《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。

執筆用bot E-021番 

11-2.裁縫者アジサイ

 エレノアの執務室を出る。
 石造りの通路が伸びている。シャルリスが窓辺によりかかって外を見つめていた。


 何を見ているのだろうか。
 ロンもシャルリスが見ているほうへと目をやった。


 この城は、周囲よりもすこし高い位置にある。都市をヘイゲイすることが出来た。城門棟を封鎖して見捨てた命のことを考えているのかもしれない。


 死臭はらんだ風が吹き込んできた。シャルリスの赤い髪をなびかせていた。


「チョット髪が伸びたか?」
 ロンが来ていることに気づかなかったようだ。ロンの声に驚いたように、シャルリスは振り返った。


「そうっスか? また切らなくちゃダメっスね」 と、髪に手ぐしを通していた。


「伸ばしてもけっこう可愛いと思うけどな」


 シャルリスの頬が赤らんだ。


「伸ばしたらダメっスよ。マジで髪の毛がクルクルしちゃうんで。ボクはエレノア竜騎士長みたいにキレイな髪にはならないっスよ」


「チェイテとアリエルの具合はどうだ?」


「ふたりとも医務室で寝てるっス。だけど、ケガは軽いらしいっスよ。ふたりとももう意識は回復していますし、アリエルのほうもすこし休めば動けるって」


「そうか。良かった」


 竜読みの巫女を連れて避難するように指示したのは、ロンだ。まさか巫女が感染しているとは思わなかったのだ。
 注意が足りなかった。
 下手をすれば全滅していたところだ。


「悪かったな」


「どうしてロン隊長が謝るっスか」


「オレの判断ミスだった」


「でもあのときの判断は、他に方法はなかったと思うっスよ。咄嗟にあの判断ができたのはスゴいと思ったっス」


「シャルリスのおかげだ」


「ボクの――おかげ?」
 と、シャルリスは不思議そうな顔で、ロンのことを見あげてきた。


「シャルリスは、巨大種から、チェイテとアリエルの2人を救った。シャルリスがいなけりゃ今頃、あの2人は動く死体だ」


「ボクが救ったわけじゃないっスよ。バトリがやったことっス」
 シャルリスはそう言って、みずからの胸に手を当てていた。


【腐肉の暴食】が人助けなんて不思議なこともあるものだ。いったい何が狙いなのか、疑問である。


「それでも、あの場にシャルリスがいたから、助けることが出来たんだろう。他の誰でもねェ。シャルリスだから出来たことだ」


 ロンは屈んで、シャルリスと目線を合わせてそう言った。


「それは……」


「使いこなせないか」


「え?」


「その【腐肉の暴食】のチカラ、シャルリス自身のチカラとして、使いこなすことは出来ないのか」


 シャルリスはひとりで巨大種を倒している。どういった戦いが行われたのかは、見ていないのでわからない。が、巨大種を倒すというのは、相当なチカラだ。


「わかんないっスけど」
 と、シャルリスは思案気に首をヒネった。


「もし、自在に使えるなら強力な武器になるな――と思ってな。それはシャルリスにしか扱えないチカラになる」


「ボクにしか……」
 と、シャルリスはみずからの手のひらを見つめていた。


 少女の手から、戦士へと化けはじめている。そういう手をしていた。剣や棒をにぎるから、硬くなりはじめているのだ。


「そうだ。【腐肉の暴食】に寄生されているのはシャルリスぐらいだからな。そいつを手懐けけられるのも、シャルリスだけだ」


 へぇ、これが例の小娘かい――と、アジサイがクチをはさんだ。


「ッたく、覚者ともあろう者が、こんな小娘にたぶらかされるとはな。ヘリコニアがロリコンだったとは知らなかったぜ」
 アジサイは屈みこんで、シャルリスのことを観察していた。


