おっさんの異世界生活は無理がある。

祐一

第2話

「はぁ……はぁ……マ、マジで死ぬかと思った……!」

森の中ではモンスターらしき生物に遭遇しなかったから、街までの道のりもそんな感じだと思って油断してたら全然そんな事は無かった!ぼんやりと道を歩いてたら、いきなり殺意剥き出しの獣っぽいモンスターが現れて襲い掛かってきやがった!!

思わず本能に従って逃げ出したが、薬の効果で身体能力が上がって無かったら確実に殺されてたな……はぁ、何とかして武器と防具を調達しないとマジでこの世界じゃ生きていけない気がするんですけど!?

「……と、とりあえずは無事に街に辿り着けたんだからこの後の事を考えないとな。流石に見知らぬ土地で野宿をする様な根性ねぇから、急いで宿屋でも探さないと。」

こんなゲームみたいな世界観してるんだ、冒険者が泊まる為の宿ぐらいあるだろ。そう考えて袋からスマホを取り出してマップを確認してみたが、残念な事に街の施設や店についての情報は一切載っていなかった。

「……しょうがない、自力で何とかするしかないか。」

俺はため息を零しながらスマホを袋の中に戻すと、目の前にあるバカでかい門の下を通ってすぐ先に見える街の広場っぽい場所に向かって歩いて行った。

「それにしても………ここってマジで異世界なんだな。」

目の前に見える建造物はゲームとかラノベで見る感じの物ばっかりだし、行きかう人達は宝箱の中に用意されてた服に似た物を着てるし、更には大剣を背負ってる戦士っぽい人やデカい杖とローブを羽織った魔法使いみたいな人まで……

「ははっ、色々と衝撃的すぎて逆に冷静になって来たわ……‥」

思わず苦笑いを浮かべながら広場の真ん中辺りに辿り着いた俺は、宿屋を探す為の情報が何処かに無いか周囲をグルっと見渡してみた。

「……ん?なんだあれ?」

首を傾げながら見つめた先には『トリアルの街へようこそ!』というデカい文字の書かれた看板を掲げている建物が存在していた。何となく気になったのでその建物に近寄って窓から中を軽く覗いて見るとそこは………え?

「こ、ここって役所………いや、観光案内所か?」

綺麗に並べられた長椅子と受付、そんで制服らしき服を着て働いている人達………そして扉には『トリアルの街について知りたい方は是非お立ち寄りください!』って書かれた張り紙がしてあるし……もしかしてここなら、宿屋の情報が手に入るのか?

そんな期待を抱いて建物の中に足を踏み入れた俺を、入ってすぐの所に立っていた若くて綺麗なお姉さんが笑顔で出迎えてくれた。

「ようこそいらっしゃいませ。」

「あ、はぁ、どうも……え、えっと、ここって……」

ぐっ、若くて美人の女性相手だと心臓の動きが早くなって物凄く緊張してしまう!
でもしょうがないよね!だって女の人と話すなんて仕事の時以外ないんだからさ!

「こちらはトリアルの街の案内所となっております。お客様、本日はどの様なご用件でしょうか?」

「え、えーっと………じ、実はこの街に初めて来たんですけど、道とかがよく分からなくてですね……」

緊張で声が震えそうになりながら何とか事情を説明していると、お姉さんが片手を受付の方にそっと向けた。

「かしこまりました。そういう事でしたら受付の方で対応させていただきますので、あちらへどうぞ。」

「あ、はい……」

案内されるがまま受付の椅子に座ってジッと待っていると、お姉さんが俺の正面にやって来て折り畳まれた紙を丁寧に机の上に置いた。

「お客様はトリアルの街が初めてという事でしたので、こちらをお渡し致します。」

「こ、この紙は?」

「こちらはトリアルの街にあるお店や施設の場所が記されたマップになります。
このマップに魔力を流しますと、お客様がいる場所を中心にして周囲の情報が記されます。ですので是非ともご活用ください。」

「あ、ありがとうございます……」

「いえいえ、他には何かお困りごとはございませんか?」

「あ、その………だ、ダイジョブです。」

「かしこまりました。もし他にお困り事がございましたら、お気軽にお立ち寄りくださいね。本日はありがとうございました。」

「は、はい、ありがとうございました……」

俺は目の前に置かれてるマップを手に取ると、お姉さんに軽くお辞儀をして急いで建物の外に出た……ふぅ、まさかあんな美人さんに対応されるとは……緊張しすぎて物凄く疲れたんですけど……こんなんでハーレム的な展開に耐えられるのかしら?

「……まぁそれはひとまず置いておいて、とりあえず宿屋の場所を調べるとするか。あのお姉さん魔力を流すと現在地が確認できるって言ってたけど……そもそも俺って魔力とか扱えんのか?」

こういう時は意識を集中したら体内に流れる魔力の流れを感じる事が出来たり……しちゃったな……ヤバい、感動すべきシーンのはずなのにさっきの緊張とかのせいでそういう感情がほとんど沸き上がって来ない!あぁ失敗した!やるんだったらもっと落ち着いてる時にやれば良かったよ!!

