理由はどうあれ、山賊に味方しちまったからな。良くて国外追放、悪くて投獄まで考えられる。……どちらにせよ、この部屋に俺の荷物は置いておけないってわけだ」

 ヴォルフの言葉を聞いたファラの顔がぐにゃりと歪む。そんな彼女の頭をヴォルフはポンポンと軽く叩くと、部屋を出て普段零騎士の面々が団欒だんらんを過ごすリビングへと歩いていった。

「おっ、ようやく悪ガキの登場か。待ちくたびれたぞ」

 ヴォルフとファラの足がピタッと止まる。広いリビングに入った彼の目に飛び込んできたのは、中央に据えられたソファに悠然と足を組んで座っている、赤みがかった桃色の髪が特徴的な我らが女王の姿であった。その後ろには零騎士の保護者役、執事のようなたたずまいのノーチェも涼しい顔で立っている。

「……まさか、そちらからおいでになるとは思ってもみなかった。てっきり呼び出されるもんだとばかり考えてましたよ」

 おおよそ一国の王に対するものではない口調。だが、デボラはさして気にした様子もない。

「ふむ……知っての通りわらわも多忙な身での。本来であればそうするのであるが、今回は事情が事情だ。妾が作った騎士団から無法者が現れれば捨て置くわけにもいくまい?」

 デボラが悪戯いたずらめいた笑みを向けてきた。ぐうの音も出ないほどの正論に、ヴォルフは何も言うことができない。そんな彼を見て、デボラはますます笑みを深めた。

「普段はよく口の回る男が、今日はえらく無口じゃないか」

「俺もTPOくらいはわきまえているって事ですよ。女王様に無駄な時間を取らせるわけにもいかないでしょ?」

「……確かに、妾がワインを楽しむ時間が減っては事だ。さっさと用件を終わらせるとしよう」

 そう言うと、デボラはその場で重々しく立ち上がる。そして、ヴォルフの顔をしっかりと見据え、口を開きかけた瞬間、何者かが真剣な面持ちでデボラにすがり寄った。

「女王様! お願いします!! ヴォルにいを許してやってください!」

「ファル!?」

 突然ファルが目の前に現れた事、更に突拍子もない行動に出た事に驚いたファラが思わず大きな声を上げる。だが、その声が当の本人の耳に全く入っていない。

「ヴォル兄は確かに少しだけ山賊の手助けをした……でも、それは山賊を手伝ったわけじゃない!! 古い友人を助けようとしただけなのっ!! だから……だからっ……!!」

 懸命に訴えかけるファル。そんな彼女を、デボラは何も言わずに見つめていた。

「……女王様」

 ファラが微妙な表情を浮かべながら静かに前へと出る。妹の必死な姿を目にし、このまま見て見ぬふりなど彼女にはできなかった。ましてや、自分自身ヴォルフがいなくなる事を全力で拒んでいるので、このまま棒立ちなどしていられるはずもない。
 ファラはゆっくりデボラの前まで歩いて行くと、その場でひざまづき、こうべをたれた。

「私からもお願いします。……ヴォルフ兄さんは私達にとって必要な存在なのです」

「ファラ……!?」

 まさかファラが自分と同じようにデボラへと懇願するとは夢にも思ってなかったファルが、間の抜けた声を上げながら姉の顔に目をやる。ファラは一瞬、困ったように笑うと、眼鏡を直し、女王に視線を戻した。

「私にとって……#私達__・__#にとって初めてできた'家族'なんです。こんなことで失いたくないんです」

「っ!! そ、そう!! ヴォル兄はあたし達の家族!!」

「もし、罰を受けなければいけないとしたら、私達も甘んじてその罰を受けます。家族が連帯責任なのは当然のこと……しょうがない兄のために一緒になって罪をあがないます!! だから、ヴォルフ兄さんを追い出すことだけはどうか……!!」

