3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第109話 覚悟

 レイとファルのおかげでなんとかマーリエの村を脱出した俺は、先行しているハリマオ達を追いかける。あいつが頭を張ってんならやり方は変わってないだろ。こういう場合は散り散りになって逃げて、あらかじめ決めてある待ち合わせ場所に集合するはずだ。
 それにしてもファルの奴、めちゃくちゃ怒っていたな。仮面の奥に見えた瞳も、ミョルニルを振るう力もそれを物語っていた。二人しかいなかったってことはファラは屋敷でお留守番か? 多分、そっちも相当お怒りだろうな。
 おそらく集合場所であろうファシールの村跡地に近くで、運よく手下を引き連れたハリマオの姿を見つけた。

「ハリマオ!!」

「ん? ……おぉ! ヴォルフ!!」

 俺が走りながら声をかけると、こちらに気が付いたハリマオが嬉しそうな表情を見せる。

「なんとか村を抜け出したんだな! 流石は兄弟だぜ!」

「まぁ、色々と手助けがあってな」

「手助け?」

 俺の言葉にハリマオが眉をひそめた。レイの事を知っているこいつにさっき起きたことを話すのは得策じゃない気がする。

「……ん、いや。気にすんな。それより、他の連中もアジトに向かってるんだよな?」

「あぁ。その辺は昔と変わってないぜ。少人数で固まって動き、追っ手を撒き次第アジトに集まる手はずだ」

「そうか……」

 騎士団の中でも精鋭揃いの第六騎士団を簡単に撒けるとは思わない。よしんば上手く撒けたとしても、逃げ道からアジトが割り出される可能性が高い。なんたってハプスブルク家の才女が追跡に出張っていたからな。彼女の場合、わざと山賊達を泳がせ、まとまったところで一網打尽にしようとしてもおかしくねぇ。

「ほれ」

 そんな事を考えていた俺に、ハリマオがニヤリと笑いながら懐にある奇麗な青い石を見せてきた。

「それは?」

「俺達猛虎隊が命がけで狙っていたブツ、賢者の石だ」

 ドクンッ。俺の心臓が容赦なく飛び跳ねる。

「……マーリエの村にあったのか」

「そうだ。まったく……手間をかけさせられたぜ。元々秘密主義で閉鎖的な村なのは知っていたが、まさかこいつを守るために外の連中を拒絶していたとはな。おかげでこいつを手に入れるまでかなりの時間がかかっちまった」

 賢者の石。使うことで死んでしまった者を蘇らせる奇跡の石。それが本当かどうかなんてわからねぇが、それでも今の俺には喉から手が出るほどに熱望する石。

「……複雑な顔してるな、兄弟」

 黙りこくった俺に、ハリマオが優しげな声を出す。何か言おうと口を開いたが、言葉がうまく出てこなかった。

「本当はすぐに使ってやりてぇんだけどよ、こいつには日の光が必要なんだ。つーわけで、女神との再会は明日の朝までお預けってことだな」

 女神……それが誰をさしているかなんて聞かなくてもわかってる。俺が愛した……いや、未だに愛している人、ずっと心にいるのに顔を見せてくれない女、俺が血に飢えた狼になる原因になった幼馴染、オリビア。

「……ハリマオ、俺は」

「兄貴ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 ゆっくりと口を開いた瞬間、俺を呼ぶ大声が聞こえる。そっちに顔を向けると、顔に刀傷が入っている巨漢の男が目に涙を浮かべながら走り寄ってきていた。そうか、いつの間にかこいつらのアジトに戻ってきていたんだな。暑苦しい抱擁を受けながら、俺は周りを見渡す。やっぱりここは好きじゃねぇな……笑い飛ばすには嫌な思い出が多すぎる。

