おっさんの異世界生活は無理がある。
第166話
「ミアお嬢様、九条殿、学園の前に到着致しました。」
停車した馬車の扉を開けたセバスさんにそう報告された俺は、お姫様より先に外に出ると周囲の景色をゆっくりと見渡してみた……
「こ、ここが…王立学園……」
……何ともまぁ没個性な事を呟いてしまった俺の視界に入って来たのは生服を着た美少年と美少女達、そして彼らが向かう先に目を向けてみると厳重に警備された鉄の門とその奥にそびえ立つバカでかい校舎が存在していた。
さ、流石は異世界の学園……こんなの前の世界じゃ絶対にお目にかかれないぞ……
ってか、どうしてこっちの世界の建造物はどれもこれもスケールがおかしいんだ?
そう言うのを見る度に心臓が高鳴って心臓に悪影響な気がしてくるんですけど……
「九条さん、校舎をぼんやりと眺めてどうかなさいましたか?」
何度と見た現実離れした光景にまたもや絶句していると、馬車を降りてきたお姫様が俺の肩をトントンと叩いて不思議そうな声でそう聞いて来た。
「す、すみません……ちょっとあまりの迫力に驚いてしまって……」
「ふふっ、そうなのですね。でもそのお気持ち、私も理解出来ますよ。」
「ほっほっほ、勿論私も理解できますぞ。」
「そ、そうですか……」
優しく微笑みながら賛同してくれたお姫様とセバスさんに若干戸惑いながら上着の襟を直した俺は……お姫様が周囲に気を配って猫を被ってる今しかチャンスはない!ってな事を考えて、課題の件を切り出す事にした。
「……ミアお嬢様、今更と思うかもしれませんが、実は謝りたい事があるんです。」
「はい?謝りたい事……ですか?」
「はい。昨日の課題、俺のせいで色々とご迷惑をお掛けしていたみたいですので……本当に、申し訳ありませんでした。」
俺はビシッと背筋を伸ばすとお姫様に向かって深々と頭を下げた……すると突然、目の前からくすくすという笑い声が聞こえてきた……不思議に思いながら顔を上げてみると、お姫様が口元に手を当てておかしそうに微笑んでいた。
「ふふっ、本当に今更なんですから。ですがその謝罪、しっかりと受け取らせて頂きますね。」
……よしっ、やり口としてはだいぶ汚いとは思うけどこれにて一件落着だな!
いやぁ、胸のつかえが取れて良かった良かった!
「ただですね、九条さん。」
「はい?」
「迷惑を掛けたとお考えになったのなら、本日は頑張ってくださいね……色々と。」
「………は、はい。」
背筋が寒くなる様な笑みを一瞬浮かべたお姫様を見た俺は、顔を引きつらせながら全然許されてなかった事を察するのだった……
「それではセバス・チャン、九条さん、正門まで一緒に行きましょうか。」
「かしこまりました。」
「か、かしこまりました……」
この後の事を考えて少しだけ気持ちを沈ませながらお姫様の後を追って通りの方に出て行ったのだが………ヤバい、この光景は俺にとってかなり辛すぎるんですが!?
学生服を着た美少年と美少女が青春真っただ中って感じで仲良さそうに歩いてる姿を見るのなんか、ゲームとかアニメだけで充分なんだよ!リアルでそれを見せられると心がバキっと折れそうになるんだよ!俺の学生時代と違いすぎてな!ちきしょう!
もう二度とあの頃には戻れないのに羨ましいとか思っちまうじゃねぇか!!
「九条殿、笑顔が引きつっておられますがどうかなさったのですか?」
「い、いえ、なんでもありません……」
「ふふっ、どうやら九条さんには刺激が強すぎたみたいですね。」
ぐっ!猫を被りながらバカにしやがって!でもそうだよ!この景色は俺にとっては刺激が強すぎるんだよ!もう今すぐ家に帰ってラノベの世界に逃げたいくらいにな!
……若干泣きそうになりながら歩いていると、お姫様が急に歩くのを止めちまった?
「……あの、どうかしたんですか?」
「……すみません、少々こちらで待っていてください。」
「は、はぁ……分かりました……」
お姫様は俺達に軽くお辞儀をすると、笑顔で話している白い制服を着た濃い茶色の髪の少年と、お姫様と同じ色の制服を着た淡いピンク色の髪の少女の方へに小走りで駆け寄って行った。
……おやおやぁ?これはもしかするともしかするんじゃないだろうか?……うん、セバスさんにそこん所を聞いてみよう!
「あの、セバスさん。ミアお嬢様が声を掛けに行ったあの2人は一体…?」
「ほっほっほ、あの方達はミアお嬢様のご学友でございます。白い制服を着ている方がユート殿で、ミアお嬢様と同じ制服を着ているのがルカ殿でございます。」
「あぁ、ご学友なんですか……あっ、それともう1つ聞きたいんですけど、どうしてあの男の子の制服は色が白いんですか?女の子の方はミアお嬢様と同じ色の様に見えますけど。」
「その理由はですね、ミアお嬢様とルカ殿は1科に在籍しており、ユート殿は2科に在籍しているからでございます。」
「…すみません、もう少し詳しく聞かせて貰えますか?その1科と2科の違いを。」
「かしこまりました。簡単に申しますと1科には貴族や王族と言った由緒ある血筋を受け継いでいる方が在籍しており、2科にはそれ以外の方達が在籍しております。」
「……要するに、生まれで入れる科が違うって感じですか。」
「はい、その通りでございます。」
正直言って大体の予想はついてたけど、マジでそう言う感じだったのか……
でもまぁ、それはそれで展開的にありだな!平民と蔑まれていた少年が格上の相手を倒してのし上がって行くっ……正直、俺は嫌いじゃない!むしろ燃える!……さて、そうなると、あのユートって少年がお姫様と仲良くなったのか気になってきたな!
