おっさんの異世界生活は無理がある。

祐一

第93話

早朝、ソファーで寝ていた俺は窓から差し込む光によって目を覚ました。
それから寝ぼけた頭のままVIPルームにある風呂場に向かうと、サッパリする為に
シャワーを浴びた。その後は金持ち気分を味わう為に肌触りが最高なガウンを着て、紅茶を飲みながら昇って来る朝日を存分に楽しんでいた。

「う~ん・・・優雅だねぇ・・・」

なーんて事も言ったりしていると、突然玄関の方から扉をノックする音が聞こえてきた。こんな時間に誰だ?とか思いながらガウンのまま玄関に向かった俺は、鍵を開けて扉を開いた。するとそこには、黒い箱を持ったボーイの人が立っていた。

「おはようございます九条様。朝早くに申し訳ございませんが、少々お時間よろしいでしょうか。」

「え、えぇ・・・別に大丈夫ですけど。」

いきなりやって来たボーイの人に戸惑いながらも要件を聞くと、彼はニッコリと
微笑みながら黒い箱を俺の前にズイッと差し出してきた。

「厳正なる抽選の結果、九条様達にイベントの参加権が与えられました。つきましては、こちらのボックスをお受け取り下さい。」

「え、イベントってどういう・・・ってか抽選って・・・」

「詳細はボックス内の手紙をお読みください。さぁ、どうぞお受け取りを。」

「あ、はぁ・・・」

混乱した頭でボックスを受け取ると、ボーイの人は満足そうに笑って深々とお辞儀をした。そしてそのままエレベーターのある方へと歩いて行ってしまった・・・

「な、何だったんだ?てか抽選って・・・いったいつそんな事してたんだ?
それにイベントだって?と、とりあえず部屋に戻ってこれを開けてみるか。」

受け取った黒いボックスを抱えたままリビングに戻ると、起きたばかりの3人が
ソファーに座りながらくつろいでいた。皆は俺に気が付くと、微笑みながら挨拶をしてきた。

「あ、おはようございますご主人様。もうお目覚めになられてたんですね。」

「あぁ、まぁな。」

「おはよう九条さん。すまないね、ソファーで寝てもらったりして。」

「いや、寝室が1つしか無い事を考えると当然の事だから別に良いんだけど・・・」

「九条さんおはよう。所で何を持ってるの?」

「あぁ実はさ・・・」

俺は先ほどのボーイとのやり取りを皆に伝えてボックスをテーブルの上に置いた。
マホはそれをマジマジと見ながら、寝起きにも関わらず興奮していた。

「イ、イベントってフラウさんが言っていた年に1回のやつですよね!それに当たるなんて凄いじゃないですか!」

「ふふっ、これは運に恵まれているという事かな。」

「まさかの出来事にびっくり。」

「・・・ならもう少し驚いたような表情をしてくれよ。ってか、凄いとかって以前に抽選ってどういう事なんだって感じなんだよなぁ。そもそも応募とかした記憶が
無いし・・・」

何かに応募して抽選の結果って言われるならまだ分かるが、昨日の時点ではそんな事に応募した記憶は全くない。だから正直、これは仕組まれた事なんじゃないか?
とか疑っている俺がいる訳で・・・だって、抽選ってなぁ・・・?

「うーん、ご主人様の言う事も分かりますけど・・・あ!そう言えばさっき、詳しい事はボックスの中の手紙に書かれているって言いましたよね!ならそれを見てみましょうよ!」

「うん、マホの言う通りかもね。ここで話し合っていても解決しないし、ボックスを開けてみようじゃないか。」

「賛成。」

「じゃあご主人様!お願いしますね!」

「え、俺が開けるのか?」

「勿論ですよ!受け取ったのはご主人様なんですから、開けるのも当然ご主人様です!」

「・・・まぁ、そう言うなら別にいいけどさ。よしっ、それじゃあ開けるぞ・・・」

俺はそう宣言してボックスにあった簡単な鍵をガチャッと開いた。するとソファーに座っていたロイドとソフィが立ち上がって、ボックスの中身を見ようと上から覗き込んできた。その視線を感じながらゆっくりとボックスの蓋を開いていくと、その中には黒い腕輪と金の刺繍の入った白い封筒が1枚入っていた。

「あ、これが例のお手紙ですね!・・・でも、この黒い腕輪は何なんでしょうか?」

「さぁ?とりあえず手紙を読んでみたら分かるんじゃないのか?」

「そうですね!それじゃあ私が読んで簡単に説明しますから聞いててくださいね!」

マホは封筒をボックスから取り出すと、それを開いて中の手紙を取りだした。
そしてそこに書いてある文字を見ながら、声に出して読み始めた。

「えっと・・・この手紙によると、この抽選はミューズの街の宿泊施設の部屋を対象にして行ったそうです。それに当たった結果として、こうして黒いボックスが送られて来たみたいです。」

「・・・なぁ、そもそもミューズの街の宿泊施設ってどれくらいあるんだ?」

「うーん、大小合わせたらかなりの数あると思いますよ。そこから更に部屋を対象にして抽選をしたんですから、こうして当選したのはもう奇跡みたいなものですよ!」

「奇跡ねぇ・・・」

笑顔いっぱいに興奮しているマホを見ながら、俺は本当にこれが奇跡なのかどうか怪しく感じていた。だって何かよく分からない力とか働いてそうだし・・・まぁ、
それを言った所でどうこうなる訳でもないけどさ。

「うん、どういう経緯でこれが送られてきたのかは分かった。じゃあマホ、次はこの黒い腕輪に関して何か書いてないか読んでみてくれ。」

「分かりました!・・・この黒い腕輪は、イベントに参加する人がつける為の物らしいです。これをつけない場合は、参加を拒否した事になるらしいですね。」

「なるほど・・・でも腕輪が1個しかないって事は、宿泊してる奴全員が参加出来る訳じゃなくて、当選した部屋の代表者がつけるって事になるんだろうな。」

「え?じゃあ、これをつけるのは・・・」

マホは手紙からゆっくりと目を離して俺の顔を見てきた・・・それと同じ様に、
ロイドとソフィも俺の事を黙って見てきた・・・え?

