3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜
第76話 生クリーム増し
やれやれ……散々な目にあったよ。そして、またしてもやってしまった。
いや、言われなくてもわかってる。あんなに人の目があるところで、御三家の娘を引っぱたく……正気の沙汰じゃないね。他の人達も度肝を抜かれていたみたいだし。
なんであんなことをしたのか僕が一番知りたいよ。彼女の向こう見ずな行動に激しく怒りを感じて、気づいたら説教をしていたんだ。感情をコントロールする術を学んだ僕らしくない行動。……まだ未練があるというのかな? そんなもの、零騎士になると決めたときにきっぱり断ち切ったはずなのに。
僕は肩を落とした演技をしながら生徒指導室から出ていく。危険なダンジョンに入ったということで、ソフィアを含む四人の生徒と、なぜか僕まで説教部屋へと連れていかれたんだ。そして、そこで延々と怒られること一時間弱、ようやっと今解放されたというわけさ。
まったく理不尽極まりないよ。どう考えても僕の比重は重くないはずなのに、メインで怒られたのは僕だからね。ソフィアに関しては軽く注意を受けた段階で、足を怪我したからって保健室へと行っちゃったし、他の生徒達も適当に説教を受けたら解放。最後まで残された僕はくどくどと長ったらしいお小言を聞く羽目になった。
御三家が一人に貴族が三人平民一人……教師が叱りやすいのは誰だって聞かれたら、子供でも分かるだろうけど、それにしたって不平等すぎる。
まぁ、過ぎたことはどうでもいい。とにかく急がなければ。もしかしたらクロエがまだ待ちぼうけを食っているかもしれない。
「おっと、やっと終わったんですかいゼロさん……いや、ここではレイさんって呼んだ方がいいですかい?」
今日の授業が終わってからからかなり時間も経っているということで、誰もいない廊下を早足で歩いていると、突然後ろから声をかけられた。振り返ると、騎士団の鎧を着た小太りの男が軽く笑みを浮かべながらこちらへと近づいてきている。その姿にはどことなく見覚えがあった。
「えっと……エドガーさん?」
「名前を覚えていてくれたなんて光栄ですね」
「そりゃ、まぁ……」
僕は曖昧な笑みを浮かべる。知っている理由が理由だけに何とも言えない。なんたって僕とあの駄犬が喧嘩になりそうになると、同じ隊の第三席であるベアトリス・ハプスブルクと一緒に僕達を止めてくれる人だからね。直接話したことはあまりないけど、迷惑かけっぱなしの人の名前くらいは知っている。
「助かりましたよ。ビスマルク家のご令嬢が命を落としたとなると大問題になりますからね」
「そうですね。何が起こるか予想もつきませんが、厄介なことになるのは間違いなかったですからね」
現状、妻を失ったビスマルク家当主が再婚したという話は聞かない。となれば、ソフィアが死んだ場合、血で血を洗う跡取り問題が勃発するのは火を見るより明らかだった。
「彼女が教えてくれましたよ? レイさんがダンジョンへ救助に行ったって。そのおかげで我々が救助に向かい、あなたの邪魔をするようなことになりませんでした」
「そうですか」
僕は淡白な口調で答える。彼女が僕に「任せて」と言った時から、すでにその心配はしていなかった。
「……すごく冷静でしたよ。流石はレイさんの恋人だと感心しました」
「え?」
恋人? 彼女が? エドガーの言葉に僕は思わず苦笑いを浮かべる。
「彼女はそんなんじゃないですよ」
「え? 違うんですか? なら友達ってことですか?」
友達……うーん、それも何となく違う気がするけど、まぁいいか。
「そういう事にしておいてください」
僕が笑いながら言うと、エドガーは一瞬呆気にとられた顔をしたがすぐにプッと噴き出した。
「なんか変なことを言いました?」
「あぁ、いえ。レイさんの反応がグレイスさんと全く同じだったもので」
「え?」
「すいません、カマをかけてみました」
エドガーが楽し気に笑う。なるほど、流石はあいつの部下という事か。のんびりとした見た目とは裏腹にとんだ食わせ物らしい。
