3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜
第60話 恋人ごっこ
冒険者ギルドから少し離れたところ建物の陰に、エステルとグレイスが静かに身を潜めていた。通りを歩く一人一人に目を光らせているエステルに対し、その後ろに立っているグレイスからはまるでやる気を感じない。
「ねぇ、エステル?」
「なに?」
「私達がいる意味あるかしら?」
それまで忙しなく周囲を警戒していたエステルが厳しい顔をグレイスに向ける。
「何を言ってるの!? 相手はストーカーなのよ!? 何をしてくるかわかったもんじゃないわ!!」
「そうね。だからこそ彼に頼んだんでしょ?」
「だからこそって……」
あまりにもあっさりグレイスが言っため、エステルは思わず言葉を失った。ここまで言い切れるのは、彼女がレイを信頼しているからに他ならない。……あの男嫌いで有名な'氷の女王'が、だ。その事実にエステルは驚きを隠せない。
「……グレイスとレイの間にいったい何があったって言うの?」
「別に何もないわよ。単に話をしてみたら気が合っただけね」
「……孤児院の話?」
「そういうこと」
事前にレイからエステルに話した内容については報告を受けていたので、グレイスは自然に話を合わせる。だが、エステルはどうにも納得しているようには見えなかった。
「ほら、今はそんな事よりもアリサでしょ」
「っ!? そうだった!!」
ハッとした表情を浮かべたエステルは再び熟練刑事バリの張り込み調査に戻る。そんな親友を見て、グレイスは苦笑いを浮かべるのであった。
*
どうして僕がこんなことをしているのかって? そんなこと、僕が一番聞きたいよ。
今日、校門をくぐったらいつものように彼女が待っていてさ。まぁ、昨日エステル達にした苦しい言い訳の内容を説明できたのは良かったけど、話を合わせる代わりに手を貸して、なんて言われてね。彼女には借りがあるから断ることなんてできなかったんだよ。
僕は適当に空いている椅子に座って、アリサが仕事を終えるのを待っていた。まだ終業までは時間がかかるらしいし、特にやることもなかったから冒険者ギルドってものを観察してたけど、中々慌ただしい場所だね。ひっきりなしに冒険者はやってくるし、しかも短気な連中が多い。僕が見ているだけでもめ事が起きたのは五度……いや、六度か。冒険者同士もあるし、受付嬢にクレームをいれてるってケースもあった。いろんな冒険者がいるから本当に大変そうだ。
そんな中で彼女はよくやっていると思う。冒険者の力量をしっかりと把握し、それに見合った依頼を提供している。偶に自分の力を越えた依頼を要求する輩もいるんだけど、頭ごなしに否定せず、持ち前の明るさで上手く違う依頼に誘導していたりしていた。人気ナンバーワン受付嬢っていうのも頷けるね。
それにしても獣人か……学院には人間しかいないから、久しぶりに見た気がする。獣人の国とアルトロワは割と良好な関係を築いているから偏見や差別はないはずなんだけど、やっぱりまだまだ数は少ないよね。
「お待たせいたしました!」
三杯目のコーヒーを飲んでいると、アリサが息を切らしながらやって来た。僕は笑顔でそれに応え、スッとその場で立ち上がる。
「それじゃ帰ろうか。支度は出来てる?」
「はい! …………あのぉ」
「ん? なに?」
「本当にいいんでしょうか?まったく関係ないレイさんに迷惑がかかってしまうのですが」
アリサが申し訳なさそうに俯きながら、僕の顔を上目遣いで見てきた。……なんだろう、この感覚。久しく普通の女の子と話していなかったからすごく新鮮だ。人の迷惑を考え、気遣いができる女性……なんか涙が出そうになったよ。
「大丈夫、僕に任せてよ。君に傷一つつけさせやしないから」
最初は任務感覚だったんだけど、こんないい子が恐怖に怯えるなんて許せないって気持ちが湧いてきた。それに一応僕は騎士団だから市民の平和を守らないとね。
ぼーっと僕の顔を見つめていたアリサは首をブンブンと振ると、下を向きながら「ありがとうございます……」と消え入りそうな声で囁いた。あれ? なんか間違えたかな、僕。
まぁ、いいや。冒険者ギルドも出たことだし、ここからは彼女の恋人を演じなければならない。どんな時でも手を抜かないのが僕のスタイル。
「ひゃっ!!」
徐にアリサの手を握ると、彼女は素っ頓狂な声を上げた。
「ごめん、痛かった?」
「い、いえっ!! その……!! て、手を繋いで……!!」
「恋人だからね。これぐらいの方が自然でしょ?」
「そ、そうですね!」
アリサが顔を真っ赤にしながら僕の手を握り返してくる。チャームポイントの猫耳がぴくぴく動いていた。確か猫人の耳が動くときって感情が高ぶっているときだったはず。ストーカーがどこにいるかもわからないんだし、緊張するのも無理はないか。しっかりと守ってあげなければならない。
とりあえず、計画通り人のいない方へと歩いていくか。正直、今の状態じゃ人が多すぎて誰が僕達を見ているのかいないのか、まるで分らないからね。
とにかく陰気臭い方へとどんどん進んでいく。しっかりと繋がれた彼女の手が僅かに震えていた。まったく……こんないたいけな少女を怖がらせる不届き者はどんなやつなんだ?
