《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。
24-3.ルエド・ノラインの改心
ルエド・ノラインは、シャルリスを探していた。
ドワーフたちを地上に連れ出すことには成功した。あとはドラゴンの運んできた木箱に、ドワーフたちを乗せて離脱するだけだった。
しかし、シャルリスの姿が見当たらない。
(まさか落石に巻き込まれたか? あるいはゾンビに襲われたか?)
シャルリスには【腐肉の暴食】のチカラがある。その程度の難なら、やり過ごすはずだ。
ドワーフの里で迷子にでもなっているのかもしれない。
(探しに戻るか?)
否。
竜騎士たちが攪乱しているが、すぐ近くで巨大種が暴れている。ゾンビも集まりはじめている。
あまりモタモタしていられない。
すぐに離脱しようと1度は決意したものの、ルエドだけは残ることにした。
以前、卵黄時代で先生をやっていたときのことが、脳裏によぎったのだ。
アリエルのことを見捨てて、自分だけ生きのびようとした。生きる、という目的においては、あのときの判断は間違えていなかった、とは思う。
しかし、自分を慕ってくれていた生徒を見捨てて、自分だけ生きようとした態度に、ルエドは酷く後悔した。いまでも後悔している。
ルエドだって、ドラゴンの精神を宿した戦士として生きていたいのだ。
「アリエルとチェイテは、ドワーフたちの避難を優先させろ。オレはシャルリスを探しに戻る」
そう指示を出した。
「隊の指揮はどうするのですか?」
と、アリエルが尋ねてきた。
「指揮はアリエルに任せる。チェイテは補佐をしろ。お前たちはすでに隊長クラスの竜騎士だ。それにあとは真っ直ぐ都市に帰るだけだ。問題ない」
「了解です」
ドワーフたちを木箱に乗せて、アリエルとチェイテは空へと飛び立った。
最悪のアクシデントはあったものの、ドワーフを運んでいる竜騎士たちは、無事に離脱できそうだった。
あとは、シャルリスだけだ。
ルエドはみずからの青いドラゴンにまたがった。巨大種が開けた大穴から、ドワーフの里へと戻ることにした。
その巨大種はというと、残った竜騎士たちによって、まだ攪乱されていた。が、竜騎士たちも無傷ではない。巨大種の手につかまれて、握りつぶされている者の姿が見えた。
「ちッ」
と、舌打ちが漏れた。
ここからでは殺されたのが、誰かはわからなかった。けれど仲間の死からはやるせない感情を与えられた。
いまは悲しんでいる場合ではない。瓦解してしまっているドワーフの里を見下ろした。
青白く輝いていた幻想的な、里の景色はもう失われていた。いまはもう廃都と変わりない有様だ。それでもなお散りばめられた光鉱石が、青く燦然ときらめいていた。
「おーい。シャルリス!」
呼びかけた。
そのときだ。
ドワーフの里から、翼を広げて飛びあがってくる者がいた。ドラゴンかと思った。だが、その翼は人の背中から生えていた。
赤毛に赤い瞳。
その人物は、案内役としてルエドたちを先導してくれたディヌだった。
ドラゴンに乗ってドワーフの里へと急降下していたルエドと、飛びあがったディヌはすれ違った。
すれ違いざまに、ディヌの抱えているものが見えた。
シャルリスだ。
(どうなってやがる)
あの肉の翼は、始祖の翼だ。
すると。
ディヌが始祖だったのだろうか。しかしそのディヌが、シャルリスを誘拐するのは、どういうわけか。
わからないが、このまま見逃す手はない。
ルエドは手綱を引いた。ドラゴンを反転させる。ディヌの後を追いかけるようにして、飛びあがった。
ディヌは地上へと飛びだして、地上都市の方角とは正反対のほうこうへ移動していた。すぐに追い付いた。
「おい、待て。その娘をどこへ連れて行くつもりだ!」
声をかけた。
ディヌはその場で滞空して振り向いた。
マスクをしていない。不敵な笑みを浮かべている。やはりふつうの人間ではない。
「おやおや。ルエド隊長。こんなところまで追いかけてきたんですか」
