3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第111話 激闘

 上体を低くし、走り寄ったレイが小剣程の長さの黒刀を振り上げる。ヴォルフは迫る刀に構うことなく、籠手こてをつけた自分の拳を繰り出した。

 ガキンッ!!

 固い金属同士がぶつかったような音が鳴り響く。自分の目前で止まっている干将かんしょうを見ながら、ヴォルフはニヤリと笑みを浮かべた。

「名刀もこいつの前じゃ普通の剣と変わらねぇってことだな!」

「……女王に仇名あだなすつもりなら、それも返してもらわないとね」

 そう言いながらレイは莫邪ばくやで追撃を加える。だが、ヴォルフはもう片方の手で難なくそれを弾き返した。レイが何度攻撃を重ねても結果は同じ。手首までしかない小さな籠手は一切の斬撃を無効化している。

「知っていたけど、本当に厄介だよねそれ」

 刀を振りながら、レイはうんざりした様子で籠手《こて》に目をやる。それはヴォルフが零騎士に所属した時に女王からたまわった魔道具。
 完全無敵の盾、ヤルングレイプル。
 装着している事を全く感じさせないほどに軽いというのに、その籠手はありとあらゆる攻撃を防ぐ。

「"砲弾シェル"!!」

 一度距離を取ったレイ向けてドンピシャのタイミングでヴォルフが魔法を放った。ヴォルフのみが扱うことのできる魔法、魔力そのものを相手にぶつける無属性魔法がレイに襲い掛かる。

「"削減リデュース"」

 躱すことなど叶わないはずの魔力弾がレイの伸ばした手の中に消えていった。当然、彼の能力を把握しているヴォルフは舌打ちをしながらレイに向かっていく。

「厄介って言ったら、あんたのその悪魔じみた能力の方だろうが。魔法を使う奴の天敵だろ、まじで」

「その代わり、自分じゃ一切魔法が使えないけどね」

 目にもとまらぬ速さで打ち込まれる拳を、レイは冷静にさばいていった。だが、昔のような余裕などありはしない。山賊だったヴォルフと戦った時は、彼が才能だけで戦う喧嘩屋だったからこそ圧倒できたのであって、今や自分と同じ師から手ほどきを受けた強者つわもの。一瞬の油断が命取りになることをレイは知っていた。

「……ただまぁ、相性が悪い相手かって聞かれると、そうとも言い切れないんだよな。"弾丸バレット"!!」

「っ!? "削減リデュース"」

 激しい接近戦の中でヴォルフが魔法を唱える。咄嗟に右手を出してそれをかき消したレイだったが、その隙をついたヴォルフの右足がレイの横っ面にクリーンヒットした。勢いそのままにレイは地面を滑っていく。

「そうやって魔力を取り込むことに集中しなきゃいけないから、他の事がおろそかになっちまう」

「……その僅かな隙に攻撃を入れてくる人なんてそうはいないよ」

 素早く体勢を立て直しつつ、口の中にたまった血をペッと吐き出すと、レイは追撃を仕掛けてくるであろうヴォルフを警戒し、干将・莫邪を構えた。だが、ヴォルフはこちらを見ているだけで、襲ってくる気配はない。

「カウンターが得意なあんたに対して迂闊うかつに攻撃なんかしねぇよ」

「……本当、やりづらい相手だよ」

「ノーチェの叔父貴に嫌って程あんたとの組み手をやらされたからな。弱点も得意技も知り尽くしてるって話だ」

「お互いにね」

 一瞬だらりと脱力してから一気にヴォルフとの距離を詰める。普通の者であれば、あまりの速さに慌てふためくが、レイをよく知るヴォルフは驚くことなどなかった。刀の軌道に合わせて拳を振るい、鋭利な黒刃こくじんから身体を守る。

「……その上、俺の魔力をため込むことはできても、そいつを放出することはできないときてる。こりゃ、相性が悪いのは俺じゃなくてレイの方かもな!!」

 レイの刀を殴りつけながらヴォルフは猛々しい笑みを浮かべた。その言葉は残念ながら非常に正しい。彼の魔法は自分の魔力を様々な形に変化させて飛ばしている、というもの。極限までシンプルに言ってしまえば単なる魔力である。そのため、それを吸収したところで、レイの身体に魔力が溜まるだけ。魔力をそのまま身体の外に放出する、という力はヴォルフの身に許された特異能力なのだ。

