3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜
第50話 生徒会長
気がついたらお昼休みを迎えていた。午前中の授業はまるで覚えていない。こんな事は初めてだな。どんなに退屈な授業を受けても『退屈だった』という事は覚えているというのに。
学院にいる誰もが羨む美少女が放課後、第零騎士団の屋敷に来るから浮かれてる?そんな単純な性格だったらどんなに幸せなことか。なんの目的で屋敷に来るのかわからないだけに、僕は憂鬱な心をいつまでも引きずっていた。
今日はファラとファルが僕達のクラスに来ていない。以前は昼休みになれば決まって昼食を取りに来ていたのだが、あの一件があってからは自分達のクラスで食べる事も多くなった。クラスの仲が深まったという点ではあの事件も捨てたもんじゃなかったかもしれない。
とは言っても、クロエと上級貴族であるエステル・ノルトハイムの二人とは一緒に昼ごはんを食べる流れは続いている。もはや、嫉妬の目を気にならなくなってきたので問題はないのだが、今日は流石にあの場にいるのは耐えられなかった。
とにかく事あるごとにエステルが僕の顔をチラチラと見てくるのだ。恐らく、朝グレイスと一緒だった事を聞きたいんだろう。はっきり言って偶々会った、というだけのことなのだが、それでは彼女が納得しないのは火を見るより明らか。面倒臭い事になる気がしたので適当な理由をつけて教室を出た僕は食堂へと向かっているというわけだ。
「いやはや、朝は驚きだったね」
なぜか一緒についてきたジェラール・マルクが僕に興味深げな視線を向けてくる。
「まさかあの'氷の女王'と一緒に登校なんて、クラスの全員が度肝を抜かれていたよ?」
ジェラールの言っていることはなにも誇張されていない。人間はそんなに目を見開くことができるのか、と感心したぐらいだったし。
「どういう経緯なのか興味が尽きないね」
「それを聞くためにわざわざ僕についてきたの?」
「いや? 一番の理由はあの場にニック君を一人で残したらどういう事になるのか実験してみたかったのさ」
ニックを一人で残す……ということはエステルとクロエ、そしてエステルに心底惚れているニックの三人でお昼を囲んでいるという事か。確かにジェラールの好みそうな状況だね。
「ジェラールらしいよ、本当。僕から話を聞くのも情報収集は商人の性だから、とか言うんだろ?」
「流石はレイ。よくわかっているじゃないか」
ニコニコと笑っている彼を見て、僕は思わず苦笑をする。なんともこのジェラール・マルクという男は一貫していてぶれない。
「大したことじゃないよ。校門から教室に向かっていたら校舎の陰で告白されている彼女に偶然会っただけさ」
「ほほう、グレイス嬢は相変わらずのようだね。相手の男子生徒はどんな風に料理されていた?」
「半生焼きってところだね」
他に告白されているところを見たことがあるわけではないので比較はできないが、噂を鵜呑みにするなら大分手加減されてただろう。自分の足で逃げる余力があったわけだから。
「ふむ、随分と丸くなったものだ。それで同じクラスなんだから自然と一緒に教室に来た、と?」
「そういうことだね」
「なるほど。実に明快な理由だ」
ジェラールは納得したように頷いた。ここは彼の美点だと言える。必要以上に聞いてくることはせず、しっかりと引き際を心得ている。エステルではこうはいかないだろう。どうでもいいことまで根掘り葉掘り聞いてくるはずだ。やはりあの場を離れて正解だったね。ニックには申し訳ないけど。
「しかし、気を付けた方がいいかもしれないね。ただでさえ我がクイーン組が誇る『三花』の二輪を侍らしていつも昼食を楽しんでいるんだ」
「侍らしてって……」
なんだかその言い方だとまるで僕がヴォルフみたいじゃないか。苦言を呈したい気持ちが抑えきれない。だが、そんな僕を無視してジェラールは話を続ける。
「そんなレイが『三花』の最後の一人であるグレイス嬢とこれ見よがしに同伴してきた。それまで羨望の眼差しでこちらを見ていた者の中で、君に突っかかってくる輩が」