「案内役の貴様が、シャルリスをどこへ連れて行くつもりかと訊いている。場合によっては、ここで貴様を殺す必要がある」
「あなたなら、もう気づいているのではないですか?」
と、ディヌは翼を広げて見せた。
「始祖だったか」
「ええ」
また、見抜けなかった。
マシュのときもそうだ。
すぐ近くにゾンビがいることに、自分はいつも見抜けない。マスクの奥でルエドは、唇を噛みしめた。
「目的はなんだ?」
屈辱をしのんでそう尋ねた。
「この娘ですよ」
「返してもらおうか。その娘はロン隊長からあずかっている部下のひとりだ」
「あなたごときでは、オレを止めることは出来ません。ゾンビになりたくないのなら、ここから離れるべきですよ」
案内役として先導していたときのディヌとは、雰囲気がまるで違っていた。
ディヌから発せられている気配が、あたり一帯を支配していた。不敵に微笑んでいるが、とんでもない殺気だった。
戦士としての本能が言っている。逃げろ、と。しかしもうひとつの本能が、逃げるな、と訴えかけている。いま逃げれば、また後悔する。
どうして自分が、今回の作戦の隊長に抜擢されたのか。
それは。
汚名を晴らす機会が、与えられたからに相違ない。
ルエドはロング・ソードを抜いた。
「オレの名はルエド・ノライン。ノライン家嫡男。卵黄学園を首席で卒業したほどの男だ。そう容易くオレをゾンビ化することが出来るとは思わないことだ」
「さすが隊長を任されるだけはある。その正義感だけは認めますよ。しかしその正義感が死を招く」
ディヌは着ていたブリオーをひきちぎった。上半身があらわになった。
服の上からではわからなかったが、筋骨隆々と言えるカラダだった。
その両肩から腕が生えてきて、シャルリスのことを担ぎ上げた。
ヘソのあたりに、赤い縫い目があった。
(あれが、始祖の縫い目か)
報告で聞いている。
始祖と言われる者たちは、かつて行われた人体実験の痕跡――赤い糸の縫い目が、カラダのどこかにあるのだ。
「何をする気だ」
「セッカクですから、オレの能力をお披露目してあげようと思いましてね。これがオレの能力ですよ」
ディヌはそう言うと、ヘソに縫い付けられている赤い糸を引きちぎった。腹が上下に開いた。まるでそれは開口。そこにクチがついているかのようだった。腹からヨダレのように、血がボトボトと流れ出ている。
「なにを――している?」
まるで自傷行為だ。
「臓物蛇」
ディヌの腹から、腸のようなもの――というか、腸だろう――が伸びてきた。ピンク色ともオレンジ色とも言えない色だった。不気味にヌラヌラとかがやいている。
獲物に襲いかかる蛇蝎のような動きだった。ルエドは魔防壁を張って、それを防いだ。
腸が、魔防壁をぐるぐると巻きつけてきた。締め付けは強いけれど、防げないことはない。
「気色の悪い武器だな」
「いまなら許してあげても良いですよ。引き返すなら今ですよ」
「見くびるなよ。オレとてドラゴンの精神を宿した戦士。ここで逃げるわけにはいかないんだ」
「そうですか。残念です」
魔防壁に巻きついていた腸から、鋭くとがった針が生えた。その針によって魔防壁が砕け散った。
針が、竜具を貫いて、ルエドの全身に刺しこまれた。
「ぐはっ」
吐血。
腸はするすると、ディヌの腹のなかに戻っていった。
「安心してください。痛みはありません。アッという間です」
ディヌはそう言って、飛び去って行く。
追いかけようとしたのだが、視界がボヤけた。メガネが落ちたようだ。どこへやってしまったのか。
いや。
違う。
メガネはかかっている。
意識が、モウロウとしているのだ。
(クソッ。オレは卵黄学園を首席で卒業したんだぞ。そのオレをこんなにもアッサリと……)
ルエドは、落竜した。
ドワーフたちを地上に連れ出すことには成功した。あとはドラゴンの運んできた木箱に、ドワーフたちを乗せて離脱するだけだった。
しかし、シャルリスの姿が見当たらない。
(まさか落石に巻き込まれたか? あるいはゾンビに襲われたか?)