「今日は随分と饒舌じょうぜつじゃないか。何かいいことでもあったの?」

「さぁ? ……昔、負けた相手に勝てるからじゃねぇの?」

 余裕綽々よゆうしゃくしゃくの笑みを浮かべながら、ヴォルフは一気に魔力を練り上げた。

「"装填リロード"」

 間髪置かずに魔法を放つ。その瞬間、無数の魔力弾がレイとヴォルフの周りに現れた。それを見たレイが大きく目を見開く。

「そういや全方位の魔法にも弱かったよな? 狙いが定まらないと、お得意の魔力吸引もできねぇ。そう考えると、意外とあんたの能力は穴だらけかもな?」

 魔力弾を浮遊させたままヴォルフは猛攻をしかけた。レイは魔力弾に気を取られ、防戦一方を強いられる。

「らしくねぇなぁ、おい! 守ってばっかじゃ俺には勝てねぇよ!」

「……機会をうかがっているだけさ」

「はっ! その機会とやらが訪れるといい……なっ!!」

 そう言いながらヴォルフは強烈な蹴りを繰り出した。思わず二本の刀で防いだレイを尻目に、その勢いを利用してヴォルフは後ろへと飛び退く。

「喰らいやがれ! "集中砲火バレッジ"!!」

 その言葉に呼応するかのように周りに浮いていた魔力弾が一斉にレイへと降り注いだ。逃げ場などない。四方八方から迫りくる魔力弾は対象の息の根を止めるため、厳重な包囲網を敷く。一瞬だけ目を閉じながら肩の力を抜いたレイは素早く干将・莫邪を逆手に持ち替えると、身体を一回転させながら二刀を振りぬいた。

「"麗春花ひなげし"」

「なっ!?」

 予想外の光景にヴォルフは驚きの声をあげる。レイを確実に仕留めるはずの魔力弾が彼の刀に斬られるや否やその姿を消していった。まるで舞うように周囲を斬り伏せたレイの側には、一切の魔力弾が存在しない。

「そういえば言ってなかったね。干将・莫邪は僕の能力を受ける。……本来は所有者の魔法を斬撃に乗せるという能力なんだけど、僕は異端だから仕方ないよね」

 肩を竦めながら言うレイを見て、ヴォルフは引きつった笑みを浮かべた。

「……それは聞いてねぇわ、カシラ」

「組み手では干将・莫邪これを使わなかったからね。でも、それはヤルングレイプルも一緒でしょ? ここまで強固な守りだとは思ってなかったよ」

 事実、ヴォルフはまだ一太刀も浴びてはいない。全ての攻撃を拳一つで防ぎきっているのだ。完全に攻め手を欠いているという事だ……レイが攻撃に全力を尽くしているのであれば。
 レイはゆっくり息を吐き出すと、鋭い視線をヴォルフに向けた。

「そろそろ終わらせてもらうよ。あんまりのんびりしていると、犬っころがキャンキャンわめきながら来そうだからね」

「そりゃ、あんたにとっちゃ山賊なんかよりもよっぽど問題だな」

「そういう事。……だから、さっさと負けてくれる?」

「……残念ながらそう簡単にやられる玉じゃねぇんだなぁ、これが!!」

 再び両者が激突する。だが、先程までとはまるで違う。互いに守ることなど忘れてしまったかのようなノーガードスタイル。相手を知り尽くしているからこそ、小手先の戦術など意味がないことを理解している。そうなれば、力でゴリ押すしかない。より多くダメージを与えた方が勝利者となる単純明快な方程式。

「"胡蝶蘭こちょうらん"」

 敵の動きを読んで躱しつつ、その勢いを利用して相手を斬る。レイの最も得意とする剣術。流れるようなレイの体捌きに目を奪われながらも、ヴォルフの身体に一筋の赤い線が走った。

「がっ……!! "槍砲スピア"!!」

 体勢を崩しながらも至近距離から魔力で出来た槍を放つ。能力チカラで防ぐことなど考えていなかったレイは、咄嗟に身体をずらし致命傷を避けようとした。だが、魔力の槍の威力は凄まじく、肩を抉られただけでレイの動きが止まる。その一瞬をヴォルフは見逃さなかった。

