《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。
14-3.記憶の流入
「それでは、採血させていただきます」
腕に針が差しこまれる。チクリ。鋭い痛み。もう慣れた。
(あれ……)
と、疑問が生じた。
たしか今日の診断はすでに終わったはずだ。シャルリスのことを覗きこんでいるのも、ヒペリカムとはべつの医者だった。ヒペリカムみたいな不健康そうな感じではない。紳士的な医者だ。見た目だけなら、ヒペリカムよりも信頼できそうだった。でも、ヒペリカムはもっとキレイな目をしていたな、と思った。
『ダメだ。適応しない』
『こっちの実験体はもう使えんな。あとで処理しておけ』
『こいつは適合するかもしれん』
医者たちが何か言葉を交わしていた。いったい何の話をしているのだろう。疑問に思って周囲を見渡した。
(あれ? あれれ?)
たしかヒペリカムに診察してもらっていたときは、拷問室みたいな部屋にいたはずだ。が今は石造りの大部屋だった。ベッドも白くて清潔感のあるものだった。
シャルリスのほかにも、ベッドに寝かされている少年少女がいた。みんな何か痛みに悶えている様子だった。
いったい何をしているのだろうか。
自分以外にも、採血されている者がいるのだろうか。採血にしてはずいぶんと痛がっている様子だ。
医者のひとりがシャルリスのことを見下ろしてきた。シャルリスの視界が陰った。
手にはメスを持っている。天井から吊るされているカンテラが、メスを不気味に光らせていた。
「先生?」
「すぐに終わる」
そう言うと、医者はメスをシャルリスのクチのなかに挿入してきた。
右の頬を切り裂かれた。
激痛が走った。
「い、痛いッ。痛いってッ」
「コラッ。大人しくしなさい! 《不死の魔力》はカラダの内部から挿入する必要があるんだ」
何を言っているのだろうか。
これもまた、シャルリスのことを調べるための研究なのだろうか。わからない。わからないが、とてもじゃないが我慢できる痛みではなかった。
歯茎に注射針を刺しこまれた。
「ギャァァッ」
あまりの痛みに、シャルリスは跳ね起きた。
気が付くと、医者はいなかった。
ヒペリカムに診察してもらっていたときと同じく、場所は石造りの拷問室だった。シャルリスはベッドの上だった。が、ヒペリカムの姿は消えていた。ヒペリカムが大切にしていたカンオケもない。もちろん展開されていた色とりどりの魔法陣もない。
シャルリスの全身が汗ばんでいた。ぬめっとした厭な汗だった。
メスで裂かれたはずの右の頬を、右手でナでて確認してみた。別にどうにもなってはいない。血も出ていない。けれど、痛みの余韻があった。
「ボクは、ヒペリカムに診察してもらっているあいだに眠ったっスよね?」
そう尋ねた。
自問ではない。
返答があると知っていた。
シャルリスの左手の甲から、バトリの顔が生えてくる。
「うむ。診察中というか、どうやら診察してもらったあと、眠ってしまったようじゃな」
なら今のは――。
夢――か?
