彼女が魔女だって? 要らないなら僕が大切に愛するよ

necoaya

10.世界が反転した日(SIDEベアトリス)

*****SIDE ベアトリス



 ベアトリス・カルネウス――これが私の名前。スタンマルク国のローゼンタール公爵家養女でありながら、ローゼンタールの家名を名乗ることを許されませんでした。

 王太子殿下の婚約者の地位は、実父の功績によるものだと聞いています。母については、噂話で知った程度です。私は実の両親の顔も知らずに育ちました。両親の功績が何かも、私は教えてもらえずに……。

 王太子のアードルフ殿下は、ランセン侯爵令嬢と恋仲だから私が邪魔なのです。他の道は示されなかったけれど、この国に私の居場所はありません。いつか殺されるか、捨てられるのでしょう。

 王太子の婚約者だから招待状は届けられます。公爵家の体面を保つため、ドレスは用意されていました。ですがエスコートもなく入場した会場で、罵倒されるだけ。私は罵られ、傷つけられるために夜会に出るのです。だって、私を嘲笑うのが夜会の合図なのですから。

 見窄らしい体を水色のドレスで包みますが、今夜もいつもと同じように扱われました。気持ちは泣きたいのに、顔を上げて天井を睨んで我慢します。誰も助けてくれないのは当たり前、それなのに縋るように見回してしまったのは何故でしょう。

 嘲笑の雰囲気に耐えきれず、会場に背を向けた私は……この日、美しい神様に出会いました。膝を突いて私の前に差し出された手に震えます。私をエスコートしようとなさっているの? あなた様が傷つくことになります。

「……放っておいて、くださいませ」

 初めて見るお方ですから、きっと国外の貴族でしょう。王太子殿下より上質な服に身を包み、穏やかに微笑む姿は凛々しくて恐れ多い気がしました。艶のある黒髪がとても印象的で、瞳は美しい青。晴れた日の空を思い出させる明るい色です。整った顔立ちは王侯貴族の特徴のひとつですが、今まで見たどんな男性より魅力的に映りました。

「僕にあなたをエスコートする許しをいただけませんか?」

 驚きすぎて息が止まりそうです。これほど麗しいお方なら、引く手あまたでしょう。捨て置かれた女に声を掛けるなんて、お優しい方なのですね。

 実は憧れていました。殿方に手を引かれて、優しい眼差しを向けられながら参加したら、夜会はどれほど楽しいのでしょうか。ダンスに誘われ踊ったら、胸ときめくのですか。経験がないので、すこしだけ……今夜だけと欲が出ました。

 頷いた後、この方に付き従う執事や双子の騎士を見て気づきます。伝わった噂と絵姿しか知りませんが、帝国の皇帝陛下では? いえ、このような場所で、私のような女を救ってくださるのです。きっと神様に違いありません。

 夜会の中心地である王太子殿下の方へ向かうこの方に、どうか不幸が訪れませんように。私が本当に魔女であるならば、すべての罵りは私が引き受けましょう。顔を上げて臨んだ夜会は、思わぬ形でエリクによって終わりを迎えました。

「トリシャ」

 初めて愛称で呼ばれました。いつもベアトリスと呼び捨てられ、敬称もありません。教育は受けていますので、それが侮辱のひとつなのは気づいていました。そんな私が……こんな素敵な殿方に愛称で呼んでいただけるなんて。

 あまりの急展開に眩暈がします。贈られたドレスに袖を通すと、侍女が手伝ってくれました。下着から髪を結う紐に至るまで、全てを交換します。皇帝陛下、いえエリクの気持ちが嬉しくて……着飾った姿にがっかりされないことを祈りながら戻りました。

「お待たせいたしました、エリク」

「……っ、美しい……失礼。本当に言葉が出なくなると、思わなくて。着てくれてありがとう、トリシャ」

 いえ、私こそ感謝しなくてはいけません。エリクはこのまま帝国へ向かうようです。屋敷に取りに戻るような思い出もありませんから、構いません。

 ですがひとつだけ、エリクにお願いがあります。私に飽きて捨てる時は、あなたの手で殺してくださいませ。あなたが私に隠して処分したこの国の王族のように……他人の手に任せず、あなたにこの命を絶って欲しいのです。

 乗り込んだ馬車で、私はそれだけを願い寄り添いました。

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