3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第89話 化け物

 俺はしがない小さな村で産まれた。

 両親は何の特徴もない村民。朝も早くから畑仕事で汗を流し、そのまま家畜の世話をする。飼っていたのは牛一頭と鶏が数羽。俺の一日はその牛からとれるミルクを飲むことから始まった。
 伝説の勇者が生まれたわけでも、隠された秘密があるわけでもない普通の村なんだ、刺激的な事なんて何もない。両親の仕事を手伝うにはまだまだ幼かった俺に出来ることなんて、日がな一日村をかけまわって遊ぶことだけだった。でも、俺は満足していた。いや、満足とはちょっと違うかな? それ以外の世界を知らなかった俺にはその生活以外に考えられなかった。
 このまま自分も大人になれば野菜を育て、のんびりしている牛の面倒を見て、のらりくらりと自給自足の生活をする、そんな風に思っていた。……あの日を迎えるまでは。

 それは『審判の刻』と呼ばれる日。この国に住むものであれば五歳を迎えた日に教会へ赴き、自分の魔力位階を測定する。これはアルトロワ王国に住まう国民の義務だ。

 何もわからぬまま両親に連れられ、教会にやって来た俺は、流れ作業で子供達に魔力位階を告げる神父の列に並んだ。色々な村から子供が集まってきているので、かなり長い列だったのを覚えている。最初は興味深々な俺だったが、特に面白いことなどなく、次第に退屈になっていき、列が進むのを不満顔でひたすら待っていた。

 そして、ついに自分の番が訪れる。隣にいた両親は形式的な挨拶を神父と交わし、俺を前に出した。両親は全く何も期待していなかったと思う。それもそうだろう、俺の両親はどちらもレベルⅠ。そんな平凡な親から非凡な子供が生まれてくるなど、期待する方がおかしい話だ。

 だが、何に関しても例外というものはある。でなけりゃ、トンビが鷹を生む、なんて言葉は出来っこないからな。

 年老いた神父が俺の頭に手を乗せた瞬間、俺の手の甲が光り出した。それまでの子供の様にぼんやりと、なんてレベルじゃない。聖堂内に広がったのは目も眩むような閃光だ。そして、次に現れたのはⅤの刻印。
 それを見た時の両親の驚きようったらなかったな。いや、両親だけじゃない。この教会に来た人達全員が度肝を抜かれていた。今考えれば、そこが俺の人生の絶頂だったのかもしれない。……そんな事を言ったら、どこぞの双子にぶん殴られそうだな。

 そう言いたくもなるだろ。両親に化け物扱いされればな。

 自分が悪いなんて思ったことはない。レベルⅤになったのも、そのレベルⅤが捻じ曲がっていたのも俺のせいじゃないからだ。

 異端な能力を持った俺に両親は怯えた。話すどころか目も合わせることもなくなり、まるで部屋から出てくるなと言わんばかりに食事は俺の部屋の前に置かれるようになった。俺が十歳の時だ。
 村での扱いもひどいもんだった。俺が外に出ると、まるで同じ空気を吸うと死が訪れる、と言わんばかりにみんな家に籠ってしまう。誰もいない村を一人で歩くことがいつしか俺の日課になっていた。

「ヴォルフ」

 そんな俺に声をかけてくれるのは村でたった一人の幼馴染。小さいころからずっと二人で遊んでいた俺の親友。……そして、俺の初恋の相手。

 彼女の名はオリビア。優しい彼女に相応しい柔らかい名前。

 多分、オリビアがいたからこそ俺は生き続けることができたんだと思う。

 そう……十五歳の時に村から追い出されても、彼女が一緒にいてくれたからこそ、俺は耐え抜くことができたんだ。

 村から少し離れた森の小屋、そこが俺達の住まいだった。この小屋は俺が自分で建てたもの。手先を器用に生んでくれたことは両親に感謝しなければならない。

 村を出てから五年、俺はオリビアと二人っきりでここに暮らしている。
 
 魔物の皮で作ったソファに座りながら、お手製の囲炉裏で料理を作るオリビアを眺める。鍋やら食器やらは村を離れる時に彼女が持ってきたものだ。俺は手ぶらで飛び出したっていうのに流石はオリビアだ、気が利いてる。