「あの、その話を聞くと1科と2科の間には色々と確執がありそうですけど……」
「えぇ、確かに確執はあるでしょうな。」
「…そうだとしたら、あのユートって少年はどうやってミアお嬢様とご学友になったんですか?1科と2科って事なら、あの2人が仲良くなる機会は無かったと思うんですけど……」
「はい。確かに九条殿の言う通り、ミアお嬢様とユート殿との間に接点はありませんでした。しかしつい先日の事なのですが、」
「セバス・チャン、九条さん、お待たせしました。」
くぅ!これから面白い話が聞けそうって所で帰って来るとは!?なんてタイミングで帰って来るんだこのお姫様は?!もうちょっと空気を読んでくださいよ!もう!
「お帰りなさいませ、ミアお嬢様。ユート殿とルカ殿とはどのようなお話をなさってきたのですか?」
「いえ、たいした事ではありません。先日行われた合同訓練の時のお礼を申し上げてきただけですから。」
「……合同訓練?お礼?」
「えぇ、先日行われた1科と2科との合同訓練の時、ユートさんとルカさんと一緒に訓練を行ったんです。その時にちょっと色々ありまして、その時のお礼し伝えてきたんです。」
「い、色々ですか?その、具体的にはどういう……」
「ふふっ、それは秘密です。それよりも、私達も早く行きましょうか。」
人差し指を口の前に出したお姫様は、可愛らしくウィンクをすると学園に向かって歩いて行った……あーあーお姫様が秘密って行った事をセバスさんが言う訳無いし、こりゃ色々の内容は分からずじまいか……
それに先日知り合ったばかりって事らしいから、ユートって少年との恋愛フラグはまだ出来てないっぽいよなぁ……フラグが成立してたら絶対あの2人の邪魔をする為に俺らと別れて先に行くだろうし……はぁ…俺の唯一の楽しみが消えてしまった……
心の中でガックリと落ち込みながらお姫様の後ろを歩いていた俺とセバスさんは、正門のすぐ横にある詰所で手続きをする為にお姫様と一端別れる事になった。
「それでは私は先に行きますね。また後でお会い致しましょう。」
「はい、それではいってらっしゃいませ。ミアお嬢様。」
「いってらっしゃっ?!」
「きゃっ!」
セバスさんと一緒に頭を下げてお姫様を見送ろうとした直後、背中に凄く強い衝撃が襲い掛かって来た俺は何事かと思ってバッと振り返った。そうすると、黒い制服を着た髪が紫色の少女が尻もちをついていた。
「あいっててて……」
「す、すみません!大丈夫ですか?」
「あっ、はい!こちらこそすみませんでした。ちょーっと後ろ向きに歩いてたらぶつかっちゃって……」
「そ、そうなんですか……」
おどけた感じで笑ってる女の子に手を差し伸べようか悩んでいると、女の子は勝手に立ち上がってスカートを軽くはたいていた……いや、マジでゴメン!でも初対面の女の子に手を差し伸べるなんてそんな主人公みたいな事を俺は出来ないんだ!だってメチャクチャ恥ずかしいから!ヘタレですみません!
「もうオレット!気をつけないとダメじゃないか!」
「あはは、ごめんごめん。」
「まったく、謝るなら僕にじゃなくてぶつかった人にだろ。あの、本当にすみませんでした。お怪我は……って、え?」
今度は白い制服を着た黒髪の少女がこっちに駆け寄って来て、オレットと呼ばれた少女を窘めながら俺に謝罪しようとしてくれたのだが……え、どうして俺の顔をジッと見ながら固まってるんだ?なに?なんか俺の顔に変な物でもついてるのか?
不安に駆られて何度が自分の頬を擦っていると、驚きの表情で固まっていた少女がこっちに向かってゆっくりと歩いて来た……?
「…………も、もしかして………く、九条さん……ですか?」
「そ、そうだけど…………え、もしかして……エルア……か?」
恐る恐る名前を呼ぶと、少女はパァッと笑顔になってこっちに駆け寄って来た!?
そして俺の手を力強くギュッと握って来ると、至近距離から顔を見上げて来た?!
「はい、エルアです!お久しぶりですね九条さん!まさかこんな場所で会えるなんて思ってもみませんでしたよ!」
「そ、そそそうか!お、俺もそう思うよ!」
ニッコリと微笑んでいるエルアに至近距離で見つめられながら、俺の心臓は今にも爆発しそうなレベルで動きまくっていた!!だってショートだった髪型が少し伸びていて更に女の子らしくなってるし、制服姿が似合ってて可愛いし良い匂いがするしでもう俺のキャパは限界突破をしてるんですけど!?
ってか、初めて会った時のエルアはもうちょっと大人しい子だったのにどうして今はこんなに明るくなってんだ?!もしかしてこっちの方が素だったっのか?あぁもうこんな状況じゃ思考が上手く働かねぇよ!お願いだから助けに来てくれマホォ!!
