《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。
14-4.アジサイからの贈り物
「よォ。落ちついたかよ」
シャルリスが寝かされている拷問室に、アジサイが無遠慮に入ってきた。あまりにトウトツだったので、シャルリスは跳びあがるほど驚いた。
「チョット! 急に入ってきたらビックリするじゃないっスか」
「あぁ? 心配して様子を見に来てやったんだろうが。なんだその言いぐさはよ」
「ロン隊長が来てくれたほうが、うれしかったっス」
なかば冗談であり、なかば本気の言葉だった。
「オレさまで、悪かったな」
「いちおうお礼は言っておくっスけど」
「ヒペリカムに診察してもらったんだろ。あいつはオレより変態だっただろ。生きた人間に触れねェんだとよ。笑っちまうよな」
くくく、とアジサイはカラダを揺らして笑った。
「笑うようなことじゃないっスよ。それにチョット理解できなくもないっスから。奥さんが大切だったんっスよ。きっと」
リリとか言っていた。
ゾンビになった妻を、カンオケにいれて運んでいるのだ。ゾンビを相手に情事もこなすのだろうか。変なことを考えてしまった。それ以上は深入りしないことにした。
「へぇ。理解があるじゃねェか。屍姦の才能があるんじゃねェか」
「変態具合なら、あんたも負けてないっスよ」
ロンからすこし聞いている。
縫い合わせることに、性的興奮を覚えるのだそうだ。それはさすがに、シャルリスも理解できない。理解できないという意味では、アジサイのほうが変態だと思う。
「オレはただ、真実の愛を探してるだけさ」
アジサイはそう言うと、ツギハギだらけのトンガリ帽子を脱いだ。白銀の髪があらわになった。この人も顔だけなら、かなりのイケメンだ。
アジサイの左手は、手首から先がなくなっている。
先の【都市竜クルスニク脱出作戦】で、マシュを食い止めようとして失ったと聞いている。
その負傷にたいして、どういう感情を抱くのが正解なのかはわからない。カッコウ良い。そう思ってしまう。
「左手。なくなっても、裁縫できるっスか?」
「なんだ。オレさまのことを心配してンのかよ。残念ながら、ガキに心配されるほど落ちぶれちゃいないのさ」
「そりゃ覚者なんだから、あんたがスゴイのは知ってるっスよ」
普段はヘラヘラしてるし、女癖も悪い。
アリエルにもエレノア竜騎士副長にも、まだ執拗にナンパしているようだ。それでも、この人は強い。
あの日。
クルスニク人が帝都へと避難するさいに、この人はたった1人でクルスニクの頭部に立って、ゾンビをひたすら縫い付けていたのだ。
マシュを仕留めたのも、アジサイだと聞いている。
「腕を何本失っても、オレさまの裁縫に寸分の狂いはでねぇ。縫うってことは、オレさまの信条だからよ」
「そう――っスか」
巨大な裁縫針を武器にしているぐらいだ。縫い付けるということは、この人にとって、何か思い入れのある行為なのだろうとは思う。その得物はいまも背中に負っている。
「頼まれてた品物だ。ほらよ」
アジサイはそう言うと、何か投げつけてきた。それはシャルリスの膝元に落ちてきた。服。形状はいたってふつうの布の鎧だった。が、手首や襟首のところが赤い。
「赤くしてくれたっスか」
「てめェの髪と目の色に合わせたんだよ。オレさまの気遣いだ」
「ありがとうっスよ」
「ヘリコニアの着ているものと同じだ。破れてもすぐに修繕される。てめェの注文通りの品のはずだ」
シャルリスは、自分のカラダからバトリの肉を生やして戦うことが出来る。しかし欠点がある。服が破けるのだ。いちいち破けていたら恥ずかしい思いをすることになる。だから、注文したのだ。代金はロンが支払ってくれる約束になっている。
「ためしに、破いてみても良いっスか?」
「どうぞ、ご自由に」
腰に携えていたナイフで、服の胸元あたりを破いてみた。破けたところから、まるで糸が意志を持っているかのように蠢いた。そしてすぐにその傷をふさいだ。
「す、すごーっ」
「オレさまにかかれば、こんなもんよ」
と、アジサイは得意気に微笑んでいた。
「どうやってるっスか? これも魔法なんっスか?」