以前にも似たようなことがあった気がする。
「またバトリの記憶っスか」
シャルリスは頬をナでていた右手で、みずからのコメカミを押した。頭のマッサージをして、すぐにでも悪夢から離れようと思った。悪夢の名残が、シャルリスの背中に覆いかぶさっている気がしてならなかった。
バトリから与えられる夢は、あまりに現実的で、ときおり夢と現実の区別がつかなくなる。
「いまのは、ワシのなかに、《不死の魔力》が注入されたときの記憶じゃな。人類にとっては輝かしい、食用人間誕生の瞬間じゃ」
「痛かったっスね」
眠るとたまに、バトリの記憶が混入してくるのだ。なにひとつとして、マトモな記憶が流れ込んで来ない。
いつも最悪な気分になる。
この少女は、人生で良いことがひとつでもあったのだろうか。
「半端ではない痛みじゃった。なにせ始祖になる前のことじゃからな。ワシがふつうの少女だったときに行われたものじゃ」
「昔は、あんなことが、許されてたンっスか?」
「あんなこと、とは?」
バトリのクチは、頬のあたりまで裂けている。その理由を、身をもって知ることになるとは思わなかった。
「だから、人体実験みたいなことっスよ。だってあれはまるで拷問じゃないっスか」
「許すもなにも、あれは人間にとっては輝かしい実験であろう。ドラゴンがいくら食べても減らない餌を作る実験なんじゃから。ヤツらは、猛獣じゃが満腹であれば従順じゃからな」
あの場にいたのは、バトリだけじゃなかった。
いったいあれほどの人間を、どうやって用意していたのだろうか。
「でも、バトリは許せないと思ってるっスよね?」
「むろん」
「人類に復讐しようとするバトリの気持ちが、すこし理解できちゃったっスよ」
理解なんか、したくなかったけれど。
「やはりオヌシは良い娘じゃな。ワシの味方をしてくれるのは、世界でオヌシだけじゃ」
バトリはホントウにうれしそうに、シャルリスに頬ずりしてきた。冷たい温度が、押しつけられる。でも、その肉はやわらかい。そんな無邪気な少女みたいな行動をとらないで欲しい。
同情してしまいそうになる。
「だからって、ボクのカラダを差し出すつもりはないっスからね」
と、その頬を押しのけた。
「わかっておる。ワシも、オヌシのカラダを奪ってやろうとは思っておらん。奪っても、あのコゾウにすぐ処理されるのは目に見えておるからな」
コゾウというのは、ロンのことだろう。バトリのことを処理できるのは、他にはいない。ロンのことをコゾウと呼ぶのは違和感があった。
「人間だって、悪い人ばかりじゃないっスよ。ボクのなかに入ってたら、わかるっスよね。ボクにたいして辛辣に当たる人間がいれば、ロン隊長みたいに優しくしてくれる人だっているんっスから」
ルエドみたいな人間もいるし、その逆だっているのだ。
「そりゃ、良い人もいるんじゃろうが、そんなことは関係ない。ワシに優しくしてくれるのは、オヌシぐらいなもんじゃ」
「……ボクは、バトリに助けてもらってるっスから」
バトリは、ゾンビの始祖。
言ってしまえば、敵の親玉だ。
そんなのからチカラを借りているのはどうかと思うが、成り行き上そうなってしまったのだ。
「今までも何度か、人の体内に寄生してきたことがあった。だが、ここまでワシと波長があるヤツははじめてじゃ。ワシのチカラを利用できるのは、オヌシぐらいなものじゃな。記憶の流入だって、珍しいことじゃ」
「ボクは始祖と同じだって、さっきのヒペリカムって覚者が言ってたっスよ」
たぶん、そんな話を聞いた後だったから、なおさらバトリの記憶が流入してきたのかもしれない。
「夢で見たじゃろう。《不死の魔力》に適合する者は、そうそうおらん。食用人間を生み出すために多くの者が犠牲になった。まぁオヌシは運が良かったンじゃろうな」
「べつにボクは、何か特別なチカラを持ってるわけじゃないと思うっスけど」
と、シャルリスは両手を広げて、見つめてみた。
その左手の甲からは、白蛇みたいな肉が伸びていて、その先端にバトリの顔がついている。
魔力だって強いわけではない。
ドラゴンを手懐けるのだって、時間がかかった。
むしろ、オチコボレの類だという自覚はある。
「まさか、オヌシ――いや、それならば、あるいは……」
と、バトリがその長く伸びている首をひねっていた。
「何か心当たりがあるっスか?」
あ、いや。なんでもありゃせん――と、バトリはすこし狼狽えているように見えた。
「しかし、ここまで記憶を見られるというのは、ワシにとっても誤算じゃったな。なんだかチッと恥ずかしい気もする」
「ボクだって、見たくて見てるわけじゃないっスよ。もっとマシな記憶なら見ても良いっスけど。バトリの記憶はだいたい痛い思いしてるっスから」
「これからも記憶の流出が起こるかもしれんが、見た記憶はみんなにはナイショじゃからな。ワシのプライバシーに関わる問題じゃ」
と、シャルリスの二の腕あたりから腕を生やすと、シャルリスの鼻先に人さし指を、やわらかく押し当ててきた。
「わかったっスよ」
自分の記憶を他人に見られて、その内容をベラベラしゃべられたら、厭な気持になるだろう。バトリの言い分もわかるので、シャルリスは素直にうなずいた。
「良い娘じゃ」
バトリは満足したようにそう言うと、シャルリスの体内へと帰って行った。このカラダに慣れてしまっている自分にヘキエキした。
腕に針が差しこまれる。チクリ。鋭い痛み。もう慣れた。
(あれ……)
と、疑問が生じた。
たしか今日の診断はすでに終わったはずだ。シャルリスのことを覗きこんでいるのも、ヒペリカムとはべつの医者だった。ヒペリカムみたいな不健康そうな感じではない。紳士的な医者だ。見た目だけなら、ヒペリカムよりも信頼できそうだった。でも、ヒペリカムはもっとキレイな目をしていたな、と思った。
『ダメだ。適応しない』
『こっちの実験体はもう使えんな。あとで処理しておけ』
『こいつは適合するかもしれん』
医者たちが何か言葉を交わしていた。いったい何の話をしているのだろう。疑問に思って周囲を見渡した。
(あれ? あれれ?)