「おやおや、最近女と仲良くなってえらく調子に乗っているレイ君じゃねぇか」
「……どうやらいたようだね」
小さくため息を吐くと、僕とジェラールは声のした方へ振り返る。そこには下卑た笑みを浮かべているガルダン・ドルーとその手下であるいつもの二人が立っていた。
「とっかえひっかえ楽しんでいるようで羨ましいよなぁ……女の落とし方を俺に教えてくれねぇか? 校舎の裏でゆっくりとよぉ。なんなら金の亡者も一緒に来たっていいんだぞ?」
ガルダンがギラギラした目でジェラールを見る。はぁ……こういうことを防ぐために二年の間目立たず大人しくしてきたっていうのに。最近は本当に悪目立ちしているな。いっそのこと全員ぶちのめして誰も僕に近づかせないようにするか? ……いや、それだとクロエが心を痛めるだろう。彼女はなぜか僕に学園生活を楽しんでもらいたい、と思っている節がある。僕自身にそんな気持ちは毛頭ないのだが、クロエがそれを願っている以上無碍にすることはできない。
さて、どうしたものか。やっぱり大人しく殴られるしかないね、これは。とりあえず無関係なジェラールだけは遠ざけておかないと。
「……ジェラールに女性を口説く手ほどきは必要ないよ。僕一人で十分」
「そこで何をしている?」
僕の言葉を遮るように、冷たい刃のような声が廊下に響き渡る。ここにいる全員がそちらに目を向けると、黒い髪を頭の高いところで結っている美少女が腕を組みながらこちらを睨んでいた。
「私の前で揉め事とはいい度胸をしているな」
言葉の端々に逆らい難い威厳を感じる。その鋭い眼光で射抜かれたガルダンは蛇に睨まれたカエルのように動けなくなった。
「イ、イザベル・ブロワ会長……!?」
「私の名前など聞いていない。ここで何をしているのか聞いているのだ」
上級貴族のガルダンでも逆らえない相手がこの学院にはいる。その一人が御三家であるブロワ家の長女、セントガルゴ学院の生徒会長でもあるイザベル・ブロワだ。
「な、何もしていません。俺達は教室に戻るところでして……」
「そうか。なら、さっさと教室へと戻れ」
「は、はいぃ!」
ガルダンは情けない声で返事をすると、手下を引き連れてそのまま一目散に駆け出した。その後ろ姿を見て、イザベルは呆れたように息を吐く。
「廊下を走るな、バカたれが……」
小さな声で呟くと、今度はこちらに目を向けてきた。
「ありがとうございます。助かりました、会長」
僕が素直に頭を下げると、イザベルはつまらなさそうに鼻を鳴らす。
「別に助けたわけではない。私は学院の秩序を乱す者の臭いを嗅ぎつけたまでだ」
イザベルはそう言って僕に背を向け歩き出した。そして、途中で足を止めると、僅かに顔を傾けこちらに目をやる。
「被害者だろうと加害者だろうと、揉め事を起こせば同罪だ。それが嫌なら、絡まれないようにするんだな」
そう吐き捨てるように忠告し、背筋をピンと伸ばしたままキビキビした動きで行ってしまった。残された僕とジェラールは何とも言えない表情を浮かべる。
「いつものように我らの生徒会長は美しくもあり、厳しくもあるようだね」
颯爽と去っていくその背中を観ながら、ジェラールは小さく笑い肩を竦めた。
「第三学年の最高クラスであるキング組のエースであり、御三家の一角を担う才女。まったく……完璧な人間というものはいないと思っていたけど、彼女を見ているとそうではないかもしれないって思えるよ」
「……さぁ、どうだろう? 完璧に見えても意外と穴はあるかもよ?」
「ん? レイ氏がそんな事を言うとは珍しいね。何か根拠でも?」
不思議そうにこちらへと目をやるジェラールに、僕は軽く笑みを向ける。
「どんな人間にも弱点があるって思わなきゃ自分が惨めになっちゃうでしょ?」
「なるほど……一理ある」
ジェラールはその中性的な顔に似合わない悪役じみた笑みを浮かべた。やれやれ……今回は生徒会長のおかげでなんとかなったけど、対策を取らないといけないよねぇ。教室外で会わないよう、常に気配を探るしかないかな? ……まぁでも、これは些細な問題だといえる。それより重い案件が放課後に待ち受けているんだから。僕はため息が出そうになるのを必死に堪えつつ、食堂に向かって歩き始めた。
