《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。

執筆用bot E-021番 

16-2.告白

 ロンは竜騎士たちの様子を見ていた。


 小隊長のなかには、ロンと打ち解けて、一緒に酒を飲むような仲間もいた。そんな連中が、無傷で帰ってくるとロンもホッとする。


 しかし酒を飲むために、シャルリスたちを先に帰したわけではない。帝都の竜騎士の様子を見ておこうと思ったのだ。


 覚者ヘリコニアと呼ばれている自分にたいして、どういった目や態度を向けてくるのか。理解しておきたかった。


 物陰からロンを見つめてくる者がいれば、握手を求めてくる者もいた。嫌われてるという感じはない。


「やはり覚者のブランドは、人を惹きつけるのだろうな。それともロン自身の魅力なのかな?」
 エレノアがそう話しかけてきた。


 以前、エレノアのキスを頬に受けたことがある。それ以来、ロンはエレノアにたいして少々気まずい思いを抱いているのだが、エレノアはそれをオクビにも出さなかった。なので、ロンのほうも普通に接することが出来る。


「過大評価ですよ」
「すこしふたりで話せるか?」
「ええ。構いませんよ」


 中庭からすこし離れたところに、石造りの桟橋の伸びている場所があった。以前、ロンがエレノアからキスを受けた場所だった。


「今日も見事な活躍であったな。巨大種を一瞬で燃え上がらせるほどの魔力。見ているだけで奮えた」


「エレノア副長のほうこそ、見事でしたよ」


 クルスニクの竜騎士を率いて、ゾンビを制圧していった。エレノアのチカラは個人のチカラというよりも、その統率力にこそある。


「今日の活躍は、ロンの率いていたあの3人の働きが顕著だったな。シャルリス。チェイテ。それにアリエル」


「3人とも、強くなりたい理由があるんですよ。シャルリスは覚者になりたいと言ってました。チェイテはノスフィルト家の看板のため。そしてアリエルは、エレノア副長に振り向いてもらいたいそうですよ」


 アリエルのことをどう思ったのかはわからないが、ふん、とエレノアは鼻で笑った。


「今日は空がきれいだな」
 と、エレノアは話を転じた。


「ええ」


 いつの間にか残照は消え去って、空には3つの月と、星が散りばめられていた。


「皇帝陛下から、チョット面白い話をいただいた」


「皇帝から?」


「結婚の話だ」
 と、エレノアが振り向いた。


 エレノアの琥珀色の瞳が、月光を受けて輝いていた。
 心臓にツブテを投げられたような心地になった。


「あのジイさん。もうエレノア副長にそんな話をしたんですか」


 今朝がた、ロンが皇帝と話したようなことだろう。


「ロンは、伴侶を持つことに怯えているのだろう」


「怯えてるって言うか、まぁ、抵抗はありますね。オレは竜人族ですからね。生まれてくる子供が、どうなるのか想像もつきません」


「しかし君は、両親から生まれているのだ」


「ええ。ただ、どんな出産だったのか教えてはくれませんでしたがね。死ぬまで教える気はないそうです」


 言えないということは、何か問題があったに違いないのだ。
 円滑な出産だったなら、両親は生きているはずだ。内容もチャント言えるはずだ。両親が死ぬような惨事が起きたということだろう。


「私は、その話をいただいたとき、チャンスだと思った」


「チャンス――ですか」


「ホントウは竜騎士として、君に私が乗りたかったのだ。しかし、君はシャルリスから離れられない。シャルリスを乗せることになった」


「ええ」


「史上最強とうたわれる個体を、私が独占したいと思った。そのときは屈辱的だったが、もうひとつ君を独占する方法を見出した。伴侶になる、ということだ。私と伴侶になれば、君は私のものになる」