「企業秘密だ。特別なチカラを持ってるから、覚者なのさ」
「なるほど」
最近、覚者の特異さを身を持って実感している。ヒペリカムは魔法を作れるのだと言う。ロンはドラゴンに変身する。それに比べれば、破けても修繕される服なんて驚くに値しないようにすら思えてくる。
「サイズもピッタリのはずだぜ。まぁ、てめェにしては胸のあたりが緩いかもしれねェけどな」
すぐには意味を理解しそこねた。
胸が小さいという皮肉だろう。
「セクハラっスよ」
と、いちおう怒ってみせた。
本気で怒っているわけじゃなかった。シャルリスは自分の胸の大きさなど、あまり気にはしていないのだ。たぶん、気にしていないから、気分が悪くこともない。逆に、気にしてる人に言ったら、怒ったり、悲しんだりするのだろうと思う。でも、アジサイは気にしてる人に向かっても、平気でそんなことを言うのだろう。
「じゃあオレはもう行くからな」
アジサイはそう言うと、トンガリ帽子を目深にかぶって背中を向けた。
「あ、待ってください」
「ん?」
「アジサイは、まだこれからも覚者を続けるっスか?」
「どういう質問だ、そりゃ」
と、アジサイは振り返った。帽子のツバで表情は見えない。
「だって、左手がないのに、覚者なんか続けてたら、いずれやられちゃうっスよ」
アジサイはうしなった左手首を見つめているようだった。
「……かもな」
「かもな、って……」
「死ぬことなんて怖がってたら、覚者なんか続けてられねェんだよ。オレさまは世界のためでもねェし、他人のためでもねェ。オレさま自身のために、覚者をつづけてるのさ」
と、アジサイは失われた左手を振ってみせた。
「そう――なんっスか」
ロンと同じく、地上でゾンビと戦い続けてきた男なのだ。自分なんかには、計り知れないものがあるのかもしれない。シャルリスはそう思った。
「なぁ、糞ガキ。てめェは本気で男を好きになったことがあるか?」
「へ? なんっスか、それ」
「自分の心臓が焼け焦げるぐらいの恋をしたことがあるかって話だよ。まぁ、糞ガキに訊いても仕方ねェか。オレはそれを探してるのさ。オレを本気にさせてくれる女を探してる。裁縫のことを忘れさせてくれるぐらいの女をな。覚者やってりゃ女にモテるんだ」
「うわぁ。不純っスね」
カッコウ良いと思いはじめていた自分が、腹立たしい。
「覚者に純粋なヤツなんかいるかよ。みんなバケモノなんだからよ。ヘリコニアだって、まぎれもなく怪物だぜ」
「ロン隊長は良い人っスよ」
「どうだかな。人の皮をかぶってるだけかもよ。あいつだって、特殊な性癖を持ってるに違いねェ。あの年齢で、童貞だからな。ッたく覚者ってヤツは、どいつもこいつも変人ばかりで困るぜ」
童貞だったのか。
知らなかった。
ほかの女性がロンと結ばれない理由についてはたしかに気がかりだ。あんな良い男を、周囲が放っておかないと思う。
アジサイの言うようにヤバい性癖を持っているのかもしれない。逆に、アジサイみたいに節操のない男でないことには安心もできた。
「まるで自分は正常みたいな言い方は、やめたほうが良いっスよ」
「エレノア竜騎士長――いや。今は副長だったか。あの人は美人だったな」
「エレノア竜騎士副長は、あんたみたいな男に誑かされたりしないっスよ」
「美人だが惜しいんだよなぁ。性格がキツそうだ。そういう意味では、妹のほうがまだ可愛げがあるってもんだ」
と、舌舐めずりをしていた。
「はぁ? アリエルちゃんみたいな良い娘に、手を出したりしたら、ボクが許さないっスからね」
「もう10年。いや。5年でも良い女になりそうなんだがなぁ」
と、アジサイは首をかしげていた。
「チョット、ボクの話を聞いてるっスか?」
「もう少し覚者をつづけて、女を抱いてから戻ってくるよ。アリエルちゃんが、トビッキリの美人になってたら、オレさまは覚者をやめてるかもな」
「アリエルちゃんは、何年経っても、あんたみたいな男には騙されたりしないっスよ。もっと良い人がいるはずっスから」
くくくっ――とアジサイはノドを鳴らして笑った。
「死ぬなよ。糞ガキ。ヘリコニアによろしく言っておいてくれ」
そう言い残すと、立ち去ってしまった。
