3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第68話 女心は複雑怪奇

 僕が急いで校門をくぐると、その先に桃色の髪をした美少女が誰かを待っているように立っていた。僕に気が付いたクロエは笑いながらこちらに駆け寄ってくる。

「ごめん、待たせたかな」

「ううん、大丈夫」

 そう言うと、クロエは上機嫌そうに歩き始めた。僕もその隣についていく。前まではこんなに学校の近くで一緒に歩くなんて考えられなかったのに、最近はあまり気にならなくなった。そもそも毎日お昼を一緒に食べている時点で男子生徒からのヘイトを集めまくってしまっているので、今更こんな現場を見られたところで大した影響はない。それはそれで問題なんだけどね。

「今日はファラとファルはいないんだね」

「あの二人はクラスメートと街へ行くんだって」

 確かフランって名前の平民の子だった気がする。後、上級貴族の男子が引っ付いてくるってファラが顔を顰めていたっけ。揉め事を起こさなければいいけど。

「そっか! 学校生活を楽しんでいるみたいでよかったよ!」

「そうだね。あの子達には同い年の友達と楽しく遊んだりってことがほとんどなかったから、少し安心したかな?」

 闇奴隷から引き取ってからは訓練の毎日だったからね。子供らしいことは何一つやらしてあげることができなかった。

「それはレイ兄様も同じことでしょ?」

「僕にはほら、クロエがいてくれたからさ。充実した幼少期を過ごすことができたよ」

「……そういうところがレイ兄様のずるいところです」

 笑顔で言ったのに、なぜかクロエは顔を赤らめながらジト目を向けてきた。うーん、女心って複雑すぎる。僕が肩を竦めると、クロエは深くため息を吐いた。

「まぁ、そんな事を言っても今更な感じがあるよね、レイ兄様だし」

「……なんかすごく自分がダメな奴に思えてきたんだけど」

「気にしない、気にしない」

 クロエは茶目っ気たっぷりな笑顔を見せると、気を取り直して城へ向かって歩き始める。

「そういえば、こうやってレイ兄様と二人きりで帰るのは久しぶりだね」

「ん? あぁ、そうだね」

 第二学年までは僕しか学園に通っていなかったから、城への行き帰りはずっと二人だったけど、最近は双子がクロエと一緒にいてくれるから、僕は遠くから警護するって役がお決まりになっていた。

「あの子達と帰ったりすると楽しいんだけど、少しだけ寂しいかな?」

「寂しい?」

「前みたいにレイ兄様は一緒にいてくれないから」

 クロエが窺うようにこちらへと視線を向けてきた。なるほど……王女として立派に成長しているとはいえ彼女はまだ十八やそこら。まだまだ兄離れできない年頃なんだろうね。……こんな僕が一国の王女に対して兄ぶっているのはおこがましい話かもしれないけど、僕がクロエを本当の妹のように大事に思っているのは事実だ。

「大丈夫だよ、クロエ。ちゃんと君の事は僕が守ってあげるから」

 僕は精一杯の優しさを込めて笑いかける。クロエを安心させるために言ったというのに、なぜか彼女は微妙な表情をしていた。

「……私の期待している反応と違うんだよなぁ」

「え?」

 僕が不思議そうに首を傾げると、クロエは諦めたように息を吐く。

「レイ兄様に期待した私が馬鹿だったね。……代表を降りて正解だったかな?」

「そのせいで僕が代表になったんだけどね。どうして辞退したの?」

 争うことがあまり好きではない彼女が乗り気でないことは分かっていたけど、断るとは思っていなかった。これまでもなんだかんだクラスのために代表になって頑張っていたから今回もそうだろうと踏んでいたのに。

「偶にはレイ兄様もクラスに貢献すればいいって思ったの」

 どことなく棘のある言い方。表情もいつも通りの温和なものとば言い難い。

「なんか怒ってる?」

「……自分の胸に聞いてみてください」

 そう言うと、クロエはむくれっ顔でどんどん先に歩いていった。……誰か女心に関して詳しく解説した本を書いてくれないかな。



 結局、クロエの機嫌は直らないまま城へとたどり着き、そこで彼女とはお別れした。明日にはいつものクロエに戻っていると思うけど、理由が分からないから今後注意しようがないね。ファル辺りにでも相談してみようかな。

「おかえりなさい、レイ様」

 屋敷に帰るといつものように執事姿のノーチェが迎えてくれる。

「ただいま戻りました。なにか依頼は来ていますか?」

「いえ、女王陛下から書状は預かっておりません」

 僕の問いかけにノーチェがお決まりの台詞を返してきた。毎日聞いている事なんだけど、帰ってきたらすぐに確認しちゃう癖がついているんだよね。

「そうですか。ヴォルフは?」

「ヴォルフ様はまだ帰ってきておりません」

 なるほど、これは確実に女遊びだな。グレイスが屋敷に来た日からふらりとどっかに出かけてから全く屋敷に帰ってきていない。まぁ、別に珍しいことでもなんでもないんだけど、前に第六騎士団の団長であるジルベール・バーデンから聞いた山賊の話をまだしてないんだよね。とは言っても、彼に話すかどうか決めかねてはいる……やっぱりその話をするのはやめておいた方がいいかもしれない。

「わかりました。少し外で汗を流そうと思います」

「お手伝いいたしますか?」

「いえ、今日は基礎トレーニングをしようと思うので一人で大丈夫です」

 僕はやんわりとノーチェの申し出を断ると、自分の部屋に行き動きやすい服装に着替える。そして、干将かんしょう莫邪ばくやを腰に携えるとそのまま中庭へ出た。
 大切なのは具体的なイメージを持つこと。僕は双剣を構え、頭に敵の姿を思い描く。浮かび上がるのは金色の髪をした男。騎士団の鎧を着て、愛用の剣を持ち、こちらに不敵な笑みを浮かべている。僕の想像の中ですらバカにしたような顔でこっちを見ているとか、やっぱり性根が腐っているのは間違いない。

 現れたシアンの幻影に向け、ただひたすら剣を振るう。今日の授業で正直僕はあいつに押されていた。あまり得意ではない一刀流だったから、というのは分かっているが、それではダメなのだ。剣一本でも奴を圧倒できるくらいにならなければならない。
 はっきり言って僕の能力は対魔法に関して無類の強さを誇る。おそらく魔法だけで戦う者を相手にしたら負けることはないだろう。だからこそ、CQC近接格闘において誰にも後れを取らなければ、守るべきものを確実に守りぬくことができる。……イメージトレーニングとして最高の相手が最低の奴であることは激しく悔やまれるけどね。

 そういえば、あいつが気になることを言っていたな。セントガルゴ学院の瘴気が濃いとかなんとか……やっぱり気のせいじゃなかったか。瘴気はトラブルの素だ。できれば面倒くさいことが起こる前に何とかしたいけど、瘴気を消す方法なんて確立されていないわけだし、できることなんてほとんどない。まぁでも、いますぐに何かが起こるわけでもないし、不測の事態に備えて明日からゆっくり対策でも考えれば……。

「ただいまー!!」

「ただいま戻りました」

 夢中で剣を振っていたせいか、いつの間にやら結構な時間が経過していたらしく、友人と遊びに行っていた双子が屋敷へ帰ってきた。ふぅ……そろそろ切り上げるとしようかな。
 呼吸を整え、ゆっくりとクールダウンをしていたらファルが走って僕の所までやって来た。

「ボスー! 大変大変!! 学校にダンジョンができちゃったらしいよー!!」

 ……あの駄犬が余計なフラグなんて立てるからこんなことになるんだよ。本当に勘弁してほしい。

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