 小刻みに震えながらファラが深々と頭を下げ、ファルがそれに続く。髪の長さ以外が瓜二つな二人を慈愛に満ちた目で見ていたデボラは、試すような視線をヴォルフへと向けた。

「……何か言いたいことは?」

「……俺には過ぎた家族ってことですかね」

 ヴォルフが困ったように笑いながら頭を掻く。だが、すぐに真面目な顔に戻り、デボラの目を見つめ返した。

「ただ、家族であると同時に自分達が女王を護る騎士団だ、って自覚ももたにゃならんですよね」

「……そういうことだな」

 そう言うと、双子の顔に手を添え自分に向かせたデボラは、慈愛に満ちた顔を二人に向けた。

「ファル、ファラ。零騎士として汚れ仕事にも手を染めているお前達が優しい心を持って育っていることを本当に嬉しく思うぞ」

「じょ、女王様……!!」

「だが」

 期待に満ちた声を上げたファラをデボラが硬い声でさえぎる。娘の成長を肌で感じ、歓喜していた母親の顔から、一国を預かる身である王としての責務を背負った厳格な顔へと一瞬にして変わった。

「お前達は妾につかえる第零騎士団だ。その意味がわかるか?」

「えーっと……」

「……ごっご遊びじゃねぇって話だ。ごめんなさいもうしません、反省してますじゃ済まないって事。じゃないと、女王様の命がいくつあっても足りねぇよ」

 困惑するファラにヴォルフがぴしゃりと言い放つ。その言葉に、デボラが静かに頷いた。

「重要なのは信頼だ。妾はお前達を信頼しているからこそ、こんなにも無防備に屋敷へと足を運んでいるのだ。そうでなければ全て書面で指令を出して終わりだろうなぁ」

「信頼……」

「別に不思議がることではないだろ、ファル? 今、この場でお前達全員に命を狙われたら十秒ともたない自信があるぞ」

「いえ、二秒で十分です」

 それまで何も言わずに見守っていたノーチェが朗らかに笑いながら告げる。この状況でそんな事を、とデボラがジト目を向けるが柳に風の様子。気を取り直すように、彼女は一つ咳ばらいを挟んだ。

「……余計な茶々が入ったが、そういうことだ。妾はお前達を心の底から信じておる。絶対に妾を襲わないと確信しておる。……だが、どうだ? 一度ならず二度までも山賊にくみするやからを信頼することなどできるか?」

「…………」

 女王の言い分にファルもファラも口をつぐんで顔を俯ける。少しでも疑いがあれば側には置けない。情けをかければそれが命取りになる可能性があることを、二人共ちゃんと理解していた。だが、頭ではわかっていても、そう簡単に割り切れるほど浅い付き合いではない。

「……もういいよ。その気持ちだけで俺は十分幸せだ」

 そんな双子の心情を察しているヴォルフが、温かな笑みを浮かべながら二人の肩を掴み、女王から引き離す。二人共泣きそうな顔でヴォルフの方へと振り向いたが、その顔を見て何も言わずに顔を逸らした。そんな双子を嬉しそうに見つめていたヴォルフだったが、表情を引き締めなおし、デボラの方へと顔を向けた。

