彼女が魔女だって? 要らないなら僕が大切に愛するよ

necoaya

39.名前を付けられない感情(SIDEベアトリス)

*****SIDE ベアトリス



 夜に眠れなかったせいかしら。エリクと一緒に寝てたみたい。目を覚ました私に、彼はとても幸せそうに微笑んだ。整った顔が笑みに彩られると、美しい彫像のような印象が消えて、まるで天使の絵画のよう。

 この方なら誰もが愛する。自分勝手さも可愛い我が侭に見えるし、傲慢さは生まれ持った高貴さで打ち消された。魔女と呼ばれた私を、こんな素敵な場所へ連れてきて、着飾らせて微笑むなんて。少し変わってると思うけれど。いえ、趣味が悪いのかしら。

 ずっと趣味が悪いまま、私を見てくれたらいいのに。

「起きたんだね、トリシャ。まだ眠いなら休む?」

 何も言わないから、心配させてしまったみたい。ぐっすり眠ったみたいで、目覚めは良かった。これ以上眠ると、今度はまた夜に起きてる羽目になるわ。

「いいえ、起きます」

「ならソフィを呼ぶから待ってて」

 ベッドサイドのベルを鳴らし、ソフィを呼ぶ。その間に起き上がり、エリクは上着を羽織った。少し皺になったシャツも、上着を着れば分からない。緩めていた襟元を直し、エリクは先に立ち上がった。

「隣の部屋で待ってるよ」

「はい」

 続き部屋への扉を開けたエリクが姿を消すのと、ソフィが入ってくるのはほぼ同時だった。彼女はお湯やタオルを抱えていて、すぐに髪や化粧を直し始める。

「よくお休みになれましたか?」

「ええ。こんな時間に眠ってしまうなんて」

「旅の疲れでしょうから、眠れて良かったですわ」

 好意的に受け取ってくれるソフィに助けられながら、大急ぎで身嗜みを整えた。エリクに連れてこられた私は仕事がないけれど、皇帝陛下は仕事がたくさんあるわ。あまりお待たせして無駄な時間を使わせるのは悪いもの。それに人を待たせるのは好きじゃないわ。

 婚約者だったあの方はよく、私を呼びつけたのを忘れて出かけてしまわれた。王宮に着くと、いつも客間で待たされるだけ。夕暮れになって、屋敷に帰れば公爵様に叱られたわ。嫌なことを思い浮かべてしまい、きゅっと唇を噛んだ。

「あら、姫様。色がお気に召しませんか?」

「……姫様?」

 今まではベアトリス様じゃなかったかしら。首を傾げる私へ、ソフィが教えてくれた。この離宮で、私は姫様と呼称されるらしい。というのも、エリクが「僕以外がトリシャの名前を呼ぶなんて、不遜じゃない?」と言ったんですって。

「ほ、本当にそんなことを?」

「ええ。執事のニルス様からお伺いしたので間違いありませんわ」

 ソフィが教えてくれた話に、思わず口元が緩んでしまう。塗りにくいのに、ソフィは器用に紅の手直しを終えた。余計な手間をかけさせてしまったわ。

「ありがとう、ソフィ」

「行ってらっしゃいませ」

 彼女の仕事は私の世話だから、隣には別の役割を持った侍女がいる。続き扉の前でひとつ深呼吸して押した。開いた先で、エリクは微笑んで立ち上がる。広げた彼の腕に引き寄せられ、素直に身を預けた。

 私の世界を広げてくれたのは、エリク。優しく包んで、ここまで連れてきてくれた。これだけで本当に幸せなの。だから要らなくなったら捨てていいわ。恨んだりしない。今まで出会った誰より、あなたが大切だもの。この感情に名前を付けたら、欲が生まれるから……エリクの腕の中で音にせず散らした。

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