3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第47話 荒くれ集団

 外観とは裏腹に清潔感の溢れる店内には木でできたテーブルが十卓ほど並んでいた。その中の一つに座ったヴォルフ達は微妙な顔でメニューと睨めっこしている。

「おう、ヴォルフ! 今日はえらいかわい子ちゃん達をはべらしてんじゃねぇか! 羨ましいぜ、ちくしょお!」

 ねじり鉢巻を頭に巻き、気合の入った男が机に水を置きながらファラ達にニカッと白い歯を向けた。

「お嬢さん方! いっぱい食ってってくれよな! お代はこのバカが出すからよぉ!」

「あ、ありがとうございます」

「ははは……」

 威勢のいい男にファルは乾いた笑みを浮かべる。いつもの彼女であれば一緒になって盛り上がるのだが、今そんな余裕はない。
 店の大将がテーブルを離れたところで、ヴォルフは視線をメニューから横へずらした。

「……なんで雷帝の旦那がここにいるんだよ?」

「私が聞きたいです」

「知る人ぞ知る名店じゃなかったのー?」

「知っていたんじゃないですか?」

「まさか雷帝の旦那がこんな見すぼらしい店に来るなんて思わなかった……もっと高級感あふれる店に行けよ」

 ヴォルフがメニューに顔を埋めながらため息をつく。こんな風に小声で会話している間にも、三人は大量の視線にさらされていた。こうなった理由は単純だ。店にやって来た怪しげな三人組に、自分達の上司が自然に話かけたことを不思議に思った団員が尋ねると、「彼らは第零騎士団のメンバーだ」とあっさり言い放ったせいである。

「……ものすごく居心地が悪いです」

「店変えるー?」

「いや、俺はどうしてもここのモツ煮が食べたいんだ。ビールとのコンビネーションがたまらないんだよ。舌がとろけるぞ」

「モツ煮って……ただでさえシアンさんがいたら、ボスと揉め事を起こすのは目に見えているんですよ? ボスが来る前に違う店に行った方が賢明です。ねぇ、ファル?」

「モツ煮……」

 ファラが視線を向けると、ファルはメニューに書かれた『絶品!一度食べたら病みつきになること間違いなしの究極モツ煮!!』という文字を凝視しながら涎を垂らしている。それを見たファラは盛大にため息をついた。

「いずれにせよこんな針の筵では食事など」

「お前ら」

 ファラが最後まで言い切る前に、あちらのテーブルで鋭い声が上がる。一瞬、自分達にかけられたものかと思ったら、シアンを見る限り自分の部下に対してのもののようだ。

「今日は慰労会のはずだ。なのになんだこの静けさは?遅れてやってくる団長がこれを見たら嘆くぞ? ……同じ騎士団の仲間に不躾な視線を向けている暇があったらさっさと酒を飲め」

 それだけ告げると、シアンは酒の入っている木のジョッキを豪快に傾ける。部下達は互いに顔を見合わせると、グラスを手に取りシアンに倣った。

「これは……」

「気を遣わせちまったみたいだな」

 ヴォルフは苦笑いを浮かべながら大将を呼び、適当に注文をする。さっきまでの見世物小屋にいるような感覚はもうなくなっていた。シアン率いる第六騎士団の連中は気を取り直したように盛り上がりを見せる。もうこちらに注目している者は誰一人いなかった。

「やっぱりあたし達には優しいんだよねー」

「こりゃ、店から出るわけには行かなくなっちまったな」

「そうですね。……ボスが来たらどうしましょうか?」

「まぁ、なるようになるだろ!」

 そう笑いながらヴォルフは足早に大将が持ってきたジュースをファルとファラの前に置く。そして、自分は嬉しそうにビールの入ったジョッキを持った。

「まだボスが来てないけど、とりあえず俺達で乾杯しようぜ!双子ちゃんはフルーツジュースで我慢してくれよな」

「おっけーおっけー!」

「全然構いませんよ」

 二人はジュースの入ったコップを手に取り、少しだけ上にあげる。

「まっ、二人とも色々大変な目にあったけどお疲れ様ってことで。乾杯!」

「乾杯!」

「かんぱーい!!」

 ヴォルフは二人のコップに自分のジョッキをぶつけると、そのまま口に当て豪快に傾けた。そして、物の数秒で空にすると、口元に泡を残しながらジョッキを勢いよく机に叩きつける。

「……っぷはー!! この一杯のために生きてるって言っても過言じゃねぇなー!!」

「このフルーツジュースも美味しいー!!」

 チビチビと飲んでいるファラに対して、ファルはヴォルフ同様にグラスを空にしていた。

「おっ! お嬢ちゃんもいい飲みっぷりじゃねぇか!!」

「大将! このジュース本当に美味しいよ!」

「嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか! けどよぉ、うめぇのは飲み物だけじゃねぇんだな、これが!」

