3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第114話 真実

 フーッ……。

 静かにハリマオの話を聞いていたヴォルフは、ゆっくりと煙を吐き出す。そして、感情を表に出さない顔でハリマオに目をやった。

「クマは? あいつもお前と同じ思いなのか?」

「……あんな単細胞馬鹿がそんな難しいこと考えられるわけねぇだろ? 利用しただけだ。おかげで山賊仕事がはかどったぜ」

「……そうか」

 ヴォルフの表情が僅かに緩む。クマは何も知らず、ただ俺のためだけに賢者の石を求めていた。つまり、自分の知っているあの男と何も変わらないという事だ。その事実を知れて、ヴォルフの心は少しだけ救われた。

「まぁ、色々と用済みになったから、処分しちまったけどな」

「……なに?」

 まさかの言葉に、ヴォルフがギロリとハリマオを睨みつける。だが、ハリマオは醜悪しゅうあくな笑みを深めただけだった。

「ここにいる俺の部下達を見ろ。どう考えても足りてねぇだろ?」

 冷たく笑いながら、ハリマオは周りにいる山賊達を手で示す。確かに、彼の言う通りこの場にはアジトで見た半分ほどの人数しかいなかった。

「いやー、村に凶暴な野生の熊が現れてよ? 他の奴らはそいつの退治に出てるってわけだ。そこそこ戦えるあいつも、酒に入った痺れ薬と、人数の暴力には敵わねぇだろうな」

 心底嬉しそうに言うと、ハリマオは高笑いをあげる。クマが自分のために賢者の石を探していた事を知り、その上で彼が自分達の手で始末されたことを知ったヴォルフの心境を考えると笑わずにはいられなかった。

「…………へっ」

 だが、ヴォルフの反応は予想外のものだった。短くなった吸殻を捨て、新しい煙草に火をつけると、楽し気に笑う。

「……何がおかしい?」

「凶暴な熊がアジトに出たってことは、そいつの退治は村でやってるわけだ」

「だからどうした?」

「いやいや、あの村には熊なんかよりもよっぽど恐ろしいやつが出るんだぜ? ……赤い蝶々がな」

「なに?」

 眉をひそめるハリマオを無視して、ヴォルフは山賊達から背を向ける。

「おい待て。どこに行くんだ」

「こんな所で道草食ってる場合じゃねぇってわかったからな。さっさと村に戻って蝶の機嫌を取らねぇと」

「逃げられると思っているのか?」

 ハリマオが鋭い声を上げると、部下達が武器を構えた。だが、ヴォルフは山賊達に背中を向けたまま、軽く片手を挙げ別れの挨拶をする。

「お前らこそちゃんと逃げろよ? もうすぐ騎士団のこわーいお兄さん達がやってくるからな。しっかり逃げ延びてもらわないと、俺が困っちまう……自分てめぇのケツは自分てめぇで拭けって言われてんだ」

 今、何よりも優先されることはファルを説得すること。クマが昔のままだという事を知った以上、放っておくことはできない。

「……ケツ拭くのは今じゃなくていいのか?」

 ハリマオが小さな声でそう尋ねると、ピタリと足を止め、ゆっくりと煙を肺へと送る。

「そうしたいのは山々なんだけどな、こちとら上司のパワハラのせいで満身創痍なんだよ。一対一タイマンならまだしも、お前ら全員を相手してやる元気はねぇ。…………ただ、まぁ」

 そして、煙草を咥えたまま少しだけ首を傾け、猛獣のような笑みを浮かべた。

「覚悟しておけよお前ら? 飢えた狼は決して獲物を逃しはしない」

 その言葉と共に、ヴォルフの身体から殺気がほとばしる。そのあまりの迫力に山賊達がその場で後ずさりをした。身体中から血を流し、今にも倒れそうな相手だというのに、その姿を見ていると背中に冷たいものが流れる。
 だが、自分達は泣く子も黙る猛虎隊。男が一人、しかも傷を負っている標的を逃がすわけにはいかない。そのまま悠々と歩き出したヴォルフを山賊達が慌てて追おうとするが、小さく笑いながらハリマオはそれを手で制する。

「もう一つ面白いことを教えてやるよ、兄弟」

 その声は愉悦に満ちていた。これ以上聞くべきことなどないと判断したヴォルフは、その言葉に耳を傾けず、さっさとこの場を後にしようとする。

「お前の惚れた女はよぉ……すげぇ上玉だったぜ?」

 ──ポトリと、ヴォルフの口から煙草が落ちた。

「手を出してなかったっつーのは本当の事だったんだな。おかげで色々と楽しめたわ。 いやぁ……初めての女を無理やり犯すっていうのは、中々に背徳感があって乙なもんだな」

 まるでスローモーション映像のように、ヴォルフはゆっくりと振り返る。完全に瞳孔が開いているその顔を見て、ハリマオの笑みが益々深まった。

「おっと、そんな怖い顔すんなよ。俺は依頼されたから仕方なくやったんだぜ? ……奥ゆかしい村人から、『近くに住んでる化け物を殺してくれ』って頼まれちまったら、優しい俺は断ることなんてできねぇよなぁ?」