「……なぁ、オリビア?」

「なに?」

 鍋をかき混ぜる手を止め、少し長めの髪を耳にかけながら彼女がこちらに目を向けてきた。

「なんで一緒にいてくれるんだ?」

 五年も一緒にいて聞いたことがなかったこと。オリビアは少し意外そうな表情を浮かべると楽しそうにくすりと笑った。

「今更なんでそんな事聞くの?」

「いや……ふと思ってな」

「ふふふっ、なにそれ。変なの」

 オリビアは笑みを浮かべながら再び鍋をかき回す作業に戻る。

「俺が怖くないのか?」

「怖い? なんで?」

「ほら、俺は……」

 おかしな力を持っているから。そう言おうとして、うまく言葉が出てこなかった。

「……ヴォルフがいてくれたから、村が救われたのよ? あなたがいなかったら、全員魔物の餌食になっていたわ」

「そう……かもな」

「そうなのよ」

 歯切れ悪く返事をすると、オリビアが力強い口調で言った。魔物の群れが村を襲ったのは俺が七つの頃の話。無我夢中で村を守った結果、化け物認定されることになった苦い思い出だ。……まぁ、年端もいかないガキが数十匹の魔物を虐殺すれば、そうなってもおかしくないって、この年になると思えるようになった。

「だから、私は村を出たの。村を救ったあなたを化け物扱いするあの人達に嫌気がさしたから」

「オリビア……」

 怒りに顔を歪める彼女を見て、俺の心は温もりで満ちていく。俺が何か言おうと口を開きかけたとき、オリーブが悪戯っぽくウインクを投げてきた。

「それに幼馴染の私が一緒じゃないと、ヴォルフはダメになっちゃうでしょ?」

 おたまを動かしながら当然とばかりに言ったオリビアの言葉が、俺の心に締め付ける。何とも言えない気持ちになった俺は思わずソファから立ち上がった。

「どうしたの?」

 綺麗なブルーサファイヤの瞳に俺の姿が映る。

「ちょっと……魔物でも狩ってくる」

「もうすぐ夕飯ができるのに?」

「すぐに戻るさ」

 俺は彼女の顔を見ず、逃げるように小屋から出て行った。

 日が落ち、暗くなった森を駆け抜ける。周りなんて碌に見えないが、身体が覚えているから問題ない。二十分ほど走ったところで、小高い丘に出た。ここは俺の好きな場所。考え事する時やオリビアと喧嘩した時なんかは必ずここに来る。……今日は前者だ。掴めそうなくらいに大きな満月を見ながら、俺は大きくため息を吐いた。

「幼馴染、か……そらそうだよな」

 好きだなんて言った事がない。言えるわけがない。それを言ってしまったら今の関係が崩れそうで……怖かった。

 しばらく時間をつぶしてから小屋へと戻る。今はまだこの幸せに甘えていたい。俺がもう少しだけ自分に自信が持てて、ほんのちょっぴり勇気が出たらちゃんと伝えるから。
 そんな事を考えながら小屋の前に立った時、猛烈な悪寒に襲われる。なんだ? 季節は夏、いくら夜だとはいえ肌寒さなんて微塵もない。なぜか震える手でドアノブを握り、ゆっくりと扉を開いた。

 最初に俺の目に飛び込んできたのは無残にも荒らされた室内。苦労して作った机も、粗末なベッドも、不格好な衣装タンスも全てが壊されていた。爆音を上げる心臓を無理やり押さえつけ、部屋の中へと入っていく。

 そして、目にしてしまった。あられもない姿で血だまりの上に横たわる幼馴染の姿を。

 血流が血管を破りそうなほど速くなる。その場で停止してしまったかのように頭の処理が働かない。

 震える手でオリビアに手を伸ばそうとする。その時、俺はあることに気が付いてしまった。

 引き裂かれた服のまま、眠る様に目を閉じている彼女の横に、村の連中が揃って愛用している薄汚れた手拭いが落ちていることを。

 そこで、俺の理性がプツンと途切れる。

 次に目に映ったのは一面の赤。地面も、家の壁も、俺の手までもが真っ赤に染まっていた。こんなにも美しくおぞましい赤の世界に迷い込んだのはこいつらのせいだ。俺は血みどろで転がっている村民達に冷たい視線を向けた。

 よかったな。

 お望みの化け物とやらを見ることができたぞ?

 だから、喜びながら死んでいけ。

 俺は肉親だったものをつまらなそうに一瞥し、村を後にしようとした。

「──おいおい、驚いたな。こんな所に凶暴な狼がいやがった」

 ピタッと足を止め、声のした方へ無感情のまま目を向ける。そこには笑みを浮かべているドレッドヘアーの男が一人、月明かりに照らされながら立っていた。

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