《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。

執筆用bot E-021番 

14-1.覚者ヒペリカム

 ロンに乗って、城に来た後――。


 シャルリスは採血のため、医務室に来ていた。


 ただの医務室ではない。石造りの個室だった。まるで牢獄みたいな部屋だ。実際に入口の通路には、鉄格子を強引に切り離したような形跡があった。


 巨大な鳥かごみたいなものが置かれていた。天井からはカギ針がつるされている。手かせ足かせらしきものも散乱していた。
 部屋の中央にはベッドが置かれていた。そのベッドに腰かけている人物がいた。


「いらっしゃい」
 と、消え入りそうな声で言った。


 不気味な雰囲気をまとった男だった。紫色の髪を無造作に伸ばしている。酷く濃厚なクマを目の下に拵えていた。なによりも気になるのは、カンオケらしきものを背負っている。


「えっと……お医者さんッスか?」


「うーん。医者っていうか、研究者って呼ばれてるんだけどね。あれ? ヘリコニアから聞いてない?」


「なにをっスか?」


「オレ、覚者なんだよね。ヒペリカムって呼ばれてるんだけど。今日から君の研究をまかされてるんだ」
 と、ヒペリカムは紫色のボサボサの髪の毛を指でイジりながらそう言った。


「そう――なんっスか」


 覚者と言われて、フに落ちた。たしかに常人には出せない薄気味悪さを発している。たぶん、そのボサボサの髪の毛とか、目の下のクマが不気味さを付与しているのだ。身なりに気を付ければ、イケメンになるのにな、と思った。顔立ちそのものは悪くない。


「ここはかつて拷問室として使われていたらしいね。君の研究をするには、チョウド良いかなと思ってさ」


 どうりで、ずいぶんと血なまぐさいわけだ。拷問器具らしいものが散乱していることにも合点がいった。すぐ足元に落ちていた、鉄の器具を軽く蹴った。どういう用途で使われる器具なのかは、考えたくもない。


「まさか拷問とかしないっスよね」

  
「うん。痛いことはしないと思うよ。拷問器具はもともと置いてあったものだよ。この部屋は今は、要人がゾンビになったときに、運び込まれる部屋だそうだよ」


「それって医務室って言うんっスかね」


 医務室だとは聞いていたが、そんな雰囲気ではない。


「さあ、サッソクとりかかろう。ここに寝てくれ」
 と、ヒペリカムはシャルリスの問いかけを無視して、座っていたベッドから立ち上がった。


 男と2人きりで、こんな部屋に入るというのはチョット危険じゃないかな、と思った。しかし、異性としての身の危険というよりも、人間としての身の危険のほうが強く感じる。
 お互いさまであることに気づいた。
 バトリを宿したシャルリスの存在も相手にたいして警戒心を与えるはずだ。


 いつまでも突っ立っているわけにもいかない。部屋の中央のベッドに仰向けに寝転んだ。


 瞬間。
 バンバンバン――ッ


 激しく壁を叩くような音が聞こえた。急な物音だったので、心臓が跳ね上がった。同時にシャルリスも跳ね起きた。


「な、なにっスか。今の音」


「気にすることないよ。リリの機嫌が悪いだけだから」


「リリ?」


「この中にいるんだ。オレの妻が」


 ヒペリカムがそう言って、背負っていたカンオケを床におろした。


「妻?」


 何を言ってるのだろうか、この人は。


「カンオケに閉じ込めるのはカワイソウだけど、仕方ないだろ。ゾンビ化しちゃってるし。それに生きていたころより、元気になってくれてオレはうれしいよ」


 よしよし、大人しくしてくれよ――と、ヒペリカムはカンオケの表面を、赤子でもあやすかのようにナでていた。まるでそれが伝わったかのように、カンオケは静まった。


「マジっスか」


 裁縫者アジサイもかなりヤバい人だと思っていた。上には上がいるものだ。覚者というのは、みんなこうなのだろうか。もしかしてロンも、何かヤバい性癖を隠しているんじゃないだろうかと不安になる。


「リリのことは気にしなくても良いよ。さあ、横になってくれ」


「は、はぁ」


 気にするなというのはムリなのだが、気にしない努力をするようにした。


「まずは採血をさせてもらうよ。でも痛くはないと思うから、たぶん大丈夫」


 ヒペリカムはそう言うと、シャルリスの腹の上あたりで、七色の魔法陣を展開した。見たこともない魔法陣だった。


 シャルリスのカラダから血が玉のようになって浮かび上がった。魔法――なのだろう。血の玉は、フラスコのなかへと投入されていた。痛みはまるでなかった。


「なんっスか、その魔法」


「採血の魔法だよ。オレは自分で魔法をつくりだすことが出来るんだ。そういう能力って言うのかな」


 どうやら今ので、採血は済んだらしい。
 針を刺しこまれるよりも、ずいぶんと楽だ。


「さすが覚者っスね」


 ヤバい人だけど、この人も特異な能力を持っているのだ。


「オレの親は父も母も、世界最強の6大魔術師だからさ。魔法の扱いには長けているんだ。魔法の起源は知ってる?」


「見習いのときに勉強した気がするっスけど、あんまり覚えてないっス」
 シャルリスは寝転んだまま、かぶりを振った。


「昔はね、帝国時代よりさらに昔の話だけど、魔族と言われる種族がいたんだ。魔法をあやつる種族だよ。その一族と交わることによって、人は魔法を使えるようになったらしい。遺伝の奇跡だね。いまやほとんどの人が魔法を使えるようになっているけれどね。そして人に魔力を与えた存在を、いまでは、神、と呼ぶこともある。まぁ、実際は優れた魔力を持っていた魔族のことなのだろうけれど」


 シャルリスの反応など興味ないかのように、ヒペリカムは独りで呟きながらそう言った。聞き漏らすまいと、シャルリスは耳をすましていた。


「神って、竜人族のことじゃないんっスか?」


「竜神教では、そう教えられてるってだけだよ。ほら。宗教によっても、神様は違ったりするから。竜神教がいまみたいに猛威を振るう前は、魔法を神より授かりしチカラとして崇めることが主流だったみたいだよ」


 こういう話ってつまらないけれど、しなくちゃいけないみたいだし――と、ヒペリカムは疲れたようにそう言った。急に老け込んだみたいに見えたけれど、よく見ると気のせいだった。


 それどころか、ヒペリカムの肌は瑞々しくて、白く透けているほどだ。不健康そうなのにキレイな肌をしていることにすこし嫉妬してしまう。


「するとヒペリカムは、その魔族の血を色濃く引き継いでいるってことっスか」


「まぁ、そうなるね」 


「何か特技があるってのは、羨ましいっス」


「オレの特技なんかよりも、君のほうがスゴイよ。シャルリス・ネクティリア。君は、ゾンビ化を治療することが出来るんだろ」


「よくわからないっス。バトリ……【腐肉の暴食】にカラダを乗っ取られそうになったんっスけど。なんとか理性を取り戻すことが出来たっスよ。たぶんロン隊長に呼びかけてもらったおかげだと思うっスけど」


「うんうん。状況はだいたいヘリコニアから聞いてる。もしも君のチカラがホンモノならさ、リリをもとに戻すことが出来ると思うんだよね」


「あ……」


 察した。
 この人は、妻を愛しているのだ。
 だからカンオケに閉じ込めているのだ。そして、妻の治療法を探しているのだ。


 そうとわかると、すこし信用できる気がしてきた。


 ほかにもヒペリカムの風貌で気づいたことがある。ヒペリカムの右耳には、紫色のイヤリングが光っていた。それを見ると、安心できた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品