……異世界での大事なイベントがサラッと流れてしまった事に意気消沈した俺は、
広場の隅でため息を零しながら貰ったマップに魔力を流して広げてみた………すると街の東側の方に宿屋が密集しているエリアがある事が分かった。

「……はぁ、とりあえずここに行ってみるか。そろそろ陽も傾いて来たしな。」

俺はマップを担いでいた袋に仕舞うと、広場を少し進んだ先にある大通りを歩いて街の東側を目指して行った………そして空が暗くなり始めてきた頃、少し古い感じの
宿屋が目に入って来たので俺はその中に入ってみた。

「いらっしゃい。」

宿屋の入るとすぐに受付に座っていたおじさんが挨拶をしてくれたので、俺は軽く会釈をしながら受付に向かっていった。

「あのすみません、1人なんですけど部屋って空いてますか?」

「えぇ空いてますよ、1泊500Gで前払いなりますがよろしいですか。」

「分かりました………あの、すみませんが連泊する事って可能ですか?」

「はい、可能ですよ。それでご利用日数はどのぐらいですか?」

「あーまだ具体的な日数とかは決まってないんですけど………」

「それでしたら、宿泊する日の朝方にお金を払って頂ければ問題ありませんよ。」

「なるほど、それじゃあとりあえず……これ、今日の分です。」

「はい、確かにお受け取り致しました。」

おじさんは俺から500Gを受け取って立ち上がると、後ろにあるコルクボードに吊り下げられていた鍵を1つ取って受付の上に置いた。

「お客様にご利用して頂くお部屋の番号は鍵の持ち手部分に記されておりますので、お間違えの無い様にお願い致しますね。それではごゆっくりお過ごしください。」

「えぇ、どうもありがとうございます。」

受け取った鍵に記された部屋番号を確認した俺は、2階に上がっていくとしばらく使う予定の部屋の中に入っていった。

「へぇ……外観からは想像出来なかったが、結構良い感じだな。」

そこまで広くはないが別に狭すぎるって訳じゃないし、風呂は無いけどシャワーとトイレとベッドもちゃんとあるし………これなら宿屋を変える必要はなさそうだな。

そう安堵して担いでいた袋と円形状の小さなテーブルの上に置いた俺は、そのままベッドの上にドサッと倒れこんで完全に脱力していた………

「あーマジで疲れたぁ…………」

夜勤が終わって家に帰って来たら休む間もなく異世界に強制的に転移させられて、その後はモンスターに襲われて死にそうになったりと………って、よく考えたら俺は一睡もせずにこんな事になってんの………かよ………

「って、ヤバい……危うく寝落ちする所だった……」

流石に汗を流さずに寝る事はしたくないし、何より明日どうするかもまだ決まってないんだからこのまま寝る訳にはいかないだろ。

「しゃあない……軽くシャワーを浴びて眠気を覚ますか………」

俺は疲れた体に鞭打ってベッドから体を起こすとシャワーを浴びて汗を流した。
その後はこっちに来る前に着てた部屋着に着替えて、備えてあったタオルで頭を拭きながら一人掛け用のソファーに腰を下ろして袋の中からスマホを取り出した。

「えっと確かここにチュートリアルって項目が………おっ、あった。」

【おススメ!】とキラキラした文字の下にチュートリアルの項目を見つけた俺は、
それをタッチして画面に表示された文字をスクロールしながら読んでいった。

【チュートリアルその①
訓練所に行って戦いの基礎を学びましょう!
この世界は弱肉強食、戦う術が無いと生き残れませんよ!

チュートリアルその②
訓練が終わったら装備を整えましょう!
戦う術を身につけたからと言って油断してはいけませんよ!モンスターはとても凶暴なので、武器や防具をしっかり身につけないとあっと言う間に死んでしまいます!

チュートリアルその③
クエストを受けてみましょう!
いくらお財布の中に10万Gがあるとはいえ、それもいつかは消える物です!
なので無くなる前にクエストをやってお金を稼いでおきましょうね!】

「……このチュートリアル、なんか馴れ馴れしいな。」

こういうのって普通はもうちょい事務的な感じなんじゃないのか?それがどうしてこんな感じで表示されてんだ?もしかして設計者の趣味なのかしら?

(……それはしょうがないですよ!だって私が表示してるんですからね!)

「な、何だ?!今、スマホから人の声が……?」

突然聞こえた少女の様な声に戸惑いながら、俺はスマホの画面をジッと見つめた。
……や、やっぱり気のせいだよな?そんな、急に女の子の声が聞こえる訳がっ!?

「じゃーん!どうです驚きましたか?実はスマホの中にはとっても可愛い私が入っていたのでした!……って、あれ?」

「ぐわああああ!目が!目がああああ!!」

「あぁ!ご、ごめんなさいご主人様!登場シーンにインパクトを持たせたくてつい!本当にごめんなさーい!」

スマホから放たれた強烈な光を思いっきり直視して視界が真っ白になってしまった俺は、何故か聞こえてくる女の子の声に反応する事が出来ないまま両目を押さえて床の上をのたうち回るのだった………!!

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