……なんて願いが叶ったのかどうかは分からないが、お姫様がこっちに歩いて来て微笑みながらエルアの前に立った。
「初めましてエルアさん。私、九条さんの主のミア・リエンダルと申します。以後、お見知り置きを。」
お姫様の自己紹介を聞いたエルアは一瞬だけポカンとした後、バッと俺から離れていくとオレットという少女の隣で背筋をビシッと伸ばした。
「は、初めましてミア様!ぼく、あ、私、エルア・ディムルドと申します!えっと、申し訳ありませんでした!お見苦しい姿をお見せしてしまって!」
「もーエルアちゃん、そんなに畏まらなくても大丈夫だって!ミアちゃんはちょっとぐらい失礼な態度で接したって怒らないから!ねっ?」
「そ、そんな訳にいかないだろ!ミア様は1科の学生であり、お姫様なんだから!」
「ふふっ、その様な事は気にせず気軽に接して下さい。同じ学園に通う学生同士なのですから。まぁ、オレット先輩にはもう少し丁寧に接して欲しいですけどね。」
「あっはは~それについてはあんまり期待しないで貰えると嬉しいかな!でもまぁ、ミアちゃんがそう言うなら今後は気をつけてみるよ!」
「えぇ、是非そうして下さいね。ところでエルア先輩。」
「…せ、先輩?」
「はい。エルアさんの胸のエンブレムが四つ葉という事は、4年生の方ですよね?
という事は私の先輩という事になりますから、エルア先輩です。」
「そ、そんな、先輩だなんて恐れ多い……」
微笑むお姫様と謙遜するエルアのやり取りを見ながら2人の学生服を見比べると…うん、確かにエルアのが四つ葉でお姫様のが三つ葉だ……要するに、学年が上がると葉っぱが増える仕組みなのか。まぁ、それを知ったからなんだって話なんだけどさ。
「……ところで先ほどから気になっていたのですが、九条さんとエルア先輩はどの様な関係なのですか?随分と親し気に見えましたが。」
「あっ、実はそれ私も気になってたんだよね!ねぇ、本当にどういう関係なの?」
「え、えっと……僕と九条さんの関係は……」
2人から質問されて戸惑ったエルアがチラッと視線を送って来たので、俺は小さく頷いて話をする様に促す事にした。
「…まぁ、別に隠すような事でもないから教えてあげてくれ。」
「わ、分かりました。えっと、僕と九条さんはですね……簡単に言ってしまえば師匠と弟子の関係になります。」
「…それってつまり、師弟関係って事ですか?」
「は、はい、その通りです。」
「えっ、それじゃあこのおじさんが……エルアちゃんのお師匠さんなの?!」
グハッ?!……や、やっぱりこの歳の子から見たら俺っておじさんなんだよな……
いや分かっていた事なんだけど、改めて言われるとやっぱりショックですよ……
「そ、そうだけど……って、オレット?」
「ふーん、なるほどねぇ……」
「……ん?うわっと!?」
「な、何をしてるんだオレット!」
心に受けたダメージを癒す為にぼんやりと空を眺めていたら、オレットと呼ばれた少女がいきなり至近距離にやって来た?!って、マジで勘弁してくれ!言動はかなり残念な子だけど、見た目は美少女だからこの子も近くで見ると心臓に悪いんだよ!!
「いやぁ、エルアちゃんが何度も話題に出すお師匠さんってどんな人なのかって気になってたからさぁ……へぇ、この人がねぇ……」
「ちょちょ、マジで近い!……って、わ、話題?エルアが俺の?」
何とかその場で踏み止まりながら上体を反らして目の前の少女をどう遠ざけようか悩んでいると、気になる単語が聞こえてきて少女に目を向けた……その瞬間、少女の瞳の奥がキランッと怪しく光った様な気が……
「おや、もしかして気になりますか?エルアちゃんが師匠についてどんな事を話していたのか!」
「ま、まぁ…そりゃあ……」
「ふっふっふー……それでは教えてあげましょう!エルアちゃんはですね!」
「うわぁあああ!」
「ぐうぇ!?」
オレットという少女が俺に話題の内容を話そうとした途端、慌てた様子のエルアが駆け寄って来て少女の首を絞めながら口を塞いでしまった!
「オレットのバカ!その話はしないって約束だっただろ!」
「ご、ごめ…!ちょ、首が締まって…息が……!」
「エ、エルア?」
「な、何でもありませんから!オレットの話は忘れて下さい!」
「そ、それは分かったけど…その子、マジで苦しそうなんだが……」
「はっ!ご、ごめんねオレット!つい!」
「い、いや、私こそ…すみませんでした……もう二度と、余計な事は言いません…」
……うーん、外見はメインヒロイン級の可愛さなのにやっぱり中身が残念だなぁ。でもまぁ、いずれあのユートって少年にフラグを建てられるその時まで頑張れ!
おっさんは元気ハツラツキャラが好きな相手の前だと大人しくなる的な展開が大好物だからな!だからその時が来るまでその残念なキャラを貫いてくれよ!ファイト!
「……何でだろう、誰かにバカにされた気がする。」
「こら、変な事を言ってないで早くこっちに来るんだ。」
「あーん、引っ張らないでよライルちゃ~ん!」
ライルがオレットという少女を引きずる様にして離れてくれたおかげで、なんとか一段落着いたって感じだな……ってか、まだ学園の敷地にも入って無いのにイベントが濃すぎじゃないですかね?奉仕もしてないのに疲れてきたんですけど……
「……それであの、もう一度聞きますがどうして九条さんがここに居るんですか?