こいつも性格に難あり、だ。でもどこか嫌いになれない。
シャルリスが寝かされている拷問室に、アジサイが無遠慮に入ってきた。あまりにトウトツだったので、シャルリスは跳びあがるほど驚いた。
「チョット! 急に入ってきたらビックリするじゃないっスか」
「あぁ? 心配して様子を見に来てやったんだろうが。なんだその言いぐさはよ」
「ロン隊長が来てくれたほうが、うれしかったっス」
なかば冗談であり、なかば本気の言葉だった。
「オレさまで、悪かったな」
「いちおうお礼は言っておくっスけど」
「ヒペリカムに診察してもらったんだろ。あいつはオレより変態だっただろ。生きた人間に触れねェんだとよ。笑っちまうよな」
くくく、とアジサイはカラダを揺らして笑った。
「笑うようなことじゃないっスよ。それにチョット理解できなくもないっスから。奥さんが大切だったんっスよ。きっと」
リリとか言っていた。
ゾンビになった妻を、カンオケにいれて運んでいるのだ。ゾンビを相手に情事もこなすのだろうか。変なことを考えてしまった。それ以上は深入りしないことにした。
「へぇ。理解があるじゃねェか。屍姦の才能があるんじゃねェか」
「変態具合なら、あんたも負けてないっスよ」
ロンからすこし聞いている。
縫い合わせることに、性的興奮を覚えるのだそうだ。それはさすがに、シャルリスも理解できない。理解できないという意味では、アジサイのほうが変態だと思う。
「オレはただ、真実の愛を探してるだけさ」
アジサイはそう言うと、ツギハギだらけのトンガリ帽子を脱いだ。白銀の髪があらわになった。この人も顔だけなら、かなりのイケメンだ。
アジサイの左手は、手首から先がなくなっている。
先の【都市竜クルスニク脱出作戦】で、マシュを食い止めようとして失ったと聞いている。
その負傷にたいして、どういう感情を抱くのが正解なのかはわからない。カッコウ良い。そう思ってしまう。
「左手。なくなっても、裁縫できるっスか?」
「なんだ。オレさまのことを心配してンのかよ。残念ながら、ガキに心配されるほど落ちぶれちゃいないのさ」
「そりゃ覚者なんだから、あんたがスゴイのは知ってるっスよ」
普段はヘラヘラしてるし、女癖も悪い。
アリエルにもエレノア竜騎士副長にも、まだ執拗にナンパしているようだ。それでも、この人は強い。
あの日。
クルスニク人が帝都へと避難するさいに、この人はたった1人でクルスニクの頭部に立って、ゾンビをひたすら縫い付けていたのだ。
マシュを仕留めたのも、アジサイだと聞いている。
「腕を何本失っても、オレさまの裁縫に寸分の狂いはでねぇ。縫うってことは、オレさまの信条だからよ」
「そう――っスか」
巨大な裁縫針を武器にしているぐらいだ。縫い付けるということは、この人にとって、何か思い入れのある行為なのだろうとは思う。その得物はいまも背中に負っている。
「頼まれてた品物だ。ほらよ」
アジサイはそう言うと、何か投げつけてきた。それはシャルリスの膝元に落ちてきた。服。形状はいたってふつうの布の鎧だった。が、手首や襟首のところが赤い。
「赤くしてくれたっスか」
「てめェの髪と目の色に合わせたんだよ。オレさまの気遣いだ」
「ありがとうっスよ」
「ヘリコニアの着ているものと同じだ。破れてもすぐに修繕される。てめェの注文通りの品のはずだ」
シャルリスは、自分のカラダからバトリの肉を生やして戦うことが出来る。しかし欠点がある。服が破けるのだ。いちいち破けていたら恥ずかしい思いをすることになる。だから、注文したのだ。代金はロンが支払ってくれる約束になっている。
「ためしに、破いてみても良いっスか?」
「どうぞ、ご自由に」
腰に携えていたナイフで、服の胸元あたりを破いてみた。破けたところから、まるで糸が意志を持っているかのように蠢いた。そしてすぐにその傷をふさいだ。
「す、すごーっ」
「オレさまにかかれば、こんなもんよ」
と、アジサイは得意気に微笑んでいた。
「どうやってるっスか? これも魔法なんっスか?」
「企業秘密だ。特別なチカラを持ってるから、覚者なのさ」
「なるほど」
