3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第96話 初任務

 アルトロワ王国のもつ力を象徴するかのように建てられた荘厳な城、その中庭にある年季の入った洋館の一室で女王であるデボラ・アルトロワは優雅に足を組みながらソファに腰かけていた。

「変わった山賊……ですか?」

「あぁ、そうだ」

 訝しげな表情を浮かべている息子を見て、デボラ女王は小さく笑う。何となく馬鹿にされているように感じたレイはため息を吐きながら、その端正な顔を顰めた。

「女王様の悪い癖ですね。わざと抽象的な言い方をして、僕の反応を楽しんでいる」

「女王様なんて他人行儀で寂しいのう……前みたいに『母さん』とは呼んでくれぬのか?」

「ぼ、僕はもう十五ですよ!? いつまでも甘えてなんていられません!」

 顔を真っ赤にさせながら必死に主張してくるレイを見て、デボラは思わずニヤニヤと笑ってしまう。まだあどけなさが残るものの、その容姿から「男」を感じるようになったとはいえ、まだまだ心は大人になり切れていないようだ。

「デボラ様。レイ様で遊ぶのがお好きなのは存じておりますが、おたわむれもほどほどに願います」

 どうやってレイをからかって楽しむか考えていたデボラの心を読んだかのように、その後ろに立っている燕尾服を着た初老の男が穏やかな口調でたしなめる。

「ノ、ノーチェさん!? 僕は遊ばれてなんか……!!」

「まだ少し青いのか、相手がデボラ様だからなのか……この様子だと両方でしょうね」

 ノーチェから微笑を浮かべながら言われたレイは、思わず口をつぐんでしまった。

「そう言うなノーチェ。男の子はいつまでも母親に甘えていたいものなんだよ」

 そう言いながら身を乗り出したデボラは前に座っているレイの頭を優しく撫でる。慌てて何かを言おうとしたレイだったが、慈しむような表情で自分を見ているデボラを見て、耳まで赤くしながら何も言わずに顔を俯けた。

「本当にい奴よのぉ……まぁ、スキンシップはこれくらいにしておくか」

 くすくすと笑いながらレイの頭から手を引くと、デボラはその顔を女王のものにシフトさせる。それに合わせてレイも真剣な表情を浮かべた。

「変わった山賊の話に戻ろう。変わったと言っても別に身なりが奇抜であったり、意外な人物が山賊だったりしているわけではない。絵にかいたような荒くれ共が、山賊らしい風貌で暴れておる」

「それなら何が変わっているというのですか?」

彼奴きゃつらのターゲットだよ」

「ターゲット?」

 眉をひそめるレイの顔を見ながらデボラが首を縦に振る。

「レイは山賊に襲われた、と聞いて誰を想像する?」

「行商隊や田舎の貴族……後は小さな村とかですかね?」

「そうだな。普通の山賊であれば、そういう者達から金銭を奪おうとするだろうな」

 デボラは軽く笑いながら、机に置かれている湯呑に手を伸ばした。

「こいつらはのう……他の山賊を狙うのだ」

「他の山賊を?」

「あぁ。'山賊潰しの山賊'として、山賊からも善良な市民からも恐れられておる。……妾達よりもよっぽど山賊を退治してくれているというのに、哀れな連中よのう」

 お茶で喉を潤しつつ、デボラは憂いに満ちた表情を見せる。レイには彼女がそんな表情を見せる意味が分からなかった。他の山賊を潰すと言っても、所詮それは自分達の私利私欲のため。市民から称賛を送られないとしても、同情される立場ではないはずだ。

「山賊は山賊です。今は山賊を相手取っていたとしても、いつ国に牙を剥かないとも限りませんが?」

「ふむ、そういうことだな。だからこそ、早めに手を打っておかなければならぬ」

 湯呑を机に戻しながら、デボラはニヤリと笑みを浮かべる。

「第零騎士団設立の初任務としてはおあつらえ向きではないかの?」

「……その'山賊潰しの山賊'を壊滅させればいいんですか?」

「まぁまぁ、そう慌てるでない」

 剣呑な空気を纏い始めたレイを見て、デボラは悠然とソファの背もたれに寄りかかった。

「聞けば、その山賊の首領はかなり腕が立つようでのう……たった一人で一つの村を潰したらしい」

「一人で、ですか……」

「あぁ。しかも無傷で、だ」

 レイの表情が険しいものに変わる。おそらく村人は戦いに関してずぶの素人だろう。だが、命の危機に瀕した人間は想像絶する力を発揮する。そんな者達を相手にして一切の傷を負わないとは、鍛錬を積んだ者ならまだしも、並みの山賊に出来る芸当ではない。