「ま、まさか・・・俺につけろってのか?」

「その通りです!」

「代表者、と言うならギルドリーダーである九条さんが適任じゃないか?」

「イベント頑張って。」

あっ、こいつら全部俺に丸投げする気だ!それを分かっていながら逆らえない俺!
・・・へっ、まぁいつも通りの展開ですよ!俺に断る根性がある訳ねぇだろ!
でも、面倒くせぇな・・・なーんでこんな遠くまで来てそんな事をしなきゃいけないんだろうか・・・なんて軽く思っていたら、手紙を読んでいたマホは突然俺の肩をバンバンと勢いよく叩いてきた!

「いてっ!いてっ!いや、マホ痛いんだけど!?急に何すんだよ!」

「ご主人様聞いてください!凄いですよこのイベントの優勝賞品!」

「優勝賞品?・・・イベントってぐらいだから何か出るのか。そんで、何が
そんなに凄いんだよ。」

「それがですね!ミューズの街の高級宿泊施設に1年間無料で泊まり放題フリーパスと、時価推定100万Gはする美術品が貰えるらしいです!」

「は、はぁ?!おいマジかよちょっと手紙見せてみろ!」

まさかそんな事ある訳ないだろ!泊まり放題はまだ理解出来なくはないが、そんな凄い美術品まで優勝賞品として出るのか?!驚きながらマホから手紙を受け取って読んで行くと、確かに宿泊施設のフリーパスの事と美術品の事が書かれていた!

「うわっマジじゃねぇか・・・このイベントどんだけ力入れられてんだよ・・・」

「ふふっ、流石1年に1度のイベントだね。これは是非、九条さんには優勝してもらいたいね。どんな美術品なのかお目にかかりたいからさ。」

「九条さん、ふぁいと。」

爽やかな微笑みを向けてくるロイドと、ゆる~く応援してくれたソフィのおかげで、やる気の無かった俺の中にみるみる闘志がみなぎってきたぁ!

「お、おぉお!なんかどんどんテンション上がってきた!これはもう、腕輪を付けて気合を入れるしかねぇな!」

・・・この時もう少し冷静になっていれば良かったんだが、女の子に応援され優勝賞品に目がくらんだ俺は後先を考えずに腕輪を左手首に装着してしまった。そして
左手を握りこむと、ソファーに片足ついて天高く拳を掲げて高笑いをしていた。
そんな俺に向かって、ソフィは無表情のままぱちぱちと拍手を送ってくれていた訳なんだが・・・

「・・・ん、あれ?」

「おや、どうかしたのかいマホ。」

「いえ、どうやら手紙がピッタリと重なっていたらしくて、もう1枚手紙があったらしくてですね・・・・あ。」

「・・・・あ、ってどうしたんだい?何が書いてあったのか教えて」

「ご、ご主人様大変です!」

「う、うぉ!ちょ、危ないから揺さぶるなって!落ちる!落ちるから!」

何故だか突然慌てだしたマホの手を離してソファーから降りると、俺はマホに向き直った。

「そ、そんで何が大変なんだよ。」

「そ、それがですね。腕輪の事なんですけど・・・」

「腕輪?これの事か?」

「はい。実はそれ、凄い精密な機械が中に組み込まれているらしくてですね・・・」

「へぇ、そんな事になってんのか。あ、だからモニターっぽいのがついてる訳ね。
・・・でも、それの何が大変なんだ?」

「それがその・・・さっきも言いましたが物凄い精密なので、電気や水、それに衝撃にも弱くてですね・・・それを付けたらその・・・」

「付けたら?」

「・・・テーマパーク内の、アトラクションには、乗れないと・・・・」

「・・・・・・・え?」

「これを・・・」

悲痛な面持ちのマホから静かに手紙を渡された俺は、しっかりと文章を読んでいく・・・すると・・・確かに・・・テーマパーク内のアトラクションに乗れないという事が、しっかりと書かれていた・・・

「う、嘘だろ・・・」

え、それじゃあ昨日あんなに楽しく予定を組んだのに俺は何のアトラクションにも乗れないって事か?・・・・冗談じゃねぇ!

「だ、だったらこの腕輪を外せば!ぐうううう!なんだこれガッチリロックされて外れねぇ!?」

つける時は簡単だったのにちっとも外れる気配がねぇ!どうなってんだ畜生が!
それから必死になって外れないか試していた俺だったが、結局のところ全て無駄に終わった・・・衝撃に弱いっていうから、どっかにぶつける訳にも行かないし・・・
俺はソファーにへたり込むと、足元を見ながら呆然としていた・・・

「なんで・・・こうなった・・・!」

こうして俺はイベントの参加権という幸運を得たのにも関わらず、テーマパークで遊べなくなるという不運を背負い込む事になるのだった・・・いや、もう自分の事を思いっきり殴り飛ばしてやりたいんだが!!!なんであそこで腕輪をつけちゃったんだろうね!このおバカ!あーあー!もう!

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