おっさんの異世界生活は無理がある。

祐一

第622話

「九条さん、あのお店の料理どれもそれなりのお値段がしましたけどご馳走になってしまって本当に良かったんですか?」

「あぁ、アレぐらいなんでも無いから安心しろ。大人の財力を舐めんなよ。」

「うふふ、そういう事でしたら……ありがとうございました。」

「いえいえ、どういたしまして。さてと、そんじゃ今日は東側に行ってとするか。」

「はい、お供させて頂きます。」

 普段だったら絶対に寄らない様な店で昼飯を済ませた俺達は、当たり前の様に腕を組みながら服やアクセサリーを扱ってる店が幾つもある通りに向かって歩いていた。

「……それにしても、さっき地図を確認してみて改めて思ったんだがやっぱり不思議だよな。あんなに入り組んだ路地の奥にある場所で何をするつもりなんだか。」

「えぇ、何かの建物があるらしい事は分かっているんですけどね。それが何なのかは王都で生まれ育ってきた僕にもサッパリです。すみません、お役に立てなくて。」

「いやいや、別にそんな風に思う必要はねぇよ。ほら、誰もが知ってる様な場所だとイベントの内容がある程度予想がされちまうから、あえてそういう場所を選んだって事なんじゃないのか?」

「あぁ、確かにそうかもしれませんね。って、アレ?」

「ん?どうしたイリス……あっ……」

 ニコッと微笑んでいたイリスが正面を向いた途端に驚きにも似た声を上げたので、どうしたのかと思って俺も同じ方向に視線をやってみると……そこには数日前に顔を合わせて挨拶をした夫婦が仲良く腕を組みながら立っていて……

「……えっと……」

「あらあら、九条さんにイリスさんじゃないですか。どうもこんにちは。」

「ど、どうも……サラさん……ガドルさん……」

 ま、まさかの人物達に遭遇してしまい思考が完全にフリーズしてしまっていると、サラさんが俺達の姿をジッと見つめて来て……目をスッと細めながら口角を上げ……

「ふふっ……九条さん、もしよろければ今がどういう状況なのか……ご説明をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「は、はひぃ……」

 拒否すれば命が無い……本能的にそう直感した俺はイリスに一瞬だけ目配せをしてからドス黒いオーラを放っているサラさんに事の次第を説明していった……!

「なるほど……つまりお2人もあのイベントに参加なさっていたんですね。そして、ポイントが溜まったから予約した時間を迎えるまで仲良くデートをしていたと……」

「うふふ、その通りです。ご理解して頂けましたか?」

「ちょ、こらイリス!あんまり挑発する様な事を言うんじゃない……!」

「挑発?僕は事実を告げているだけですよ?」

「だ、だから……!あの、サラさん?これには色々と事情がありましてですね!」

「……大丈夫ですよ九条さん。もしかして、私が怒っていると思いましたか?」

「……怒って……ないですか?」

「はい、勿論じゃないですか。事情は先程の説明で分かりましたし、何よりもソフィさんが納得していると言うのなら私から言える事はありません。」

「そ、そうですか……はぁ……良かったぁ……って、そう言えばサラさん達はここで何をしていたんですか?」

「ふふっ、王者を防衛した時の賞金が入ったのでお買い物に来たんです。」

「へ、へぇ……それじゃあ、イベントもポイント集めもしているんですか?」

「いえ、私達は既に50ポイントを集め終わっていますからね。」

「えっ、そうなんですか?だったら、例のアレも……?」

「はい、もう体験して来ましたよ。本当に素晴らしい思い出になりました。お2人はこの後にやる予定なんですよね?」

「え、えぇ……いまいちどんな事をやるのか分かっていませんが……」

「うふふ、もしよろしければイベントの情報を頂けると嬉しいんですが。」

「ふふっ、ごめんなさいねイリスさん。実際にイベントを体験してきた身としては、実際に楽しんで来た方が良いと思うから余計な事は教えられません。」

「そうですか。それは残念ですね。」

「……でも、素敵な思い出をより素敵なものにする為の協力は出来ると思いますよ。という訳でイリスさん、お時間があれば私と少しだけお買い物に行きませんか?」

「……お買い物、ですか?」

「はい。貴方さえ良ければのお話ですけど。あっ、九条さんはこちらでガドルさんとお待ちして頂けますか?」

「は、はぁ……イリス、お前にその気があるなら行って来ても良いぞ。」

「……分かりました。そういう事でしたらサラさんの提案に乗ってきます。」

「ふふっ、決まりですね。それでは行きましょうか。」

 気が合うのか何なのかは分からないが仲良さそうに歩いて行ってしまったイリスとサラさんを見送った俺は、大通りに設置されていたベンチに座っているガドルさんの
隣にゆっくりと腰を下ろした。

「……えっと……すみません、ご夫婦でお買い物をしていた所にお邪魔して……」

「いえ、お気になさらないで下さい……それよりも九条さん、念の為にもう一度確認しておきたいんですが……本当に、イリスさんとは何もないですよね?」

「え、えぇ……そうですね、俺達は別にそういった関係では……無いです………」

「……そうですか……」

「……………」

 お、おおぅ……どうしたら良いんだ、この気まずい状況は……?話題を振ろうにも共通の話題なんてソフィの事ぐらいしか無いし……だからって今ソレは……なぁ……

「……九条さん、少し良いですか?」

「な、何ですか?」

「……イリスさんは……九条さんの事を心の底から慕っている様に見えますけど……それについてはどうお考えなんですか?」

「ど、どうって言われても……いや、まぁ嬉しいっちゃ嬉しいですけど……ただ……何て言うんですかね……その気持ちが何処から来てるものなのかは……ちょっとまだ確信が持てないと言うか……」

「…………」

「アイツ、俺の事を運命の人って言うんです……変な奴らに絡まれている所を助けに来てくれたからって……でもそれは、幼い頃から母親の書いている物語を読んでいた影響を受けての事らしくて……だからその、なんつーか……ははっ、言葉にするのはちょっと難しいですね……」

 何時か物語が終わりは告げて夢から覚める時が訪れる……そうなった時、イリスの中に残っているのがどんな感情なのかは……今の俺に理解する事は出来ないだろう。

 そんな事を考えながら白い煙と一緒に口から息を吐き出していると、ガドルさんが真剣な眼差しで静かに視線を送ってきた。

「……九条さん、貴方に1つだけお伝えしたい事があります。」

「……何でしょうか。」

「……この先、どんな事が起こったとしても……絶対に……自分の気持ちを偽ったりしないで下さいね。」

「……それは……どうしてですか?」 

「もし、貴方が自分の気持ちに嘘を吐いてしまえば……貴方はきっと、心に消えない傷を負う事になる……そんな予感がするからです。」

「……ご忠告、ありがとうございます。一応、心に留めておきます。」

「……はい……」

 その後、しばらく沈黙の間が続いていると買い物を終えたらしい2人が戻って来たので俺達はガドルさんとサラさんと別れて別の場所に向かって行くのだった。

「九条さん、ガドルさんとはどんなお話をしていたんですか?」

「ん?まぁ、他愛もない世間話だよ。そんな事よりも、そっちはどんな会話を?」

「うふふ、そうですねぇ。色々と興味深いお話を聞かせて貰いました。」

「ははっ、そりゃ何だか怖ぇなぁ……」

 苦笑いを浮かべながらイリスと顔を見合わせていた俺は、色んな感情を抱えながら大通りにある店を回って予約時間が訪れるのを待ち続けていた。

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