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彼女が魔女だって? 要らないなら僕が大切に愛するよ

necoaya

79.なんだか楽しいわ(SIDEベアトリス)

*****SIDE ベアトリス



 雨の日の思い出と尋ねられて、咄嗟にローゼンタール公爵家でのことを話していた。義妹が買ってもらったお人形が可愛くて素敵で、少しだけ撫でてみたい。出来たら抱っこしたい。そう願って叱られた。

 いえ、叱るなんて柔らかな表現で誤魔化したような対応ではなかったわ。公爵様に叩かれて頬が真っ赤に腫れた。でも一番悲しかったのは「あんたの触った人形なんて、こうしてやる」と人形を壊されたこと。目の前で砕けた人形の陶磁の頬と破かれたドレスに、涙が出た。私のせいで人形は捨てられてしまったの。

 あの日から、出来るだけ余計なことをしないように心がけた。優しくしてくれる侍女や侍従とは、わざと距離を置く。そうしないとバレたら首にされてしまう。気に入った本は、棚の奥にこっそり隠した。

 私が手に出来る物はほとんどなくて、手元に残ったのは地味な古着が数着と光沢がない真珠の指輪だけ。夜会で纏うドレスは用意されるけど、すぐに取り上げられた。たぶん誰かに下賜したんだと思う。

 ソフィにも近づいたらダメと何度も説明した。要領のいい彼女は、隠れて私にお菓子や食事を届けてくれる。あの頃は知らなかったの。あれが公爵家の使用人に与えられた僅かな褒美だったなんて。微笑んで進める彼女に頷いて食べていた。彼女の分だと知っていたら、私は我慢できたのにね。

 ステンマルク国を出るときの心残りは、ソフィにお礼を言えなかったこと。まだエリクに何かを強請ることは出来なくて、震えながら心の中で謝った。まるで願いを聞き届けられたように、彼女が馬車の前に飛び出した時は目を疑ったわ。必死で彼女を守りたいと訴えた。

 いつかソフィには報いたいと思ってきたから、彼女が帝国の公爵位を拝命したことは嬉しい。エリクに何度もお礼を言ったら、笑いながらキスされてしまったわ。お礼はこれでいいよ、と。

 今も手際よく私の肌に香油を塗り込むソフィのおかげで、肌も髪も艶やかで滑らかに仕上げられていく。

「姫様、この後軽食を挟んでコルセットですわ」

 覚悟してくださいと脅す口調のソフィに、ふふっと笑って頷いた。だって柔らかいボーンにしましょうと変更を提案してくれたのは、ソフィじゃない。締め付けるというより、巻いて固定するだけね。以前は絞り上げていたけれど、もう必要ないわ。

「ありがとう、ソフィ」

 私に出来ることは少ないから、必ずお礼を口にする。従者に礼を言う必要はないという貴族は多いけれど、誰だってお礼や褒め言葉は嬉しいと思うわ。だから自分のために働いてくれる人に、感謝を伝えることは忘れてはいけない。

「こちらへどうぞ」

 微笑んで促すソフィの手が、化粧水を塗り込んだ。私に優しくしたせいで、下働きの仕事を押し付けられていたソフィの手は荒れていた。今はすっかり綺麗になったけれど。心地よい手に任せて深呼吸する。

「鈴蘭の香り?」

「はい、新しくご用意させていただきました」

 薔薇の甘い香りより、こちらの方がすっきりするわ。下着を順番に身につけていく。体が固定されていく私の前に、軽食が並べれた。

「今のうちに食べてしまわないと、深夜まで絶食になりますよ」

 くすくす笑うソフィに「それはあなたもよ」と返し、摘んだ一口サイズのパンを、彼女の口に押し込んだ。同じように自分の口にも入れる。作業の手を止めないよう、ソフィと軽食を分け合って食べた。

「皇帝陛下に叱られてしまいそう」

「エリクはそんなことで叱らないわ」

 何を言っているのかしら? ソフィが思うほど怖い人ではないのに。そう返したら「知らないのは、姫様だけですわ」と笑う。そうなのかしら、私が知るエリクはいつも紳士的で優しいのに。もちろん皇帝陛下として別の顔を持っておられるのは知っているけど……。

 くしゅん……突然のくしゃみに、慌てたソフィがローブを羽織らせる。顔を見合わせた私達は、同時に吹き出した。なんだか楽しいわ。

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