 血液が煮えたぎる。思考能力は完全に失われてしまった。今はただ、目の前で笑っている男を殺せ、と全ての細胞が叫び声をあげている。

「おんやぁ? クマの事が気になってたんじゃねぇのか? 別にそっちに行ったってかまわないんだぜ? その間に俺達はお前の助言通り、こんな場所からとんずらこかせてもらうわ」

 もはや、ヴォルフの耳にハリマオの声など届かない。身体の中を負の感情だけが駆け巡っていた。

「だが、まぁ……来るってんなら相手になるぜ? 名の知れた'金狼'様とり合えるなんて、これ以上名誉なことはねぇからなぁ!!」

 ハリマオが腰に差していた巨大ななたを取り出す。大剣と遜色ないその大きな刃を見ても、ヴォルフには何の躊躇ちゅうちょもなかった。否、鉈など目に入っていない。その瞳に映るのは殺すべき男の姿だけだった。

「──ヴォルにいらしくないじゃん。そんな頭に血を上らせちゃってさ」

 血液のマグマが己を焼き尽くそうとした瞬間、自分をからかうような声が聞こえた。ヴォルフは出しかけていた足をピタリと止め、やおら声のした方へと顔を向ける。そして、唖然とした表情でそこに立っている二人の人物を見た。

「ファル……クマ……」

 空気が漏れたような声を聞いて、ファルがニヤリと笑みを浮かべる。

「おっ! ヴォル兄のレア顔だぁ! それを見れただけここに来た甲斐があったかな?」

「兄貴! 助太刀に来やした!!」

 短い茶色の髪をした少女に顔に刀傷を負った大男、美女と野獣ならぬ美少女と熊のコンビ。その二人を見て、ノイズだらけだったヴォルフの頭が少しずつクリアになっていく。一方、ハリマオを含め山賊達は二人を見て動揺を隠しきれない様子であった。

「お前ら無事だったのか……いや、無事でよかったよ、クマ。大丈夫か?」

「あー! なんでクマっちの心配しかしないのかなー!?」

 ざわざわしている山賊達を無視してヴォルフが言うと、ファルが不満げに頬を膨らませながら、トントンと愛用のミョルニルで自分の肩を叩いた。心配しようにも、一切傷を負っていないファルのどこを心配すればいいというのか。それならば、自分ほどではないにしろ、かなりの手傷を負っているクマを心配する方が正しい。
 ヴォルフが目を向けると、クマはその厳つい顔に似合わない笑顔を向けてくる。

「へい! 色々とありやしたが、ファルの姉御のおかげで命拾いしやした!!」

「……姉御?」

 クマの妙な口ぶりに、ヴォルフが眉をひそめてファルの方を見る。彼女は口笛を吹きながら、こちらの様子をうかがっている山賊達を眺めていた。

「まぁまぁ。細かい話は後でいいんじゃない? それよりも先にやることがあるでしょ?」

「……それもそうだな」

 軽い口調で言うファルに返事をすると、ヴォルフは真剣な表情を浮かべるハリマオの方に向き直った。

「黒ずくめの装束……その女もお前の仲間ってことか」

「そうだな。後先考えずに突っ走っちまう困ったお仲間だよ」

「ぶー!! それはヴォル兄には言われたく……」

「そして、大事な家族でもある」

 ヴォルフの言葉を聞いて、ファルが言葉の途中で僅かに頬を赤らめそっぽを向く。そんな彼女を見て、ハリマオは面白くなさそうに舌打ちをした。

「どう見てもガキにしか見えねぇが、それで昔痛い目にあってんだよな。……ここは人数の利を使わせてもらうとするか」

 そう言うと、ハリマオは小さく手を挙げる。それを合図に、周りにいた部下達が一斉に魔力を練り上げ始めた。

「なっ……!? お前ら、魔法なんて使えたのか!?」

「国のお偉い魔法師様みたいにはいかねぇがな。だが、カスみたいな魔法も、集まればそれなりに使えるんだよ」

 驚きの声を上げるクマに邪悪な笑みを浮かべたハリマオが答える。確かに一人一人の魔力はそう大したものではない。だが、二十を超える者達が同時に魔法を唱えれば、それは脅威になり得るだろう。

「じゃあな。ヴォルフ。先にあの世へ行ってくれ」

 普通であれば。

「"風の刃ウインドカッター"!!」

「"大火球フレイムボール"!!」

「"水噴射ウォータージェット"!!」

「"岩の飛礫ロックシュート"!!」

 一切の慈悲もなく、多種多様な魔法がヴォルフ達に向けて放たれた。焦りを隠せないクマに対し、ヴォルフとファルは身じろぎひとつせずにこちらへと向かって来る魔法をのんびり眺めていた。出来損ないの魔法とはいえ、重症のヴォルフが食らえば致命傷になり得るというのに、どうしてこれほどまでに落ち着いていられるのか。

「──"削減リデュース"」

 一方向から何のひねりもなく飛んで来る下級魔法など、この男の相手になるわけがないからだ。

「……なんだかこそこそと悪巧みしている人達がいるね。連れて帰るのは骨が折れるから、全員この場で始末させてもらうけど、いいかな?」

 動きやすさを重視した黒一色の軽い鎧にからすの仮面。昔、一つの山賊団に恐怖を刻み付けた男が、涼しげな顔でこの場に降り立った。

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