3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第39話 涙

 勢いよく扉を蹴り飛ばした僕は瞬時に部屋の状況を確認する。双子を含め地面に倒れている生徒達、新種の魔物、そして、鏡越しにそれを見物しているバカが三人。なるほどね。
 ある程度状況を把握したところで僕は何の躊躇もなくズカズカと部屋の中へ入っていった。とりあえずファルもファラも無事とはいいがたいが、生きているようでホッとした。二十人くらいいる双子のクラスメートも怪我はなさそうだ。地面に倒れているのはみんながつけているミサンガのせいだろうね。そこから嫌な魔力を感じる。

「……何者だ? どうやってここまで来た?」

 肥満体系の男が警戒するような目で僕を見ながら問いかけてきた。あの男には見覚えがある。ということは、あれがサリバン・ウィンザーか。その近くにいる白衣の男は研究者だろうけど、あの汚らしい男はヴォルフが言っていた闇奴隷商のエタンって男だろうね。

「答える義理はない……と、言いたいところだけど、とても親切な案内人に連れてきてもらっただけだよ」

「親切な案内人?」

 サリバンの顔が険しくなる。そんな顔になるのも納得だ。王都からここまで結構な距離があるうえに、森の中に上手く隠れてるときた。一般人じゃここへは絶対にたどり着けない。

「研究員に裏切り者がいるとでも言うのか?」

 サリバンがギロリと白衣の男を睨みつけた。

「どうなんだ、アクール?」

「い、いえ! そのような者は……」

 上司に怖い顔で詰められ焦るアクール。別にほっといてもいいんだけど、『胡散臭い研究員と一緒にされるなんて心外だわ』とか後で文句言われそうだから一応フォローしておかないと。

「生憎、おたくらの部下じゃないよ。こんな悪趣味な実験をやってる連中が案内してくれるとか信用できるわけがないでしょ」

 目の前にいる魔物に目をやる。こんなもの作って喜んでいる奴らとか頼まれたって関わりたくない。

「とにかく、違法な魔物実験をやってるみたいだから全員身柄を拘束させてもらう」

「身柄を拘束……貴様、国の番犬か!?」

「その呼び方は止めてくれないかな」

 他の騎士団の連中に陰口とか言われなれているからどう呼ばれようとも大抵は気にならないんだけど、犬呼ばわりだけは嫌だ。どっかの駄犬を思い出すから本当に勘弁願いたい。

「まさかこんなに早く嗅ぎ付けられるとは……アクール!!」

「グリズリーマザー!! その男を殺しなさい!!」

 よかった。どうやら敵対してくれるみたいだ。大人しく投降したらどうしようとか少し心配してしまった。もしそんなことをしたら、肉親を虐げられて煮えくり返っているはらわたの対処に困るとこだったからね。
 僕は荒れ狂っているグリズリーマザーを静かに見据える。これだけ殺気をぶつけて実力差を教えてあげているのに向かって来るのか。野生を知らないっていうのは同情に値するよ、本当。

「でも、容赦するわけにはいかない。お前は僕の大事な家族を傷つけたんだ」

 ただ素早いだけの鋭い爪による突きを軽々躱し、懐に入り込む。

「……恨むんならお前を生み出したあのバカ共を恨んでくれ」

 僕は腰に携えた干将かんしょう莫邪ばくやを素早く抜き、グリズリーマザーの身体を十字に切り裂いた。

「ガ……ギャオ……」

 盛大に血をまき散らしながら倒れるグリズリーマザーを背中越しに無感情で見つめる。こいつを殺したところで、気分が晴れることなんてない。この魔物は無理やり人間に強化され、命じられるがままその牙を振るっていただけなのだから。

「なっ……!!」

 こんなくだらない企てをした首謀者達に目を向けると、茫然とこちらを見ていた。チラッと横を見れば、双子のクラスメート達も同じような顔をしている。

「し、信じられない……!! わ、私の最高傑作が一瞬で……!!」

 ……もしかしたらこの魔物が一番の被害者だったのかもしれない。絵画や陶磁器と同じような扱いを受けるなんて哀れみの感情すら湧いてくる。
 僕が冷たい視線を向けると、アクールは怯えた表情で尻もちをついた。隣にいるサリバンもヒィッ! と情けない声を上げる。