「無事でよかったっす!! 本当によかったっす!!」

 大泣きしながら顔を俺に押し付けてくるクマを見て、俺は思わず苦笑いを浮かべた。

「なんだ? 俺が騎士団如きに後れを取るとでも思ったか?」

「い、いえ!! そんなわけないです!! 兄貴なら一人でも逃げ出せるって信じてました!!」

 鼻をすすりながら俺から離れると、クマは真っ赤な目のまま真剣な表情で俺に向き直る。

「兄貴が来てくれたおかげで、なんとか全員ここへ戻って来れやした!! ありがとうございます!!」

「ありがとうございます!!」

 クマがビシッと頭を下げてくる。それに合わせて他の山賊達も俺にお辞儀をしてきた。女王を守護する第零騎士団である俺がこいつらに感謝されると色々とまずいんだけど。微妙な顔をしながら頬をポリポリと掻く俺に、ハリマオはニヤニヤしながら肩を組んできた。

「相変わらずのカリスマじゃねぇか。なんだ? '金狼'復活か?」

「……冗談じゃねぇよ」

 そんなもん、復活させた瞬間、人の魔力を奪う死神と破壊の権化である双子に抹殺されるのがオチだっつーの。

「とりあえず宝をゲットしたってことで……てめぇら!! 今日はとことん飲むぞ!!」

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 ハリマオの声に呼応して野郎共の怒号が、この廃れた村に響き渡る。いつ騎士達がここに攻めてくるかもしれねぇのに、本当暢気のんきな奴らだ。……まぁ、嫌いじゃねぇけどな。



 ふと目を開けた俺は気怠げに身体を起こし、周りに目をやる。俺と同じように地面で横になっている山賊達が幸せそうな顔で眠っていた。結局、アジトに戻って来るや否や、なし崩しで宴会が始まっちまったんだっけか。知らない奴が殆どだったけど、山賊やる奴なんか変わらねぇから昔みたいにバカ騒ぎしたな。
 俺は夢の世界にいる奴らを起こさないよう静かに立ち上がり、空を見上げた。まだ、ちらほらと星が輝いてるけど、濃紺の中に少しだけだいだいいろが混じってきている。もうすぐ夜が明けるサインだ。

 そのまま音を立てずに村の出口を目指す。

「──行くのか?」

 俺の足がピタリと止まった。ゆっくりと声のした方へ顔を向ける。

「来てるんだろ? おっかない男がよ?」

 そこには酒の入ったジョッキを持ち、廃材に腰を掛けているハリマオの姿があった。

「……こいつらを叩き起こしてさっさとここからばっくれろ。取っ捕まって晒し首になりたくなかったらな」

 俺は奴の言葉には答えず、再び歩き始める。忠告はしたんだからこれ以上は俺のあずかり知るところじゃねぇ。こいつらとはここでおさらばだ……クマも、ハリマオとも、な。

「ヴォルフ」

 覚悟を決めた俺の背中にハリマオが声をかけてきた。

「あいつの墓の前で待ってるぜ」

 その言葉が俺の心を熱くする。

「……生きてたらな」

 小さく笑みを浮かべながらそう答えた俺は一気に駆け出した。

 ったくよ……本当に俺はしょうもない奴だよな。恩をあだで返してるって言われても仕方がねぇよ。せっかくレイが見逃してくれたっていうのにさ。
 今回だってそうだ。あいつの手を汚させないよう俺自身の手でけじめをつけようとしたのによ。ハリマオが山賊を始めた理由を聞いて惑っちまった。さっきもオリビアにもう一度会えるかもしれないって思って喜びを感じちまった。
 でも、ダメなんだ。俺のために山賊に成り下がったクマやハリマオと同じくらい、あいつらの事を裏切れねぇんだよ。こんなどうしようもない俺の事を仲間だと思ってくれている、冷酷無比のくせにお人よしのあの連中がな。
 だからこそ、俺はハリマオ達の仕事に乗らなかった。……手助けしたのはノーカウントにしてくれ。あれは第六騎士団の奴らの被害を最小限に抑えるため仕方なくってことで。
 ちゃんと自分てめぇでした事の落とし前はつけるつもりだ。だから、こうやって逃げも隠れもせずに姿を見せたんだよ。前を向いたつもりになっていて、実の所まったく前進できずその場に立ち竦んでいた情けない俺を、あんたなら終わらせてくれるはずだ。

 なぁ、そうだろ? カシラ。

 俺が滅ぼしたファシールの村から少し離れた地。険しい山道の中にぽつりと現れた開けた場所。そこに静かに佇む黒い鎧に身を包んだ二人を見て、俺はそんな事を考えていた。

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