「うぉらっ!!」

「がはっ……!!」

 容赦なくレイの腹に自分の膝を叩き込む。息が止まるほどの強打。メキメキと嫌な音を立てながら浮き上がったレイの顔面を、ヴォルフは右ストレートでぶち抜いた。
 ゴム毬のように飛んで行ったレイだったが、すぐさま地面を蹴り、ヴォルフに迫る。

「"連節棍フレイル"!!」

 すかさずヴォルフが魔力の球体を放つが、寸でのところで躱し、レイは彼の身体を斬りつけた。かなり深いところまで刃が届いたのか、ヴォルフの身体から噴水のように血が吹き出す。この機を逃さない、とばかりに息を切らさず斬りかかろうとするレイであったが、突然、背中に凄まじい衝撃を受け、その場から吹き飛ばされた。

「……"連節棍フレイル"はちゃんと手元に戻ってくるんだぜ?」

 地面に倒れるレイを見ながら、ヴォルフは口から流れる血を拭う。意識の外からの攻撃はかなりのダメージをレイにもたらしたが、それでも肩から流れる血を手で押さえながらゆっくりと立ち上がった。

「さっきの膝蹴りと今の魔法で肋骨が何本か逝っちゃったね」

「こちとら赤は似合わないんだから、こんな派手に色づけしてもらいたくはなかったな」

 今やヴォルフの服は自分の血で真っ赤に染まっていた。常人ではもう立っていられないほどの出血量だというのに、倒れる素振りを見せない。だが、それはレイとて同じこと。ヴォルフの一撃一撃が極めてヘビーな攻撃により、身体中が悲鳴を上げていた。
 それでも戦う意思を見せるのは零騎士として鍛えられた結果なのか、それとも男の意地なのか……いずれにしろ、互いに動ける時間は少ない。

「……いい加減、ニコチンが恋しくなってきたから、次で決めさせてもらうぜ」

「それは朗報だね。ファルの方も気になるから、早くそっちに行きたいんだ」

「あれ? たかだかゴロツキ共にあの子がやられるとでも?」

「やり過ぎてないかの確認だよ」

 レイはきしむ身体に鞭を打ち、二本の黒刀を構える。ヴォルフもありったけの魔力をおのが身体に充填じゅうてんした。

「"炸裂弾バースト"!!」

 重症を負っているとは思えないほどのスピードでこちらに向かってくるレイにヴォルフは魔力弾を発射した。それは今までに比べて小ぶりなもので、ヴォルフが牽制によく使う"弾丸バレット"と似たような形態の魔力弾だった。だが、その密度は比べ物にならない。無理やり膨大な魔力を圧縮させたため、相手に接触すると魔力が弾け飛ぶ魔法であった。
 当然、魔力に敏感なレイがそれに気づかないわけがない。恐らく全力で斬りかかり、自分の魔法を消そうとするだろう。その時こそ彼の最後。"炸裂弾バースト"は不発に終わっても、全魔力を注ぎ込んだ右手による渾身の一撃は、レイを倒すには十分すぎるほどの火力を秘めている。
 チャンスは一度きり。自分の魔法が消えた瞬間、全力で右手を叩きこむ。
 そんなヴィジョンを思い描いていたヴォルフの目の前で、自分の魔力が勢いよく弾け飛んだ。

「なっ!?」

 一瞬、頭が真っ白になる。"炸裂弾バースト"が不発にならなかったということは、レイが真正面から自分の魔法を受けたことになる。虚仮威こけおどしなんかでは断じてない威力の魔法を。それを生身ともいえるレイが食らって果たして無事なのだろうか。

「──やれやれ、今にもぶっ倒れそうだよ」

 その答えはすぐにわかった。

 ヴォルフの魔法によって立ち昇る砂煙から、身体の前で腕を交差させたレイが現れる。あの爆発をまともに受けたせいでたが血みどろでボロボロの身体であったが、それでも目だけはしっかりとヴォルフを見据えていた。
 その気迫に押されて、ヴォルフの動きが一瞬鈍る。その間にレイは腕を交差させたままヴォルフの懐に入り込んだ。

「"山茶花さざんか"」

「──ッ!?」

 両の手に握った二本の黒刀を、目にもとまらぬ速さで振りぬく。横薙ぎ一線。無防備に空いたその身体を干将・莫邪が斬り裂いた。
 ヴォルフは鮮血ほとばしる自分の身体を他人事のように見つめる。そして、右手に集中させていた魔力を霧散させながら、ゆっくりとその場に倒れ込んだ。

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