「わぁ!!」

 次々と机に並べられていく料理を見て、ファルが目を輝かせながら歓喜の声を上げる。ファラは眼鏡の奥の目を丸くして大将の方を見た。

「ず、随分早いんですね。これは全部大将さんが?」

「おうよ! 料理はスピードが命ってね! さっ! 冷めないうちに食っちまいな!」

「はい! ありがとうございます!」

 ファラが愛想よく笑いかけると、大将はナイスガイな笑顔でサムズアップをして厨房の方へ戻っていく。

「よっしゃ! 食おうぜ!」

「いただきまーす!」

「いただきます」

 ファルが待ってましたと言わんばかりにすごい速さで料理へと手を伸ばした。と、丁度そのタイミングで店の入り口から誰かが入ってくる。店内にいた者達の視線が自然とそちらに向いた。

「……なんだぁ? いつもは閑古鳥が鳴いている店に今日はよく人がいるじゃねぇか」

 入ってきたのはシアン達と同じ鎧を着た十数人の男達。違うのはシアン達の鎧には紺色のラインが入っているのに対して、彼らの鎧には橙色のラインが入っていることだった。

「おっと、第二騎士団の連中がお越しだ」

 ヴォルフは小さい声で呟くと、さっさと視線を外し、タバコに火をつける。ファルはすぐに興味を失ったかのように料理を食べ始めた。ファラだけが悟られないように横目で様子を探る。

「おんや? これはこれは第六騎士団のエリートさん達じゃないですか?」

 先頭を歩く男がおちょくるような笑みを浮かべながら、シアン達のテーブルに歩いていった。

「そして、若干二十歳で副騎士団長の座に就いた天才、シアン・バルセロナさんまでいるとは驚きだ」

「……失礼だが、私はあなたの事を知らない」

「そうでしょうとも。第二騎士団の第三席なんて話題の副団長様にとってはどうでもいい存在でしょうね。スレッドと申します、以後お見知りおきを」

 丁寧な口調の端々に侮蔑の色が見え隠れしている。当然、シアンはそれを感じ取っていたが、別段表情が変わることはなかった。

「ご丁寧にどうも。それで? スレッドさんは私に何か用ですか?」

「いえいえ、天下の'雷帝'に用などと……まぁ、強いて挙げるとすれば、上への媚びへつらい方を教えていただきたいですかねぇ。その若さで副団長とは……やっぱり下の世話ですかい?」

 スレッドの後ろにいた二人が笑い声を上げる。スレッド自身もニヤリと下卑た笑みを浮かべた。明らかに殺気立つ第六騎士団の面々。その中でもシアンの隣に座っているベアトリスは視線で人を殺すつもりなのか、と問いたいくらいにスレッドを睨みつけていた。だが、シアンだけは特に変わった様子もなく、食事を続けている。

「なんだよ? だんまりですかい?」

 スレッドがその顔から笑みを消しても、シアンは何の反応も示さなかった。

「けっ……やっぱり売られた喧嘩も買えないところを見ると、人のご機嫌伺いが得意なおぼっちゃまってことか」

 スレッドはつまらなさそうに鼻を鳴らすと、シアンに背を向け空いている席に座る。お付きの二人もそれに続いた。

「……なるほど。噂通り、#お行儀のいい__・__#集団なんですね」

 一部始終観察していたファラが料理を口に運びながら囁く。

「第二騎士団はそのトップが大の貴族嫌いってことで、平民だけで作られた部隊だからな。喧嘩っ早い荒くれものの集まりだよ。貴族で、しかも若いのに重役を担っている雷帝の旦那みたいな男が気に入らないんだろ」

