3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜
第82話 乙女の悩み
放課後、クロエと共に校門を出るといつも通り双子が待っていた。相変わらずファルは心ここにあらずの状態だが、ファラは特に変わった様子はない。よかった。昼間の事を引きずって機嫌が悪かったらどうしようかと思ったけど、その心配はなさそうだ。結局ファラを怒らせた理由はわかっていないんだけどね。
「珍しいですね。ボスがクロエさんと一緒に来るなんて」
「いやぁ……なんかもう今更かなって」
目を丸くしているファラに僕は力のない笑みを向けた。実際問題、誰かの策略なんじゃないかと疑いたくなるほどに最近は目立ってしまっている。もはやクロエと一緒に歩いたところで何も思われない程度には、ね。それはそれで問題なんだけど、他の生徒の目を盗んで校門まで行くのは地味に神経を使うから、その点は助かってるかな? ……そんなわけないよね。
「なら登下校中も一緒にいればいいのに。レイ兄様は時々近くにいてくれるけど、大抵は遠くに行っちゃうんだから」
「遠くの方が不審者を見つけるのに適しているからだよ。大抵、悪い奴っていうのは少し離れたところでかくれんぼしているものだからね。近くは二人がカバーしてくれるから、僕も心置きなく遠くにいれるってわけ」
ジト目を向けてきたクロエに僕はさらりと答えた。その言葉に嘘偽りはない。……ただ、三人のガールズトークを近くで聞いていると胃もたれしそうになる、という理由は別に伏せておいても構わないだろう。
「というわけで僕は定位置につくね。……一応聞くけど、大丈夫?」
「問題ありません」
僕がファルの方をちらりと見ながら尋ねると、ファラはこともなげに頷いた。ファラがそう言うなら心配いらないだろう。彼女は自分の事だけではなく、様々な要因を加味して状況を判断することが出来る子だ。ファルの不調もしっかりと計算に入れての発言である事は明白。……まぁ、少しでも時間を稼いでくれれば僕も加勢に入ることができるから、余程な事がなければ彼女一人で問題ないとは僕も思うけどね。
「じゃあ任せたよ」
僕はそう言うと、三人のもとから離れて行った。
*
「はぁ……」
離れて行くレイの背中を目で追っていたファラは、その姿が見えなくなったところで盛大にため息を吐く。その横顔を見て、クロエの恋バナセンサーがピピピッと反応した。
「そのため息はレイ兄様絡み?」
「……その通りです」
元気のない声で答えると、ファラが浮かない表情で歩き始める。
「今日、私達の学年がいる廊下でボスと会ったんです」
「ファラのお弁当を間違えて持ってきちゃったから、取り換えに行ったんだよね?」
「はい、そうです」
ファラの隣につきながらクロエが尋ねると、彼女は力なく頷いた。
「その時に偶々私は友人と歩いておりまして、ボスの事を紹介したんです」
「ふむふむ、それで?」
「そしたら、何を思ったのか私の友人がボスと私の関係をボスに聞いたんです」
「あっ……」
なんとなくその先の展開が予想できたクロエの口から小さな声が漏れる。それを横目で見たファラは少しだけ肩を落とした。
「……クロエさんの想像通りだと思います。ボスは優しげな笑みを浮かべながら『本当の妹のように思っている』って」
「あー……そういうことか」
そういう扱いを受けているという自覚はあったのだが、それを面と向かって言われるのはかなりきついものがある。本人に全く悪意がないとしても。
クロエは落ち込んでいるファラにかける言葉が見つからなかった。こういう時、おどけた感じでファラを慰める役が近くにいるのだが、そちらも他の事で手いっぱいの様子。恐らく今の会話は全然聞いていなかっただろう。ファルはぼーっとした顔で自分達についてきているだけだった。
「まぁでも、大切にされているのは間違いないってことだよね!」
「それは……そうですね」
微妙な表情でファラは頷いた。レイが自分達を大切に思っていることは言葉にされなくても十二分に伝わってくる。ただ、それだけだと物足りなくなってしまっているのだ。自分の我儘加減に嫌気がさしてきたファラは、再び深いため息を吐いた。
「そんなに落ち込むことないって! それに焦る必要もないでしょ?」
「そうでしょうか?」
「だって、相手はレイ兄様だよ? 恋愛に無関心なあの人に恋人なんてそう簡単にはできないよ!」
「…………」
笑顔で告げられたクロエの言葉にファラは答えない。ゆっくりと自分の眼鏡を指で上げると、小さな声で呟いた。
「グレイスさん」
「っ!?」
クロエの笑顔が凍り付く。その反応で学院で流れている噂がただの出まかせではないことをファラは悟った。
「結構いい感じみたいじゃないですか?」