少しずつ人の気配がなくなり、自分達に向けられている視線がクリアになってきた。今、微かに感じるのは二つの視線。多分、エステルとグレイスのものだろう。エステルはかなり意気込んでいたからなぁ……彼女の方は僕達についてくることに全然乗り気じゃなかったみたいだけどね。
ペースを落とさずに裏通りを歩いていく。ここら辺は王都の中でも治安がいいとは言えない場所だ。なにかしら罪を犯している奴を見かけたら、ついでにしょっ引いちゃおうかな。…………ん?
かなり薄暗い場所まで来たところで、僕はピタリと足を止めた。何も言わずに隣を歩いていたアリサが不安そうな顔を向けてくる。
「レイさん?どうしたんですか?」
その言葉には答えない。いる。僕達を見ている誰かがいる。この絡みつくような視線は彼女達ではないはずだ。という事はこの視線の主がターゲットってことで間違いないね。少しずつ近づいてきているみたいだからこのまま待っていればもうすぐ……。
「あっ……」
隣で気の抜けるような声が聞こえた。僕達の前にぬらりと現れたのは綺麗な鎧を着た割とハンサムな男。
「ザ、ザインさん……?」
顔見知りだったのか。ということはこの男は冒険者なのかな?
「…………」
ザインという男は無言で生気のない目をこちらに向けている。女性を付け回しているからどんな男かと思ったら、一見普通の人だから驚きだよ。やはり、人は見かけによらないということだね。
「あ、あのぉ……」
「どうしてだい?」
「え?」
「どうしてなんだい?」
なんか問いかけてきたんだけど。アリサが困惑しているのが手を通じてはっきり伝わってくる。
「どうしてそんな男と手なんか繋いでいるんだい?」
「ど、どうしてって……こ、恋人ですから」
「恋人?」
ザインの眉がピクっと動いた。明らかに慣れていない口調だったのに、そこに疑問はないらしい。
「恋人? 恋人だって? 俺というものがありながら?」
ザインの目がこれでもかというほど大きく見開かれる。
「ちゃんと伝えたはずだよ? いつも君を見ているって。そうだよ、俺はずっと君の事を見守っているんだ。朝、家から出てあくびを噛み殺しながら歩く姿も、お昼に同僚と楽しくご飯を食べている姿も、夜になって辺りが暗くなるから足早に家路を急ぐ姿も、全部全部全部見届けているんだよ? なのに、他の男と恋仲になるというのはどういうことなんだい?」
確かグレイスからもらった情報に気持ち悪い手紙が送りつけられた、っていうのがあったけど、それもこの男で間違いなさそうだね。書いてあった内容と今口にしている内容が殆ど同じだし。
「どうしてなんだい? どうして俺を裏切るんだい? ねぇ、どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして?」
瞳孔をこれでもかと開いてアリサを見つめながらザインが何度も何度も同じことを問いかけてくる。アリサはひっ、と小さく叫び声をあげると、僕の手を力いっぱい握りしめ、身を寄せてきた。
さて、と……どうしたもんかな。
「ねぇ、エステル?」
「なに?」
「私達がいる意味あるかしら?」
それまで忙しなく周囲を警戒していたエステルが厳しい顔をグレイスに向ける。
「何を言ってるの!? 相手はストーカーなのよ!? 何をしてくるかわかったもんじゃないわ!!」
「そうね。だからこそ彼に頼んだんでしょ?」
「だからこそって……」
あまりにもあっさりグレイスが言っため、エステルは思わず言葉を失った。ここまで言い切れるのは、彼女がレイを信頼しているからに他ならない。……あの男嫌いで有名な'氷の女王'が、だ。その事実にエステルは驚きを隠せない。
「……グレイスとレイの間にいったい何があったって言うの?」
「別に何もないわよ。単に話をしてみたら気が合っただけね」
「……孤児院の話?」
「そういうこと」