「妾はその山賊の首領を第零騎士団の一員にしたいと考えておる」

「…………は?」

 強敵との戦闘を頭の中でシミュレートしていたレイが呆気にとられた顔でデボラに目を向ける。そんなレイの反応を楽しむかのように、彼女はくくっと口元に手を当て笑った。

「そう驚くことでもあるまい。大臣達の反対を押し切り作ってみたはいいものの、メンバーがお前とノーチェだけではいささか以上に心許こころもとないとは思わんか? せっかくこんなにも立派な屋敷を用意したというのに、それを二人で使うのは寂しかろう?」

「用意したっていうか、使わなくなった屋敷をあてがわれただけですけどね」

 レイがデボラにジト目を向ける。元々この屋敷は、まだ刑が確定していない貴族の拘置所として使われていたのだが、新しく『刻命館』と呼ばれる建物が建てられたためお払い箱になっていたのだ。それをデボラが新しく作った騎士団の詰所兼住居にしたのだった。

「……村を滅ぼすような狂人に、女王を護る第零騎士団の任が務まるとは思えませんが?」

「そこはレイ、お前に見極めてもらいたいのだ」

「僕が見極める?」

「そうだ。第零騎士団として相応しいのであればリクルートすればよい。そうでなければ始末してしまえばよい。簡単な話であろう?」

 軽い口調でデボラは言うが、レイは表情を渋くするばかり。はっきり言って見極めるまでもない。第零騎士団はデボラ女王のためだけに動く影の騎士団。万が一にも女王を裏切ることがあってはならない。そして、いかなる凶刃からも女王を護り通さなければない。つまり、団員に必要なものは圧倒的な強さと絶対的な信頼感。前者はともかくとして、山賊崩れの男に信頼もくそもあったものではない。
 だが、デボラに見極めろ、と言われてしまえば、それを遂行せざるを得ない。それでも、レイには無駄骨になる未来しか見えず、どうにも気が乗らなかった。

「……話はわかりました。単なる狼藉者ろうぜきものを排する任務ではないという事も」

「そうかそうか」

 暗い表情のレイとは対照的に、デボラは嬉しそうに微笑む。

「では、初任務という事でノーチェと共に」

「僕一人で十分です」

 デボラの言葉を遮る形でレイが言い切った。デボラは一瞬驚いた表情を見せるが、すぐにそれを柔らかいものにすると、ノーチェの方に顔を向ける。

「と、言っておるが?」

「レイ様なら山賊如きに後れを取らないでしょう。……その首領の男だけは話が別ですが。それでも、問題はないかと存じます」

「そうか。ならレイ一人に任せよう」

 デボラの言葉に力強く頷いて応えるレイ。確かに第零騎士団としては初めての任務かもしれないが、実戦が初という事ではない。これまでも#非公式__・__#で似たような任務を受けてきているレイにとっては山賊退治など問題にはならない。

「わかっているとは思うが、第零騎士団は女王直轄の極秘部隊だ。正体が明るみに出ることだけは避けねばならぬ。そのための隊衣装も仮面も用意したのだ、それを活用するように」

「承知しました」

「あぁ、そうだ。首領の名前を教えておこう。その者の名はヴォルフ……'金狼'のヴォルフだ。人によっては'孤高の狼'とも呼ぶらしいぞ?」

「'孤高の狼'……」

「山賊などという群れに身を置きながら変わった男であろう?」

 楽しそうに告げてくるデボラにレイはため息を吐く。どうにも自分が仕えるこのお方は好奇心の塊のようだ。

「……処分のほどは?」

「先ほども言ったようにヴォルフに関してはレイのお眼鏡にかなわなければ始末してしまって構わない。村を一つ滅ぼしているのでな、捕らえてきても極刑は免れんだろう。だが、他の者は山賊とはいえ堅気に迷惑はかけていないからな……情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地はありそうだのう」

 要するに、ボス以外は命を奪わずにひっとらえてこい、という事だ。面倒だと感じないと言ってしまえば嘘になる。その場で全員土に還した方がどれほど楽だろうか。
 そんな事を考えながらも、おくびにも出さずにレイは頭を下げた。

「御意に」

 だが、レイの考えなど全てお見通しのデボラは、僅かに寂しげな表情を浮かべる。そういう思考になってしまうレイを責めることはできない。なぜなら、そうなるよう仕向けたのは紛れもなく自分なのだから。女王の剣になりたい、そうレイに言われたときから、非情に徹することを教えてきた。それが自分の愛する息子の命を護る最善手だと信じて。

「任せたぞ。第零騎士団筆頭、ゼロの魔法師殿?」

 だからこそ、デボラは優しい声でそう送り出してやることしかできなかった。

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