「あぁ、後もう一つ謝らなければなりませんね」
「何がですか?」
引きつった顔で笑っていた僕に、彼は頭を下げてきた。
「助けに入ったあなたまで説教を受けることはなかったのですが、副団長の指示に逆らうことができませんでした。すいません」
……あの犬畜生め。いつか絶対去勢してやる。僕は湧き上がる憎しみを必死に抑えつけ、小さくため息を吐いた。
「……ゴブリンがメインのダンジョンであるようです。基本的に一本道でしばらく行ったところに魔物部屋がありました。そこでソフィアを保護し、帰還したのでその先は分かりません。魔物部屋の殲滅も終わっていません。そこで湧いた魔物がダンジョンから出てくるのであれば、魔物部屋を制圧しなければ危険なダンジョンか、と」
「なるほど……これで報告書が楽に書けそうだ。感謝しますよ、レイさん」
エドガーは嬉しそうに笑いながら敬礼をすると、現場へと戻っていく。その背中を見送り、踵を返して歩き始めた僕は、誰もいないはずの昇降口で立っている人物を見て、ピタリとその足を止めた。
「……心配しなくても、クロエはあなたのお仲間がしっかり城へと送り届けたわよ」
鈴を転がすような声が僕の鼓膜を刺激する。夕日に照らされた校舎に一人佇む藍色の髪をした美少女。絵になるっていうのはこういうことを言うんだろうね。
「それを伝えるためにわざわざ待っていてくれたの?」
「そうねぇ……またしても大勢の前でやらかした誰かさんの顔を見たかっただけかしら」
そう言ってグレイスは僕に微笑みかけてきた。天使のような笑顔だというのに、その実態は悪魔に他ならない。
「あんな風に誰かを叱ることもあるのね」
「……できれば今日の事は昼の件も含めて忘れてくれるとありがたいな」
「それは難しいわね。中々に新鮮で衝撃的だったから」
ますます彼女が笑みを深める。どうやって育てられたらこんな#素晴らしい性格__・__#の人になるんだろうかね。是非とも親御さんの顔を拝見したいもんだよ。
「あぁでも、あなたに感謝していることもあるのよ?」
「……君に感謝されることなんかしたっけ?」
「えぇ。しっかりと言い聞かせてくれたから、もうあの子は私に勝負を挑んでこないと思うわ。どうもありがとう」
「……どういたしまして」
こんなに嬉しくないお礼が他にあるだろうか。文句が出そうになるのをグッと堪え、僕は彼女の顔を見つめた。
「僕もお礼を言わないといけないね」
「あら? なにかしら?」
「君がいてくれたから、僕はソフィア救出に集中することができた。本当にありがとう」
「…………」
素直にお礼を言った僕の顔を、彼女が意外そうに見つめる。そして、小さくため息を吐くと、バツの悪そうな表情を浮かべた。
「真面目にお礼を言われてしまったら、からかい半分だった私の立場がないじゃない」
「だからこそ、君に感謝の言葉を告げたんだよ」
「……意地悪な人ね」
僕にジト目を向けてくるグレイス。うん、凄く気分がいいね。ただ、さっきの言葉に嘘偽りはないつもりだ。
「感謝をしているのは本当さ。今回の事でまた君に借りができてしまったから、僕にできることであればなんでもさせてもらうよ」
「あなたに出来る事……そうねぇ」
彼女が口元に手を当て、何やら思案し始めた。なんでもっていうのは言い過ぎだったかもしれない。どんな無理難題を言われるかわかったもんじゃない。
しばらく考えた後、グレイスはゆっくり顔を上げると、僕に小さく笑みを向けてくる。
「丁度甘いものが食べたかったのよね。王都で話題のパンケーキとか」
内心戦々恐々としていた僕はその言葉を聞いて、フッと身体から力が抜けた。軽く息を吐き出してから、こちらを見ている彼女に笑いかける。
「……生クリーム増しにしてもらっても構わないよ」
「それはとっても魅力的ね」
グレイスはニッコリと微笑み、僕に背を向けて歩き出した。僕はその後に黙ってついて行く。人一人の命を救う手助けをしてもらってその代償がパンケーキだなんて、随分と高くついたもんだねこりゃ。これじゃ、夕方にいつもやっている鍛錬はできそうにないよ。
……まぁでも、偶には悪くないかな?