事前にレイからエステルに話した内容については報告を受けていたので、グレイスは自然に話を合わせる。だが、エステルはどうにも納得しているようには見えなかった。
「ほら、今はそんな事よりもアリサでしょ」
「っ!? そうだった!!」
ハッとした表情を浮かべたエステルは再び熟練刑事バリの張り込み調査に戻る。そんな親友を見て、グレイスは苦笑いを浮かべるのであった。
*
どうして僕がこんなことをしているのかって? そんなこと、僕が一番聞きたいよ。
今日、校門をくぐったらいつものように彼女が待っていてさ。まぁ、昨日エステル達にした苦しい言い訳の内容を説明できたのは良かったけど、話を合わせる代わりに手を貸して、なんて言われてね。彼女には借りがあるから断ることなんてできなかったんだよ。
僕は適当に空いている椅子に座って、アリサが仕事を終えるのを待っていた。まだ終業までは時間がかかるらしいし、特にやることもなかったから冒険者ギルドってものを観察してたけど、中々慌ただしい場所だね。ひっきりなしに冒険者はやってくるし、しかも短気な連中が多い。僕が見ているだけでもめ事が起きたのは五度……いや、六度か。冒険者同士もあるし、受付嬢にクレームをいれてるってケースもあった。いろんな冒険者がいるから本当に大変そうだ。
そんな中で彼女はよくやっていると思う。冒険者の力量をしっかりと把握し、それに見合った依頼を提供している。偶に自分の力を越えた依頼を要求する輩もいるんだけど、頭ごなしに否定せず、持ち前の明るさで上手く違う依頼に誘導していたりしていた。人気ナンバーワン受付嬢っていうのも頷けるね。
それにしても獣人か……学院には人間しかいないから、久しぶりに見た気がする。獣人の国とアルトロワは割と良好な関係を築いているから偏見や差別はないはずなんだけど、やっぱりまだまだ数は少ないよね。
「お待たせいたしました!」
三杯目のコーヒーを飲んでいると、アリサが息を切らしながらやって来た。僕は笑顔でそれに応え、スッとその場で立ち上がる。
「それじゃ帰ろうか。支度は出来てる?」
「はい! …………あのぉ」
「ん? なに?」
「本当にいいんでしょうか?まったく関係ないレイさんに迷惑がかかってしまうのですが」
アリサが申し訳なさそうに俯きながら、僕の顔を上目遣いで見てきた。……なんだろう、この感覚。久しく普通の女の子と話していなかったからすごく新鮮だ。人の迷惑を考え、気遣いができる女性……なんか涙が出そうになったよ。
「大丈夫、僕に任せてよ。君に傷一つつけさせやしないから」
最初は任務感覚だったんだけど、こんないい子が恐怖に怯えるなんて許せないって気持ちが湧いてきた。それに一応僕は騎士団だから市民の平和を守らないとね。
ぼーっと僕の顔を見つめていたアリサは首をブンブンと振ると、下を向きながら「ありがとうございます……」と消え入りそうな声で囁いた。あれ? なんか間違えたかな、僕。
まぁ、いいや。冒険者ギルドも出たことだし、ここからは彼女の恋人を演じなければならない。どんな時でも手を抜かないのが僕のスタイル。
「ひゃっ!!」
徐にアリサの手を握ると、彼女は素っ頓狂な声を上げた。
「ごめん、痛かった?」
「い、いえっ!! その……!! て、手を繋いで……!!」
「恋人だからね。これぐらいの方が自然でしょ?」
「そ、そうですね!」
アリサが顔を真っ赤にしながら僕の手を握り返してくる。チャームポイントの猫耳がぴくぴく動いていた。確か猫人の耳が動くときって感情が高ぶっているときだったはず。ストーカーがどこにいるかもわからないんだし、緊張するのも無理はないか。しっかりと守ってあげなければならない。
とりあえず、計画通り人のいない方へと歩いていくか。正直、今の状態じゃ人が多すぎて誰が僕達を見ているのかいないのか、まるで分らないからね。
とにかく陰気臭い方へとどんどん進んでいく。しっかりと繋がれた彼女の手が僅かに震えていた。まったく……こんないたいけな少女を怖がらせる不届き者はどんなやつなんだ?