学院にいる誰もが羨む美少女が放課後、第零騎士団の屋敷に来るから浮かれてる?そんな単純な性格だったらどんなに幸せなことか。なんの目的で屋敷に来るのかわからないだけに、僕は憂鬱な心をいつまでも引きずっていた。
今日はファラとファルが僕達のクラスに来ていない。以前は昼休みになれば決まって昼食を取りに来ていたのだが、あの一件があってからは自分達のクラスで食べる事も多くなった。クラスの仲が深まったという点ではあの事件も捨てたもんじゃなかったかもしれない。
とは言っても、クロエと上級貴族であるエステル・ノルトハイムの二人とは一緒に昼ごはんを食べる流れは続いている。もはや、嫉妬の目を気にならなくなってきたので問題はないのだが、今日は流石にあの場にいるのは耐えられなかった。
とにかく事あるごとにエステルが僕の顔をチラチラと見てくるのだ。恐らく、朝グレイスと一緒だった事を聞きたいんだろう。はっきり言って偶々会った、というだけのことなのだが、それでは彼女が納得しないのは火を見るより明らか。面倒臭い事になる気がしたので適当な理由をつけて教室を出た僕は食堂へと向かっているというわけだ。
「いやはや、朝は驚きだったね」
なぜか一緒についてきたジェラール・マルクが僕に興味深げな視線を向けてくる。
「まさかあの'氷の女王'と一緒に登校なんて、クラスの全員が度肝を抜かれていたよ?」
ジェラールの言っていることはなにも誇張されていない。人間はそんなに目を見開くことができるのか、と感心したぐらいだったし。
「どういう経緯なのか興味が尽きないね」
「それを聞くためにわざわざ僕についてきたの?」
「いや? 一番の理由はあの場にニック君を一人で残したらどういう事になるのか実験してみたかったのさ」
ニックを一人で残す……ということはエステルとクロエ、そしてエステルに心底惚れているニックの三人でお昼を囲んでいるという事か。確かにジェラールの好みそうな状況だね。
「ジェラールらしいよ、本当。僕から話を聞くのも情報収集は商人の性だから、とか言うんだろ?」
「流石はレイ。よくわかっているじゃないか」
ニコニコと笑っている彼を見て、僕は思わず苦笑をする。なんともこのジェラール・マルクという男は一貫していてぶれない。
「大したことじゃないよ。校門から教室に向かっていたら校舎の陰で告白されている彼女に偶然会っただけさ」
「ほほう、グレイス嬢は相変わらずのようだね。相手の男子生徒はどんな風に料理されていた?」
「半生焼きってところだね」
他に告白されているところを見たことがあるわけではないので比較はできないが、噂を鵜呑みにするなら大分手加減されてただろう。自分の足で逃げる余力があったわけだから。
「ふむ、随分と丸くなったものだ。それで同じクラスなんだから自然と一緒に教室に来た、と?」
「そういうことだね」
「なるほど。実に明快な理由だ」
ジェラールは納得したように頷いた。ここは彼の美点だと言える。必要以上に聞いてくることはせず、しっかりと引き際を心得ている。エステルではこうはいかないだろう。どうでもいいことまで根掘り葉掘り聞いてくるはずだ。やはりあの場を離れて正解だったね。ニックには申し訳ないけど。
「しかし、気を付けた方がいいかもしれないね。ただでさえ我がクイーン組が誇る『三花』の二輪を侍らしていつも昼食を楽しんでいるんだ」
「侍らしてって……」
なんだかその言い方だとまるで僕がヴォルフみたいじゃないか。苦言を呈したい気持ちが抑えきれない。だが、そんな僕を無視してジェラールは話を続ける。
「そんなレイが『三花』の最後の一人であるグレイス嬢とこれ見よがしに同伴してきた。それまで羨望の眼差しでこちらを見ていた者の中で、君に突っかかってくる輩が」
「おやおや、最近女と仲良くなってえらく調子に乗っているレイ君じゃねぇか」
「……どうやらいたようだね」
小さくため息を吐くと、僕とジェラールは声のした方へ振り返る。そこには下卑た笑みを浮かべているガルダン・ドルーとその手下であるいつもの二人が立っていた。
