彼女が魔女だって? 要らないなら僕が大切に愛するよ
30.あの子に罪はないじゃないか
夜明けまでトリシャの寝顔を見ていたいけど、片付けるべき仕事が山積みだ。執事のニルスが促す前に部屋に戻った。この離宮への男の出入りを禁止したため、執事すら入れない。これは徐々に入れる人間を解除していくけど、今の段階で覆す気はなかった。
足早に階下に降り、無駄に大きなロビーを通り抜ける。このシャンデリアも無駄だと思ってたけど、トリシャの鳥籠の飾りだと思えば悪くないね。光を弾く水晶のシャンデリアの下をくぐり、ふと気になった。
「こんなに明るかったっけ」
ロビーの中央を過ぎたところで足を止めた僕に、警護についた女性騎士が怪訝そうな顔をする。見上げた先のシャンデリアは、やたらギラギラしていた。これが落ちたら?
僕かトリシャの上に落とすことが出来たら、誰が得をするかな。ふふ、馬鹿だね。
また歩き出した僕の前で扉が開き、外で待っていたニルスが一礼した。執事服にうっすらと白が乗っている。雪か。もうそんな季節だったんだね。離宮はお湯を巡らせた壁や床を使って温めているけど、そっちの調査もさせよう。
トリシャが安全に過ごすための離宮に、少しでも気がかりがあってはいけない。
「ニルス、調査結果は」
「こちらです。大至急の対応が必要なのは、シャンデリアと階段の手摺りでしょう。暖房関連は対処済みです」
受け取った報告書の中身を、口頭で聞きながら頷く。肩にコートが掛けられた。業者の手配はとうに終わったはずだ。ならば明日は夜明け頃に僕が離宮に戻り、トリシャの安全を確保する。朝食の間にシャンデリアや階段の手摺りを交換させるよう命じ、本宮に入った僕のコートを回収しながら、執事は了承を口にした。
ふん、どうせもう手配済みのくせに。
笑った僕の意図を、穏やかな表情で受け流す彼は僕にとって兄に近い存在だ。乳母の息子で、僕が幼い頃から一緒に育った。誰より信頼出来る。この男は僕が死ねと命じれば、微笑んだまま死んでみせる――そんな奴だから。僕に出来ることは、この男に見限られない主君であること。
執務室の扉をくぐり、慣れた革張りの椅子に腰掛ける。大量に積まれた書類は処理待ちだが、それより優先すべき報告書があった。
「用意できた?」
「はい。まだ半分ほどですが……こちらになります」
さすがはニルス。僕が最初に欲しがるとわかってて、正面に置いたのか。大量に積まれた書類と別に置かれる、綴じた紙束を手に取った。内容を誰かに見られぬよう、紙の封印が施されている。ペーパーナイフを手に取って、動きを止めた。
緊張してる? この僕が!
トリシャの過去の一部が書かれた紙は、やたら白く見えた。ひとつ大きく細い息を吐き出す。封印をナイフで切って、開いた。
紙を捲る音が響く。無言の部屋で、ニルスは自分に与えられた机の上で珈琲の準備を始めた。夜通し仕事をするときは、いつもニルスの珈琲を飲む。習慣になった行動を淡々と行う彼の横顔を探り、僕は椅子に背を預けて最後の1枚を読み終えた。
確かに内容はまだ大雑把に、さらりと辿った程度だ。半分といった理由がよく分かる。未完成の情報なのに、それでも……。
「あの子に罪はないじゃないか」
トリシャのせいではない。彼女は何も悪くないのに、どうしてここまで虐げられた? 美しい天使を、どうして傷つけた。あの気高さが失われなかったのが不思議なくらいだ。よくあの子は耐えた。もう傷つけさせない。僕が宝石より大切に守ってあげる。
「お待たせいたしました」
執事が置いたカップを口元へ運び、いつもと同じ香りの珈琲を一口含む。なぜかいつもより苦く感じた。
足早に階下に降り、無駄に大きなロビーを通り抜ける。このシャンデリアも無駄だと思ってたけど、トリシャの鳥籠の飾りだと思えば悪くないね。光を弾く水晶のシャンデリアの下をくぐり、ふと気になった。
「こんなに明るかったっけ」
ロビーの中央を過ぎたところで足を止めた僕に、警護についた女性騎士が怪訝そうな顔をする。見上げた先のシャンデリアは、やたらギラギラしていた。これが落ちたら?
僕かトリシャの上に落とすことが出来たら、誰が得をするかな。ふふ、馬鹿だね。
また歩き出した僕の前で扉が開き、外で待っていたニルスが一礼した。執事服にうっすらと白が乗っている。雪か。もうそんな季節だったんだね。離宮はお湯を巡らせた壁や床を使って温めているけど、そっちの調査もさせよう。
トリシャが安全に過ごすための離宮に、少しでも気がかりがあってはいけない。
「ニルス、調査結果は」
「こちらです。大至急の対応が必要なのは、シャンデリアと階段の手摺りでしょう。暖房関連は対処済みです」
受け取った報告書の中身を、口頭で聞きながら頷く。肩にコートが掛けられた。業者の手配はとうに終わったはずだ。ならば明日は夜明け頃に僕が離宮に戻り、トリシャの安全を確保する。朝食の間にシャンデリアや階段の手摺りを交換させるよう命じ、本宮に入った僕のコートを回収しながら、執事は了承を口にした。
ふん、どうせもう手配済みのくせに。
笑った僕の意図を、穏やかな表情で受け流す彼は僕にとって兄に近い存在だ。乳母の息子で、僕が幼い頃から一緒に育った。誰より信頼出来る。この男は僕が死ねと命じれば、微笑んだまま死んでみせる――そんな奴だから。僕に出来ることは、この男に見限られない主君であること。
執務室の扉をくぐり、慣れた革張りの椅子に腰掛ける。大量に積まれた書類は処理待ちだが、それより優先すべき報告書があった。
「用意できた?」
「はい。まだ半分ほどですが……こちらになります」
さすがはニルス。僕が最初に欲しがるとわかってて、正面に置いたのか。大量に積まれた書類と別に置かれる、綴じた紙束を手に取った。内容を誰かに見られぬよう、紙の封印が施されている。ペーパーナイフを手に取って、動きを止めた。
緊張してる? この僕が!
トリシャの過去の一部が書かれた紙は、やたら白く見えた。ひとつ大きく細い息を吐き出す。封印をナイフで切って、開いた。
紙を捲る音が響く。無言の部屋で、ニルスは自分に与えられた机の上で珈琲の準備を始めた。夜通し仕事をするときは、いつもニルスの珈琲を飲む。習慣になった行動を淡々と行う彼の横顔を探り、僕は椅子に背を預けて最後の1枚を読み終えた。
確かに内容はまだ大雑把に、さらりと辿った程度だ。半分といった理由がよく分かる。未完成の情報なのに、それでも……。
「あの子に罪はないじゃないか」
トリシャのせいではない。彼女は何も悪くないのに、どうしてここまで虐げられた? 美しい天使を、どうして傷つけた。あの気高さが失われなかったのが不思議なくらいだ。よくあの子は耐えた。もう傷つけさせない。僕が宝石より大切に守ってあげる。
「お待たせいたしました」
執事が置いたカップを口元へ運び、いつもと同じ香りの珈琲を一口含む。なぜかいつもより苦く感じた。
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