3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜
第21話 噂の双子
無事に朝の護衛を終え、教室にやって来た僕に大商人の息子であるジェラールが声をかけてきた。
「やぁ、おはようレイ」
「おはよう」
適当に挨拶を返しながら自分の席に座ると、なぜか後ろにいるニックが昨日同様、机に張り付いている。
「……またエステルさんが他の男の話をしているの?」
「いやいや、今回はポジティブな理由だよ。朝の鍛錬に力を入れすぎて燃料切れを起こしたらしい」
僕が半ば呆れた顔で尋ねると、ジェラールが楽しそうに笑いながら答えた。
「どうにも例の双子が気になるご様子だね」
「あぁそういうこと。確かに昨日の告白は強烈だったから」
「僕も色々な愛のカタチを陰から見守ってきたつもりだったけど、あんなにも情熱的で、かつ破壊的なものは初めて見たよ」
陰から見守ってきたって……絶対本人達の許可をもらっていないよね? 告白ぐらいならいいけど、それ以上の行為だったら完全に覗きだよ、それ。
なぜか悦に入っているジェラールを無視して、僕はニックに話しかける。
「過度なトレーニングは逆効果だよ? 適度な運動には適度な休息が必要だって、前に来た先生が言ってたじゃないか」
ちなみにそれを言っていたのは武術授業の招かれ講師だった冒険者の男。依頼をさぼり続けていたら金がなくなり、借り家を追い出されたらしい。過度な休息もよくないことがわかるいい例だ。
「あー……それは分かってるんだけどな……あの新入生の二人を見てからどうにも……なんとなくそわそわして落ち着かん」
「そわそわって、いつもの強い人を見るとわくわくがおさまらないってやつ?」
なんだかんだ二年も同じクラスにいれば、ニックがどういう男なのかはある程度理解している。そもそも彼は非常に単純でわかりやすい。強者に憧れ、強者に戦いを挑み、そして自分も強者になろうと努力する。
この学院に入学したての時に行った騎士団への社会見学の時は凄まじかった。その訓練ぶりに感動したニックが騎士と戦おうとするのを教師陣が必死に止めていたっけ。あの時の騎士団の連中の困り果てた顔は今思い出しても笑えてくる。
今回もそうなんだろう、と高をくくって聞いてみたら、身体を起こした彼の顔は意外にも曇っていた。
「うーん……なんか違うんだよなぁ……。確かに胸の高鳴りは感じるけど、戦ってみたいとかは思わないし。でも、気づいたらあの眼鏡をかけた髪の長い女の子の事を考えちまってるんだよ」
えっ……それって……。
ニックの言葉を聞いた僕がジェラールの顔を見ると、彼はにやけ顔を必死に堪えているような顔をしていた。
「親愛なるニックよ、こんなにも簡単に新しい恋に目覚めてしまうとは情けない」
「はぁ?」
ジェラールが芝居がかった口調で告げると、ニックは眉をひそめて彼を見つめる。
「あの双子は見目麗しい。ほとんどの者が彼女達を見て美少女だ、と言うだろう。僕も昨日実物を見て、妖精の化身かと疑ったほどだ。おまけに学院の男子生徒を歯牙にもかけないその強さはまさに鬼神のごとし。戦乙女とは彼女達のためにある言葉ではなかろうか」
「あ、あぁ。確かに強かったな」
ずいっと身を乗り出して熱弁を振るうジェラールから距離を取るように、ニックは引きつった顔で身体をのけ反らした。
「だけれどもだ。そんな魅力的な少女達が目の前に現れたからといって、すぐに心変わりをしてしまってもいいのだろうか? 硬派を気取っていたはずの君が?」
「べ、別に心変わりなんて……!!」
「君はロングストレートの子を忘れられないといった。僕の調べが正しければ彼女の名前はファラだ」
「ファラちゃん……」
ニックがジェラールから聞いた名前を小さい声で復唱する。何となく危ないやつに見えるからやめていただきたい。
「ノルトハイムのご令嬢にあんなにもご執心だった君がこんなにも容易く他の女性に靡くとは……君のエステル嬢への思いはその程度のものだったのか?」
「なっ……!? そ、そんなわけねぇだろ!! 俺のエステルさんに対する気持ちは──」