たしかヒペリカムに診察してもらっていたときは、拷問室みたいな部屋にいたはずだ。が今は石造りの大部屋だった。ベッドも白くて清潔感のあるものだった。
シャルリスのほかにも、ベッドに寝かされている少年少女がいた。みんな何か痛みに悶えている様子だった。
いったい何をしているのだろうか。
自分以外にも、採血されている者がいるのだろうか。採血にしてはずいぶんと痛がっている様子だ。
医者のひとりがシャルリスのことを見下ろしてきた。シャルリスの視界が陰った。
手にはメスを持っている。天井から吊るされているカンテラが、メスを不気味に光らせていた。
「先生?」
「すぐに終わる」
そう言うと、医者はメスをシャルリスのクチのなかに挿入してきた。
右の頬を切り裂かれた。
激痛が走った。
「い、痛いッ。痛いってッ」
「コラッ。大人しくしなさい! 《不死の魔力》はカラダの内部から挿入する必要があるんだ」
何を言っているのだろうか。
これもまた、シャルリスのことを調べるための研究なのだろうか。わからない。わからないが、とてもじゃないが我慢できる痛みではなかった。
歯茎に注射針を刺しこまれた。
「ギャァァッ」
あまりの痛みに、シャルリスは跳ね起きた。
気が付くと、医者はいなかった。
ヒペリカムに診察してもらっていたときと同じく、場所は石造りの拷問室だった。シャルリスはベッドの上だった。が、ヒペリカムの姿は消えていた。ヒペリカムが大切にしていたカンオケもない。もちろん展開されていた色とりどりの魔法陣もない。
シャルリスの全身が汗ばんでいた。ぬめっとした厭な汗だった。
メスで裂かれたはずの右の頬を、右手でナでて確認してみた。別にどうにもなってはいない。血も出ていない。けれど、痛みの余韻があった。
「ボクは、ヒペリカムに診察してもらっているあいだに眠ったっスよね?」
そう尋ねた。
自問ではない。
返答があると知っていた。
シャルリスの左手の甲から、バトリの顔が生えてくる。
「うむ。診察中というか、どうやら診察してもらったあと、眠ってしまったようじゃな」
なら今のは――。
夢――か?
以前にも似たようなことがあった気がする。
「またバトリの記憶っスか」
シャルリスは頬をナでていた右手で、みずからのコメカミを押した。頭のマッサージをして、すぐにでも悪夢から離れようと思った。悪夢の名残が、シャルリスの背中に覆いかぶさっている気がしてならなかった。
バトリから与えられる夢は、あまりに現実的で、ときおり夢と現実の区別がつかなくなる。
「いまのは、ワシのなかに、《不死の魔力》が注入されたときの記憶じゃな。人類にとっては輝かしい、食用人間誕生の瞬間じゃ」
「痛かったっスね」
眠るとたまに、バトリの記憶が混入してくるのだ。なにひとつとして、マトモな記憶が流れ込んで来ない。
いつも最悪な気分になる。
この少女は、人生で良いことがひとつでもあったのだろうか。
「半端ではない痛みじゃった。なにせ始祖になる前のことじゃからな。ワシがふつうの少女だったときに行われたものじゃ」
「昔は、あんなことが、許されてたンっスか?」
「あんなこと、とは?」
バトリのクチは、頬のあたりまで裂けている。その理由を、身をもって知ることになるとは思わなかった。
「だから、人体実験みたいなことっスよ。だってあれはまるで拷問じゃないっスか」
「許すもなにも、あれは人間にとっては輝かしい実験であろう。ドラゴンがいくら食べても減らない餌を作る実験なんじゃから。ヤツらは、猛獣じゃが満腹であれば従順じゃからな」
あの場にいたのは、バトリだけじゃなかった。
いったいあれほどの人間を、どうやって用意していたのだろうか。
「でも、バトリは許せないと思ってるっスよね?」
「むろん」
