《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。

執筆用bot E-021番 

14-3.記憶の流入

「それでは、採血させていただきます」
 腕に針が差しこまれる。チクリ。鋭い痛み。もう慣れた。


(あれ……)
 と、疑問が生じた。


 たしか今日の診断はすでに終わったはずだ。シャルリスのことを覗きこんでいるのも、ヒペリカムとはべつの医者だった。ヒペリカムみたいな不健康そうな感じではない。紳士的な医者だ。見た目だけなら、ヒペリカムよりも信頼できそうだった。でも、ヒペリカムはもっとキレイな目をしていたな、と思った。


『ダメだ。適応しない』
『こっちの実験体はもう使えんな。あとで処理しておけ』
『こいつは適合するかもしれん』


 医者たちが何か言葉を交わしていた。いったい何の話をしているのだろう。疑問に思って周囲を見渡した。


(あれ? あれれ?)


 たしかヒペリカムに診察してもらっていたときは、拷問室みたいな部屋にいたはずだ。が今は石造りの大部屋だった。ベッドも白くて清潔感のあるものだった。


 シャルリスのほかにも、ベッドに寝かされている少年少女がいた。みんな何か痛みに悶えている様子だった。
 いったい何をしているのだろうか。


 自分以外にも、採血されている者がいるのだろうか。採血にしてはずいぶんと痛がっている様子だ。


 医者のひとりがシャルリスのことを見下ろしてきた。シャルリスの視界が陰った。


 手にはメスを持っている。天井から吊るされているカンテラが、メスを不気味に光らせていた。


「先生?」
「すぐに終わる」
 そう言うと、医者はメスをシャルリスのクチのなかに挿入してきた。


 右の頬を切り裂かれた。
 激痛が走った。


「い、痛いッ。痛いってッ」


「コラッ。大人しくしなさい! 《不死の魔力》はカラダの内部から挿入する必要があるんだ」
 何を言っているのだろうか。
 これもまた、シャルリスのことを調べるための研究なのだろうか。わからない。わからないが、とてもじゃないが我慢できる痛みではなかった。


 歯茎に注射針を刺しこまれた。


「ギャァァッ」
 あまりの痛みに、シャルリスは跳ね起きた。


 気が付くと、医者はいなかった。
 ヒペリカムに診察してもらっていたときと同じく、場所は石造りの拷問室だった。シャルリスはベッドの上だった。が、ヒペリカムの姿は消えていた。ヒペリカムが大切にしていたカンオケもない。もちろん展開されていた色とりどりの魔法陣もない。


 シャルリスの全身が汗ばんでいた。ぬめっとした厭な汗だった。
 メスで裂かれたはずの右の頬を、右手でナでて確認してみた。別にどうにもなってはいない。血も出ていない。けれど、痛みの余韻があった。


「ボクは、ヒペリカムに診察してもらっているあいだに眠ったっスよね?」
 そう尋ねた。


 自問ではない。
 返答があると知っていた。


 シャルリスの左手の甲から、バトリの顔が生えてくる。


「うむ。診察中というか、どうやら診察してもらったあと、眠ってしまったようじゃな」


 なら今のは――。
 夢――か?
 以前にも似たようなことがあった気がする。


「またバトリの記憶っスか」


 シャルリスは頬をナでていた右手で、みずからのコメカミを押した。頭のマッサージをして、すぐにでも悪夢から離れようと思った。悪夢の名残が、シャルリスの背中に覆いかぶさっている気がしてならなかった。


 バトリから与えられる夢は、あまりに現実的で、ときおり夢と現実の区別がつかなくなる。


「いまのは、ワシのなかに、《不死の魔力》が注入されたときの記憶じゃな。人類にとっては輝かしい、食用人間誕生の瞬間じゃ」


「痛かったっスね」


 眠るとたまに、バトリの記憶が混入してくるのだ。なにひとつとして、マトモな記憶が流れ込んで来ない。
 いつも最悪な気分になる。
 この少女は、人生で良いことがひとつでもあったのだろうか。


「半端ではない痛みじゃった。なにせ始祖になる前のことじゃからな。ワシがふつうの少女だったときに行われたものじゃ」


「昔は、あんなことが、許されてたンっスか?」


「あんなこと、とは?」


 バトリのクチは、頬のあたりまで裂けている。その理由を、身をもって知ることになるとは思わなかった。


「だから、人体実験みたいなことっスよ。だってあれはまるで拷問じゃないっスか」


「許すもなにも、あれは人間にとっては輝かしい実験であろう。ドラゴンがいくら食べても減らない餌を作る実験なんじゃから。ヤツらは、猛獣じゃが満腹であれば従順じゃからな」