「私がどうかした?」
その時、僕は見た。ジェラールの顔に悪魔のような笑みが浮かぶのを。
反射的に振り返ったニックがそのままの表情で固まる。どうして急にあんな演説をかまし始めたのかと疑問に思っていたのだが、なるほど……ジェラール・マルクには商才だけではなく策士の才があるということか。
エステルが近くにいることを見越してニックを焚き付け、興奮した彼にその名前を呼ばせる。そして、彼女にそれを聞かせることにより、ジェラールにとって面白い状況を作り上げたということだ。……僕には何が面白いのかさっぱりわからないけど。
「なにニック? 私に何か用なの?」
「あ、いや、別に、そんな、全然」
完璧に言語能力を失っている。五歳児でももう少し流暢に言葉を話すだろう。
腰に拳を当てながら訝しむように自分を見るエステルの視線から逃げようと、ニックは必死に黒目を右へ左へとさまよわせていた。
「これはこれはノルトハイムのご令嬢。今日もそのお美しい姿を拝謁できて恐悦至極に存じます」
「ジェラール・マルク……」
エステルは苦虫を噛み潰したような顔をジェラールに向ける。誰とでも分け隔てなく仲良くなれる彼女の天敵がこの男であった。
「大した話などしておりません。我々のような下々の会話など、上級貴族であらせられるエステル嬢のお耳に入れる価値もないかと」
「その話し方はやめてって言っているでしょう」
エステルがぶっきらぼうな口調で言う。それすらもジェラールは楽しんでいるようだった。
「そうだったね。高貴な血筋なのに僕達平民と対等に接しようとしてくれるとは、やはり器が違うのかな?」
「そんな事はどうでもいいの。私はあんた達が何の話をしていたのか聞いているのよ」
キッと目元をきつめてジェラールを睨みつけるが、暖簾に腕押し。彼の涼しげな表情は一切変化しない。
「そもそもあんたに聞いたのが間違いだったわね。レイ? 今何を話していたの?」
このままでは埒が明かないと判断したのかエステルが矛先を僕に向けてくる。このまま傍観者を決めこもうと思ったのだが、どうやらそうもいかないらしい。
「……昨日、噂の新入生を見に行ったんだよ」
「噂の新入生?」
「双子の美少女については僕達男子の間では噂になっているけど、女子生徒の中では噂になっていないのではないかな?」
ジェラールが軽い口調で告げると、なぜかエステルは勝ち誇った表情を浮かべた。
「おあいにく様。ちゃんと知っていましてよ。ねぇ? クロエ?」
「ふぇっ!?」
エステルは耳だけこちらに向けてたクロエに同意を求める。なんだかこれがお約束になりそうだ。
「双子の新入生はエステルも知っているわよね?」
「あ、う、うん。知ってるよ」
歯切れの悪い返事をするクロエを見て、ジェラールはニヤリと笑みを浮かべる。
「姫様がご存じなのは当然だろう。その双子と並んで仲良く登校してきたのだから」
「「「えっ!?」」」
ジェラールの言葉を聞いて驚きの声を上げたのは三人。エステルとニックが驚いた理由は同じだろうが、クロエは違うはずだ。彼の情報取集能力には本当に頭が下がる。
「嘘っ!? その双子と知り合いなのクロエ!?」
「えーっと……」
エステルに詰め寄られ、困惑しながらクロエが僕に視線を向けてきた。ファルとファラにはあぁ言ったが、本当に二人との関係性を表に出していいのか自信がないんだね。
僕はクロエの目を見つめ返すと、僅かに瞼を動かした。
「……実はそうなの。あの二人は孤児院の出身で、私がそこへ視察に行った時に仲良くなったんだ」
悪くない物語だ。次期女王の教育の一環として、クロエはデボラ女王について教会や孤児院を見て回っているのは事実なので不自然さは感じられない。
「そうだったんだ……知らなかった」
「……黙っていてごめんね?」
「ううん! 全然いいよ! 少し驚いただけだから!」
エステルが笑いかけると、クロエは安心したようにホッと息をつく。やはり選んだ作り話がよかったのだろう、エステルは少しもクロエを疑っていない。これでクロエとあの二人が仲良くしていても、エステルは不思議に思わないはずだ。
