彼女が魔女だって? 要らないなら僕が大切に愛するよ
19.穏やかな羊の休息
タリアン国は農業中心の穏やかな民族だ。そのため帝国との戦争を避けて、早々に臣下に降った。被害がなかったことで、民の生活は荒らされない。その上帝国の技術者が流入し、木工関連産業が発展した。
家を作るために伐採する程度だった木々が、家具作りに最適だったのが、技術者を呼び寄せた要因だった。戦を避けた上、新しい税収の種を見つけて芽吹かせた手腕は、無欲の勝利だろう。
豪華な薔薇が満ちた作り物めいた庭ではなく、優しい色の野花が咲き乱れる自然なハーブ園は、トリシャも気に入ったらしい。ここの庭師を呼んで、トリシャの部屋の前にハーブ園を作らせてもいいね。見事だと褒めて、用意されたお茶に口をつけた。
毒見は当然済ませている。それでも毒を盛られるのが宮廷作法とばかりに、毒に体を慣らした。皇族の端くれとして嗜み程度に認識していたが、今になると感謝しかない。先に口をつけてお茶の味を確認し、ニルスは心得たようにトリシャのカップの縁を拭った。毒があれば、布の色が変わる。特殊なハーブの汁を染み込ませていた。真っ白で汚れがないことを確かめ、僕は自らの手で彼女のカップにお茶を注ぐ。
「どうぞ」
トリシャは気づいた様子なく、カップを手に取った。それでいい。鳥籠の中で守られていてくれ。外の世界の汚い側面や、醜いやり取りなんて知らない方がいいよ。黄金色の紅茶を一口、トリシャは口元を緩めた。
「少し蜂蜜を垂らしたんだ」
女性は甘いものが好きな子が多いだろう? トリシャも甘い果物は多めに口にしたからね。きっとお菓子も好きだろうと思った。この国の素朴なスコーンに合わせる蜂蜜は濃くて、紅茶の風味を引き立たせる。
「美味しいです」
馬車での会話があったせいか。トリシャは日常会話に緊張せず応じてくれる。執事のニルスが侍女ソフィと共に見守る中、彼女は僕に微笑んでくれた。
「気に入ったなら、多めに買って帰ろうか。ここの蜂蜜は特産品で有名なんだよ」
頷いた彼女の視線が、そっと蜂蜜の瓶へ向けられる。もう少し入れても平気そうだ。目配せひとつで手元に置かれた瓶を開け、銀のスプーンで掬った。
「足してもいい?」
「え、あ……はい」
頬が赤くなって、よく見たら耳も赤い。強請ったみたいで恥ずかしかった? いっそ言葉で強請ってくれても良かったけどね。こうして察してあげられるのも嬉しい。トリシャにとって、僕がすごく特別な存在みたいだ。
「この国は羊みたいなんだよ」
秘密を打ち明けるように、こそっと例えを出す。興味を持ったのか、トリシャが首を傾げた。
「戦をせず、国の権利を明け渡した。だから他国に比べて裕福だし、あれこれ優遇してるのさ」
王族の矜持のために民を戦わせるなんて、間違ってる。勝てる戦ならわかるが、明らかに国力が違うのに蟻が人に刃向かうなんて愚行だ。すぐに理解したようで、トリシャは豪華さのない王宮を見上げた。高い塔を作らず、無骨な塀もない。
民と目線を合わせた王族の城は、トリシャのいたスタンマルク国なら豪商の屋敷レベルだった。蔦が壁を覆い、古く歴史があることがわかる。
「素敵ですね」
「君はこういう屋敷が好きだと思ったんだ」
この国に立ち寄った理由はこれだ。トリシャを休ませてあげたかった。バステルス国は見栄ばかり立派で、あの騒動を起こす有様……正反対の国を次の休憩地に選んで正解だったね。
隣国を経由した方が距離は短いけど、トリシャの微笑みを向けてもらえるなら、寄り道も悪くない。明日は帝国に入るはずだ。そろそろアイツらが動き出すかも。頭の中で忙しなく対策を考えながら、僕はトリシャの微笑みに見惚れた。
