《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。
13-4.ノウゼンハレンと皇帝
ロンはシャルリスを乗せて帝都の城へとやって来た。
城の中庭に降り立つ。
竜化をといて、人の姿に戻る。背中に巻きつけてある鞍が自然と落ちる。それをシャルリスが拾い上げた。
「申し訳ないっスよ。ボクの健康診断のために、送ってもらって」
「気にすることはない。オレも城に用事があったからな」
「そうなんっスか?」
「皇帝陛下にな」
「もしかして、ボクがバトリのチカラを使ったことを、チクるんっスか?」
と、不安気な顔で尋ねてきた。
「そんなこと、いちいちチクったりするかよ。こっちの事情だ」
どうしてこのタイミングで、覚者を結成したのか。その理由を尋ねるつもりだった。シャルリスは、そうっスか、とセンサクはして来なかった。
シャルリスのことを医務室にあずけて、ロンは皇帝がいるであろう主館の執務室へと向かうことにした。
いちおうロンはシャルリスの監視を任務としている。が、今ではそこまで慎重にはなっていない。
どうも中にいるバトリから殺気が感じられないのだ。無闇に暴れるようなことはないと思う。それに、シャルリスもバトリのチカラを上手く制御している。制御しているどころか、逆にバトリのチカラを利用しているぐらいだ。
ヒペリカムもいると聞いているし、大丈夫だろう。
「ジイさん。邪魔するぜ」
と、ロンは執務室の両開きのトビラを開けた。
石造りの床。敷かれた真っ赤なカーペット。左右のドラゴンの石像。正面壁には、ドラゴンの絵が描かれた垂れ幕。以前にここに入ったのは、都市竜クルスニクが死んだときだった。
皇帝はひざまずいたドラゴンのイスに腰掛けていた。
「入ってくるときぐらい。ノックをしろ。このバカ息子が」
「ん?」
声が頭上から聞こえた。殺気。見上げる。
大柄な人が落っこちてきた。ノウゼンハレンだ。カカトオトシ。ロンは腕にドラゴンのウロコをまとって、受け止めた。全身が地面に叩きつけられるような衝撃を受けた。
ミゾオチ。
殴られる。
ロンのカラダが吹き飛ばされた。
巨大なドラゴンの石像にカラダが衝突した。
「皇帝陛下に失礼だろうが。この糞ガキめ。陛下のことをクソジジィなんて呼ぶのはやめろ」
「痛いじゃないですか。急に殴りつけてくるなんて。っていうか、クソジジィなんて呼んでませんよ」
「教育だ」
「うへぇ。スパルタ」
ノウゼンハレンはロンの育ての親である。ノウゼンハレンにだけは、ロンは頭が上がらない。
尊敬しているし、感謝もしている。そして少し怖れてもいる。
「お前には、肉体で理解してもらうのが手っ取り早いからな。だいたいこの程度で、ケガするようなタマじゃないだろう」
「見てくださいよ。体格差を。オレはモヤシなんですよ。筋肉ゴリラみたいな人に殴られたら、死んじゃいますよ」
ロンが衝突したドラゴンの石像が、一部砕けてしまっていた。ドラゴンの右翼の付け根あたりを破壊してしまったようだ。破片が床に散らばっている。ロンはその右翼に腰かけた。
ノウゼンハレンと皇帝を見下ろすようなカッコウになる。
「よく言うぜ。お前がこの程度で傷つくはずないだろう。またターゲットのことをホッポリ出してきたようだな」
どうやら、ロンのことは、ハマメリス経由で漏れていたようだ。ロンがここに来ることを見越して、ノウゼンハレンは待機していたのだろう。
「シャルリスなら大丈夫ですよ。上手く【腐肉の暴食】を制御していますし。ヒペリカムもいるそうですし」
「お前はその油断が弱点なのだ。詰めが甘い」
「痛いとこ突きますね。たしかに自覚はありますよ。ですけど、シャルリスにずっと付きっ切りってわけにもいかないでしょう。オレは男なんでね」
健康診断のさいには、服も脱ぐと聞いている。そういう場面までいっしょにいるわけにはいかない。今までもそうやって、やって来た。
ヒペリカムも男だが、あれは生きている人間に性的興味を抱くことはないから大丈夫だろう。
っていうか――と、ロンがつづける。
「覚者長が監視をすれば良いでしょう。オレと違って、女性でも通じる見た目をしてるんですから」