「それにしても孤児院かぁ……」
エステルが少し悲しそうな顔をしながら呟いた。
「きっと苦労したんだろうね」
ピクっと僕の眉が動く。それに気が付いたのはクロエだけ。彼女は視線だけで僕に訴えかけてきた。
抑えて。
……大丈夫、わかってる。彼女に悪気がないことも、それどころか彼女が全く悪くないこともちゃんと理解している。ただ、それでも反応してしまうのは、僕が人間である証拠なんだろう。
それにあの二人が苦労したのは本当の事だ。尤も、孤児レベルで済んでいればどんなに幸せだっただろうか。
「って事は、二人とも平民って事よね? それでこの学院に入っているんだからよほどすごい魔法師」
「二人ともレベルⅠだよ」
全員が一斉にこちらを見る。僕は大したことは言ってない、という風な顔でみんなの顔を見返した。
「昨日、その双子を見に行ったって言ったでしょ? その時にちらっと手の甲が見えたんだよ」
「そうなんだ……レベルⅠ……」
エステルが腑に落ちていないような声を出す。まぁ、そうだよね。何の才能もないただの平民が入学できるほど甘い学院じゃない。
「魔法はだめでも、動きがただものじゃなかったよね?」
僕が視線を向けると、ニックが慌てて首を上下に振った。
「あ、あぁ! それはもうすごかったぜ? 迫ってくる男子を軽くいなしてたからな! あれは相当な場数を踏んでいるに違いない!」
「へー! そうなんだ! ……ちょっと戦ってみたいかも!」
自分が実力を認めているニックが言うならかなり期待ができそうだ、とエステルは嬉しそうに笑う。なんというかニックと似た臭いを感じる……その、脳筋という意味で。
このタイミングでがらりと教室の扉が開く。そちらに目を向けると、いつも通りのすまし顔で氷の女王が教室へと入ってきた。
「あっ、グレイス! 聞いて聞いて!!」
親友に気が付いたエステルがクロエの手を引きながら、グレイスの方へと駆け寄っていく。彼女は一瞬僕の事を見てきたが、何も言わずにエステル達と会話をし始めた。ふむ……昨日の手合わせ、最低限の被害どころか最良の結果を生み出したのかもしれないな。
「やぁ、おはようレイ」
「おはよう」
適当に挨拶を返しながら自分の席に座ると、なぜか後ろにいるニックが昨日同様、机に張り付いている。
「……またエステルさんが他の男の話をしているの?」
「いやいや、今回はポジティブな理由だよ。朝の鍛錬に力を入れすぎて燃料切れを起こしたらしい」
僕が半ば呆れた顔で尋ねると、ジェラールが楽しそうに笑いながら答えた。
「どうにも例の双子が気になるご様子だね」
「あぁそういうこと。確かに昨日の告白は強烈だったから」
「僕も色々な愛のカタチを陰から見守ってきたつもりだったけど、あんなにも情熱的で、かつ破壊的なものは初めて見たよ」
陰から見守ってきたって……絶対本人達の許可をもらっていないよね? 告白ぐらいならいいけど、それ以上の行為だったら完全に覗きだよ、それ。
なぜか悦に入っているジェラールを無視して、僕はニックに話しかける。
「過度なトレーニングは逆効果だよ? 適度な運動には適度な休息が必要だって、前に来た先生が言ってたじゃないか」
ちなみにそれを言っていたのは武術授業の招かれ講師だった冒険者の男。依頼をさぼり続けていたら金がなくなり、借り家を追い出されたらしい。過度な休息もよくないことがわかるいい例だ。
「あー……それは分かってるんだけどな……あの新入生の二人を見てからどうにも……なんとなくそわそわして落ち着かん」
「そわそわって、いつもの強い人を見るとわくわくがおさまらないってやつ?」
なんだかんだ二年も同じクラスにいれば、ニックがどういう男なのかはある程度理解している。そもそも彼は非常に単純でわかりやすい。強者に憧れ、強者に戦いを挑み、そして自分も強者になろうと努力する。
この学院に入学したての時に行った騎士団への社会見学の時は凄まじかった。その訓練ぶりに感動したニックが騎士と戦おうとするのを教師陣が必死に止めていたっけ。あの時の騎士団の連中の困り果てた顔は今思い出しても笑えてくる。