家を作るために伐採する程度だった木々が、家具作りに最適だったのが、技術者を呼び寄せた要因だった。戦を避けた上、新しい税収の種を見つけて芽吹かせた手腕は、無欲の勝利だろう。
豪華な薔薇が満ちた作り物めいた庭ではなく、優しい色の野花が咲き乱れる自然なハーブ園は、トリシャも気に入ったらしい。ここの庭師を呼んで、トリシャの部屋の前にハーブ園を作らせてもいいね。見事だと褒めて、用意されたお茶に口をつけた。
毒見は当然済ませている。それでも毒を盛られるのが宮廷作法とばかりに、毒に体を慣らした。皇族の端くれとして嗜み程度に認識していたが、今になると感謝しかない。先に口をつけてお茶の味を確認し、ニルスは心得たようにトリシャのカップの縁を拭った。毒があれば、布の色が変わる。特殊なハーブの汁を染み込ませていた。真っ白で汚れがないことを確かめ、僕は自らの手で彼女のカップにお茶を注ぐ。
「どうぞ」
トリシャは気づいた様子なく、カップを手に取った。それでいい。鳥籠の中で守られていてくれ。外の世界の汚い側面や、醜いやり取りなんて知らない方がいいよ。黄金色の紅茶を一口、トリシャは口元を緩めた。
「少し蜂蜜を垂らしたんだ」
女性は甘いものが好きな子が多いだろう? トリシャも甘い果物は多めに口にしたからね。きっとお菓子も好きだろうと思った。この国の素朴なスコーンに合わせる蜂蜜は濃くて、紅茶の風味を引き立たせる。
「美味しいです」
馬車での会話があったせいか。トリシャは日常会話に緊張せず応じてくれる。執事のニルスが侍女ソフィと共に見守る中、彼女は僕に微笑んでくれた。
「気に入ったなら、多めに買って帰ろうか。ここの蜂蜜は特産品で有名なんだよ」
頷いた彼女の視線が、そっと蜂蜜の瓶へ向けられる。もう少し入れても平気そうだ。目配せひとつで手元に置かれた瓶を開け、銀のスプーンで掬った。
「足してもいい?」
「え、あ……はい」
頬が赤くなって、よく見たら耳も赤い。強請ったみたいで恥ずかしかった? いっそ言葉で強請ってくれても良かったけどね。こうして察してあげられるのも嬉しい。トリシャにとって、僕がすごく特別な存在みたいだ。
「この国は羊みたいなんだよ」
秘密を打ち明けるように、こそっと例えを出す。興味を持ったのか、トリシャが首を傾げた。
「戦をせず、国の権利を明け渡した。だから他国に比べて裕福だし、あれこれ優遇してるのさ」
王族の矜持のために民を戦わせるなんて、間違ってる。勝てる戦ならわかるが、明らかに国力が違うのに蟻が人に刃向かうなんて愚行だ。すぐに理解したようで、トリシャは豪華さのない王宮を見上げた。高い塔を作らず、無骨な塀もない。
民と目線を合わせた王族の城は、トリシャのいたスタンマルク国なら豪商の屋敷レベルだった。蔦が壁を覆い、古く歴史があることがわかる。
「素敵ですね」
「君はこういう屋敷が好きだと思ったんだ」
この国に立ち寄った理由はこれだ。トリシャを休ませてあげたかった。バステルス国は見栄ばかり立派で、あの騒動を起こす有様……正反対の国を次の休憩地に選んで正解だったね。
隣国を経由した方が距離は短いけど、トリシャの微笑みを向けてもらえるなら、寄り道も悪くない。明日は帝国に入るはずだ。そろそろアイツらが動き出すかも。頭の中で忙しなく対策を考えながら、僕はトリシャの微笑みに見惚れた。
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