「まるで私が、男でも通じるとでも言いたげだな」
「どっちでも通じるんじゃないですか?」
ノウゼンハレンの性別は、ロンにすらわからない。本人も性別なんて頓着していないようだった。
ノウゼンハレンは肩をすくめた。
「あの娘の監視役を、私ではなくてお前にしたのは、いまでも間違いのない判断だったと思っている」
「オレも今では、間違いだったとは思ってませんよ。なんだかんだと言って、楽しませてもらってますから」
濃密な時間を過ごしているとは思う。地上でゾンビと戦い続ける日々よりかは、ずっとマシな生活だ。
「あの娘のためでもあっただろうし。お前の試験でもあった。お前の理性がどこまで働いているのか試す良い機会でもあった」
「まだ、オレのこと信用してないんですか」
わかっている。
ロンは半竜人だ。
周囲がロンのことを測りかねていることは、なんとなく察しがついている。
「信用とかそういう問題ではない。人として、どういう判断を下すのかを見ていた。信用はしているさ。だからこそ監視役としてつけたのだからな」
「そりゃ良かった」
「お前が子守りが出来るかどうか。それを調べるためにも、良い機会だったしな」
と、ノウゼンハレンが不敵に微笑んで言う。
この人の笑みはいつも不敵に見えるのだ。
おい――と皇帝がクチをはさんだ。まるでノウゼンハレンに、それ以上しゃべるなと注意したかのようだ。
「子守りなんか、オレに出来るわけないでしょう」
「いや。意外と良い父親になれるかもしれんぞ」
「冗談でしょう。女を抱いたこともないのに、父親になるんですか」
冗談のつもりでそう言ったのだが、ふとエレノアにキスされたことが脳裏をよぎった。
「まぁ良い。陛下に失礼がないようにな」
「わかりましたよ」
石像を壊している時点で、失礼だと思うのだが、それは言わないでおこう。もう1発ぐらい殴られそうだ。まだ全身が痺れている。
ノウゼンハレンが一礼して退室した。
それを見送ってロンは石像の右翼から跳び下りた。
で、何用なのだ――と、皇帝が尋ねてきた。
「ついさきほど、右脇腹地区に暴徒がやって来た。クルスニクからの移民を、帝都の連中はあんまり良く思ってないみたいだ」
と、ロンは静かに切り出した。
ノウゼンハレンにたいしては言葉をあらためるが、皇帝の前では態度が軽くなる。皇帝にたいしては、身内という感覚が強いのだ。むろんノウゼンハレンにたいしても、身内だとは思っている。が、ノウゼンハレンの場合は、身内であっても強く出ることのできない威圧を感じるのだ。
「暴徒の連中は一部だ。移動してきたクルスニク人に同情的な、帝都の連中だっている」
「だが、このままだと良くないことが起こりそうだぜ。実際に1度はクルスニク人がゾンビ化して、帝都の人間を襲っちまってるからな」
【クルスニク人ゾンビ化事件】だ。
その事件さえなければ、暴徒も出なかったことだろう。
「だからといって、どうすることも出来んだろう。クルスニクの民が避難するような場所はないのだからな。場合によっては、クルスニク人を地上に放り出すつもりではある。しかしまだクルスニク人に同情的な者が多いのも事実だ。世論を見てから決めるつもりだ」
皇帝が手を叩く。
メイドが入ってきた。石像の破片を片付けていた。
「もっと早く覚者を組織して、地上に人間の居場所をつくっておくべきだったんじゃないのか?」
ロンがそう言うと、皇帝がその澄み切った碧眼を向けてきた。
「なるほど。本題はその件か。さては世界の終焉に気づいたのか?」
「世界の終焉だ?」
想像していたよりも、もっと重々しい言葉が飛び出してきたので、意表をつかれた。
「どうやら、そこまでは思い至ってはいないらしいな」
落胆とも安堵ともつかないため息を、皇帝は吐き落としていた。
「どういう意味だ、そりゃ。オレはただ、どうして30年前に覚者を組織したのか。それを尋ねに来ただけだ」
「気づいてはおらん。が、気づきはじめている――と言うことか。まぁ良い。コゾウには話しておくべきことかもしれんな。竜神教の教祖から、年表を託されたと言うことは、そういうことであろう」
「なに意味のわかんねェことを言ってやがる」