最近、覚者の特異さを身を持って実感している。ヒペリカムは魔法を作れるのだと言う。ロンはドラゴンに変身する。それに比べれば、破けても修繕される服なんて驚くに値しないようにすら思えてくる。
「サイズもピッタリのはずだぜ。まぁ、てめェにしては胸のあたりが緩いかもしれねェけどな」
すぐには意味を理解しそこねた。
胸が小さいという皮肉だろう。
「セクハラっスよ」
と、いちおう怒ってみせた。
本気で怒っているわけじゃなかった。シャルリスは自分の胸の大きさなど、あまり気にはしていないのだ。たぶん、気にしていないから、気分が悪くこともない。逆に、気にしてる人に言ったら、怒ったり、悲しんだりするのだろうと思う。でも、アジサイは気にしてる人に向かっても、平気でそんなことを言うのだろう。
「じゃあオレはもう行くからな」
アジサイはそう言うと、トンガリ帽子を目深にかぶって背中を向けた。
「あ、待ってください」
「ん?」
「アジサイは、まだこれからも覚者を続けるっスか?」
「どういう質問だ、そりゃ」
と、アジサイは振り返った。帽子のツバで表情は見えない。
「だって、左手がないのに、覚者なんか続けてたら、いずれやられちゃうっスよ」
アジサイはうしなった左手首を見つめているようだった。
「……かもな」
「かもな、って……」
「死ぬことなんて怖がってたら、覚者なんか続けてられねェんだよ。オレさまは世界のためでもねェし、他人のためでもねェ。オレさま自身のために、覚者をつづけてるのさ」
と、アジサイは失われた左手を振ってみせた。
「そう――なんっスか」
ロンと同じく、地上でゾンビと戦い続けてきた男なのだ。自分なんかには、計り知れないものがあるのかもしれない。シャルリスはそう思った。
「なぁ、糞ガキ。てめェは本気で男を好きになったことがあるか?」
「へ? なんっスか、それ」
「自分の心臓が焼け焦げるぐらいの恋をしたことがあるかって話だよ。まぁ、糞ガキに訊いても仕方ねェか。オレはそれを探してるのさ。オレを本気にさせてくれる女を探してる。裁縫のことを忘れさせてくれるぐらいの女をな。覚者やってりゃ女にモテるんだ」
「うわぁ。不純っスね」
カッコウ良いと思いはじめていた自分が、腹立たしい。
「覚者に純粋なヤツなんかいるかよ。みんなバケモノなんだからよ。ヘリコニアだって、まぎれもなく怪物だぜ」
「ロン隊長は良い人っスよ」
「どうだかな。人の皮をかぶってるだけかもよ。あいつだって、特殊な性癖を持ってるに違いねェ。あの年齢で、童貞だからな。ッたく覚者ってヤツは、どいつもこいつも変人ばかりで困るぜ」
童貞だったのか。
知らなかった。
ほかの女性がロンと結ばれない理由についてはたしかに気がかりだ。あんな良い男を、周囲が放っておかないと思う。
アジサイの言うようにヤバい性癖を持っているのかもしれない。逆に、アジサイみたいに節操のない男でないことには安心もできた。
「まるで自分は正常みたいな言い方は、やめたほうが良いっスよ」
「エレノア竜騎士長――いや。今は副長だったか。あの人は美人だったな」
「エレノア竜騎士副長は、あんたみたいな男に誑かされたりしないっスよ」
「美人だが惜しいんだよなぁ。性格がキツそうだ。そういう意味では、妹のほうがまだ可愛げがあるってもんだ」
と、舌舐めずりをしていた。
「はぁ? アリエルちゃんみたいな良い娘に、手を出したりしたら、ボクが許さないっスからね」
「もう10年。いや。5年でも良い女になりそうなんだがなぁ」
と、アジサイは首をかしげていた。
「チョット、ボクの話を聞いてるっスか?」
「もう少し覚者をつづけて、女を抱いてから戻ってくるよ。アリエルちゃんが、トビッキリの美人になってたら、オレさまは覚者をやめてるかもな」
「アリエルちゃんは、何年経っても、あんたみたいな男には騙されたりしないっスよ。もっと良い人がいるはずっスから」
くくくっ――とアジサイはノドを鳴らして笑った。
「死ぬなよ。糞ガキ。ヘリコニアによろしく言っておいてくれ」
そう言い残すと、立ち去ってしまった。
こいつも性格に難あり、だ。でもどこか嫌いになれない。
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