3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第19話 奴隷制度

 ここアルトロワ王国では奴隷は合法とされている。ただし、それは国の定めたルールに則っている場合だ。
 人権侵害の恐れがある奴隷制度はかなり細かく取り決めがされている。例えば、奴隷を雇う者と奴隷、双方の合意がなければ奴隷契約を結ぶことができず、その奴隷契約は主人から逃げない、主人を攻撃しないといった軽い制約しかない。
 そして、奴隷には働きに応じた賃金を支払わなければならない。要は少しだけ束縛力のある雇用者と、少しだけ給料の安い労働者の関係といった感じ。当然、不当な扱いを受ければ、奴隷は国に申し立てをすることができるのだ。

 ヴォルフは懐から煙草を取り出すと、マッチで火をつけゆっくりと煙を肺に送る。

「最近やっと奴隷制度がまともになってきたっすけど、やっぱり闇は深いんすねー」

「そう簡単にはいかないでしょ? ちょっと前までは違法奴隷契約がそこら中に横行してたんだから」

 僕が肩を竦めながら言うと、ヴォルフはつまらなさそうに鼻を鳴らした。

「より強力な奴隷契約を結べば、自分の思いのままに奴隷を操ることができますからね。それこそ、死ぬまで働かせたり、性欲の捌け口にする事も可能です」

「……胸糞悪い話っすね」

「仕方ないよ。人間の欲望っていうのは際限がないんだし」

 ノーチェの言葉を聞いて、苦虫を噛み潰したような顔をするヴォルフ。でも、それが普通の人の反応だ。僕だって、初めてこの話を聞いた時ははらわたが煮えくり返ったのを覚えている。

「今回はターゲットがまだ特定できていない。まずはそこから始めないと」

「とは、言ってもまだ推測の域は出てないんでしょ? 女王の手紙にもそう書いてあったし」

 ヴォルフの言う通り、デボラ女王の指令書には「最近、行方不明の報告が増えている。闇奴隷商の疑いあり」と、書かれているだけだった。

「行方不明になっているのは子供がメイン、か……まぁ、闇奴隷の可能性は高いだろうね」

 労働力にするにしても、性奴隷にするにしても、若い方が当然高く売れる。腰が曲がった奴隷など、誰も欲しがらない。

「って事はカシラの通っているなんちゃらって学院にも被害者はいるんじゃないっすか?」

「セントガルゴ学院ね。それはどうだろう……」

 あそこに通っているのは貴族の御曹司ばかりだ。そんな子供に手を出したら貴族を敵に回すことになる。それはあまりにリスキーじゃないだろうか?僕が視線を向けると、ノーチェは朗らかな笑みを浮かべた。

「情報が少ないのであれば、可能性が低くても探ってみる方がよろしいかと」

「……そうですね。今のままだとほとんど手がかりがないですからね。なら、僕は学院で行方が分からなくなった生徒がいないか調べてみるよ。ヴォルフは」

「マンハントしている馬鹿がいないか、周辺の街も含めてあたってみるっす」

 ヴォルフが流れるように僕が言おうとした言葉を引き継ぐ。僕はコクリと頷きながら二人に目を向けた。

「よろしく。……くれぐれもあの二人には悟られないように」

「わかってますよ」

「私も細心の注意を払います」

 ヴォルフはタバコの火を消しながら軽い調子で返事をしたが、目は真剣だ。これなら心配いらないだろう。彼も今回の件は双子を巻き込みたくないと考えているに違いない。とは、言うもののあの二人の勘の鋭さは野生動物も真っ青なレベルだから、僕も注意しないといけない。

「というわけで、しばらく屋敷を離れると思うけど、いいっすよね?」

「いつも何の断りもなく外泊している男が今更何を言ってるのさ」

「モテる男は辛いんすよ」

 そう言いながら立ち上がったヴォルフは、そのまま軽い足取りで応接室から出て行った。僕はそれを見送ると、ノーチェが用意してくれたお茶に手を伸ばし、もう一度女王からの指令書を確認する。