先ほどミア様が、九条さんの主って名乗ってた事も気になりますし……」
「あぁ、それは……」
どう答えるべきか考えながらチラッとお姫様に目をやると……はいはい、そんなに圧を掛けてこなくても奉仕義務に関係する事は一切言いませんってば。
「……実は、数日前から執事見習いとしてミアお嬢様にお仕えしてるんだよ。」
「えっ、そうなんですか?一体どうして……」
「まぁ、色々と事情があってな。詳しい事は契約上の理由で言えないからさ、これで納得してくれると助かるんだけど……」
「わ、分かりました。九条さんがそう言うなら、これ以上は聞きません。」
「そっか、ありがとうなエルア。」
「い、いえ!礼には及びませんよ!」
ふぅ、エルアが良い子でマジで助かった……そう思って安堵していると、オレットという少女が頬を膨らませて俺の事をジッと見てきた。
「えぇー……どうせだったらもうちょっと詳しく聞きたいんですけど……」
「いや、だから……」
「オレット、無茶を言って九条さんを困らせない。」
「ちぇ!つまんないのー」
「あはは……ごめんね。」
「いえ、九条さんが謝る事じゃありません。」
「もう、エルアは私と師匠さんとどっちが大事なの!」
「そんなのどっちも大事に決まってるだろ?それよりオレット、九条さんにまだ自己紹介をしてないんだからしっかりしておかないと。」
「あっ、そう言えばそうだったね!」
エルアの言葉を聞いた少女はこっちを見て綺麗に気をつけをすると、満面の笑みを浮かべてくれた。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした!私、エルアちゃんと幼い頃からの親友で『オレット・グローリー』って言います!よろしくお願いしますね!」
「あぁ、俺は九条透だ。よろしくな。」
「はい!…って、そうだ!私、今日は朝から先生に呼び出されてたんだった!」
「あっ、そう言えばそうだったね。」
「もうすっかり忘れてたよ!そう言う訳だからミアちゃんと九条さん!すみませんが私はここで失礼させて貰いますね!」
「あ、あぁ、分かった。」
「それでは僕も用事がありますので、ここで失礼しますね。」
「おぅ、それじゃあな。」
「お二人とも、お気をつけて。」
「うん!それじゃあね!」
「それでは、また。」
何とも騒がしい美少女と久々に再開した弟子を見送った俺は、とてつもない疲労感から思わずため息を漏らしてしまっていた……
「ふふっ、お疲れ様でした九条さん。」
「あぁいえ、それよりもオレットって方はいつもあの様な感じなのですか?」
「はい。中々に刺激的な方ですよね。」
「そ、そうですね……はは……」
あれを刺激的で流せるお姫様って色々と凄すぎだろ……なんて思いながら正門の前まで歩いてくると、お姫様がクルッと振り返って俺とセバスさんを見てきた。
「さて、それでは私も先に行かせて貰いますね。セバス・チャンと九条さんは正門の横にある詰所で学園に入る為の手続きがありますから。」
「あっ、やっぱりそういった手続きが必要なんですね。」
「はい、ですので、失礼させて頂きますね。」
「かしこまりました。それでは行ってらっしゃいませ、ミアお嬢様。」
「いってらっしゃいま……ん?」
お姫様を見送る為に俺もセバスさんと一緒になってお辞儀をしようとしたその時…ほんの一瞬だけだが突き刺さる様な視線を……感じた……様な?
「九条さん、どうかなさいましたか?」
「……いえ、誰かの視線を感じた気がして。」
「そうなのですか?」
「えぇ……一瞬だったんで気のせいかもしれませんが……」
「うーん…それならオレット先輩たちとのやり取りを見ていた方が、物珍しさでつい見ていただけかもしれませんね。」
「まぁ、そうですかね……」
「ほっほっほ。気になるならば、次に同じ様な視線を感じた時に周囲を探してみてはいかがでしょうか?」
「……それもそうですね。」
こういう事を放置していい結果が生まれた事は無いが……今の俺にはどうする事も出来ないから諦めるしかないか……そう考えてお姫様に向き直った俺は、改めて深々とお辞儀をした。
「ミアお嬢様、お気をつけて行ってらっしゃいませ。」
「はい、それでは行ってきますね。」
小さくお辞儀をしたお姫様が優雅に校舎に向かって行くと、その途中で同じ色の制服を着た少女達に取り囲まれていた……やっぱり素の性格を知らない人達からしたら、物凄い人気なんだぁ……俺にもああいう感じで接して欲しいもんだぜ!
「九条殿、私達も手続きをしに参りましょうか。」
「あぁ、はい。」
返事をしてすぐ近くにある少し大きめの建物に向かって行った俺は、中に居る警備の人に挨拶をするセバスさんの後姿を眺めていた。
「おはようございます。学園に入る手続きをお願いしたいのですが。」
「あぁ、セバス・チャンさん!おはようございます。学園に入る手続き………おや?後ろの方はどなたですか?初めてお見掛けいたしますが。」
警備の人にそう聞かれるとセバスさんがスッと横に移動して目配せをしてきた……俺はそれを見て頷くと、一歩前に出て自己紹介を始めた。
「初めまして。執事見習いとしてミアお嬢様にお仕えしている、九条透と言います。以後、お見知り置きを。」
「あぁなるほど、執事見習いの方だったんですね。それはそれは………という事は、許可証の登録はまだお済ではありませんよね?」
「と、登録ですか?」
「はい。許可証を利用する為にはこちらで必要事項に記入をして頂き、正式に登録をする必要があるんです。」
「……勝手に使われない様にする為にですか?」
「その通りです。セバス・チャンさんは既に登録済みですので、九条さんはこちらに来て頂いて記入をお願い致します。」
「わ、分かりました。」
「セバス・チャンさんは、許可証の提示をお願いしますね。」
「かしこまりました。それでは、お願い致します。」
「はい、確かにお預かりしました。」
俺は警備の人から渡された紙に名前とか色々書き込みながら、横目でセバスさんの許可証が機械にセットされる様子を見ていた……ふーん、こういう所は加工屋とかと似た様なシステムなのかねぇ。
……しばらくして必要事項を書き終わった紙と許可証を警備の人に渡すと、ほんの数十秒で許可証の登録が完了した……顔写真とか無いけど大丈夫なんだろうか?