少しずつ人の気配がなくなり、自分達に向けられている視線がクリアになってきた。今、微かに感じるのは二つの視線。多分、エステルとグレイスのものだろう。エステルはかなり意気込んでいたからなぁ……彼女の方は僕達についてくることに全然乗り気じゃなかったみたいだけどね。
ペースを落とさずに裏通りを歩いていく。ここら辺は王都の中でも治安がいいとは言えない場所だ。なにかしら罪を犯している奴を見かけたら、ついでにしょっ引いちゃおうかな。…………ん?
かなり薄暗い場所まで来たところで、僕はピタリと足を止めた。何も言わずに隣を歩いていたアリサが不安そうな顔を向けてくる。
「レイさん?どうしたんですか?」
その言葉には答えない。いる。僕達を見ている誰かがいる。この絡みつくような視線は彼女達ではないはずだ。という事はこの視線の主がターゲットってことで間違いないね。少しずつ近づいてきているみたいだからこのまま待っていればもうすぐ……。
「あっ……」
隣で気の抜けるような声が聞こえた。僕達の前にぬらりと現れたのは綺麗な鎧を着た割とハンサムな男。
「ザ、ザインさん……?」
顔見知りだったのか。ということはこの男は冒険者なのかな?
「…………」
ザインという男は無言で生気のない目をこちらに向けている。女性を付け回しているからどんな男かと思ったら、一見普通の人だから驚きだよ。やはり、人は見かけによらないということだね。
「あ、あのぉ……」
「どうしてだい?」
「え?」
「どうしてなんだい?」
なんか問いかけてきたんだけど。アリサが困惑しているのが手を通じてはっきり伝わってくる。
「どうしてそんな男と手なんか繋いでいるんだい?」
「ど、どうしてって……こ、恋人ですから」
「恋人?」
ザインの眉がピクっと動いた。明らかに慣れていない口調だったのに、そこに疑問はないらしい。
「恋人? 恋人だって? 俺というものがありながら?」
ザインの目がこれでもかというほど大きく見開かれる。
「ちゃんと伝えたはずだよ? いつも君を見ているって。そうだよ、俺はずっと君の事を見守っているんだ。朝、家から出てあくびを噛み殺しながら歩く姿も、お昼に同僚と楽しくご飯を食べている姿も、夜になって辺りが暗くなるから足早に家路を急ぐ姿も、全部全部全部見届けているんだよ? なのに、他の男と恋仲になるというのはどういうことなんだい?」
確かグレイスからもらった情報に気持ち悪い手紙が送りつけられた、っていうのがあったけど、それもこの男で間違いなさそうだね。書いてあった内容と今口にしている内容が殆ど同じだし。
「どうしてなんだい? どうして俺を裏切るんだい? ねぇ、どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして?」
瞳孔をこれでもかと開いてアリサを見つめながらザインが何度も何度も同じことを問いかけてくる。アリサはひっ、と小さく叫び声をあげると、僕の手を力いっぱい握りしめ、身を寄せてきた。
さて、と……どうしたもんかな。
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