ついにモウロクしはじめたのかよ、と軽口を叩こうとした。やめた。茶化せない雰囲気が皇帝から立ち上っていた。白くて太い眉がつりあがり、目からは殺気立った光が放たれていた。
皇帝は立ち上がる。
「場所を移すぞ」
とのことだった。
城の中庭に降り立つ。
竜化をといて、人の姿に戻る。背中に巻きつけてある鞍が自然と落ちる。それをシャルリスが拾い上げた。
「申し訳ないっスよ。ボクの健康診断のために、送ってもらって」
「気にすることはない。オレも城に用事があったからな」
「そうなんっスか?」
「皇帝陛下にな」
「もしかして、ボクがバトリのチカラを使ったことを、チクるんっスか?」
と、不安気な顔で尋ねてきた。
「そんなこと、いちいちチクったりするかよ。こっちの事情だ」
どうしてこのタイミングで、覚者を結成したのか。その理由を尋ねるつもりだった。シャルリスは、そうっスか、とセンサクはして来なかった。
シャルリスのことを医務室にあずけて、ロンは皇帝がいるであろう主館の執務室へと向かうことにした。
いちおうロンはシャルリスの監視を任務としている。が、今ではそこまで慎重にはなっていない。
どうも中にいるバトリから殺気が感じられないのだ。無闇に暴れるようなことはないと思う。それに、シャルリスもバトリのチカラを上手く制御している。制御しているどころか、逆にバトリのチカラを利用しているぐらいだ。
ヒペリカムもいると聞いているし、大丈夫だろう。
「ジイさん。邪魔するぜ」
と、ロンは執務室の両開きのトビラを開けた。
石造りの床。敷かれた真っ赤なカーペット。左右のドラゴンの石像。正面壁には、ドラゴンの絵が描かれた垂れ幕。以前にここに入ったのは、都市竜クルスニクが死んだときだった。
皇帝はひざまずいたドラゴンのイスに腰掛けていた。
「入ってくるときぐらい。ノックをしろ。このバカ息子が」
「ん?」
声が頭上から聞こえた。殺気。見上げる。
大柄な人が落っこちてきた。ノウゼンハレンだ。カカトオトシ。ロンは腕にドラゴンのウロコをまとって、受け止めた。全身が地面に叩きつけられるような衝撃を受けた。
ミゾオチ。
殴られる。
ロンのカラダが吹き飛ばされた。
巨大なドラゴンの石像にカラダが衝突した。
「皇帝陛下に失礼だろうが。この糞ガキめ。陛下のことをクソジジィなんて呼ぶのはやめろ」
「痛いじゃないですか。急に殴りつけてくるなんて。っていうか、クソジジィなんて呼んでませんよ」
「教育だ」
「うへぇ。スパルタ」
ノウゼンハレンはロンの育ての親である。ノウゼンハレンにだけは、ロンは頭が上がらない。
尊敬しているし、感謝もしている。そして少し怖れてもいる。
「お前には、肉体で理解してもらうのが手っ取り早いからな。だいたいこの程度で、ケガするようなタマじゃないだろう」
「見てくださいよ。体格差を。オレはモヤシなんですよ。筋肉ゴリラみたいな人に殴られたら、死んじゃいますよ」
ロンが衝突したドラゴンの石像が、一部砕けてしまっていた。ドラゴンの右翼の付け根あたりを破壊してしまったようだ。破片が床に散らばっている。ロンはその右翼に腰かけた。
ノウゼンハレンと皇帝を見下ろすようなカッコウになる。
「よく言うぜ。お前がこの程度で傷つくはずないだろう。またターゲットのことをホッポリ出してきたようだな」
どうやら、ロンのことは、ハマメリス経由で漏れていたようだ。ロンがここに来ることを見越して、ノウゼンハレンは待機していたのだろう。
「シャルリスなら大丈夫ですよ。上手く【腐肉の暴食】を制御していますし。ヒペリカムもいるそうですし」
「お前はその油断が弱点なのだ。詰めが甘い」
「痛いとこ突きますね。たしかに自覚はありますよ。ですけど、シャルリスにずっと付きっ切りってわけにもいかないでしょう。オレは男なんでね」
健康診断のさいには、服も脱ぐと聞いている。そういう場面までいっしょにいるわけにはいかない。今までもそうやって、やって来た。
ヒペリカムも男だが、あれは生きている人間に性的興味を抱くことはないから大丈夫だろう。
っていうか――と、ロンがつづける。
「覚者長が監視をすれば良いでしょう。オレと違って、女性でも通じる見た目をしてるんですから」
「まるで私が、男でも通じるとでも言いたげだな」