なんて事を疑問に思いながら手続きを済ませた俺とセバスさんは、馬車を学園内の停車場に移動させるとそのまま校舎の中に足を踏み入れるのだった。
停車した馬車の扉を開けたセバスさんにそう報告された俺は、お姫様より先に外に出ると周囲の景色をゆっくりと見渡してみた……
「こ、ここが…王立学園……」
……何ともまぁ没個性な事を呟いてしまった俺の視界に入って来たのは生服を着た美少年と美少女達、そして彼らが向かう先に目を向けてみると厳重に警備された鉄の門とその奥にそびえ立つバカでかい校舎が存在していた。
さ、流石は異世界の学園……こんなの前の世界じゃ絶対にお目にかかれないぞ……
ってか、どうしてこっちの世界の建造物はどれもこれもスケールがおかしいんだ?
そう言うのを見る度に心臓が高鳴って心臓に悪影響な気がしてくるんですけど……
「九条さん、校舎をぼんやりと眺めてどうかなさいましたか?」
何度と見た現実離れした光景にまたもや絶句していると、馬車を降りてきたお姫様が俺の肩をトントンと叩いて不思議そうな声でそう聞いて来た。
「す、すみません……ちょっとあまりの迫力に驚いてしまって……」
「ふふっ、そうなのですね。でもそのお気持ち、私も理解出来ますよ。」
「ほっほっほ、勿論私も理解できますぞ。」
「そ、そうですか……」
優しく微笑みながら賛同してくれたお姫様とセバスさんに若干戸惑いながら上着の襟を直した俺は……お姫様が周囲に気を配って猫を被ってる今しかチャンスはない!ってな事を考えて、課題の件を切り出す事にした。
「……ミアお嬢様、今更と思うかもしれませんが、実は謝りたい事があるんです。」
「はい?謝りたい事……ですか?」
「はい。昨日の課題、俺のせいで色々とご迷惑をお掛けしていたみたいですので……本当に、申し訳ありませんでした。」
俺はビシッと背筋を伸ばすとお姫様に向かって深々と頭を下げた……すると突然、目の前からくすくすという笑い声が聞こえてきた……不思議に思いながら顔を上げてみると、お姫様が口元に手を当てておかしそうに微笑んでいた。
「ふふっ、本当に今更なんですから。ですがその謝罪、しっかりと受け取らせて頂きますね。」
……よしっ、やり口としてはだいぶ汚いとは思うけどこれにて一件落着だな!
いやぁ、胸のつかえが取れて良かった良かった!
「ただですね、九条さん。」
「はい?」
「迷惑を掛けたとお考えになったのなら、本日は頑張ってくださいね……色々と。」
「………は、はい。」
背筋が寒くなる様な笑みを一瞬浮かべたお姫様を見た俺は、顔を引きつらせながら全然許されてなかった事を察するのだった……
「それではセバス・チャン、九条さん、正門まで一緒に行きましょうか。」
「かしこまりました。」
「か、かしこまりました……」
この後の事を考えて少しだけ気持ちを沈ませながらお姫様の後を追って通りの方に出て行ったのだが………ヤバい、この光景は俺にとってかなり辛すぎるんですが!?
学生服を着た美少年と美少女が青春真っただ中って感じで仲良さそうに歩いてる姿を見るのなんか、ゲームとかアニメだけで充分なんだよ!リアルでそれを見せられると心がバキっと折れそうになるんだよ!俺の学生時代と違いすぎてな!ちきしょう!
もう二度とあの頃には戻れないのに羨ましいとか思っちまうじゃねぇか!!
「九条殿、笑顔が引きつっておられますがどうかなさったのですか?」
「い、いえ、なんでもありません……」
「ふふっ、どうやら九条さんには刺激が強すぎたみたいですね。」
ぐっ!猫を被りながらバカにしやがって!でもそうだよ!この景色は俺にとっては刺激が強すぎるんだよ!もう今すぐ家に帰ってラノベの世界に逃げたいくらいにな!
……若干泣きそうになりながら歩いていると、お姫様が急に歩くのを止めちまった?
「……あの、どうかしたんですか?」
「……すみません、少々こちらで待っていてください。」
「は、はぁ……分かりました……」
お姫様は俺達に軽くお辞儀をすると、笑顔で話している白い制服を着た濃い茶色の髪の少年と、お姫様と同じ色の制服を着た淡いピンク色の髪の少女の方へに小走りで駆け寄って行った。
……おやおやぁ?これはもしかするともしかするんじゃないだろうか?……うん、セバスさんにそこん所を聞いてみよう!
「あの、セバスさん。ミアお嬢様が声を掛けに行ったあの2人は一体…?」
「ほっほっほ、あの方達はミアお嬢様のご学友でございます。白い制服を着ている方がユート殿で、ミアお嬢様と同じ制服を着ているのがルカ殿でございます。」
「あぁ、ご学友なんですか……あっ、それともう1つ聞きたいんですけど、どうしてあの男の子の制服は色が白いんですか?女の子の方はミアお嬢様と同じ色の様に見えますけど。」
「その理由はですね、ミアお嬢様とルカ殿は1科に在籍しており、ユート殿は2科に在籍しているからでございます。」
「…すみません、もう少し詳しく聞かせて貰えますか?その1科と2科の違いを。」
「かしこまりました。簡単に申しますと1科には貴族や王族と言った由緒ある血筋を受け継いでいる方が在籍しており、2科にはそれ以外の方達が在籍しております。」
「……要するに、生まれで入れる科が違うって感じですか。」
「はい、その通りでございます。」
正直言って大体の予想はついてたけど、マジでそう言う感じだったのか……
でもまぁ、それはそれで展開的にありだな!平民と蔑まれていた少年が格上の相手を倒してのし上がって行くっ……正直、俺は嫌いじゃない!むしろ燃える!……さて、そうなると、あのユートって少年がお姫様と仲良くなったのか気になってきたな!
