3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第83話 清濁

 城の入り口の前でクロエと別れた双子と合流し、三人で屋敷に向かう。内一名はぼんやりしたままだが、その事には触れない。ファルの調子を戻せるのはもうこの世界に一人しかいないのだろう。
 屋敷のドアを開けると、いつものようにノーチェが柔らかな笑みと共に迎えてくれた。だが、いつもと違う事がある。執事姿である彼の後ろに赤みがかったピンク色の髪がちらちら見えるのだ。

「お帰りなさい。レイ様、お客様が」

「わかっています。見えているので」

 僕はため息を吐きながらやんわりとノーチェの言葉を遮った。いつもは応接にいるというのに、どうして今日はリビングにいるんだ、この人は。つかつかと歩いていき、ソファでふんぞり返っている美女の前に立つ。

「お待たせいたしました、女王様」

「んん? おぉ、やっと帰ってきおったか! 待ちくたびれたぞ?」

 デボラ女王は上機嫌に笑いながら手に持っているグラスを上に掲げた。これはかなり出来上がっているようだね。え? なんでわかったのかって? テーブルの上にある空き瓶の数を見れば誰だって想像がつく。

「お久しぶりです」

「…………」

 酔っ払いが相手とは言え、前にいるのはこの国のトップ。ファラはかしこまった感じで頭を下げた。だが、ファルは何も言わずにその場で佇んでいる。恐らく女王の姿が目に入ってないね。

「久しぶり、というほどでもなかろう。二人の受勲以来か、なぁファル?」

 そんなファルの様子に一切の疑問を持たずにデボラ女王は軽く笑みを浮かべながら話しかけた。そこでようやくファルは自分の目の前にいる人物を自覚する。

「え? あ、あぁ女王様。ご、ご機嫌麗しゅう」

「おいおい、そんな挨拶お前のキャラじゃないだろう?」

「そ、そうだね! じゃ、じゃああたしは宿題があるからこれで!」

 苦笑しながら自分を見ているデボラ女王に少し慌てた口調で言うと、ファルはさっさと階段を上って自分の部屋へと行ってしまった。その背中を見つめるデボラ女王の顔は既に酔っ払いのものではなくなっている。

「まったく……どこに行ったんだあの悪ガキは」

「それは僕も知りたいですね」

「可愛い娘にあれ程心配かけるとは……女王の権限で処刑でもしてやろうか」

「その時は是非私に処刑人をやらせてください」

 晴れやかな笑顔でファラが言った。その背後に鬼が見えるのは見間違いではないだろう。

「まぁ、あのバカの話はまた今度でいいだろう。レイ、任務だ」

「よかった。単に酒を飲みに来ただけではないんですね」

「妾を誰だと思っている? この屋敷にあるビンテージ物のワインを楽しむついでに任務を持ってきたのだ」

 デボラ女王は持っていたグラスに口をつけ、一気に傾ける。普通は本題とついでが逆だと思うだろうけど、この人の場合は多分冗談で言っているわけではないと思う。という事は、大した任務ではなさそうだね。

「闇オークションを知っているか?」

「噂程度には」

 零騎士の僕達は裏の仕事をする事がある。いや、そっちがメインだと言っても過言ではない。そうなると、嫌でも裏の世界に精通してしまうのだ。

「まぁ、読んで字の如くというやつだ。盗品やら世に出せないものやらを取り扱うオークションだな。それが今夜行われるという情報を入手した」

 この人の情報網は一体どうなっているんだろう。確実に裏世界の誰かと繋がっていると思う。女王を護るのが僕達の責務である以上、あまり危ない橋は渡って欲しくないんだけど。

「そのオークションを潰せばいいんですか?」

「まぁ、端的に言ってしまえばな」

 デボラ女王はワインの瓶を掴み、空になった自分のグラスに注ぐ。

「重要なのは今夜のオークションだけが任務対象だってことだ」

「……つまり、闇オークションを根絶やしにしていくわけではないと?」

「そうだ」

「理由をお伺いしても?」

 僕が尋ねると、デボラ女王は薄く笑いながらソファの横に肘を乗せ頬杖をついた。

「そんなに不思議か?」

「えぇ……闇奴隷商の時は容赦がなかったですから」

 あの時は蟻一匹残さない勢いで闇奴隷商を摘発していった。それに比べて今回は随分とぬるい気がする。デボラ女王はグラスを手に取り、その鮮やかな赤色を楽しむ様に揺らす。

「人を人とも思わないあいつらのやり方が気に入らなかっただけだ。別に奴隷の全てを否定しているわけではない。……現に法に則った奴隷商は今もまだ生き残っておるだろう?」

「まぁ……そうですね」

「今回の闇オークションに関してもそうだ。確かに扱っている商品は表に出せないモノばかり。集まっている者もまたしかりだ。だが、彼らが王都の経済を回しているというのも覆すことのできない事実」

 経済の流通は金の循環。闇オークションには珍しい品を求めた貴族も当然参加するから、莫大な金が動く。そうすれば、貴族の家で死んでいた金がまた命を吹き返すことになるとは思う。

「でも、それだと裏社会ばかりが潤うのではないのですか?」

「レイの懸念はもっともだな。だが、その辺は心配いらない。裏の連中も色々な形で表の住人に自分達のもうけを還元している、という事だ。悪党の中にも話のわかる奴らはいるんだよ」

「裏の連中が、ですか……?」

 俄かに信じがたい話だ。僕が今まで排除してきた者達は自分の私利私欲の事しか頭にないような連中ばかりだった。……いや、そうじゃないんだね。そういう連中だからこそ排除を命じられたのか。

「無機質で真っ白な国など面白くもないだろう? 清廉であればあるほど人は汚したくなるものだ。……それならば、少しくらい汚れている方がみんな住みやすいんだよ」

 グラス越しに僕の顔を見ながらデボラ女王はニヤリと笑みを浮かべる。なるほどね……清濁併せ呑むってやつか。デボラ女王らしいと言えばらしいね。

「話はわかりました。ただ一つ疑問が」

「なんだ?」

「どうして今夜行われる闇オークションは潰すんですか?」

「ふむ……」

 デボラ女王はワインを一口飲みグラスを置くと、皿の上に合ったチーズを掴み口の中に放り込んだ。

「悪党の道理を弁えない輩が催しているからだ。恐らく新参者だろ。闇オークションをそこいらのバザーと同じ感覚でやろうとしている」

「なるほど……見せしめってことですね」

「そういうことだ」

 僕の言葉を、デボラ女王はきっぱりとした口調で肯定する。

「まぁ、若気の至りという言葉もある。忠告をしてから殲滅するように」

「わかりました」

「今回は三人に行ってもらう予定だったが……」

 ファルが上がっていった階段をちっらと見ながらデボラ女王が言った。あの状態のファルを連れて行ったところで足手まといにしかならないだろう。

「お任せください。私とボスがいれば何の問題もありません」

 ファラが力強く答えると、デボラ女王はニッコリと笑みを浮かべる。

「これは頼もしい言葉が聞けて何よりだよ。では、第零騎士団の諸君、健闘を祈る」

 女王然とした威厳に満ち溢れる声に、僕は黙って頷いた。

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