3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜

松尾からすけ

第9話 追跡

 酒が飲みたいなどとのたまい始めた女王の尻を叩く形で見送った僕は、すぐさま事情をノーチェに話した。

「なるほど……範囲魔法が得意なはぐれ魔法師ですか……」

「はい。今は目立った事はしていませんが、王都に現れた以上、何かしら企みがあると思います」

「そうなると、街に被害が出る可能性が高いですね……」

 ふむ、ときっちり切り揃えられたヒゲをなぞるとノーチェは僕の目を見つめた。

「相手の力を考えると、レイ様が一番相性のいいように思いますがいかがですか?」

「僕もそう思います。相手は単独で動いているようだし、僕一人でも問題ないかと。……下手にヴォルフなんかに声をかけると、ターゲット以上に街を破壊しかねないですから」

「そうですね。彼は荒事には向いていますが、繊細さにかけますから」

 ノーチェが困ったように笑う。そうなんだよなぁ……戦闘力は申し分ないんだけど、第零騎士団って周りに配慮できない連中ばっかりなんだよね。

「とにかく僕が出ます。他の連中には適当に話をしておいてください」

「かしこまりました」

 丁寧にお辞儀をするノーチェを尻目に、僕は自分の部屋へと向かった。
 部屋といってもほとんど生活臭を感じない。あるのはベッドと机、そして服などが入っているタンスぐらい。自分の部屋だけど、もう少しなんとかならなかったのか、とも思う。でも、必要だと感じるものがないんだから仕方がない。

 僕は壁に掛けられている愛用の武器を手にとる。それは二本の黒刀。長さは新米冒険者が好んで使うショートソードと同じか少し短いくらい。黒い刃には亀裂模様が、もう一方には水波模様が走っている。

 その名も干将かんしょう莫耶ばくや

 第零騎士団に所属した時、女王から賜った唯一無二の双剣。

 この剣を使う機会のない任務であっても、いつもお守りのように持っていっていた。この剣があると女王の加護を受けている気になれるから不思議だ。鞘がついているベルトを腰に回し、干将・莫耶をいつもの位置に装着すると、第零騎士団の鎧に腕を通す。

 騎士団には隊を区別するためにそれぞれイメージカラーがあるのだが、第零騎士団のカラーは黒だった。しかも、他の騎士団は立派な銀の鎧にカラーラインが入っているだけなのに対し、僕達は黒一色の鎧。動くことに特化した軽い作りなのはいいけど、もう少しなんとかならなかったのかとも思う。隠密行動が多いから目立たないように、という配慮もあるのだが、これを着た姿は悪の一派にしか見えない。

 これが僕の任務に向かう正装……いや、あと一つ足りなかった。

 僕は机の上に無造作に置かれているハーフマスクを手に取った。それは貴族が社交界で使うような仮面。第零騎士団は女王直轄の極秘部隊であるため、緊急事態においても内部の者以外にその正体を明かしてはならない。このマスクには認識阻害の効果が付与されているので、正体を隠す手助けをしてくれるというわけだ。……認識阻害と言っても多少ごまかせる程度の性能なんだけどね。凝視されたり、長い間話し込んだりしなければ僕と結びつけることができないってくらい。まぁ、余程の事がなければこれで十分だろう。

 鴉を模した黒い仮面を顔の上につける。これでようやっと準備完了。どっからどう見ても不審者にしか見えない自分の姿に溜息を吐きながら、僕は街へと繰り出していった。



 屋敷を出てから三時間。人目を避けて建物の間を飛びながら探していたんだけど、全然ターゲットが見当たらない。まぁ、そうだよね。そんな簡単に見つかるなら、今もまだのうのうと生きてはいられないか。日が沈んできたくらいで、僕は正攻法で探す事を諦め、ある場所へと向かった。

 やってきたのは王都の端っこにある自由区と呼ばれる場所。いわゆる貧民街と言われる所だ。ここには親に捨てられた子供や、財産を失った者達が住んでいる。当然、治安などいいわけがない。スリやらたかりなどは可愛いもので、暴力も横行し、場合によっては人死にが出ることもある。

 そういう場所だ、太陽に顔向けできない連中の巣窟でもある。

 あまり好きな場所じゃないんだよね。わざとらしくぶつかって来た子供が僕の懐に伸ばした手を、うんざりしながら払いのける。これで今日は四回目だ。慌てて逃げる子供を見ながら、僕は大きくため息をついた。

 そのまま目的地へと歩いていく。スリにはあったけど、絡んでくる連中はいなかった。前に来た時、軽く躾を施したのが効いたのかもしれない。鴉の仮面を被ったやつはやばい、とか噂が立っていてくれてると色々と楽なんだけどな。

 僕は自由区の中でも大きな建物の前に立った。確か自由区ここを自分の思い通りにしようとした下級貴族の家だったかな。結局、数日したらその人は行方不明になったけどね。ここは色々な権利関係が渦巻いているから、下手に手を出すと地面の下で眠ることになるいい証拠だ。

 遠慮することなく建物内に入っていく。何人かこちらを見ている気配がするけど、襲いかかってこないなら無視してもいいだろう。とにもかくにも、目的の人物を見つけない限りは話が進まない。
 しばらく歩いていると、突然目の前にスキンヘッドの男が現れた。地面からえてきたのではないかと思えるほど自然に出てきた男は、僕を見て若干眉をひそめる。

