《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。

執筆用bot E-021番 

12-1.ドラゴンの精神を宿す戦士たち

 エレノアの執務室――。
 多くの竜騎士の小隊長が集められていた。小隊長たちも、悪戦苦闘を強いられたのだろう。傷ついている者もいたし、血塗れている者もいた。困憊を隠せぬ者もいた。


「失礼します」
 と、ロンが入った。
 ロンとシャルリスの組み合わせに、小隊長たちが奇異な目を向けてきた。


「あれが覚者の?」「ああ。【腐肉の暴食】を止めたこともある」「この都市の英雄か」「そんなふうには見えないけどな」「バカ。覚者さまだぞ」「あとでサインとかもえますかね?」……といった声が聞こえてきた。


 称賛の声は心地悪くはないが、チョットばかり面映ゆい。べつに英雄と呼ばれるほどの働きをしたつもりはない。ましてやいまから報告することは、決してみんなの期待に沿えるようなことでもない。


「帰ってきたか!」
 沈鬱な面持ちで机に突っ伏していたエレノアが、弾かれたように立ち上がった。


「報告いたします。帝都に行ってまいりました。皇帝陛下との交渉との結果、帝都竜ヘルシングをここより南東5キロ先に、着陸させることに成功いたしました」


 いまの報告で小隊長たちに安堵が広がっていくのがわかった。小さな歓声やささやき声で、室内がザワついた。
 エレノアの全身からも、安堵にチカラが抜けて行くのがわかった。


「よくやってくれた」
 と、手を握ってきた。


「それでも5キロ先です。避難するには難しいものがあります」


「わかっているとも。しかし、マッタク希望がないよりかはまだマシだろう」


 思っていたよりも周囲の反応が良かったので、ロンとしてもありがたい。どうして5キロも先なんだ――と、怒気を買うかとすら覚悟していたぐらいだ。帝都竜を呼びつけたということだけでも、大きな感動を与えることが出来たようだ。


「こちらの状況は?」


「いまのところ生き残った住民はすべて、背面中央区に避難させているし、中央へのゾンビの侵入はない。瘴気も上がっては来ていない。竜騎士の奮戦はもちろんのことだが、あの2人の覚者の働きが大きいようだ」


 1匹、ゾンビだか人間だかわからん者が、入り込んでいますがね――と、小隊長のひとりがクチをはさんだ。


 シャルリスにたいして向けられた言葉だった。【腐肉の暴食】に寄生されていることを揶揄しているのだろう。
 シャルリスは恐縮するように、身を縮こまらせていた。


 ぶん殴ってやりたいところだが、今はエレノアの前だ。シャルリスの肩に手を置くだけにとどめた。ロンの手が触れると、シャルリスのカラダの強張りがすこしほぐれたようだ。


「シャルリスの件には、箝口令を敷いている。彼女にはゾンビ化を治療するチカラがあるかもしれん。そう何度も説明しているはずだ」
 と、エレノアはそう注意した。


「ゾンビ化を治療するチカラがあるなら、この状況をどうにかして欲しいもんですね。いったいどれだけの人間がゾンビになったと思っているのか」
 と、べつの小隊長が、皮肉めいた口調でそう言う。


「それは実験中だ。今はそのような話をしている場合ではない。これ以上、余計なクチを叩くヤツは後で直接私のもとに言いに来い」


 エレノアはそう言うと、室内の小隊長たちの前に立った。
 それ以上、文句を言うものは出なかった。


 エレノアの隣には特徴のない顔をした補佐官が立っていた。ひとたびでも目を離せば、その顔が記憶に残らないぐらいに、特徴が見当たらなかった。


 エレノアは棒で床を叩いて、コツン、と音を鳴らした。


「シャルリスとロンの活躍によって、避難先である帝都竜ヘルシングが着陸してくれた。言う間でもなく我々は住民を連れて、この帝都竜ヘルシングへの避難を開始する必要がある。が、目標は南東5キロ先だ」