 エレノアはそう言いながら、歩み寄ってきた。


 気づくと、互いの吐息が鼻先にかかるぐらいの距離にまで詰められていた。エレノアの碧眼が輝きを宿していた。


「ずいぶんと変わったプロポーズですね。しかし、わかってるんですか? オレと子供を生むという行為は、あまりにリスクが大きい」


「君の精子は、適合しない子宮を食うのだそうだな」


「らしいですね」


 エレノアの唇から、精子、という言葉を聞くとは思わなかった。しかし、淫靡な響きはまるでなかった。


「弱者は食われる。それが私の信条だ。食われたならば、私が弱かっただけのこと。覚悟はできている」


 エレノアが、ロンを求めるのは、愛情、とはまた別種のものだと思う。最強。そう呼ばれる境地に至るため、ロンが必要だということだろう。


「こんな美人からのプロポーズを蹴るのは、オレも心が痛みますがね。オレは生涯女性と関係を持つつもりもないし、子供だって生むつもりはないんですよ」


 これは、決意だ。
 揺るぎはしない。


 自分だけなら良い。
 しかし。
 自分の伴侶が、自分と結ばれて幸せになれる保障などない。生まれてくる子供が、この残虐な世界で幸せになれる保障など、どこにあるというのか。保障なき愛など、ただのエゴだ。


 ほかの覚者たちが変態性癖を持つのと同じように、ロンも異性に関しては独特な理念を持っていた。
 これが、ロンの哲学なのだ。


「しかし世界のためにも、君の子どもは必要だ。【方舟】を説き伏せたのも竜人族だし、その【方舟】の仔である、いまの都市竜を説き伏せたのも、やはり竜人族なのだ。そしてこれからも、竜人族は必要になる」


「詳しいですね」


「結婚の話をいただいたときに、竜人族にたついても、皇帝陛下から色々と教えていただいたのだ」


 そうですか――と、ロンは肩をすくめてみせた。


「たしかに、【方舟】は、竜人族がいなくては、運用できなかった。ですが、いまの都市竜たちは別ですよ。卵から生まれたときから、人が飼い慣らしているんですから。あれは、ちゃんと人を運ぶように育てられてるんですよ。いまは昔と違って、そうやってすべてのドラゴンが、人の管理下にある」


「それでも、必要な血だろ。世界のためでも、子供を生むつもりはないのか?」


「オレの代で、この世界に安寧をもたらせば良いだけの話です。このタイミングで、エレノア副長を失うリスクのほうが、世界にとっては痛手でしょう」


 見通しは、ない。
 この世界はじきに、さらに最悪な状況へと叩き落とされる。
 都市竜たちの老衰だ。
 まさかエレノアは、そこまで知っているわけではないだろう。


 どうにかしなければならないとは思うが、迫りくる絶望はあまりに巨大だ。


「拒まれれば、さらに欲しくなるな」
 と、エレノアは真っ赤な舌で、その少女みたいに桜色の唇をナめていた。
 エレノアの唇がヌラヌラと妖しい光を帯びていた。なんだか直視するのが気まずくて、ロンは目をそらした。


「そんなことより、他人のプロポーズに聞き耳を立てている連中のほうを、先にどうにかするべきだと思いますがね」


「同感だな」


 肌に突き刺すような殺気が、さっきから送られてくる。
 桟橋の根本には、立派な城門棟がある。その城門棟のあたりに、ロンはありったけの殺気が送りつけた。
 隠れていたネズミが、炙り出されたようだ。


「これは失礼。まさかそのような話題だとは思いもせずに、盗み聞きをしてしまうようなカッコウになってしまった」


 全身包帯男。
 シャング竜騎士長だ。


「なんの御用です?」


「2人して、何か悪巧みでもしているのではないかと思ってな」


「悪巧みですか?」


「あなたがた2人に、皇帝陛下殺害の容疑がかかっている。どうか御同行願おう」


 皇帝陛下殺害。
 その言葉の意味を理解するのに、すこし時間を要した。


 シャングが、手を挙げた。
 それを合図に竜騎士たちが、物陰からトツジョとして現れて、ロンたちを取り巻いた。

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