「エ、エタン!! な、なんとかしろっ!!」

「ひっひっひ……まかせてくだせぇ。あぁいう手合いにはとっておきの方法があるんです」

 一人だけにやにやと笑っていたエタンは僕の方ではなく、ファラ達の方に目を向ける。

「さぁ、私の可愛い奴隷達よ……その男の息の根を止めろ」

 それまで地面に横たわっていたファラ達が一斉にその場で立ち上がった。そして、ゆっくりとこちらに近づいてくる。なるほど、悪くない作戦だ。

「か、身体が勝手に……!!」

 双子のクラスメート達が苦悶の表情を浮かべながら、一歩ずつ僕に歩み寄ってきた。そんな中一人だけ、顔立ちの整った少年が歯を食いしばり、必死に足を動かさないように耐えている。へぇー……双子のクラスにも中々根性がある子もいるんだな。
 そんな事を考えていると、一番近くにいたファラがナイフを振り上げながら目前まで迫って来ていた。でも、その顔は心底安心しきっている。この子の隷属魔法を解くのは二回目だもんね。他に生徒達がいるのが多少気にかかるけど、一度見たくらいじゃ僕の力はわかりっこないだろうし、それどころじゃなさそうだから問題ないはず。そう判断した僕はゆっくりと手を前にかざし、静かに口を開いた

「"削減リデュース"」

 狙いはみんなの手首についている趣味の悪いミサンガ。そんなものはセントガルゴ学院の生徒には似合わないよね。
 僕が能力を発動した瞬間、全員が尻もちをついた。不思議そうな顔で自分の身体をキョロキョロと眺めている。僕の前にいるファラはふぅ、と息を吐くと、自分の腕にあるミサンガを引きちぎった。

「はっ……?」

 助けに来た者達の手によって僕があの世に落ちることを期待していたエタンが間の抜けた声を漏らす。

「お、お前ら何してる? なんで座っているんだ? 俺はそんな命令出してないぞ……!!」

「無駄だよ。隷属魔法を解除したから」

 僕がにべもなく告げると、エタンは信じられないものを見たような顔で僕を見た。

「お前は何を言っているんだ? 隷属魔法が解けるわけないだろ!! 殺せ!! 早くそのいけ好かない男を殺しやがれぇぇぇ!!」

 先ほどまでの余裕はどこ吹く風か、小物感丸出しでエタンが怒鳴り散らす。だが、もうこの場には命令に従うものは誰もいない。

「う、そだ……嘘だぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁああぁぁぁ!!」

 エタンは目を見開いたままその場で後ずさりをすると、絶叫しながら僕に背を向け走り出した。それを追うようにサリバンとアクールがこの場から逃げ出す。

「……いいんですか?」

 何もせずに三人を見ていた僕に、ファラが上目遣いで問いかけてきた。

「うん。あの三人は他に任せるとするよ」

「他?」

「それよりもファルだ」

 エタンがさっき命令を出した時もピクリとも動かなかった彼女が気になる。僕は壁際で倒れているファルの所に移動し、彼女の身体を起こして容態を見る。後ろからファラが心配そうにのぞき込んできた。

「……大丈夫。思いっきり壁に叩きつけられたから気を失っているだけだね」

「よかった……」

 ファラがホッと胸をなでおろす。本当に安心したよ。これで取り返しのつかないことにでもなっていたら、僕は今すぐにあの三人の所に飛んでいって落とし前をつけなければいけなくなるところだった。

「ん……」

 小さなうめき声と共にファルがゆっくりと目を開けた。まだ頭が働いていないのか、ぼーっとした目で僕の顔を見つめる。彼女の意識がはっきりするのを待っていると、僕が分かったのか大きく見開いた目にみるみる涙が溜まっていった。

「遅くなってごめんね」

「……ボスゥゥゥゥゥゥゥ!! 怖かったよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 ファルは勢いよく僕に抱きつき、わんわんと泣き声を上げる。彼女は強敵を前にしたからといって泣くような女の子ではない。やはり心の深い傷になっている奴隷をもう一度経験したことが相当に堪えたのだろう。

 僕は困ったように笑いながらファラに視線を向けた。

「…………」

 彼女は何かを耐えるようにギュッと拳を握りながら僕とファルを見つめている。……もう少し僕はしっかりしないといけないね。僕が頼りないから、ファラはこんなにも気丈に振舞うようになってしまったのかもしれない。ファルのお姉さんだからしっかりしなければ、って思ってるのもあるだろうけど、もう少し甘えたっていいんだよ?

 僕は微笑みながらファルを抱いていない方の腕をファラに向けて開いた。

「よく頑張ったね、ファラ。……おいで」

「っ!?」

 ファラの顔がぐにゃりと歪む。そして、ポロポロと涙を流すと、僕の身体に倒れ込んできた。

「あ、あ、あ、……うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 赤子のように泣きわめく二人を、僕は優しく包み込む。過去のトラウマと懸命に戦った二羽の蝶は、僕の腕の中で延々と泣き続けた。

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