「ヘルシングへ向かうと言っても、ドラゴンに乗って飛んで行けば良いというわけではありません」
 と、補佐官が、そうクチをはさんだ。


「補佐官の言うとおりだ。我々は竜騎士だ。自分だけ飛んで逃げれば良いというわけではない。この都市竜クルスニクには多くの民がいる。その者たちを、帝都竜ヘルシングまで連れて行く必要がある」


 エレノアの言葉を、補佐官が継ぐ。


「どうやって連れて行くか――という問題です。ドラゴンに乗せて運んで行きたいところですが、1度に大量の人間を運べない以上は、現実的ではありません。ドラゴンの数は120匹。たいしてこの都市の民の数は、いま生き残っているだけでも1000万人以上はいますからね」


 この補佐官。エレノアの交代でしゃべる。
 凡庸な顔をしているくせに、エレノアの呼吸を完全につかんでいるな――と、ロンは感心した。
 名は、何と言うのだろうか。
 チョット気になった。
 エレノアはすこし間を置いて言う。


「民にはマスクを配り、地上を歩いてもらうことになる。その民衆を、我々、竜騎士が護衛する」

 そうだ。
 地上を歩かせるしかないだろう、というのがロンの考えでもあった。皇帝陛下もそう言っていた。


 この場で咄嗟にその作戦が出てくるということは、ロンが報告を持ち帰る事前に、エレノアは策を練っていたのだろう。


「民に地上を歩かせるのですか!」
 と、小隊長のひとりが声を発した。


「他に案があるなら言ってみろ」


「大きな板を用意するのはどうでしょうか。1000人ぐらい乗れる板を。その板に人を乗せて、ドラゴンで帝都竜ヘルシングまで運ぶんです」


「そんな板を、どこから用意するのだ」


「それは……」


「地上の物資回収部隊を地上におろすためのリフトがある。だが、それとて1度に乗れるのは100人までだ。それで往復していては、明日になっても避難が完了しない。ましてや板を運ぶなどという器用なマネが、ドラゴンに出来るか判然としない」


 他に案のある者は――と、エレノアが問いかけた。


「……」
 小隊長たちは黙り込んでしまっていた。


「こうしているあいだにも、ゾンビどもは生きた人間の臭いをたどって、引き寄せられている。感染区域を封鎖している城壁だっていつまで持つかわからん。多少の犠牲を覚悟してでも、地上を歩いてもらうしかない。もし犠牲を出したくないと言うのなら、我々が奮戦するしかない」


 沈黙。
 と――いうよりも暗澹としていた。


 ようやく、5キロ先、という距離の遠さを実感してきたようだ。小隊長たちが思っているよりも、その距離はずっと遠いはずだ。


「カンベンしてくれよ」
 と、小隊長のひとりが声を漏らした。それはさきほど、シャルリスのことを揶揄していた小隊長だった。もう40に届きそうな男だった。


「意見があるなら聞こう」


「竜騎士なんてやってられるか! だいたいなんで、都市竜が死ぬんだよ。ずっとオレたちを運んできたじゃねェか。なんでオレが生きてる時代に、死にやがるんだよ! オレは降りるぞ。こんな仕事やってられるか!」


 そう言うと男は、逃げるように部屋を出て行った。


「出て行きたい者は、出て行ってくれてかまわん。民を見捨てて、自分だけ生き残りたい者。無様にも生にしがみつきたい者。高潔なるドラゴンの精神を忘れた者は、この場から立ち去れ」


 2人出て行った。
 それだけだった。


 エレノアの輝きは、見せかけではない。部下を率いるチカラがあるから、クルスニクの竜騎士長なのだ。


「けっこう残ってくれましたね」
 と、補佐官が言う。


「ここに残った者たちこそ、真の竜騎士だ。高潔なるドラゴンの精神を宿す者たちだ。絶望的な話ではあるが、我々には覚者がついている。ここにいるロンをはじめに、アジサイやミツマタといった者たちがいるのだ」