「あの、その話を聞くと1科と2科の間には色々と確執がありそうですけど……」
「えぇ、確かに確執はあるでしょうな。」
「…そうだとしたら、あのユートって少年はどうやってミアお嬢様とご学友になったんですか?1科と2科って事なら、あの2人が仲良くなる機会は無かったと思うんですけど……」
「はい。確かに九条殿の言う通り、ミアお嬢様とユート殿との間に接点はありませんでした。しかしつい先日の事なのですが、」
「セバス・チャン、九条さん、お待たせしました。」
くぅ!これから面白い話が聞けそうって所で帰って来るとは!?なんてタイミングで帰って来るんだこのお姫様は?!もうちょっと空気を読んでくださいよ!もう!
「お帰りなさいませ、ミアお嬢様。ユート殿とルカ殿とはどのようなお話をなさってきたのですか?」
「いえ、たいした事ではありません。先日行われた合同訓練の時のお礼を申し上げてきただけですから。」
「……合同訓練?お礼?」
「えぇ、先日行われた1科と2科との合同訓練の時、ユートさんとルカさんと一緒に訓練を行ったんです。その時にちょっと色々ありまして、その時のお礼し伝えてきたんです。」
「い、色々ですか?その、具体的にはどういう……」
「ふふっ、それは秘密です。それよりも、私達も早く行きましょうか。」
人差し指を口の前に出したお姫様は、可愛らしくウィンクをすると学園に向かって歩いて行った……あーあーお姫様が秘密って行った事をセバスさんが言う訳無いし、こりゃ色々の内容は分からずじまいか……
それに先日知り合ったばかりって事らしいから、ユートって少年との恋愛フラグはまだ出来てないっぽいよなぁ……フラグが成立してたら絶対あの2人の邪魔をする為に俺らと別れて先に行くだろうし……はぁ…俺の唯一の楽しみが消えてしまった……
心の中でガックリと落ち込みながらお姫様の後ろを歩いていた俺とセバスさんは、正門のすぐ横にある詰所で手続きをする為にお姫様と一端別れる事になった。
「それでは私は先に行きますね。また後でお会い致しましょう。」
「はい、それではいってらっしゃいませ。ミアお嬢様。」
「いってらっしゃっ?!」
「きゃっ!」
セバスさんと一緒に頭を下げてお姫様を見送ろうとした直後、背中に凄く強い衝撃が襲い掛かって来た俺は何事かと思ってバッと振り返った。そうすると、黒い制服を着た髪が紫色の少女が尻もちをついていた。
「あいっててて……」
「す、すみません!大丈夫ですか?」
「あっ、はい!こちらこそすみませんでした。ちょーっと後ろ向きに歩いてたらぶつかっちゃって……」
「そ、そうなんですか……」
おどけた感じで笑ってる女の子に手を差し伸べようか悩んでいると、女の子は勝手に立ち上がってスカートを軽くはたいていた……いや、マジでゴメン!でも初対面の女の子に手を差し伸べるなんてそんな主人公みたいな事を俺は出来ないんだ!だってメチャクチャ恥ずかしいから!ヘタレですみません!
「もうオレット!気をつけないとダメじゃないか!」
「あはは、ごめんごめん。」
「まったく、謝るなら僕にじゃなくてぶつかった人にだろ。あの、本当にすみませんでした。お怪我は……って、え?」
今度は白い制服を着た黒髪の少女がこっちに駆け寄って来て、オレットと呼ばれた少女を窘めながら俺に謝罪しようとしてくれたのだが……え、どうして俺の顔をジッと見ながら固まってるんだ?なに?なんか俺の顔に変な物でもついてるのか?
不安に駆られて何度が自分の頬を擦っていると、驚きの表情で固まっていた少女がこっちに向かってゆっくりと歩いて来た……?
「…………も、もしかして………く、九条さん……ですか?」
「そ、そうだけど…………え、もしかして……エルア……か?」
恐る恐る名前を呼ぶと、少女はパァッと笑顔になってこっちに駆け寄って来た!?
そして俺の手を力強くギュッと握って来ると、至近距離から顔を見上げて来た?!
「はい、エルアです!お久しぶりですね九条さん!まさかこんな場所で会えるなんて思ってもみませんでしたよ!」
「そ、そそそうか!お、俺もそう思うよ!」
ニッコリと微笑んでいるエルアに至近距離で見つめられながら、俺の心臓は今にも爆発しそうなレベルで動きまくっていた!!だってショートだった髪型が少し伸びていて更に女の子らしくなってるし、制服姿が似合ってて可愛いし良い匂いがするしでもう俺のキャパは限界突破をしてるんですけど!?
ってか、初めて会った時のエルアはもうちょっと大人しい子だったのにどうして今はこんなに明るくなってんだ?!もしかしてこっちの方が素だったっのか?あぁもうこんな状況じゃ思考が上手く働かねぇよ!お願いだから助けに来てくれマホォ!!