「……あんたですかい。こんな所になんの御用で?」

 この男は……確かジャックとか呼ばれていたっけ?なんでもここら一角を牛耳ってる集団の幹部だとか。あまり関わったことがないからよくわからないけど、前に絡んできた連中がそんな話をしていた気がする。

「大した用じゃないけど、ちょっと探し物をしていてね……それが見つからないから不本意だけどノックスに会いにきたんだ」

「そういうことですかい。てっきりここを潰しに来たのかと思いましたよ」

「そんなに暇じゃないよ」

 こんな所にいるんだ、なにかしら悪事はしているんだろうけど、それは僕のあずかり知らぬところだね。デボラ女王に命じられでもしない限り、首を突っ込むことはない。僕が面倒くさそうに答えると、ジャックは少し意外そうな顔をした。

「……聞いていた話と違いますねぇ。鴉の仮面を被った男は絡んできた野郎共を容赦なく血祭りにあげたって噂ですが」

「それは間違ってないね。邪魔する奴には容赦しない」

「じゃああんたの邪魔をせず、ちいとばかし#普通じゃないこと__・__#をしている連中はどうですかい?」

「女王様に目をつけられない限り、そいつらの始末は僕の給料ペイには入ってない」

「なるほど……」

 何が面白かったのかはわからないけど、ジャックは僕の顔を見ながら軽く笑う。

「国に仕えてはいるが、中々話がわかる男だってことですねぇ……わかりました、ノックスの所に案内しますよ」

「それは助かるな」

「いやいや……敵対しない方がいい相手を見極めるのが、この世界で長生きする秘訣でしてね」

 ジャックは肩を竦めながら軽く笑い、建物の中を進み始めた。僕は大人しくその後についていく。
 後ろを歩くこと数分、ジャックはある部屋の前で立ち止まると、こちらに振り返った。

「ここが《デカ耳のノックス》の部屋です」

「わざわざありがとう」

「気にしないでいいですよ。あんたとは仲良くしておいた方が損じゃない気がしたので……それでは」

 ニヤリと笑みを浮かべ、登場した時のようにスッとこの場からいなくなる。なるほど……かなりやり手である事は間違いないね。この場所の掃除を依頼されたら気合いを入れないといけないな、こりゃ。

 僕はノックもせずに扉を開け、部屋の中へと入っていく。カビ臭い匂いが鼻につき一瞬顔をしかめたが、椅子に座っている小汚い男を見てすぐに表情を戻した。

「久しぶりだね、ノックス」

「ヒッヒッヒ……ゼロの旦那じゃないですか?こりゃ珍しい客だ」

 ノックスは楽しそうに笑うと、机にあったゴミを乱暴に手で落とし、向かいの椅子を手で示す。あまり気がすすまないが、僕は我慢して椅子に腰を下ろした。

「それで? 今日はどういったご用件で?」

「はぐれ魔法師、バート・クレイマンについて情報をくれ」

「あー……騎士団の連中が血眼になって探している奴ですねぇ……」

 何かを思い出すように、ノックスはこめかみをトントンと叩く。僕は懐から巾着袋を取り出すと、一万ガルド硬貨を机の上に置いた。それを見たノックスは一瞬手を止めたが、再びこめかみを叩き始める。

「誰だったかなぁ……もうここまで出てきてるんですけど……」

 こいつ……足元見やがって。僕の給料は経費込みのものだから、このお金は自腹なんだぞ?僕は渋々もう一枚の一万ガルド硬貨を投げ捨てると、目にも留まらぬ早さでノックスは二枚の硬貨をぶんどった。

「思い出しましたよ、ゼロの旦那。破壊衝動に駆られたイカレ野郎の居場所はわかりませんが、目的ははっきりしてます」

「バートの目的?」

「えぇ。奴は自分を追放した国を、ひいては女王を憎んでいる。奴の狙いはその女王の大切にしているものを壊す事です」

「女王の大切なもの……まさか、クロエ王女か?」

 僕が少しだけ動揺しながら聞くと、ノックスは首を横に振る。

「王女には半端ない護衛がいつも付いているでしょうが。……まぁ、誰とは言いませんが」

 ノックスが意味ありげな視線を向けてくるが、僕は完璧に無視をした。

「流石のイカレ野郎も城の警護を突破する能力はない。だから狙いは王女様ではありません」

 狙いがクロエではないことを知り、内心安堵のため息をつく。この男は胡散臭い守銭奴だが、情報の確度は高い。

「王女じゃないとすると、他にデボラ女王が大切にしているものなんて……」

「何を言ってるんですか、旦那。そこら中にいるじゃないですか」

「そこら中に……?」

 一瞬、意味がわからなかったが、すぐにノックスの言いたい事を理解した。

「……王都の住民か」

「そういう事です」

 僕の答えに満足したノックスが満面な笑みを向けてくる。そういうことか。
 住民を大量に殺せば、デボラ女王の心に深い傷を残すことができるだろう。しかも、その手段はいたって簡単だ。バート・クレイマンが王都の人々が住む居住区で得意の範囲魔法を派手にぶちかませば事足りる。

 なるほど、これは僕向けの任務だ。

「助かったよ」

「ヒーッヒッヒッ……いつでもお待ちしておりますよ」

 気味の悪い笑みを浮かべるノックスを置いて部屋を出ていく。できればこの男は頼りたくないものだ。スリの相手をするのも面倒だし、何より情報料で僕が破産してしまうって。

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