おっさんの異世界生活は無理がある。

祐一

第281話

「さぁ、隠れてないで出て来るのだ九条透!我が貴様に正義の鉄槌を下してやる!」

「おじさん……あの人は………」

「知らん……だが関わり合いになったら非常に面倒なのは分かる。」

「ふむ、それならばどうするんだい?」

「とりあえず隅の方にある席に座ってやり過ごすぞ。無理に抜け出そうとしたら絶対絡まれちまうだろうからな。」

「分かった。」

周囲のざわめきに紛れる様に小声でどう動くのか決めた後、振り返ってお姉さんに黙ってくれている様に目配せでお願いした俺は気配を消しながら扉の死角になってる席に移動して叫び声を上げた奴の姿を確認して……みた…………

「おいおい………なんじゃありゃ………?」

「うわぁ……何なんですかあの人は………」

「ふむ、中々に興味深いね。」

「……凄い格好。」

黒に銀色っぽいメッシュが入ったツンツンヘアー……そして真っ黒な包帯が両腕に巻いてあって左目は黒色の眼帯に隠されていて…………

「ぐふっ」

「お、おじさん?!しっかりして下さい、おじさん!」

色々な意味で精神をやられてしまってテーブルに突っ伏して現実を直視しない様にして頭を抱えていると、斡旋所に居た冒険者達がひそひそと話し始めて………

「……九条透?お前、知ってるか?」
「いや……聞き覚えがある様な気がするんだが……」
「……あぁ、ほらアレだよ!数ヶ月前の闘技場で!」
「あっ、アイツか!……でも、どんな奴だったっけ?」
「んー……地味な感じの男で………ダメだ、これ以上は分かんねぇな。」

「クソっ!やはり人目につかない様にしているのか!!」

「ふふっ、どうやらここの人達に九条さんの顔は知られていなかったみたいだね。」

「良かったね、九条さん。」

「……そうだな。」

喜んで良いのか微妙な気持ちになりながら顔を上げてみると……扉の前で腕を組みながら難しい顔をしている中二病患者らしき格好の奴が………

「うーん、あの少年どうしたんですかね?おじさんの事を探しているんなら、誰かに話を聞いたりすればいいのに……まぁ、無駄だとは思いますけどね。」

「おい、それはそれで傷つくから言い方には気を付けろ。」

「はぁ……はぁ……もう、僕を置いて先に行かないでよ!」

「ふんっ、貴様の歩く速度が遅いから悪いのだ!」

「おや、どうやらあの子の知り合いが来たみたいだね。」

「マジかよ……」

アレの知り合いって事はもしかして同族的な奴が来た……いや、ちょっと待てよ?自分の事を僕って呼んだあの声……何処かで聞いた事がある様な………

「あ、あぁ!?」

「ちょ、マホ!声が!」

「エ、エルアさんじゃないですか!」

「な、何っ!?」

勢いよく立ち上がったマホが叫んだ名前を聞いて反射的に扉の方に目を向けると、そこには痛々しい格好をしている少年と並んで笑みを浮かべながらこっちを見ているエルアの姿がってどういう事!?

「マホさん!それに皆さんもお久しぶりです!って、ちょっと待つんだ!」

「うわヤベェ……こっちに来たんですけど………」

「………貴様、九条透だな?」

「……いや、人違いじゃないですかね?」

「とぼけるな!」

えぇ……いきなりテーブルを思いっきり叩いたんですけど………もしかしてこれがキレやすい若者なのかしら……っていうか、マジで何なんだコイツは?

「ふむ、人に名前を尋ねるのなら自分から名乗るべきなのでは?」

「うっ、ぐっ……そ、そうですね………ご、ごほん!それでは心して聞くが良い!!我が名は『ダーク・ブラッディ・ナイト』!呪われし邪龍の血を引き継ぎし者だ!」

「ぶはぁ!?」

「く、九条さん!?大丈夫ですか?!」

「……ダメだ……色々な意味で苦しすぎる……!」

少年の後からやって来たエルアが心配して駆け寄って来てくれたけど、もうなんか心臓がキューンとして死にそうなんですけど!?マジで何だコレ、新手の拷問か?!

「エルア!その男は危険だから今すぐ離れるのだ!」

「危険って……そんな訳が無いだろ?何を言ってるんだよクリフ君!」

「わ、我が名はクリフなどでない!ダーク・ブラッディ・ナイトだ!」

「もう!君の名前は『クリフ・エフィール』だろ!」

「こ、こら!この様な場で我が真名を言うんじゃない!」

「ぐ、がががががっ!」

「……九条さん、何処か痛いの?」

「こ、心が……張り裂けそうだ……!」

マズイ……こんな絶体絶命のピンチに陥ったのは何時ぶりだ?!まさかこんな精神攻撃をされる日が来るなんて夢にも思ってなかったぞ!?