「……そうなのよね」
今度はクロエが落ち込む番になる。桜の様に綺麗な桃色の髪を指でいじりながらメランコリックな表情を浮かべた。
「どうにも最近仲がいいのよね……本人達はそう思っていないだろうけど、傍から見たら仲良しなのよ」
「私が聞いた噂は難攻不落の'氷の女王'を陥落させたのがまさかの平民だった、みたいな感じです」
「恋人……って感じではないのよね。どちらかと言うと、パートナーみたいな?」
「それも時間の問題ですよ。ボスはあの手の女性に弱いですから」
不機嫌さを露骨に出しながらファラが言い放つ。ちょくちょくレイにじゃれついてくる生徒会長のイザベル・ブロワを相手にする時よりも数倍負の感情を露わにする彼女を見て、クロエは驚きを隠せなかった。今の雰囲気ならいつも抱いていた疑問を聞くことができるかもしれない。
「……前から思っていたけど、ファラってグレイスの事が嫌いなの?」
その言葉を聞いたファラはしばらく黙りこくっていたが、ゆっくりとこちらに顔を向けると静かに口を開いた。
「嫌いになるほどあの人と関わったことがありません。……ですが、私が大嫌いな女にグレイスさんは似ているんです」
「大嫌いな女?」
「ボスを苦しめた……いえ、今もまだ苦しめ続けているであろう女です」
ファラの顔を見る限り、余程嫌っているのだろう。こんなにも憎しみに満ちた表情をする彼女をクロエは見たことがなかった。
「……まぁ、その女のおかげでボスは恋愛をしないとはっきり断言することができるんですけどね」
呆れた顔で肩を竦めるファラを見て、クロエは何も言うことができない。ファラが言う『大嫌いな女』の事をもっと聞きたい。だが、彼女の身体から出る空気がそれを許してはくれなかった。
「ファラ……意地悪……」
「申し訳ありません。この件は他言無用になっているんです」
ファラもその自覚があったのか、素直に謝ったが話す気は全くないらしい。クロエは諦めたように息を吐いた。
「とりあえず、今の私達に出来る事はレイ兄様に悪い虫がつかないよう見張ることだけね」
「正直、ボスはくだらない女性と関わり合おうとはしません。だからこそ、ボスと仲を深める女性は悪い虫になりようがないんです」
「そう……ね」
クロエはグレイスの事を思い出し、眉を落とす。どう考えても彼女は悪い虫ではないし、取っ払おうとも思えない。
「って事は私達に出来ることって」
「より一層仲を深めることぐらいですかね」
二人は顔を見合わせると、ほとんど同時にため息をつく。どうやら、乙女の悩みは尽きないようだ。
「珍しいですね。ボスがクロエさんと一緒に来るなんて」
「いやぁ……なんかもう今更かなって」
目を丸くしているファラに僕は力のない笑みを向けた。実際問題、誰かの策略なんじゃないかと疑いたくなるほどに最近は目立ってしまっている。もはやクロエと一緒に歩いたところで何も思われない程度には、ね。それはそれで問題なんだけど、他の生徒の目を盗んで校門まで行くのは地味に神経を使うから、その点は助かってるかな? ……そんなわけないよね。
「なら登下校中も一緒にいればいいのに。レイ兄様は時々近くにいてくれるけど、大抵は遠くに行っちゃうんだから」
「遠くの方が不審者を見つけるのに適しているからだよ。大抵、悪い奴っていうのは少し離れたところでかくれんぼしているものだからね。近くは二人がカバーしてくれるから、僕も心置きなく遠くにいれるってわけ」
ジト目を向けてきたクロエに僕はさらりと答えた。その言葉に嘘偽りはない。……ただ、三人のガールズトークを近くで聞いていると胃もたれしそうになる、という理由は別に伏せておいても構わないだろう。
「というわけで僕は定位置につくね。……一応聞くけど、大丈夫?」
「問題ありません」
僕がファルの方をちらりと見ながら尋ねると、ファラはこともなげに頷いた。ファラがそう言うなら心配いらないだろう。彼女は自分の事だけではなく、様々な要因を加味して状況を判断することが出来る子だ。ファルの不調もしっかりと計算に入れての発言である事は明白。……まぁ、少しでも時間を稼いでくれれば僕も加勢に入ることができるから、余程な事がなければ彼女一人で問題ないとは僕も思うけどね。
「じゃあ任せたよ」
僕はそう言うと、三人のもとから離れて行った。
*
「はぁ……」
離れて行くレイの背中を目で追っていたファラは、その姿が見えなくなったところで盛大にため息を吐く。その横顔を見て、クロエの恋バナセンサーがピピピッと反応した。
「そのため息はレイ兄様絡み?」
「……その通りです」
元気のない声で答えると、ファラが浮かない表情で歩き始める。
「今日、私達の学年がいる廊下でボスと会ったんです」
「ファラのお弁当を間違えて持ってきちゃったから、取り換えに行ったんだよね?」
