おっさんの異世界生活は無理がある。

祐一

第534話

「ほほぅ、お主達も運良く自分好みの浴衣が残っていたんじゃな。」

「はい、残りが1つだけだったので焦りましたが何とか買う事が出来ました。」

 大きな窓に掛けられたカーテンの隙間から月明かりが見え隠れしてきた頃、風呂を上がって後は寝るだけとなった俺達は軽い雑談を繰り広げていた。

「なるほど、それは幸運でございましたね。」

「えぇ、皆の頑張りが報われてくれて本当に良かったです。」

「ちょっと、何を他人事みたいに言ってんのよ。九条に聞いた話だと、ルゥナだってこいつ等の為を思って頑張ってたんでしょ?それならもう少し、その大きな胸を張りなさいよね。」

「おっ!?って、何を言ってるんですかユキさん!」

「……オイ……」

「み、見てない!我は何も見ておらんぞ!」

「……俺も同じだから、今にも人を殺しそうな目でこっちを見てくんじゃねぇよ。」

 ソファーに座りながら背中にビシビシ突き刺さる視線を無視しようとしていると、左斜め向かい側に居たイリスがニコっと微笑みながらこっちを見つめてきた。

「九条さん、レミさんやユキさんと一緒に浴衣を買ってきたんですよね?一体どんな浴衣を選んできたんですか?」

「あぁ、俺はシンプルな柄のやつだな。白地にちょこちょこっと刺繍が入ってる感じなんだが……その質問をしてきたって事は、お前も聞いて欲しいって事か?」

「うふふ、気になりますか?でも、教えてあげません。僕がどんな浴衣を着るのかは花火大会の当日までお楽しみにしていて下さいね。絶対に九条さんをドキッとさせてあげますから。」

「……俺がお前にドキッとする事に対して少しは疑問とか無いのかよ……」

「あはっ!九条さん、学園でも1,2を争う可愛い子に浴衣姿で迫られるんですからドキッとしてしまうのは当然の事ですよ!」

「いや、オレットさん……幾ら可愛いって言っても相手は……」

「ありがとうございます。九条さんは僕の事を可愛いって思ってくれてるんですね。とっても嬉しいです。」

「……はぁ……何かもう疲れたからどうでもいいや……」

 いちいち反論してもキリが無いと判断してソファーの背もたれにぐったりしながら倒れこんだその直後、俺の顔を覗き込む様にしてジーナが目の前に現れた。

「ふふーん、どうにもお疲れ様って感じだね九条さん。」

「……朝からダンジョンに挑んでモンスターと戦った上にボス戦……その後は浴衣を買いに出掛けたりと色々あったからな……そりゃ誰でもこうなるだろ……」

「ハッ、誰でもってオレを一緒にすんじゃねぇよ。なんならもう一度ダンジョンまで行ってボスと戦ったって構わねぇんだぜ?」

「はいはい、どうもすみませんでした……ったく、年長者を敬うって心を知らないのかってんだよな……」

「まぁまぁ、そんな扱いされたら余計に老け込んじゃうかもしれないよ?それよりも今日はありがとうね!九条さん達のおかげで更に素材が集まっちゃったよ!」

「あぁ、どういたしまして……それでどうなんだ?素材はもう充分って感じなのか?それならこっちとしてはかなり大助かりなんだが……」

「うん、質もかなり良いから素材に関してはこれで充分かな!本音を言っちゃえば、もっともーっと色々な素材が欲しいんだけど……折角の旅行だって言うのにそこまで頑張らせたら後で親父にぶん殴られちゃうから止めといてあげるね!」

「いや、殴られなかったら続けさせるつもりだったのかよ……」

 メチャクチャいい笑顔を浮かべながら親指をビシッと立てたジーナから視線を外しガクッと肩を落としてため息を吐き出していると、ソファーが急にズンっと沈み込み始めたので何事かと思って顔を上げてみると……っ!?

「そう言えば九条さん、明日の予定はどうなっているんですか?」

「ど、どうなってるって……別になにもねぇけど……って、どうしてこんなに距離を近づける必要があったんだよ?!さっきの位置でも普通に会話は出来てたろ!」

「はい。でも、こっちの方がもっとお話をしやすいですよね。」

「んな訳ねぇだろ!?何をどうしたらそんな発想に……つーか、ちょっとずつ接近をしてくんじゃねぇよ!」

「イ、イリス!君は一体何をしているんだ!」

「何って……楽しい楽しいお喋りですよ。」

「お、お喋りならそんなに近づく必要は無いだろ!さぁ、すぐに離れるんだ!」

「えぇ~……」

「ったく、何度目なんだよこのやり取り……テメェも大人だっつうんならそれなりの態度で示せってんだよな。」

「本当にね。流されてばっかりいると何時か痛い目に遭うわよ。」

「はっはっは、それも九条の良さと言うものじゃろう。」

「うんうん!流されなくて可愛い子にもドギマギしない九条さんなんて考えられないからね!それでこそって感じだよ!」

「……それは褒められているのか貶《けな》されているのかどっちなんだ……!」

「うふふ、僕としてはどちらの九条さんも魅力的だと思いますけど……大人らしくて頼りがいのある九条さんに迫られるのも悪くありませんし……ね?」

「ね?って言われても答えに困るわアホ!」

 唇をペロッと舐めながら何とも恐ろしい事を囁きかけてきたイリスがエルアの手に寄って引きはがされてから数時間後、様々な要因が影響して疲れがぶわっと出て来た俺は一足先に自室に戻ってベッドに潜り込むとそのまま眠りに落ちていくのだった。

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