「それにしても奴隷とはねぇ……デボラ女王はかなり厳しく取り締まっているから、需要なんてないと思うんだけどなぁ」

 違法奴隷契約を勧めた者はもちろん、それを承知の上で奴隷を購入した者にも重い罰が下される。実際、それを犯した結果、家名を奪われた貴族がかなりの数出たのだ。そのおかげで違法な奴隷が減ったのではあるが。
 僕のぼやきを聞いたノーチェが何かを思案するように自分の顎を撫でる。

「確かに……レイ様のおっしゃる通り、今はそういう時代ではないと思われます」

「見つかったら今まで築き上げた地位も名誉も全部失いますからね。下手したら自分が奴隷になる番です……しかもどぎつい方のね」

「犯罪奴隷のかたが従事する公共事業はかなりの重労働と聞きます。温室育ちの貴族の方には少々厳しいかもしれません」

 犯罪奴隷に人権はない。自分の刑期が終わるまで、公共事業という名の拷問に身を投じなければならない。

「利になるとは思えません。わざわざそんな危険を冒さなくても、もっと安全でもっと儲かる仕事などいくらでもあると思いますが」

「買い手がいない以上、奴隷商売は維持費ばかりがかかります。残っているのは古くからある奴隷商ばかりで、新規に参入しようとする者はいないとか」

 そりゃそうだ。得体の知れない連中から奴隷を買って、それが非合法奴隷だった場合、火の粉は自分にも降り注ぐ。払いのけられる程度であれば問題ないが、その火種が骨の髄まで焼き尽くす業火にならないとも限らない。それならば、信用の置ける老舗からちゃんとした奴隷を買った方がいいというわけだ。

「わかりませんね……今更国の目を盗んで違法な奴隷を扱う意味が。結果、国の目に留まり、こうやって僕達の所に依頼が来る始末なんですから」

「そうですね。違法奴隷を売って金儲けを企むという#普通の目的__・__#であれば理解に苦しみます」

「普通の目的?」

 ノーチェの言い方が何となく気になった。まるで金儲け以外に目的があるような口ぶり。

「他に違法奴隷を売る理由があるというのですか?」

「さぁ、わかりません。……ですが、人間というのは理にかなわない行動はあまりしないものです。特に利に敏い商人という人種は」

「商人……確かにそうですね」

 僕の近くに一人いる商人の卵もそうだ。大事なことは一つ、金になるかならないか。奴隷商人もその辺りは同種の生き物のはず。

「そうは言っても、その目的は皆目見当つきません。結局はバレる危険性の高い違法奴隷を売りさばこうとしているのですから」

「売ることが目的であれば、確かに危険極まりない愚かな行為ですね」

「え……?」

 ノーチェの言葉に、僕は唖然としてしまった。奴隷は一種の商品、野菜や肉、果実と同様誰かに売られる宿命さだめ。当然のようにそう思ってしまっていた。だが、もし奴隷を売ることが目的じゃないとしたら?

 しばらく固まっていた僕を見ながらノーチェは机に置かれている食器をかたずけていく。

「まぁ、老人の戯言ですからあまり気にしないでいただきたい」

「え? あっ、はい……」

「では、私は機嫌を損ねているであろう二輪の花に水をあげにいきたいと思いますので、この辺で」

 ノーチェは頭を下げると、きびきびとした動きで応接室を去っていった。おそらく、ファルとファラのために甘いものでも作りに行ったのであろう。本当に彼には頭が下がる。

「それにしても……」

 売ることが目的であれば、か……。

 指令書に目を戻し、もう一度内容を読み返す。任務に憶測は不要だ。自分の考えと真実が違ったときに判断の遅延が発生してしまう恐れがある。だからこそ、頭を空にして任務に臨むのが迅速な解決につながる。それはわかっているのだが、なぜだかノーチェの言った言葉が僕の頭からこびりついて離れなかった。

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