……なんて願いが叶ったのかどうかは分からないが、お姫様がこっちに歩いて来て微笑みながらエルアの前に立った。
「初めましてエルアさん。私、九条さんの主のミア・リエンダルと申します。以後、お見知り置きを。」
お姫様の自己紹介を聞いたエルアは一瞬だけポカンとした後、バッと俺から離れていくとオレットという少女の隣で背筋をビシッと伸ばした。
「は、初めましてミア様!ぼく、あ、私、エルア・ディムルドと申します!えっと、申し訳ありませんでした!お見苦しい姿をお見せしてしまって!」
「もーエルアちゃん、そんなに畏まらなくても大丈夫だって!ミアちゃんはちょっとぐらい失礼な態度で接したって怒らないから!ねっ?」
「そ、そんな訳にいかないだろ!ミア様は1科の学生であり、お姫様なんだから!」
「ふふっ、その様な事は気にせず気軽に接して下さい。同じ学園に通う学生同士なのですから。まぁ、オレット先輩にはもう少し丁寧に接して欲しいですけどね。」
「あっはは~それについてはあんまり期待しないで貰えると嬉しいかな!でもまぁ、ミアちゃんがそう言うなら今後は気をつけてみるよ!」
「えぇ、是非そうして下さいね。ところでエルア先輩。」
「…せ、先輩?」
「はい。エルアさんの胸のエンブレムが四つ葉という事は、4年生の方ですよね?
という事は私の先輩という事になりますから、エルア先輩です。」
「そ、そんな、先輩だなんて恐れ多い……」
微笑むお姫様と謙遜するエルアのやり取りを見ながら2人の学生服を見比べると…うん、確かにエルアのが四つ葉でお姫様のが三つ葉だ……要するに、学年が上がると葉っぱが増える仕組みなのか。まぁ、それを知ったからなんだって話なんだけどさ。
「……ところで先ほどから気になっていたのですが、九条さんとエルア先輩はどの様な関係なのですか?随分と親し気に見えましたが。」
「あっ、実はそれ私も気になってたんだよね!ねぇ、本当にどういう関係なの?」
「え、えっと……僕と九条さんの関係は……」
2人から質問されて戸惑ったエルアがチラッと視線を送って来たので、俺は小さく頷いて話をする様に促す事にした。
「…まぁ、別に隠すような事でもないから教えてあげてくれ。」
「わ、分かりました。えっと、僕と九条さんはですね……簡単に言ってしまえば師匠と弟子の関係になります。」
「…それってつまり、師弟関係って事ですか?」
「は、はい、その通りです。」
「えっ、それじゃあこのおじさんが……エルアちゃんのお師匠さんなの?!」
グハッ?!……や、やっぱりこの歳の子から見たら俺っておじさんなんだよな……
いや分かっていた事なんだけど、改めて言われるとやっぱりショックですよ……
「そ、そうだけど……って、オレット?」
「ふーん、なるほどねぇ……」
「……ん?うわっと!?」
「な、何をしてるんだオレット!」
心に受けたダメージを癒す為にぼんやりと空を眺めていたら、オレットと呼ばれた少女がいきなり至近距離にやって来た?!って、マジで勘弁してくれ!言動はかなり残念な子だけど、見た目は美少女だからこの子も近くで見ると心臓に悪いんだよ!!
「いやぁ、エルアちゃんが何度も話題に出すお師匠さんってどんな人なのかって気になってたからさぁ……へぇ、この人がねぇ……」
「ちょちょ、マジで近い!……って、わ、話題?エルアが俺の?」
何とかその場で踏み止まりながら上体を反らして目の前の少女をどう遠ざけようか悩んでいると、気になる単語が聞こえてきて少女に目を向けた……その瞬間、少女の瞳の奥がキランッと怪しく光った様な気が……
「おや、もしかして気になりますか?エルアちゃんが師匠についてどんな事を話していたのか!」
「ま、まぁ…そりゃあ……」
「ふっふっふー……それでは教えてあげましょう!エルアちゃんはですね!」
「うわぁあああ!」
「ぐうぇ!?」
オレットという少女が俺に話題の内容を話そうとした途端、慌てた様子のエルアが駆け寄って来て少女の首を絞めながら口を塞いでしまった!
「オレットのバカ!その話はしないって約束だっただろ!」
「ご、ごめ…!ちょ、首が締まって…息が……!」
「エ、エルア?」
「な、何でもありませんから!オレットの話は忘れて下さい!」
「そ、それは分かったけど…その子、マジで苦しそうなんだが……」
「はっ!ご、ごめんねオレット!つい!」
「い、いや、私こそ…すみませんでした……もう二度と、余計な事は言いません…」
……うーん、外見はメインヒロイン級の可愛さなのにやっぱり中身が残念だなぁ。でもまぁ、いずれあのユートって少年にフラグを建てられるその時まで頑張れ!
おっさんは元気ハツラツキャラが好きな相手の前だと大人しくなる的な展開が大好物だからな!だからその時が来るまでその残念なキャラを貫いてくれよ!ファイト!
「……何でだろう、誰かにバカにされた気がする。」
「こら、変な事を言ってないで早くこっちに来るんだ。」
「あーん、引っ張らないでよライルちゃ~ん!」
ライルがオレットという少女を引きずる様にして離れてくれたおかげで、なんとか一段落着いたって感じだな……ってか、まだ学園の敷地にも入って無いのにイベントが濃すぎじゃないですかね?奉仕もしてないのに疲れてきたんですけど……
「……それであの、もう一度聞きますがどうして九条さんがここに居るんですか?