シャルリスには【腐肉の暴食】のチカラがある。その程度の難なら、やり過ごすはずだ。
ドワーフの里で迷子にでもなっているのかもしれない。
(探しに戻るか?)
否。
竜騎士たちが攪乱しているが、すぐ近くで巨大種が暴れている。ゾンビも集まりはじめている。
あまりモタモタしていられない。
すぐに離脱しようと1度は決意したものの、ルエドだけは残ることにした。
以前、卵黄時代で先生をやっていたときのことが、脳裏によぎったのだ。
アリエルのことを見捨てて、自分だけ生きのびようとした。生きる、という目的においては、あのときの判断は間違えていなかった、とは思う。
しかし、自分を慕ってくれていた生徒を見捨てて、自分だけ生きようとした態度に、ルエドは酷く後悔した。いまでも後悔している。
ルエドだって、ドラゴンの精神を宿した戦士として生きていたいのだ。
「アリエルとチェイテは、ドワーフたちの避難を優先させろ。オレはシャルリスを探しに戻る」
そう指示を出した。
「隊の指揮はどうするのですか?」
と、アリエルが尋ねてきた。
「指揮はアリエルに任せる。チェイテは補佐をしろ。お前たちはすでに隊長クラスの竜騎士だ。それにあとは真っ直ぐ都市に帰るだけだ。問題ない」
「了解です」
ドワーフたちを木箱に乗せて、アリエルとチェイテは空へと飛び立った。
最悪のアクシデントはあったものの、ドワーフを運んでいる竜騎士たちは、無事に離脱できそうだった。
あとは、シャルリスだけだ。
ルエドはみずからの青いドラゴンにまたがった。巨大種が開けた大穴から、ドワーフの里へと戻ることにした。
その巨大種はというと、残った竜騎士たちによって、まだ攪乱されていた。が、竜騎士たちも無傷ではない。巨大種の手につかまれて、握りつぶされている者の姿が見えた。
「ちッ」
と、舌打ちが漏れた。
ここからでは殺されたのが、誰かはわからなかった。けれど仲間の死からはやるせない感情を与えられた。
いまは悲しんでいる場合ではない。瓦解してしまっているドワーフの里を見下ろした。
青白く輝いていた幻想的な、里の景色はもう失われていた。いまはもう廃都と変わりない有様だ。それでもなお散りばめられた光鉱石が、青く燦然ときらめいていた。
「おーい。シャルリス!」
呼びかけた。
そのときだ。
ドワーフの里から、翼を広げて飛びあがってくる者がいた。ドラゴンかと思った。だが、その翼は人の背中から生えていた。
赤毛に赤い瞳。
その人物は、案内役としてルエドたちを先導してくれたディヌだった。
ドラゴンに乗ってドワーフの里へと急降下していたルエドと、飛びあがったディヌはすれ違った。
すれ違いざまに、ディヌの抱えているものが見えた。
シャルリスだ。
(どうなってやがる)
あの肉の翼は、始祖の翼だ。
すると。
ディヌが始祖だったのだろうか。しかしそのディヌが、シャルリスを誘拐するのは、どういうわけか。
わからないが、このまま見逃す手はない。
ルエドは手綱を引いた。ドラゴンを反転させる。ディヌの後を追いかけるようにして、飛びあがった。
ディヌは地上へと飛びだして、地上都市の方角とは正反対のほうこうへ移動していた。すぐに追い付いた。
「おい、待て。その娘をどこへ連れて行くつもりだ!」
声をかけた。
ディヌはその場で滞空して振り向いた。
マスクをしていない。不敵な笑みを浮かべている。やはりふつうの人間ではない。
「おやおや。ルエド隊長。こんなところまで追いかけてきたんですか」
「案内役の貴様が、シャルリスをどこへ連れて行くつもりかと訊いている。場合によっては、ここで貴様を殺す必要がある」