「はい、そうです」
ファラの隣につきながらクロエが尋ねると、彼女は力なく頷いた。
「その時に偶々私は友人と歩いておりまして、ボスの事を紹介したんです」
「ふむふむ、それで?」
「そしたら、何を思ったのか私の友人がボスと私の関係をボスに聞いたんです」
「あっ……」
なんとなくその先の展開が予想できたクロエの口から小さな声が漏れる。それを横目で見たファラは少しだけ肩を落とした。
「……クロエさんの想像通りだと思います。ボスは優しげな笑みを浮かべながら『本当の妹のように思っている』って」
「あー……そういうことか」
そういう扱いを受けているという自覚はあったのだが、それを面と向かって言われるのはかなりきついものがある。本人に全く悪意がないとしても。
クロエは落ち込んでいるファラにかける言葉が見つからなかった。こういう時、おどけた感じでファラを慰める役が近くにいるのだが、そちらも他の事で手いっぱいの様子。恐らく今の会話は全然聞いていなかっただろう。ファルはぼーっとした顔で自分達についてきているだけだった。
「まぁでも、大切にされているのは間違いないってことだよね!」
「それは……そうですね」
微妙な表情でファラは頷いた。レイが自分達を大切に思っていることは言葉にされなくても十二分に伝わってくる。ただ、それだけだと物足りなくなってしまっているのだ。自分の我儘加減に嫌気がさしてきたファラは、再び深いため息を吐いた。
「そんなに落ち込むことないって! それに焦る必要もないでしょ?」
「そうでしょうか?」
「だって、相手はレイ兄様だよ? 恋愛に無関心なあの人に恋人なんてそう簡単にはできないよ!」
「…………」
笑顔で告げられたクロエの言葉にファラは答えない。ゆっくりと自分の眼鏡を指で上げると、小さな声で呟いた。
「グレイスさん」
「っ!?」
クロエの笑顔が凍り付く。その反応で学院で流れている噂がただの出まかせではないことをファラは悟った。
「結構いい感じみたいじゃないですか?」
「……そうなのよね」
今度はクロエが落ち込む番になる。桜の様に綺麗な桃色の髪を指でいじりながらメランコリックな表情を浮かべた。
「どうにも最近仲がいいのよね……本人達はそう思っていないだろうけど、傍から見たら仲良しなのよ」
「私が聞いた噂は難攻不落の'氷の女王'を陥落させたのがまさかの平民だった、みたいな感じです」
「恋人……って感じではないのよね。どちらかと言うと、パートナーみたいな?」
「それも時間の問題ですよ。ボスはあの手の女性に弱いですから」
不機嫌さを露骨に出しながらファラが言い放つ。ちょくちょくレイにじゃれついてくる生徒会長のイザベル・ブロワを相手にする時よりも数倍負の感情を露わにする彼女を見て、クロエは驚きを隠せなかった。今の雰囲気ならいつも抱いていた疑問を聞くことができるかもしれない。
「……前から思っていたけど、ファラってグレイスの事が嫌いなの?」
その言葉を聞いたファラはしばらく黙りこくっていたが、ゆっくりとこちらに顔を向けると静かに口を開いた。
「嫌いになるほどあの人と関わったことがありません。……ですが、私が大嫌いな女にグレイスさんは似ているんです」
「大嫌いな女?」
「ボスを苦しめた……いえ、今もまだ苦しめ続けているであろう女です」
ファラの顔を見る限り、余程嫌っているのだろう。こんなにも憎しみに満ちた表情をする彼女をクロエは見たことがなかった。
「……まぁ、その女のおかげでボスは恋愛をしないとはっきり断言することができるんですけどね」
呆れた顔で肩を竦めるファラを見て、クロエは何も言うことができない。ファラが言う『大嫌いな女』の事をもっと聞きたい。だが、彼女の身体から出る空気がそれを許してはくれなかった。
「ファラ……意地悪……」
「申し訳ありません。この件は他言無用になっているんです」
ファラもその自覚があったのか、素直に謝ったが話す気は全くないらしい。クロエは諦めたように息を吐いた。
「とりあえず、今の私達に出来る事はレイ兄様に悪い虫がつかないよう見張ることだけね」
「正直、ボスはくだらない女性と関わり合おうとはしません。だからこそ、ボスと仲を深める女性は悪い虫になりようがないんです」
「そう……ね」
クロエはグレイスの事を思い出し、眉を落とす。どう考えても彼女は悪い虫ではないし、取っ払おうとも思えない。
「って事は私達に出来ることって」
「より一層仲を深めることぐらいですかね」
二人は顔を見合わせると、ほとんど同時にため息をつく。どうやら、乙女の悩みは尽きないようだ。
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