先ほどミア様が、九条さんの主って名乗ってた事も気になりますし……」
「あぁ、それは……」
どう答えるべきか考えながらチラッとお姫様に目をやると……はいはい、そんなに圧を掛けてこなくても奉仕義務に関係する事は一切言いませんってば。
「……実は、数日前から執事見習いとしてミアお嬢様にお仕えしてるんだよ。」
「えっ、そうなんですか?一体どうして……」
「まぁ、色々と事情があってな。詳しい事は契約上の理由で言えないからさ、これで納得してくれると助かるんだけど……」
「わ、分かりました。九条さんがそう言うなら、これ以上は聞きません。」
「そっか、ありがとうなエルア。」
「い、いえ!礼には及びませんよ!」
ふぅ、エルアが良い子でマジで助かった……そう思って安堵していると、オレットという少女が頬を膨らませて俺の事をジッと見てきた。
「えぇー……どうせだったらもうちょっと詳しく聞きたいんですけど……」
「いや、だから……」
「オレット、無茶を言って九条さんを困らせない。」
「ちぇ!つまんないのー」
「あはは……ごめんね。」
「いえ、九条さんが謝る事じゃありません。」
「もう、エルアは私と師匠さんとどっちが大事なの!」
「そんなのどっちも大事に決まってるだろ?それよりオレット、九条さんにまだ自己紹介をしてないんだからしっかりしておかないと。」
「あっ、そう言えばそうだったね!」
エルアの言葉を聞いた少女はこっちを見て綺麗に気をつけをすると、満面の笑みを浮かべてくれた。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした!私、エルアちゃんと幼い頃からの親友で『オレット・グローリー』って言います!よろしくお願いしますね!」
「あぁ、俺は九条透だ。よろしくな。」
「はい!…って、そうだ!私、今日は朝から先生に呼び出されてたんだった!」
「あっ、そう言えばそうだったね。」
「もうすっかり忘れてたよ!そう言う訳だからミアちゃんと九条さん!すみませんが私はここで失礼させて貰いますね!」
「あ、あぁ、分かった。」
「それでは僕も用事がありますので、ここで失礼しますね。」
「おぅ、それじゃあな。」
「お二人とも、お気をつけて。」
「うん!それじゃあね!」
「それでは、また。」
何とも騒がしい美少女と久々に再開した弟子を見送った俺は、とてつもない疲労感から思わずため息を漏らしてしまっていた……
「ふふっ、お疲れ様でした九条さん。」
「あぁいえ、それよりもオレットって方はいつもあの様な感じなのですか?」
「はい。中々に刺激的な方ですよね。」
「そ、そうですね……はは……」
あれを刺激的で流せるお姫様って色々と凄すぎだろ……なんて思いながら正門の前まで歩いてくると、お姫様がクルッと振り返って俺とセバスさんを見てきた。
「さて、それでは私も先に行かせて貰いますね。セバス・チャンと九条さんは正門の横にある詰所で学園に入る為の手続きがありますから。」
「あっ、やっぱりそういった手続きが必要なんですね。」
「はい、ですので、失礼させて頂きますね。」
「かしこまりました。それでは行ってらっしゃいませ、ミアお嬢様。」
「いってらっしゃいま……ん?」
お姫様を見送る為に俺もセバスさんと一緒になってお辞儀をしようとしたその時…ほんの一瞬だけだが突き刺さる様な視線を……感じた……様な?
「九条さん、どうかなさいましたか?」
「……いえ、誰かの視線を感じた気がして。」
「そうなのですか?」
「えぇ……一瞬だったんで気のせいかもしれませんが……」
「うーん…それならオレット先輩たちとのやり取りを見ていた方が、物珍しさでつい見ていただけかもしれませんね。」
「まぁ、そうですかね……」
「ほっほっほ。気になるならば、次に同じ様な視線を感じた時に周囲を探してみてはいかがでしょうか?」
「……それもそうですね。」
こういう事を放置していい結果が生まれた事は無いが……今の俺にはどうする事も出来ないから諦めるしかないか……そう考えてお姫様に向き直った俺は、改めて深々とお辞儀をした。
「ミアお嬢様、お気をつけて行ってらっしゃいませ。」
「はい、それでは行ってきますね。」
小さくお辞儀をしたお姫様が優雅に校舎に向かって行くと、その途中で同じ色の制服を着た少女達に取り囲まれていた……やっぱり素の性格を知らない人達からしたら、物凄い人気なんだぁ……俺にもああいう感じで接して欲しいもんだぜ!
「九条殿、私達も手続きをしに参りましょうか。」
「あぁ、はい。」
返事をしてすぐ近くにある少し大きめの建物に向かって行った俺は、中に居る警備の人に挨拶をするセバスさんの後姿を眺めていた。
「おはようございます。学園に入る手続きをお願いしたいのですが。」
「あぁ、セバス・チャンさん!おはようございます。学園に入る手続き………おや?後ろの方はどなたですか?初めてお見掛けいたしますが。」
警備の人にそう聞かれるとセバスさんがスッと横に移動して目配せをしてきた……俺はそれを見て頷くと、一歩前に出て自己紹介を始めた。
「初めまして。執事見習いとしてミアお嬢様にお仕えしている、九条透と言います。以後、お見知り置きを。」
「あぁなるほど、執事見習いの方だったんですね。それはそれは………という事は、許可証の登録はまだお済ではありませんよね?」
「と、登録ですか?」
「はい。許可証を利用する為にはこちらで必要事項に記入をして頂き、正式に登録をする必要があるんです。」
「……勝手に使われない様にする為にですか?」
「その通りです。セバス・チャンさんは既に登録済みですので、九条さんはこちらに来て頂いて記入をお願い致します。」
「わ、分かりました。」
「セバス・チャンさんは、許可証の提示をお願いしますね。」
「かしこまりました。それでは、お願い致します。」
「はい、確かにお預かりしました。」
俺は警備の人から渡された紙に名前とか色々書き込みながら、横目でセバスさんの許可証が機械にセットされる様子を見ていた……ふーん、こういう所は加工屋とかと似た様なシステムなのかねぇ。
……しばらくして必要事項を書き終わった紙と許可証を警備の人に渡すと、ほんの数十秒で許可証の登録が完了した……顔写真とか無いけど大丈夫なんだろうか?
なんて事を疑問に思いながら手続きを済ませた俺とセバスさんは、馬車を学園内の停車場に移動させるとそのまま校舎の中に足を踏み入れるのだった。
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