今回もそうなんだろう、と高をくくって聞いてみたら、身体を起こした彼の顔は意外にも曇っていた。
「うーん……なんか違うんだよなぁ……。確かに胸の高鳴りは感じるけど、戦ってみたいとかは思わないし。でも、気づいたらあの眼鏡をかけた髪の長い女の子の事を考えちまってるんだよ」
えっ……それって……。
ニックの言葉を聞いた僕がジェラールの顔を見ると、彼はにやけ顔を必死に堪えているような顔をしていた。
「親愛なるニックよ、こんなにも簡単に新しい恋に目覚めてしまうとは情けない」
「はぁ?」
ジェラールが芝居がかった口調で告げると、ニックは眉をひそめて彼を見つめる。
「あの双子は見目麗しい。ほとんどの者が彼女達を見て美少女だ、と言うだろう。僕も昨日実物を見て、妖精の化身かと疑ったほどだ。おまけに学院の男子生徒を歯牙にもかけないその強さはまさに鬼神のごとし。戦乙女とは彼女達のためにある言葉ではなかろうか」
「あ、あぁ。確かに強かったな」
ずいっと身を乗り出して熱弁を振るうジェラールから距離を取るように、ニックは引きつった顔で身体をのけ反らした。
「だけれどもだ。そんな魅力的な少女達が目の前に現れたからといって、すぐに心変わりをしてしまってもいいのだろうか? 硬派を気取っていたはずの君が?」
「べ、別に心変わりなんて……!!」
「君はロングストレートの子を忘れられないといった。僕の調べが正しければ彼女の名前はファラだ」
「ファラちゃん……」
ニックがジェラールから聞いた名前を小さい声で復唱する。何となく危ないやつに見えるからやめていただきたい。
「ノルトハイムのご令嬢にあんなにもご執心だった君がこんなにも容易く他の女性に靡くとは……君のエステル嬢への思いはその程度のものだったのか?」
「なっ……!? そ、そんなわけねぇだろ!! 俺のエステルさんに対する気持ちは──」
「私がどうかした?」
その時、僕は見た。ジェラールの顔に悪魔のような笑みが浮かぶのを。
反射的に振り返ったニックがそのままの表情で固まる。どうして急にあんな演説をかまし始めたのかと疑問に思っていたのだが、なるほど……ジェラール・マルクには商才だけではなく策士の才があるということか。
エステルが近くにいることを見越してニックを焚き付け、興奮した彼にその名前を呼ばせる。そして、彼女にそれを聞かせることにより、ジェラールにとって面白い状況を作り上げたということだ。……僕には何が面白いのかさっぱりわからないけど。
「なにニック? 私に何か用なの?」
「あ、いや、別に、そんな、全然」
完璧に言語能力を失っている。五歳児でももう少し流暢に言葉を話すだろう。
腰に拳を当てながら訝しむように自分を見るエステルの視線から逃げようと、ニックは必死に黒目を右へ左へとさまよわせていた。
「これはこれはノルトハイムのご令嬢。今日もそのお美しい姿を拝謁できて恐悦至極に存じます」
「ジェラール・マルク……」
エステルは苦虫を噛み潰したような顔をジェラールに向ける。誰とでも分け隔てなく仲良くなれる彼女の天敵がこの男であった。
「大した話などしておりません。我々のような下々の会話など、上級貴族であらせられるエステル嬢のお耳に入れる価値もないかと」
「その話し方はやめてって言っているでしょう」
エステルがぶっきらぼうな口調で言う。それすらもジェラールは楽しんでいるようだった。
「そうだったね。高貴な血筋なのに僕達平民と対等に接しようとしてくれるとは、やはり器が違うのかな?」
「そんな事はどうでもいいの。私はあんた達が何の話をしていたのか聞いているのよ」
キッと目元をきつめてジェラールを睨みつけるが、暖簾に腕押し。彼の涼しげな表情は一切変化しない。
「そもそもあんたに聞いたのが間違いだったわね。レイ? 今何を話していたの?」
このままでは埒が明かないと判断したのかエステルが矛先を僕に向けてくる。このまま傍観者を決めこもうと思ったのだが、どうやらそうもいかないらしい。
「……昨日、噂の新入生を見に行ったんだよ」
「噂の新入生?」