いや、言われなくてもわかってる。あんなに人の目があるところで、御三家の娘を引っぱたく……正気の沙汰じゃないね。他の人達も度肝を抜かれていたみたいだし。
なんであんなことをしたのか僕が一番知りたいよ。彼女の向こう見ずな行動に激しく怒りを感じて、気づいたら説教をしていたんだ。感情をコントロールする術を学んだ僕らしくない行動。……まだ未練があるというのかな? そんなもの、零騎士になると決めたときにきっぱり断ち切ったはずなのに。
僕は肩を落とした演技をしながら生徒指導室から出ていく。危険なダンジョンに入ったということで、ソフィアを含む四人の生徒と、なぜか僕まで説教部屋へと連れていかれたんだ。そして、そこで延々と怒られること一時間弱、ようやっと今解放されたというわけさ。
まったく理不尽極まりないよ。どう考えても僕の比重は重くないはずなのに、メインで怒られたのは僕だからね。ソフィアに関しては軽く注意を受けた段階で、足を怪我したからって保健室へと行っちゃったし、他の生徒達も適当に説教を受けたら解放。最後まで残された僕はくどくどと長ったらしいお小言を聞く羽目になった。
御三家が一人に貴族が三人平民一人……教師が叱りやすいのは誰だって聞かれたら、子供でも分かるだろうけど、それにしたって不平等すぎる。
まぁ、過ぎたことはどうでもいい。とにかく急がなければ。もしかしたらクロエがまだ待ちぼうけを食っているかもしれない。
「おっと、やっと終わったんですかいゼロさん……いや、ここではレイさんって呼んだ方がいいですかい?」
今日の授業が終わってからからかなり時間も経っているということで、誰もいない廊下を早足で歩いていると、突然後ろから声をかけられた。振り返ると、騎士団の鎧を着た小太りの男が軽く笑みを浮かべながらこちらへと近づいてきている。その姿にはどことなく見覚えがあった。
「えっと……エドガーさん?」
「名前を覚えていてくれたなんて光栄ですね」
「そりゃ、まぁ……」
僕は曖昧な笑みを浮かべる。知っている理由が理由だけに何とも言えない。なんたって僕とあの駄犬が喧嘩になりそうになると、同じ隊の第三席であるベアトリス・ハプスブルクと一緒に僕達を止めてくれる人だからね。直接話したことはあまりないけど、迷惑かけっぱなしの人の名前くらいは知っている。
「助かりましたよ。ビスマルク家のご令嬢が命を落としたとなると大問題になりますからね」
「そうですね。何が起こるか予想もつきませんが、厄介なことになるのは間違いなかったですからね」
現状、妻を失ったビスマルク家当主が再婚したという話は聞かない。となれば、ソフィアが死んだ場合、血で血を洗う跡取り問題が勃発するのは火を見るより明らかだった。
「彼女が教えてくれましたよ? レイさんがダンジョンへ救助に行ったって。そのおかげで我々が救助に向かい、あなたの邪魔をするようなことになりませんでした」
「そうですか」
僕は淡白な口調で答える。彼女が僕に「任せて」と言った時から、すでにその心配はしていなかった。
「……すごく冷静でしたよ。流石はレイさんの恋人だと感心しました」
「え?」
恋人? 彼女が? エドガーの言葉に僕は思わず苦笑いを浮かべる。
「彼女はそんなんじゃないですよ」
「え? 違うんですか? なら友達ってことですか?」
友達……うーん、それも何となく違う気がするけど、まぁいいか。
「そういう事にしておいてください」
僕が笑いながら言うと、エドガーは一瞬呆気にとられた顔をしたがすぐにプッと噴き出した。
「なんか変なことを言いました?」
「あぁ、いえ。レイさんの反応がグレイスさんと全く同じだったもので」
「え?」
「すいません、カマをかけてみました」
エドガーが楽し気に笑う。なるほど、流石はあいつの部下という事か。のんびりとした見た目とは裏腹にとんだ食わせ物らしい。
「あぁ、後もう一つ謝らなければなりませんね」
「何がですか?」
引きつった顔で笑っていた僕に、彼は頭を下げてきた。
