彼女が魔女だって? 要らないなら僕が大切に愛するよ

necoaya

29.雁字搦めに溺れてよ

 待ち望んだトリシャとのディナーを終えて、お腹より胸が満ちた。何を食べたか覚えてないし、味なんて記憶にない。記録は取らせたけど。

 あれがいけなかった。欲を出してトリシャと腕を組んだ。婚約者という肩書きを振りかざしてしまったけど、彼女は僕の肩にこてりと頭を預けた。そんな愛らしい仕草ですべて持っていかれた。

 考えていたセリフも、君の好みを探るためだとか。全部吹き飛んだ。ただ愛おしさが溢れて口元が緩んでしまう。必死で引き締めながら、それでも笑みが絶えない。こんな感情豊かな時間、君と出会ってからだね。

 収まらない興奮を紛らわすために、少し寒いテラスに立った。視線を向けた隣の部屋にトリシャがいる。危険だから、修理が終わるまでテラスを使わないよう、侍女に言い含めた。あの侍女はトリシャの味方だ。まあ奇妙な動きをしたら、知られないように処分するけどね。

 こんなふうに誰も信じられない僕が、トリシャにだけは感情を揺さぶられる。外見が美しいのはもちろんで、でも綺麗なだけの女に迫られても跳ね除ける自信があった。そもそも、僕は他人に気持ちを許したことがない。母親でさえ冷めた眼差しで突き放した非道な僕に、人間らしい感情なんてないと思ってる奴の方が多いんじゃないか。

 僕がトリシャについて知っていることは少ない。

 紫がかかった月光のような銀髪、象牙の肌、吸い込まれそうな赤い瞳。濃桃色の輝きを宿す、ピンクサファイアの瞳は神秘的だ。食事の量が少ないこと。そのせいか細くて、折れてしまいそうな腰。コルセットも必要なさそうだね。だけど、もう少しふくよかでもいいと思うよ。

 細すぎて心配になる手足、胸元も両手で包めそうだ。美味しい食事で頬が丸くなる頃には、健康を取り戻せるだろうか。貧血気味みたいで、時々唇が青いけど……ステンマルク国の公爵令嬢が栄養失調なんて、笑えないジョークだ。

 自分に自信がなくて、少し猫背だね。それは徐々に自信をもてば直るだろう。謙虚で遠慮深いけど、本来の君はもっと気が強いんじゃないかな。そうじゃないと僕に意見なんて出来ないよ。早く本当の君を見せてほしい。

 属国ステンマルクの公爵令嬢、その肩書は養女として与えられた。つまり両親のどちらか、または両方に功績があったのだろう。遺児を外聞のために引き取った可能性があるね。この辺は調査結果を待とう。美しい天使を「魔女」呼ばわりした理由も、ここに原因がある気がするし。

 ゆで卵は半熟が好きで、こってりした料理は苦手。魚料理、紅茶、酸味の強いドレッシング、トマトスープ。君の好みはちゃんと覚えた。フルーツは甘くても平気だったけど、部屋に用意したお菓子は甘い物が減っていた。

 まだまだ知りたいことが沢山ある。その体に惚れたんじゃない。顔も好みだけど、同じ顔の他の女ならいらない。美しいだけじゃダメ、媚びてもダメ、僕を操ろうなんて論外。

 美しい天使を、僕は白い鳥籠に捕まえた。あとは彼女が溺れさせて、その羽を広げて逃げようと思わないように愛するだけ。囚われのお姫様の手足を拘束するなんて、無粋な真似はしない。彼女が自分から僕の手に落ちてくるように。絶対に逃げようと思わないように、縛るなら心を雁字搦めにしたいんだ。

 手摺りに頬を当てて、隣の部屋の灯りの揺らぎを見つめた。可哀想にね、僕みたいな男に愛されて捕まるなんて。君は悲劇の天使だ。だから、逃げられるなんて思わないで。逃げたら何をするか分からないから。

 君も、僕の優しい面が好きなんでしょ?

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