「双子の美少女については僕達男子の間では噂になっているけど、女子生徒の中では噂になっていないのではないかな?」
ジェラールが軽い口調で告げると、なぜかエステルは勝ち誇った表情を浮かべた。
「おあいにく様。ちゃんと知っていましてよ。ねぇ? クロエ?」
「ふぇっ!?」
エステルは耳だけこちらに向けてたクロエに同意を求める。なんだかこれがお約束になりそうだ。
「双子の新入生はエステルも知っているわよね?」
「あ、う、うん。知ってるよ」
歯切れの悪い返事をするクロエを見て、ジェラールはニヤリと笑みを浮かべる。
「姫様がご存じなのは当然だろう。その双子と並んで仲良く登校してきたのだから」
「「「えっ!?」」」
ジェラールの言葉を聞いて驚きの声を上げたのは三人。エステルとニックが驚いた理由は同じだろうが、クロエは違うはずだ。彼の情報取集能力には本当に頭が下がる。
「嘘っ!? その双子と知り合いなのクロエ!?」
「えーっと……」
エステルに詰め寄られ、困惑しながらクロエが僕に視線を向けてきた。ファルとファラにはあぁ言ったが、本当に二人との関係性を表に出していいのか自信がないんだね。
僕はクロエの目を見つめ返すと、僅かに瞼を動かした。
「……実はそうなの。あの二人は孤児院の出身で、私がそこへ視察に行った時に仲良くなったんだ」
悪くない物語だ。次期女王の教育の一環として、クロエはデボラ女王について教会や孤児院を見て回っているのは事実なので不自然さは感じられない。
「そうだったんだ……知らなかった」
「……黙っていてごめんね?」
「ううん! 全然いいよ! 少し驚いただけだから!」
エステルが笑いかけると、クロエは安心したようにホッと息をつく。やはり選んだ作り話がよかったのだろう、エステルは少しもクロエを疑っていない。これでクロエとあの二人が仲良くしていても、エステルは不思議に思わないはずだ。
「それにしても孤児院かぁ……」
エステルが少し悲しそうな顔をしながら呟いた。
「きっと苦労したんだろうね」
ピクっと僕の眉が動く。それに気が付いたのはクロエだけ。彼女は視線だけで僕に訴えかけてきた。
抑えて。
……大丈夫、わかってる。彼女に悪気がないことも、それどころか彼女が全く悪くないこともちゃんと理解している。ただ、それでも反応してしまうのは、僕が人間である証拠なんだろう。
それにあの二人が苦労したのは本当の事だ。尤も、孤児レベルで済んでいればどんなに幸せだっただろうか。
「って事は、二人とも平民って事よね? それでこの学院に入っているんだからよほどすごい魔法師」
「二人ともレベルⅠだよ」
全員が一斉にこちらを見る。僕は大したことは言ってない、という風な顔でみんなの顔を見返した。
「昨日、その双子を見に行ったって言ったでしょ? その時にちらっと手の甲が見えたんだよ」
「そうなんだ……レベルⅠ……」
エステルが腑に落ちていないような声を出す。まぁ、そうだよね。何の才能もないただの平民が入学できるほど甘い学院じゃない。
「魔法はだめでも、動きがただものじゃなかったよね?」
僕が視線を向けると、ニックが慌てて首を上下に振った。
「あ、あぁ! それはもうすごかったぜ? 迫ってくる男子を軽くいなしてたからな! あれは相当な場数を踏んでいるに違いない!」
「へー! そうなんだ! ……ちょっと戦ってみたいかも!」
自分が実力を認めているニックが言うならかなり期待ができそうだ、とエステルは嬉しそうに笑う。なんというかニックと似た臭いを感じる……その、脳筋という意味で。
このタイミングでがらりと教室の扉が開く。そちらに目を向けると、いつも通りのすまし顔で氷の女王が教室へと入ってきた。
「あっ、グレイス! 聞いて聞いて!!」
親友に気が付いたエステルがクロエの手を引きながら、グレイスの方へと駆け寄っていく。彼女は一瞬僕の事を見てきたが、何も言わずにエステル達と会話をし始めた。ふむ……昨日の手合わせ、最低限の被害どころか最良の結果を生み出したのかもしれないな。
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