「そ、それよりも九条透!人々の心を惑わす貴様には我が正義の鉄槌を下して」

「ちょっと待った、さっきもそんな事を言っていたがどういう意味なんだい?」

「そ、そうですよ!おじさんが人々の心を惑わすなんて、そんなはずありません!」

「あっ、いや、その………えぇい!な、ならばコレを見てみるが良い!」

ブラッディ……いや、エルアにクリフと呼ばれていた少年は懐から1枚の紙きれを取り出すとテーブルに叩きつける様にしてそれを俺達に見せてきた。

「これは………学園新聞?」

「おや、これは王立学園の報道部が出している新聞だね。」

「ロイド、知ってるの?」

「あぁ、私も在学中に何度が取材を受けた事があるからね。しかしこれが九条さんとどう関係しているんだい?」

「そ、それはその記事の見出しを見れば分かる!」

「見出しですか?えっと……学園の有名人達に恋の予感?……って、ちょっと待って下さい!こ、ここに書いてある相手の男性の特徴、ぼかしてありますけどおじさんの事だと思いますよ!?」

「は、はぁ?!」

マホの言葉に驚いて目の前にある学園新聞とやらに目を通してみると……そこには俺の身体的特徴と、取材を受けた奴のインタビューらしき物が書いてあった!?

「そこに書いてあるだろう!あの人は私の心を一瞬にして惑わして虜にしてしまった危険な人物であると!そして他にもその被害に遭った可能性のある者のイニシャルが幾つも載っているのが分かるだろう!」

「おやおや、確かにそうみたいだね。」

「おじさん!いつの間にこんなに多くの女の子と関係を持ったんですか!!」

「し、知らねぇよ!おい、エルア!これってどういう事なのか説明してくれ!」

「そ、それがその……九条さん、オレットを覚えていますか?」

「あ、あぁ!エルアの友達で新聞部に所属している子……………おい、まさか?」

「はい………その記事、エルアが夏休みに入る直前に出した物なんです………」

「んなっ!?」

「それでその……少し前からイリスさんが九条さんの話をする様になったという噂が出る様になって……取材をした結果それが間違いではなく、私とお姫様も九条さんを知っているって事である事ない事を面白半分に書き上げたらしく………」

「な、なるほど………」

「さぁ、人々の心を惑わす邪悪なる者よ!今すぐに貴様が掛けた呪いを解き、人々を解放するのだ!」

「そ、そう言われてもなぁ………」

そもそもこの記事に書いてある内容、思い当たるのは最初の1割ぐらいで後は妄想としか言い様がないんですけど……イリス……オレットさん……マジで恨むぞ……!

「クリフ君、何度も言ってるじゃないか!僕は九条さんを師匠として尊敬がしているけれど、心を惑わされた覚えはないと!」

「いや、そんなはずはない!冬休みが明けて後、お前は明らかに変わった!」

「もう、何処かどう変わったって言うんだ!」

「分からないのか?ならば教えてやる!お前は3日に1度は必ずコイツの話題を出す様になった!」

「………へ?」

「………は?」

いきなり告げられた事実にポカンと口を開けているとエルアがゆっくり振り返ってこっちを見て来て………目が合うと一気に顔が真っ赤になってしまった。

「な、な、何を言ってるんだ!?そ、そんなはずないだろ!?」

「ふんっ!気付いていない時点でお前はこの男の術中にはまっているのだ!」

「ち、違う!違いますから!ぼ、僕はそんな!」

「九条さんはどうしているのか、たまには会いに行っても良いかな?そんな事を俺に何度も尋ねる様にぐふっ!?」

「だ、黙れ!それ以上、嘘ばっかり言ったら殴るからね!!」

「す、既に……殴られているぞ………」

おぉ、こんなラブコメチックな展開を間近で見られるとは感動だな……って、今はそれ所じゃねぇ!このチャンスを逃してたまるか!

「よしっ、そんじゃあ俺は家に帰るから後の事は任せた!」

「えっ、おじさん!?」

「俺がここに居るとコイツも冷静じゃいられないだろ!うん、そういう訳だから後は何とかしてくれ!そんじゃあ!」

「ま、待てぇ……!逃げるな……!」

膝から崩れ落ちた状態のまま手を伸ばしてきたクリフの腕をひらりとかわした俺は、全速力で斡旋所を出て行くと家に向かって走って行くのだった!

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