「人類に復讐しようとするバトリの気持ちが、すこし理解できちゃったっスよ」
理解なんか、したくなかったけれど。
「やはりオヌシは良い娘じゃな。ワシの味方をしてくれるのは、世界でオヌシだけじゃ」
バトリはホントウにうれしそうに、シャルリスに頬ずりしてきた。冷たい温度が、押しつけられる。でも、その肉はやわらかい。そんな無邪気な少女みたいな行動をとらないで欲しい。
同情してしまいそうになる。
「だからって、ボクのカラダを差し出すつもりはないっスからね」
と、その頬を押しのけた。
「わかっておる。ワシも、オヌシのカラダを奪ってやろうとは思っておらん。奪っても、あのコゾウにすぐ処理されるのは目に見えておるからな」
コゾウというのは、ロンのことだろう。バトリのことを処理できるのは、他にはいない。ロンのことをコゾウと呼ぶのは違和感があった。
「人間だって、悪い人ばかりじゃないっスよ。ボクのなかに入ってたら、わかるっスよね。ボクにたいして辛辣に当たる人間がいれば、ロン隊長みたいに優しくしてくれる人だっているんっスから」
ルエドみたいな人間もいるし、その逆だっているのだ。
「そりゃ、良い人もいるんじゃろうが、そんなことは関係ない。ワシに優しくしてくれるのは、オヌシぐらいなもんじゃ」
「……ボクは、バトリに助けてもらってるっスから」
バトリは、ゾンビの始祖。
言ってしまえば、敵の親玉だ。
そんなのからチカラを借りているのはどうかと思うが、成り行き上そうなってしまったのだ。
「今までも何度か、人の体内に寄生してきたことがあった。だが、ここまでワシと波長があるヤツははじめてじゃ。ワシのチカラを利用できるのは、オヌシぐらいなものじゃな。記憶の流入だって、珍しいことじゃ」
「ボクは始祖と同じだって、さっきのヒペリカムって覚者が言ってたっスよ」
たぶん、そんな話を聞いた後だったから、なおさらバトリの記憶が流入してきたのかもしれない。
「夢で見たじゃろう。《不死の魔力》に適合する者は、そうそうおらん。食用人間を生み出すために多くの者が犠牲になった。まぁオヌシは運が良かったンじゃろうな」
「べつにボクは、何か特別なチカラを持ってるわけじゃないと思うっスけど」
と、シャルリスは両手を広げて、見つめてみた。
その左手の甲からは、白蛇みたいな肉が伸びていて、その先端にバトリの顔がついている。
魔力だって強いわけではない。
ドラゴンを手懐けるのだって、時間がかかった。
むしろ、オチコボレの類だという自覚はある。
「まさか、オヌシ――いや、それならば、あるいは……」
と、バトリがその長く伸びている首をひねっていた。
「何か心当たりがあるっスか?」
あ、いや。なんでもありゃせん――と、バトリはすこし狼狽えているように見えた。
「しかし、ここまで記憶を見られるというのは、ワシにとっても誤算じゃったな。なんだかチッと恥ずかしい気もする」
「ボクだって、見たくて見てるわけじゃないっスよ。もっとマシな記憶なら見ても良いっスけど。バトリの記憶はだいたい痛い思いしてるっスから」
「これからも記憶の流出が起こるかもしれんが、見た記憶はみんなにはナイショじゃからな。ワシのプライバシーに関わる問題じゃ」
と、シャルリスの二の腕あたりから腕を生やすと、シャルリスの鼻先に人さし指を、やわらかく押し当ててきた。
「わかったっスよ」
自分の記憶を他人に見られて、その内容をベラベラしゃべられたら、厭な気持になるだろう。バトリの言い分もわかるので、シャルリスは素直にうなずいた。
「良い娘じゃ」
バトリは満足したようにそう言うと、シャルリスの体内へと帰って行った。このカラダに慣れてしまっている自分にヘキエキした。
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