「でも、シアンさんは貴族だからって今の地位にいるわけじゃないですよ?」

「そういう理屈が通る相手なら他の騎士団に嫌われることもないって話だ。まっ、ようするに関わらないのが一番ってことだな」

「このもつ煮、超美味しいー!!」

 ヴォルフとファラの会話など耳に入っていない様子でファルが満面の笑みで声を上げた。それを耳にしたスレッドがこちらに目を向け、僅かに口角を上にあげる。

「……なんだよ。こんな廃れた店でもそれなりの女がいるじゃねぇか」

 スレッドは部下達に目で合図しながら立ち上がった。ぞろぞろとこちらに近づいてくる男達を視界の隅にとらえながらファラは内心でため息を吐く。

「ちーとばかし若いが、まぁギリギリ許容範囲だろ。よぉ、兄さん。美少女二人と酒が飲めるなんて羨ましいねぇ」

「……そうだな。本当、幸運すぎて罰が当たっちまいそうだよ」

 内心うんざりしつつも、ゆっくりと煙を吐き出しながらヴォルフがスレッドの方に視線を向けた。その顔を見たお付きの一人が何かに気づく。

「スレッド……こいつ、例の騎士団の一員だ」

「あ? ……例のって暗黒騎士団か?」

「あぁ。こいつがあのオンボロ屋敷に出入りしているのを見たことがある」

「へぇ……」

 スレッドは口端を歪めながら、興味深げな視線を三人に向けた。ヴォルフは愛想よく笑っているが、双子は素知らぬ顔をしてご飯を食べ続けている。

「って、ことはこの二人も仲間なのか?」

「あー……そいつはどうだろうね? おたくらも知ってるでしょ? うちのモットーは『秘』だって。つーわけで、ここは穏便にいきたいんだが、どうかな?」

 へらへらと胡散臭い笑みを浮かべるヴォルフを見てスレッドは冷たく笑った。

「いやいや、それはもったいないってもんだ。謎に包まれている第八の騎士団メンバーにこんな所で会えるなんて思ってもみなかったからな。色々と話が聞きたいねぇ」

「話、ねぇ……人様に話せるような話なんてなんにもないぜ?特に、こういう楽しい飲みの席で話すことはなにも、な」

「別に楽しい話じゃなくでも構わねぇよ。血生臭い類の話でも大歓迎だ。……すごいんだろ? あんたらの団長はさ」

 双子の手がピタリと止まる。ヴォルフは少しだけ呆れたような顔で耳の後ろをかいた。

「……その話は止めといたほうがいいと思うぜ? スレッドさんよ」

「止められねぇよな? だって、眉唾物の噂がごろごろ転がってんだ。それこそ、その全部が本当なら全裸で逆立ちしながら王都を一周してもいいってくらいの噂がなぁ」

「そんな事をしたら風邪ひくぞ?」

「はっ! 嘘に決まってんだよ、そんなの!」

 馬鹿にしたように笑うスレッドをどうでもよさそうにヴォルフが見る。手に持っていた箸を机に置くと、ファルが初めてスレッドの方に顔を向けた。

「それがあんたらの狙いなんだろ? 誇張した噂を流して敵をビビらす。その実、大した強さも持ち合わせていない」

「……だから、俺達は『知られちゃいけない存在』だっての。そんな噂を流したところで無駄だろうが」

 ぼそりと呟いたヴォルフの言葉はスレッドの耳には届かない。

「あんたらの事は見たことないが、あんたらの団長は見たことあるぜ?魔物一匹殺せないような薄汚い灰色の髪した優男をな」

 ファルの目がスッと細まった。ヴォルフは諦めたように小さく首を振るとファラの方にちらりと目をやる。その手に握られている箸が見事に真っ二つに折れていた。

「なんの覇気も感じない一般人。女王のお気に入りだか何だか知らないがいいよなぁ? こんなに可愛い子と一緒に騎士団やってんだからさ。……俺がそいつをぶちのめしたら、団長交代とかならねぇかなぁ? そしたら色々と楽しいことに──」

 スコーン。

 得意げに話していたスレッドの頭に突然何かが命中する。スレッドは後頭部を押さえながら、自分にぶつかってきたものに目をやった。そこあったのはころころと床に転がる空のジョッキ。

「済まない。どこぞのドブガラスをぶちのめすとか聞こえたもので、驚いて手が滑ってしまった」

 スレッドがゆっくり振り返ると、そこには先程と変わらぬ様子で食事をしているシアンの姿があった。

「シアン・バルセロナ……」

「それだけ大口を叩くなら投げたジョッキくらい容易に躱せると思ったのだが……ふむ。どうやら戦闘になったら信じられないパワーアップを見せてくれるのだろうな。でなければあいつの前に立って二秒と持たない」

「てめぇ……!!」

 怒りに身を震わせながら、スレッドがシアンのもとに歩いていく。その後ろに殺気立った第二騎士団の者達が続くが、シアンは動揺することなく静かに口元をナプキンで拭った。

「粋がってくれるじゃねぇか! お飾りの副騎士団長様よぉ! お前から先にぶちのめしてやろうか!? おぉ!?」

「俺をぶちのめす?」

 シアンは軽く笑いながらゆっくりと立ち上がり、こめかみに青筋を立てているスレッドを無視して、双子に目を向ける。

「そこで静かに闘志を滾らせている彼女達に言われたら恐ろしくて思わず震えあがってしまうが、部下に囲まれていきり立っているあんたに言われてもな……ガキの戯言と大差ない」

「っ!! くそがぁ!! やっちまえっ!!」

 スレッドの怒声を合図に、第二騎士団の者達が一斉に襲い掛かった。それに応戦すべく第六騎士団の騎士達も即座に立ち上がる。

「あーぁ。始まっちまいやがんの」

 ヴォルフはため息を吐きながら静かに煙を肺へと送り込んだ。そして、それをゆっくり吐き出しつつ、先程まで双子が座っていた席に目を向ける。

「双子ちゃんはカシラの事となると、抑えが効かなくていけねぇな」

 誰も座っていない椅子を見ながら呟いた。店の中は大乱闘。当然、その中で一番暴れているのは茶色い髪をした二人の美少女。出禁になりませんように、と心の中で祈りながら、ヴォルフはその様子をのんびり眺めていた。

「3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く