「助けに入ったあなたまで説教を受けることはなかったのですが、副団長の指示に逆らうことができませんでした。すいません」
……あの犬畜生め。いつか絶対去勢してやる。僕は湧き上がる憎しみを必死に抑えつけ、小さくため息を吐いた。
「……ゴブリンがメインのダンジョンであるようです。基本的に一本道でしばらく行ったところに魔物部屋がありました。そこでソフィアを保護し、帰還したのでその先は分かりません。魔物部屋の殲滅も終わっていません。そこで湧いた魔物がダンジョンから出てくるのであれば、魔物部屋を制圧しなければ危険なダンジョンか、と」
「なるほど……これで報告書が楽に書けそうだ。感謝しますよ、レイさん」
エドガーは嬉しそうに笑いながら敬礼をすると、現場へと戻っていく。その背中を見送り、踵を返して歩き始めた僕は、誰もいないはずの昇降口で立っている人物を見て、ピタリとその足を止めた。
「……心配しなくても、クロエはあなたのお仲間がしっかり城へと送り届けたわよ」
鈴を転がすような声が僕の鼓膜を刺激する。夕日に照らされた校舎に一人佇む藍色の髪をした美少女。絵になるっていうのはこういうことを言うんだろうね。
「それを伝えるためにわざわざ待っていてくれたの?」
「そうねぇ……またしても大勢の前でやらかした誰かさんの顔を見たかっただけかしら」
そう言ってグレイスは僕に微笑みかけてきた。天使のような笑顔だというのに、その実態は悪魔に他ならない。
「あんな風に誰かを叱ることもあるのね」
「……できれば今日の事は昼の件も含めて忘れてくれるとありがたいな」
「それは難しいわね。中々に新鮮で衝撃的だったから」
ますます彼女が笑みを深める。どうやって育てられたらこんな#素晴らしい性格__・__#の人になるんだろうかね。是非とも親御さんの顔を拝見したいもんだよ。
「あぁでも、あなたに感謝していることもあるのよ?」
「……君に感謝されることなんかしたっけ?」
「えぇ。しっかりと言い聞かせてくれたから、もうあの子は私に勝負を挑んでこないと思うわ。どうもありがとう」
「……どういたしまして」
こんなに嬉しくないお礼が他にあるだろうか。文句が出そうになるのをグッと堪え、僕は彼女の顔を見つめた。
「僕もお礼を言わないといけないね」
「あら? なにかしら?」
「君がいてくれたから、僕はソフィア救出に集中することができた。本当にありがとう」
「…………」
素直にお礼を言った僕の顔を、彼女が意外そうに見つめる。そして、小さくため息を吐くと、バツの悪そうな表情を浮かべた。
「真面目にお礼を言われてしまったら、からかい半分だった私の立場がないじゃない」
「だからこそ、君に感謝の言葉を告げたんだよ」
「……意地悪な人ね」
僕にジト目を向けてくるグレイス。うん、凄く気分がいいね。ただ、さっきの言葉に嘘偽りはないつもりだ。
「感謝をしているのは本当さ。今回の事でまた君に借りができてしまったから、僕にできることであればなんでもさせてもらうよ」
「あなたに出来る事……そうねぇ」
彼女が口元に手を当て、何やら思案し始めた。なんでもっていうのは言い過ぎだったかもしれない。どんな無理難題を言われるかわかったもんじゃない。
しばらく考えた後、グレイスはゆっくり顔を上げると、僕に小さく笑みを向けてくる。
「丁度甘いものが食べたかったのよね。王都で話題のパンケーキとか」
内心戦々恐々としていた僕はその言葉を聞いて、フッと身体から力が抜けた。軽く息を吐き出してから、こちらを見ている彼女に笑いかける。
「……生クリーム増しにしてもらっても構わないよ」
「それはとっても魅力的ね」
グレイスはニッコリと微笑み、僕に背を向けて歩き出した。僕はその後に黙ってついて行く。人一人の命を救う手助けをしてもらってその代償がパンケーキだなんて、随分と高くついたもんだねこりゃ。これじゃ、夕方にいつもやっている鍛錬はできそうにないよ。
……まぁでも、偶には悪くないかな?
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