「あなたなら、もう気づいているのではないですか?」
と、ディヌは翼を広げて見せた。
「始祖だったか」
「ええ」
また、見抜けなかった。
マシュのときもそうだ。
すぐ近くにゾンビがいることに、自分はいつも見抜けない。マスクの奥でルエドは、唇を噛みしめた。
「目的はなんだ?」
屈辱をしのんでそう尋ねた。
「この娘ですよ」
「返してもらおうか。その娘はロン隊長からあずかっている部下のひとりだ」
「あなたごときでは、オレを止めることは出来ません。ゾンビになりたくないのなら、ここから離れるべきですよ」
案内役として先導していたときのディヌとは、雰囲気がまるで違っていた。
ディヌから発せられている気配が、あたり一帯を支配していた。不敵に微笑んでいるが、とんでもない殺気だった。
戦士としての本能が言っている。逃げろ、と。しかしもうひとつの本能が、逃げるな、と訴えかけている。いま逃げれば、また後悔する。
どうして自分が、今回の作戦の隊長に抜擢されたのか。
それは。
汚名を晴らす機会が、与えられたからに相違ない。
ルエドはロング・ソードを抜いた。
「オレの名はルエド・ノライン。ノライン家嫡男。卵黄学園を首席で卒業したほどの男だ。そう容易くオレをゾンビ化することが出来るとは思わないことだ」
「さすが隊長を任されるだけはある。その正義感だけは認めますよ。しかしその正義感が死を招く」
ディヌは着ていたブリオーをひきちぎった。上半身があらわになった。
服の上からではわからなかったが、筋骨隆々と言えるカラダだった。
その両肩から腕が生えてきて、シャルリスのことを担ぎ上げた。
ヘソのあたりに、赤い縫い目があった。
(あれが、始祖の縫い目か)
報告で聞いている。
始祖と言われる者たちは、かつて行われた人体実験の痕跡――赤い糸の縫い目が、カラダのどこかにあるのだ。
「何をする気だ」
「セッカクですから、オレの能力をお披露目してあげようと思いましてね。これがオレの能力ですよ」
ディヌはそう言うと、ヘソに縫い付けられている赤い糸を引きちぎった。腹が上下に開いた。まるでそれは開口。そこにクチがついているかのようだった。腹からヨダレのように、血がボトボトと流れ出ている。
「なにを――している?」
まるで自傷行為だ。
「臓物蛇」
ディヌの腹から、腸のようなもの――というか、腸だろう――が伸びてきた。ピンク色ともオレンジ色とも言えない色だった。不気味にヌラヌラとかがやいている。
獲物に襲いかかる蛇蝎のような動きだった。ルエドは魔防壁を張って、それを防いだ。
腸が、魔防壁をぐるぐると巻きつけてきた。締め付けは強いけれど、防げないことはない。
「気色の悪い武器だな」
「いまなら許してあげても良いですよ。引き返すなら今ですよ」
「見くびるなよ。オレとてドラゴンの精神を宿した戦士。ここで逃げるわけにはいかないんだ」
「そうですか。残念です」
魔防壁に巻きついていた腸から、鋭くとがった針が生えた。その針によって魔防壁が砕け散った。
針が、竜具を貫いて、ルエドの全身に刺しこまれた。
「ぐはっ」
吐血。
腸はするすると、ディヌの腹のなかに戻っていった。
「安心してください。痛みはありません。アッという間です」
ディヌはそう言って、飛び去って行く。
追いかけようとしたのだが、視界がボヤけた。メガネが落ちたようだ。どこへやってしまったのか。
いや。
違う。
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