 そうだ。覚者さまがいるじゃないか――と、ゾンビみたいな顔色をしていた竜騎士たちに血色が戻ってきた。それを見て、胸を打たれるものがあった。竜騎士と言われる者たちも、ただの人間なのだ。みんな、覚者、に大きな期待を寄せているのだ。むろん、ロンだってその期待を寄せられている1人なのだ。胃が痛い。


「各員。出撃の準備をせよッ。これより【都市竜クルスニク脱出作戦】を開始する!」
 と、エレノアが言い放った。


 小隊長たちがエレノアの執務室を出て行く。
 ロンとシャルリスも部屋を出た。


 石造りの通路が伸びている。執務室にいた小隊長たちは不安そうな表情で、窓の外を見つめていた。


 ロンもつられて窓に目をやる。
 都市をヘイゲイすることが出来る。


 1時間ほど前、ヘルシングへ向かう際にはシャルリスが、こうして同じように窓辺に寄りかかっていたことを思い出した。


 エレノアの決断は、この都市を捨てる、というものだ。この都市竜クルスニクの上で生まれて、そして生活をしてきた者にとっては、故郷を捨てるということになる。各々、思うことがあるのだろう。


「さっき……」
 と、シャルリスが声を漏らした。


「ん?」


「さっき、竜騎士を辞めると言って、出て行った男の人」


「気にするなよ」


 ゾンビだか、人間だかわからない。そう言われたことを気にしているのかと思った。


「そうじゃないっス。ボクもなんとなく、あの男の人の気持ちがわかるっスよ」
 と、紅蓮に輝く瞳を、都市のほうへと向けていた。


「まだまだ小娘が、40に近い男の気持ちがわかるのか」


 もう小娘じゃないっスよ――と、シャルリスはスねたようにクチ先をとがらせて続ける。


「竜騎士をやめたいって。逃げ出したい気持ちがわかるってだけっス。竜騎士をやっている以上は、年齢なんて関係ないっスから」


「どうした? また弱気になったか?」


「そんなんじゃないっスけど、理解はできるってだけっスよ」


「たしかにこれは、竜騎士たちが直面してきた今までの危機のなかでは、最大級のものだろうさ。辞めたくなっても仕方がないだろうな」


 40近くなった男でも逃げ出したくなるような状況なのだ。その場所に、シャルリスは踏みとどまっている。シャルリスだけじゃない。アリエルやチェイテだって逃げるつもりはないはずだ。
 ほかの竜騎士たちもそうだ。


「ロン隊長にはないんっスか? 逃げ出したくなるときとか、覚者を辞めたくなるときとか」
 と、ロンの顔を見つめてくる。


「ねェな」


「ヤッパリ強い人は、逃げたいとか思わないっスか」


「いいや。ほかに生き方を知らないのさ」


「生き方?」


 シャルリスは、その小さな胸のなかで何かを悩んでいる。どんな懊悩かはわからない。だが、きっと深刻な問題だ。それはわかる。だからロンも茶化すことなく応じることにした。


「オレは生まれたときから覚者だった。ゾンビと戦って生きてきた。逆に、他のことが出来ないのさ」


 シャルリスたちが、見習いとして学生生活をしているとき、それを羨ましく思ったことがあった。
 ロンにはない生き方だったからだ。


「ロン隊長なら、なんでもうまくこなせるっスよ」


「意外とオレは不器用なんだよ。ゾンビと戦うしか脳がねェ。だけどまぁ、これはオレにしか出来ないことだって自負はある。この役柄に置いては、他の誰にもゼッタイに負けないし、それはオレの誇りでもある」


「ボクもそんなふうに、思えたらなぁ」


「自信を持てよ。君は、このオレがはじめて教えた見習いでもあるんだ」
 と、ロンはシャルリスの背中を軽くたたいた。

 シャルリスを教えた先生として、そして隊長として、シャルリスをうまく導くことが出来ているのか、ロンにはわからない。けれど、誠心誠意向き合っているつもりではある。


「ガンバってみるっスよ」
 と、シャルリスは両手の握りこぶしを、胸の前で固めて見せた。

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