「覚悟はできてる。どんな処分でも受けるつもりだ。……だけど、連帯責任はなしにしてくれ。自分のせいで家族が重荷を背負うのはこたえるからな」

「もとよりそのつもりだ。彼女達に一切の責はない」

「……それを聞いて安心したぜ」

 肩の荷がおりたかのようにフッと笑う。自分のせいで零騎士の面々に迷惑がかかることだけが、ヴォルフの気がかりだった。

「ヴォルフ」

 デボラ女王が圧倒的な威厳をただよわせながら、ヴォルフの名前を呼ぶ。

「第零騎士団という国に仕える立場でありながら、国に仇なす山賊に加担するとは決して許されることではない」

「…………」

「よって一ヶ月間、お前には城の清掃と、この屋敷の炊事、洗濯、掃除を一人で行ってもらう」

「…………はっ?」

「っ!? 女王様っ!!」

 目が点になっているヴォルフを置いて、双子がデボラに飛びついた。彼女は二人を優しく受け止めながら、ほうけているヴォルフにニヤリと笑いかける。

「この城は広いぞ? 一人で掃除をするとなると、相当に骨が折れるだろうのぉ」

「な……な……」

「あぁ、後半は妾のせいじゃないからな。たまにはノーチェに休みを、という筆頭の粋なはからいだ」

「ありがたい限りですね」

 ニコニコと笑っているノーチェの顔を見ているうちに、段々とヴォルフの頭が冷静になってきた。それでも、疑問に思わずにはいられない。

「……女王様よぉ。俺が言うのもなんだが、ちょっと甘いんじゃねぇのか?」

「ふっ……甘くもなろう」

 微妙な表情を浮かべているヴォルフに、デボラが柔和な笑みを向けた。

「なんたって、あの堅物息子が地面に頭をこすりつけてまで懇願してきたのだからな」

「なっ!?」

「えっ!? ボスがっ!?」

 ヴォルフだけでなく、双子も驚愕の表情でデボラの方を見る。

「まぁ、元々そんな厳罰を下すつもりなどなかったのだがな。シアンからもお前は山賊の仲間などではなかった、ただ単に自分達の部隊に絡んできただけだ、と報告を受けているからな」

「シアンっち……」

「お礼を言っていたぞ? おかげで手間が省けた、二人には感謝する、とな。相変わらず、レイには死んでも頭を下げたくないようではあるが」

 くっくっく、と愉快そうにデボラが笑った。だが、レイが自分のために女王に頭を下げた事実が衝撃的過ぎて、ヴォルフの耳にはまるで入って来ない。

「まぁ、経緯はどうであれ無事山賊達を捕まえることができた。そして、それが少なからず零騎士の功績であることも事実。そういう事もかんがみての処断だ。正直な話、鉱山採掘の犯罪奴隷が足りなくて困っていたところだったから助かったぞ」

「鉱山採掘の犯罪奴隷……捕まった山賊は全員鉱山送りなの?」

「ん?」

 何とも言えない表情でファラから尋ねられ、デボラは意外そうに彼女の顔を見た。捕まえた悪党にどういった処分が下されるかなど、彼女は一度も気にしたことがない。

「そうだが……何か気になることでもあるのか?」

「全員っていう事はクマっちも?」

 その言葉に、ヴォルフがピクリと反応する。自分とは違ってクマは国と縁もゆかりもないどころか、実際に山賊行為を行っていた。流石に、罪を免れることなどできない。
 ファルの言いたいことに合点がいったデボラは、トントンとこめかみを叩いてわざとらしく何かを思い出そうとしている仕草を見せる。

「クマ……あぁ、あやつか。ヴォルフと共に#山賊の潜入任務についてくれた心優しき一般人__・__#のことであろう?」

「え?」

「レイからそのように聞いているが……違うのか?」

 茶目っ気たっぷりの笑みを向けられ、ヴォルフはそのままデボラの向かいにあるソファに力なく腰を落とした。

「ははっ……敵わねぇな、あの人には」

「ボスかっこよすぎっ!! 最高だよ!!」

「素敵……!!」

 気の抜けるような声で言ったヴォルフとは対照的に、ファルはぴょんぴょん飛び跳ねながら歓喜の声を上げる。一方、ファラだけは頬を赤く染め上げ、この場にいない誰かに思いを馳せていた。

「さて、用件も済んだことだし、妾は城に戻らせてもらう。……ヴォルフ! 城の掃除、しっかりやれよ? 手を抜くことは許さぬからな」

「……おおせせのままに、女王陛下殿。それはそうと、こんだけカッコいい真似してくれちゃったうちらのカシラはどこ行ったんすか?」

「……『お礼を言わなきゃいけない相手がいますので』とか言って、一人で街に向かったぞ? さしずめ、どこぞの冒険者にでも会いに行ったのではないか?」

 少しだけ楽し気な口調でそう言うと、デボラはさっさと屋敷から出ていく。ヴォルフはちらりとファラの顔を見て、小さくため息を吐いた。

「罪な男だよな、本当……俺に言われるようじゃおしまいだぜ、カシラ?」

 先ほどまでは恋する乙女の顔だったというのに、今は能面のようになってしまったファラを見て、小さく笑いながらヴォルフは呟いたのだった。

「3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く