おっさんの異世界生活は無理がある。

祐一

第470話

「うぇっぷ………は、腹が破裂しそうだ……」

(まぁ、あれだけ食べたらそうなりますよね……ご主人様、大丈夫ですか?)

「あぁ……しばらくこうして風に当たってれば落ち着くと思う……うっぷ……」

 若い頃は弁当2つぐらい余裕だった気もするけど、流石にこの歳になってあの量はどうしたって無理があったな……とは言え、あんな殺気立ってる2人を前にしてもう食えないなんて口が裂けても言えねぇしさぁ……

(ご主人様、今になってこんな事を言うのも遅いとは思いますが‥…やっぱり、決着だけはシッカリつけておいた方が良かったんじゃないですか?)

「はぁ、無茶言うなよ……あの状況でどっちの弁当が美味いとか決められんだろ……そんな事をしたら何が起きるか……うぅ、怖くて考えたくもねぇ……」

(ご主人様の気持ちは分かりますけど……あの返答では、明日も勝負に巻き込まれてしまうんじゃないですかねぇ。)

「……だよなぁ……あー……どうしよう………」

 屋上に吹き抜けるこの時期特有の湿気を帯びた生暖かい風を感じながらフェンスの網目を掴んで盛大にため息を零していると、背後にある扉がガチャッと開く音がしたので何の気なしにゆっくり振り返って見ると……

「あっ!ほら、やっぱり屋上に居た!どうどう?私の取材能力は!」

「はいはい、凄い凄い。」

「ちょっとエルアちゃん!褒めるんならもっとちゃんと褒めて欲しんですけど!」

「はぁ……今はそんな事はどうでも良いだろ?それより九条さんにお願いしたい事があるんじゃなかったの?早くしないとお昼休みが終わっちゃうよ。」

「おっと、それもそうだね!それじゃあ……九条さん、どうもこんにちは!私の事、覚えてますか?」

(ご主人様、この女の子はどなたですか?お知り合いなんですか?)

「あ、あぁ……えっと、確か名前は……オレットさん……だったけか?」

「はい、大正解です!覚えていて下さってありがとうござまーす!てへっ!」

 久しぶりに顔を合わせたオレットさんが一歩後ろに下がってビシッと敬礼しながら微笑みかけてきてから数秒後、初めて会った時とは見違える程に女の子らしくなったエルアが困り顔を浮かべながらこっちに向かって歩いて来た。

「すみません九条さん、お休み中の所に急にお邪魔してしまって……」

「いや、別に邪魔だなんて事は無いけど……うん……」

「……あれ?どうしたんですか九条さん、あっちの方に何かあるんですか?」

「そ、そいう訳じゃなくて……」

「……ん~?もしかしてもしかして~……九条さん、エルアちゃんが可愛すぎて目を合わせられないんですかぁ?」

「っ?!オ、オレット!急に何を言ってるんだ!?そ、そんな事がある訳……ない、ですよね?」

「おー……あー……えぇ……っと………そ、そうだ!オレットさん、俺に何か頼みがあるんじゃなかったのか?ほら、昼休みが終わる前に早く教えてくれ!」

(……ヘタレですねぇ……)

「はぁ、ヤレヤレですねぇ……九条さん、そんな事ではエルアちゃんの他の男の人に取られちゃいますよ!」

「オ、オレット!変な事ばっかり言ってるんじゃないっ!」

「ぐうぇっ!?エ、エルアちゃん……!く、首を絞めるのは……!」

「う、うるさい!わた、僕達をからかった罰だ!」

「ご、ごべんなざい……!もう言わないから……許じで……!」

「エルア?もうそこら辺で……な?」

「……九条さんがそう言うなら、分かりましたっ。」

「っぷはぁ!あ、危なかった……もう少しで落ちる所だった……!九条さん、どうもありがとうございました……!」

「いやいや……それよりもほら、俺に頼みって?」

「そ、そうでしたね……では、本題に入りますが……九条さん、学園に居る間だけで良いので……ナインティアの皆さんの、密着取材をさせてくれませんか?」

「……えっ、密着取材?」

「はいっ!皆さんがこの学園でどんな風に過ごすのか、そしてどんな事を感じたのかという事を教えて欲しいんです!」

「うおっ!?オ、オレットさん?少しだけ近いっ?!」

「それとそれと!冒険者としての話とかも教えて欲しかったり……他にも皆さんには色々と聞きたい事がっ!?」

「オレット……?九条さんに迷惑を掛けない様に……ね?」

「ご、ごめんなじゃい……!」

 瞳をキラキラさせながら顔を急接近させてきたオレットさんがエルアの腕によって引き離されてからしばらくした後、俺は腹をさすりながらふぅっと息を吐いた。

「あー……とりあえず後でロイドとソフィに相談してみるが……多分、取材の件なら大丈夫だと思うぞ。」

「本当ですか!?それだったら……あっ、こんな時にチャイムなんて……!」

「オレット、そろそろ教室に戻らないと次の授業に間に合わないよ。」

「わ、分かってますって!そ、それじゃあ九条さん!よろしくお願いしますね!」

「あ、あぁ……了解……」

(……オレットさん、嵐みたいな人でしたね……)

(そうだな……って、俺もそろそろ行かねぇと。)

 2人が去って行ったすぐ後に屋上を後にした俺は階段を降りて行って職員室に……あれ、なんだっけ……何か忘れている様な……?

(ご主人様!ボーっとしている暇は無いですよ!ここの階段長いんですから!)

(そ、そうだな……うん、そうだな……)

 不思議な感覚に捕らわれながら足を動かし始めた俺は、マホの急かす声を頭の中に響かせながら先に集合場所に到着していたロイドとソフィと合流するのだった。

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