「とっかえひっかえ楽しんでいるようで羨ましいよなぁ……女の落とし方を俺に教えてくれねぇか? 校舎の裏でゆっくりとよぉ。なんなら金の亡者も一緒に来たっていいんだぞ?」
ガルダンがギラギラした目でジェラールを見る。はぁ……こういうことを防ぐために二年の間目立たず大人しくしてきたっていうのに。最近は本当に悪目立ちしているな。いっそのこと全員ぶちのめして誰も僕に近づかせないようにするか? ……いや、それだとクロエが心を痛めるだろう。彼女はなぜか僕に学園生活を楽しんでもらいたい、と思っている節がある。僕自身にそんな気持ちは毛頭ないのだが、クロエがそれを願っている以上無碍にすることはできない。
さて、どうしたものか。やっぱり大人しく殴られるしかないね、これは。とりあえず無関係なジェラールだけは遠ざけておかないと。
「……ジェラールに女性を口説く手ほどきは必要ないよ。僕一人で十分」
「そこで何をしている?」
僕の言葉を遮るように、冷たい刃のような声が廊下に響き渡る。ここにいる全員がそちらに目を向けると、黒い髪を頭の高いところで結っている美少女が腕を組みながらこちらを睨んでいた。
「私の前で揉め事とはいい度胸をしているな」
言葉の端々に逆らい難い威厳を感じる。その鋭い眼光で射抜かれたガルダンは蛇に睨まれたカエルのように動けなくなった。
「イ、イザベル・ブロワ会長……!?」
「私の名前など聞いていない。ここで何をしているのか聞いているのだ」
上級貴族のガルダンでも逆らえない相手がこの学院にはいる。その一人が御三家であるブロワ家の長女、セントガルゴ学院の生徒会長でもあるイザベル・ブロワだ。
「な、何もしていません。俺達は教室に戻るところでして……」
「そうか。なら、さっさと教室へと戻れ」
「は、はいぃ!」
ガルダンは情けない声で返事をすると、手下を引き連れてそのまま一目散に駆け出した。その後ろ姿を見て、イザベルは呆れたように息を吐く。
「廊下を走るな、バカたれが……」
小さな声で呟くと、今度はこちらに目を向けてきた。
「ありがとうございます。助かりました、会長」
僕が素直に頭を下げると、イザベルはつまらなさそうに鼻を鳴らす。
「別に助けたわけではない。私は学院の秩序を乱す者の臭いを嗅ぎつけたまでだ」
イザベルはそう言って僕に背を向け歩き出した。そして、途中で足を止めると、僅かに顔を傾けこちらに目をやる。
「被害者だろうと加害者だろうと、揉め事を起こせば同罪だ。それが嫌なら、絡まれないようにするんだな」
そう吐き捨てるように忠告し、背筋をピンと伸ばしたままキビキビした動きで行ってしまった。残された僕とジェラールは何とも言えない表情を浮かべる。
「いつものように我らの生徒会長は美しくもあり、厳しくもあるようだね」
颯爽と去っていくその背中を観ながら、ジェラールは小さく笑い肩を竦めた。
「第三学年の最高クラスであるキング組のエースであり、御三家の一角を担う才女。まったく……完璧な人間というものはいないと思っていたけど、彼女を見ているとそうではないかもしれないって思えるよ」
「……さぁ、どうだろう? 完璧に見えても意外と穴はあるかもよ?」
「ん? レイ氏がそんな事を言うとは珍しいね。何か根拠でも?」
不思議そうにこちらへと目をやるジェラールに、僕は軽く笑みを向ける。
「どんな人間にも弱点があるって思わなきゃ自分が惨めになっちゃうでしょ?」
「なるほど……一理ある」
ジェラールはその中性的な顔に似合わない悪役じみた笑みを浮かべた。やれやれ……今回は生徒会長のおかげでなんとかなったけど、対策を取らないといけないよねぇ。教室外で会わないよう、常に気配を探るしかないかな? ……まぁでも、これは些細な問題だといえる。それより重い案件が放課後に待ち受けているんだから。僕はため息が出そうになるのを必死に堪えつつ、食堂に向かって歩き始めた。
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