3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第71話 いざダンジョンへ

 ソフィア・ビスマルクはイライラしていた。

 いや、激昂と表現してもいいほどにはらわたが煮えくり返っている。理由は単純明快。何の特徴もない平民に御三家である自分が言い負かされたからだ。
 言い負かされた、その言葉通り自分は全く反論することができなかった。別にあの男が言った事が正論だと納得したからではない。確かに一理ある、と思わせるところはあったが、所詮は平民。貴族の世界を知らないからこその発言だったと思える。
 なのに言い返せなかった。なぜだか説明できないが、あの男に逆らうことを身体が拒絶した。

「……なんだと言うんですの! あの男は!」

 肩を怒らせながら第一学年の廊下を歩いていく。そんな自分に絡むような愚か者はいない。皆自分に道を開け、恐々様子を探っていた。それも自分がビスマルク家の娘であるが故。力があるのは自分ではなくビスマルクという名。再び脳裏にあの男の言葉がよぎり、ソフィアの機嫌は更に悪化していった。
 怒りに身を任せたまま歩いていたソフィアであったが、ふとある事に気が付き窓から校庭へと視線を向ける。授業中でもないのに多くの生徒が集まっていた。その人だかりを見て一瞬眉を顰めた彼女であったが、今朝担任の教師が言っていた言葉を思い出す。

「……そういえばダンジョンがこの学校に出来たのでしたわね」

 貴族の自分には関係ないと聞き流していたことではあったが、こんなにも多くの者が興味を持つとは思っていなかった。

「確かダンジョンには珍しい魔物が出てくるとか……」

 くだらない。それにどれほどの価値があるというのだろうか。

 ため息を吐きつつ窓から視線を外したソフィアは、再び歩き始めようとする。だが、二三歩進んだところでその足がピタリと止まった。

「……その魔物を大量に討伐することができれば、あの男の鼻を明かすことができるかもしれませんわね」

 あの男は私に力がないと言った。私が何も成していないと言った。ならば誰もが納得する形で私の実力を示してやればいい。魔物など倒したことはないが、自分は選ばれたレベルⅤの魔法師。毎日欠かさず魔法のトレーニングをしている自分であれば、魔物など恐るるに足りず。

 先ほどまでとは打って変わったように上機嫌で廊下を駆け抜けていくと、ソフィアは自分の教室の扉を勢いよく開けた。クラスの注目が集まる中、ソフィアは高らかに宣言する。

「これからわたくしはあのダンジョンに挑みます! 共にダンジョンを制覇しようとする勇気ある者はおりませんか!?」



 昼休みも終わり、ダンジョンの見張りに当たっていた教師達はホッと息を吐いた。

「予想はしていたが、すごい数の生徒が見物に来たな」

「あぁ。中に入れないようにするのも一苦労だった」

 ダンジョンを一目見ようと集まった生徒は数知れず。中にはこちらの目を盗んで侵入を試みようとした者までいた。当然、王国からの許可も得ていないダンジョンに生徒を入れるわけにはいかず、それこそ死に物狂いで死守した結果、誰一人ダンジョンに足を踏み入れることなく今に至る。

「まぁ、子供達が興味をいだくのも分からんでもないのだがな」

 教師の男はそう言いながらせり上がった地面に目を向けた。昨日までは平坦なグラウンドであったというのに、今そこには半ドーム状のダンジョンの入り口が誰かを誘うようにぱっくりと口を開いていた。

「俺にしてみればこんな不気味なもんに近づきたいとも思わないけどな」

「俺もだ。若い奴らは恐怖よりも好奇心が勝るんだろうよ」

 少し離れているというのに、どうにも嫌な空気が周りに立ち込めている。ぼーっとダンジョンを見ていた教師の男は思わず身震いをした。

「正直、今日みたいのが続いたら流石に身体がもたんぞ」

「心配することもあるまい。放課後には騎士団の連中が来てダンジョンの検分をしてくれる。安全であろうと危険であろうと、俺達の手からは離れるさ」

「そうだな。午後の授業も始まったことだし、生徒達が近づいてくることも…………ん?」

 会話の途中で何かに気が付いた教師の男が遠くを見ながら眉をしかめる。もう一人の教師も、彼が見ている方に目を向け、訝しげな表情を浮かべた。
 二人の教師の視線の先には数人の生徒がこちらに向かって歩いてきている姿があった。その先頭に立つのは教師の間でも有名である銀色の髪をした美少女。自信に満ちた表情を浮かべながら悠然と歩いてきている。

「……お前ら、とっくに授業は始まっているはずだぞ? どうしてこんな所にいる?」

 人数は四人。ソフィアほど高名な家の所属ではないにしろ、全員貴族の子であった。

「教師の皆様、ご苦労様ですわ」

「ソフィア・ビスマルク……君の差し金か?」

「差し金だなんてひどい言われようですわね。この方たちは私と共に歴史を作る勇敢な戦士達ですわ」

 そう言ってソフィアは自分についてきた者達を見渡す。全員、学院にある武器倉庫から思い思いの武器を手にしていた。

「何をしに来たのかはわからないが、さっさと教室へと戻れ」

「この格好を見てわからないというのは通用しませんわ。もちろん、突如としてこの地に現れた試練に挑むつもりでしてよ」

 強気な口調で告げるソフィアに、教師の男は深いため息を吐く。

「それは許可できない。騎士団から誰も入れてはいけない、と指示を受けている」

「あら、そうでしたの。それは困りましたね」

 言葉とは裏腹に楽し気な笑みを浮かべるソフィア。そんな彼女を見て教師達は嫌な予感を感じていた。

「でしたら、騎士団よりも上の立場から命令を下せば問題ありませんわね。……ビスマルク家次期当主のソフィア・ビスマルクが命ずる、今すぐそこをどきなさい」

「なっ……!?」

 目を見開いている教師達をよそに、ソフィアはその横をスタスタと歩いていく。彼女についてきた者達もワクワクした様子でその後についていった。

「ちょ、ちょっと待て!」

「それは御三家の一角を担う私に命令をしているという事ですか?」

「っ!?」

 咄嗟に伸ばした教師の男の手がピタッと止まる。それを見たソフィアは満足そうに笑った。

「ご理解感謝いたしますわ。引き続き皆様は私達以外の生徒がダンジョンに入り込まぬよう目を光らせておいてくださいまし」

 最後に微笑を浮かべると、ソフィアはクラスメートを引き連れてダンジョンの中へと入っていく。そんな彼女達を教師達は途方に暮れた表情で見送ることしかできなかった。

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