 あの場にいたのは、バトリだけじゃなかった。


 いったいあれほどの人間を、どうやって用意していたのだろうか。


「でも、バトリは許せないと思ってるっスよね?」


「むろん」


「人類に復讐しようとするバトリの気持ちが、すこし理解できちゃったっスよ」


 理解なんか、したくなかったけれど。


「やはりオヌシは良い娘じゃな。ワシの味方をしてくれるのは、世界でオヌシだけじゃ」


 バトリはホントウにうれしそうに、シャルリスに頬ずりしてきた。冷たい温度が、押しつけられる。でも、その肉はやわらかい。そんな無邪気な少女みたいな行動をとらないで欲しい。
 同情してしまいそうになる。


「だからって、ボクのカラダを差し出すつもりはないっスからね」
 と、その頬を押しのけた。


「わかっておる。ワシも、オヌシのカラダを奪ってやろうとは思っておらん。奪っても、あのコゾウにすぐ処理されるのは目に見えておるからな」


 コゾウというのは、ロンのことだろう。バトリのことを処理できるのは、他にはいない。ロンのことをコゾウと呼ぶのは違和感があった。


「人間だって、悪い人ばかりじゃないっスよ。ボクのなかに入ってたら、わかるっスよね。ボクにたいして辛辣に当たる人間がいれば、ロン隊長みたいに優しくしてくれる人だっているんっスから」


 ルエドみたいな人間もいるし、その逆だっているのだ。


「そりゃ、良い人もいるんじゃろうが、そんなことは関係ない。ワシに優しくしてくれるのは、オヌシぐらいなもんじゃ」


「……ボクは、バトリに助けてもらってるっスから」


 バトリは、ゾンビの始祖。
 言ってしまえば、敵の親玉だ。


 そんなのからチカラを借りているのはどうかと思うが、成り行き上そうなってしまったのだ。


「今までも何度か、人の体内に寄生してきたことがあった。だが、ここまでワシと波長があるヤツははじめてじゃ。ワシのチカラを利用できるのは、オヌシぐらいなものじゃな。記憶の流入だって、珍しいことじゃ」


「ボクは始祖と同じだって、さっきのヒペリカムって覚者が言ってたっスよ」


 たぶん、そんな話を聞いた後だったから、なおさらバトリの記憶が流入してきたのかもしれない。


「夢で見たじゃろう。《不死の魔力》に適合する者は、そうそうおらん。食用人間を生み出すために多くの者が犠牲になった。まぁオヌシは運が良かったンじゃろうな」


「べつにボクは、何か特別なチカラを持ってるわけじゃないと思うっスけど」
 と、シャルリスは両手を広げて、見つめてみた。


 その左手の甲からは、白蛇みたいな肉が伸びていて、その先端にバトリの顔がついている。


 魔力だって強いわけではない。
 ドラゴンを手懐けるのだって、時間がかかった。
 むしろ、オチコボレの類だという自覚はある。


「まさか、オヌシ――いや、それならば、あるいは……」
 と、バトリがその長く伸びている首をひねっていた。


「何か心当たりがあるっスか?」
 あ、いや。なんでもありゃせん――と、バトリはすこし狼狽えているように見えた。


「しかし、ここまで記憶を見られるというのは、ワシにとっても誤算じゃったな。なんだかチッと恥ずかしい気もする」


「ボクだって、見たくて見てるわけじゃないっスよ。もっとマシな記憶なら見ても良いっスけど。バトリの記憶はだいたい痛い思いしてるっスから」


「これからも記憶の流出が起こるかもしれんが、見た記憶はみんなにはナイショじゃからな。ワシのプライバシーに関わる問題じゃ」
 と、シャルリスの二の腕あたりから腕を生やすと、シャルリスの鼻先に人さし指を、やわらかく押し当ててきた。


「わかったっスよ」


 自分の記憶を他人に見られて、その内容をベラベラしゃべられたら、厭な気持になるだろう。バトリの言い分もわかるので、シャルリスは素直にうなずいた。


「良い娘じゃ」


 バトリは満足したようにそう言うと、シャルリスの体内へと帰って行った。このカラダに慣れてしまっている自分にヘキエキした。

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