「どっちでも通じるんじゃないですか?」
ノウゼンハレンの性別は、ロンにすらわからない。本人も性別なんて頓着していないようだった。
ノウゼンハレンは肩をすくめた。
「あの娘の監視役を、私ではなくてお前にしたのは、いまでも間違いのない判断だったと思っている」
「オレも今では、間違いだったとは思ってませんよ。なんだかんだと言って、楽しませてもらってますから」
濃密な時間を過ごしているとは思う。地上でゾンビと戦い続ける日々よりかは、ずっとマシな生活だ。
「あの娘のためでもあっただろうし。お前の試験でもあった。お前の理性がどこまで働いているのか試す良い機会でもあった」
「まだ、オレのこと信用してないんですか」
わかっている。
ロンは半竜人だ。
周囲がロンのことを測りかねていることは、なんとなく察しがついている。
「信用とかそういう問題ではない。人として、どういう判断を下すのかを見ていた。信用はしているさ。だからこそ監視役としてつけたのだからな」
「そりゃ良かった」
「お前が子守りが出来るかどうか。それを調べるためにも、良い機会だったしな」
と、ノウゼンハレンが不敵に微笑んで言う。
この人の笑みはいつも不敵に見えるのだ。
おい――と皇帝がクチをはさんだ。まるでノウゼンハレンに、それ以上しゃべるなと注意したかのようだ。
「子守りなんか、オレに出来るわけないでしょう」
「いや。意外と良い父親になれるかもしれんぞ」
「冗談でしょう。女を抱いたこともないのに、父親になるんですか」
冗談のつもりでそう言ったのだが、ふとエレノアにキスされたことが脳裏をよぎった。
「まぁ良い。陛下に失礼がないようにな」
「わかりましたよ」
石像を壊している時点で、失礼だと思うのだが、それは言わないでおこう。もう1発ぐらい殴られそうだ。まだ全身が痺れている。
ノウゼンハレンが一礼して退室した。
それを見送ってロンは石像の右翼から跳び下りた。
で、何用なのだ――と、皇帝が尋ねてきた。
「ついさきほど、右脇腹地区に暴徒がやって来た。クルスニクからの移民を、帝都の連中はあんまり良く思ってないみたいだ」
と、ロンは静かに切り出した。
ノウゼンハレンにたいしては言葉をあらためるが、皇帝の前では態度が軽くなる。皇帝にたいしては、身内という感覚が強いのだ。むろんノウゼンハレンにたいしても、身内だとは思っている。が、ノウゼンハレンの場合は、身内であっても強く出ることのできない威圧を感じるのだ。
「暴徒の連中は一部だ。移動してきたクルスニク人に同情的な、帝都の連中だっている」
「だが、このままだと良くないことが起こりそうだぜ。実際に1度はクルスニク人がゾンビ化して、帝都の人間を襲っちまってるからな」
【クルスニク人ゾンビ化事件】だ。
その事件さえなければ、暴徒も出なかったことだろう。
「だからといって、どうすることも出来んだろう。クルスニクの民が避難するような場所はないのだからな。場合によっては、クルスニク人を地上に放り出すつもりではある。しかしまだクルスニク人に同情的な者が多いのも事実だ。世論を見てから決めるつもりだ」
皇帝が手を叩く。
メイドが入ってきた。石像の破片を片付けていた。
「もっと早く覚者を組織して、地上に人間の居場所をつくっておくべきだったんじゃないのか?」
ロンがそう言うと、皇帝がその澄み切った碧眼を向けてきた。
「なるほど。本題はその件か。さては世界の終焉に気づいたのか?」
「世界の終焉だ?」
想像していたよりも、もっと重々しい言葉が飛び出してきたので、意表をつかれた。
「どうやら、そこまでは思い至ってはいないらしいな」
落胆とも安堵ともつかないため息を、皇帝は吐き落としていた。
「どういう意味だ、そりゃ。オレはただ、どうして30年前に覚者を組織したのか。それを尋ねに来ただけだ」
「気づいてはおらん。が、気づきはじめている――と言うことか。まぁ良い。コゾウには話しておくべきことかもしれんな。竜神教の教祖から、年表を託されたと言うことは、そういうことであろう」
「なに意味のわかんねェことを言ってやがる」
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