「人聞きの悪いことを言うな。オレはロリコンなんかじゃない」
 と、ロンは立ち上がってそう言い返した。


「どうだかな。お前ほどの男が、女と関係がないのも怪しいと思ってたんだ。ロリコンなら納得もいく」


「美人なら手あたり次第に子だねを植え付けようとする、お前と違って、オレは節度をわきまえてるんだ」


「なら、どうして殺さなかった? こいつは殺しておくべきだった。そうだろう? 【腐肉の暴食】を生かしておくのはリスクが高すぎる」
 と、アジサイは、シャルリスの顔を指差してそう言う。


 アジサイが、あまりに無神経なことを言うものだから、シャルリスが泣きそうな表情をしていた。


「お前にはわからねェだろうさ。オレにはシャルリスを守らなくちゃいけない理由があるんだ」


【腐肉の暴食】とはじめて対峙したときに、仕留めそこなった。
 その結果。
【腐肉の暴食】はなんの罪もない娘に寄生してしまった。
 責任は、ロンにあるのだ。


「わからねェな。一時の感情に流されるなんてハードボイルドじゃねェ。どんな事情であれ冷酷に任務をこなしてこそハードボイルドってもんだ」


「よく言うぜ。そっちこそ、エレノア竜騎士長に変なチョッカイを出すのは止せよ」


「オレさまの愛は誰にも阻むことは出来ないのさ」
 と、アジサイはツギハギのトンガリ帽子を目深にかぶりなおしていた。


 アジサイの着ているものは、すべてお手製だ。すぐに再生するロンの服もまた、アジサイの作ってくれたものだ。


「そう言って、お前は女を大切にしない。いったい何人フってきた。このスケコマシ野郎が」


 お互いに悪態をついても許される。
 そういう仲なのだ。
 その証拠にアジサイのクチ元には笑みがあった。


「真実の愛は、そう簡単に見つからないのさ。オレさまは真実の愛を探す、流浪の旅人だからな」

「よく言うぜ」


 あの――と、シャルリスが困ったように声をあげた。
 そう言えば、まだアジサイのことを紹介していなかった。覚者のアジサイだと説明すると、シャルリスは目を見開いていた。


「か、覚者さま――ですか」


「おうよ。裁縫者アジサイとはオレさまのことだ。シャルリス・ネクティリアだったな。ウワサは聞いてるぜ」


「ボクのウワサっスか?」


「【腐肉の暴食】を飼ってるンだろ」


「それは……」
 と、返答に窮していた。


「胸もペッタンコみたいだし、悪いがオレさまの嗜好ストライク・ゾーンには入らねェな。あと10年成長してから出直してくることだな」


 さすがにムッとしたようだ。
「ボクだって、あんたなんか相手にしないっスよ」


「言うじゃねェか。小娘。これは将来が楽しみだ。まぁ、10年後にお互い生きていたら、どうなっているかのお楽しみってわけだ」


「ゼッタイ相手になんかしてやらないっスから」

 アジサイはトンガリ帽子を持ち上げて、その白銀の目をあらわにした。シャルリスの顔を覗きこんでいる。


「なるほど。たしかに良い目をしてやがる。自分が主人公だと信じて疑わない目だ」


「はぁ?」


「ヘリコニアはオレさまの親友だ。地上ではともに背中をあずけて戦ってきた。そんなヘリコニアの判断を、オレさまは信じてる。ヘリコニアはお前を殺さずに生かした。その意味を考えることだな」


 アジサイはそう言うと、シャルリスの肩をやさしく叩いていた。シャルリスが困惑した顔をしていた。


「おい。アジサイ」
 と、ロンが制した。
 こいつにしゃべらせていては、いったい何を言い出すかわかったもんじゃない。


「オレさまから言えるのは、これぐらいだ。お前は急ぐんだろ。こんなところでダベってる時間はねェぜ」


「ああ。そうだったな」


「任せておけよ。お前が行って帰ってくるまでのあいだぐらいは、オレさまとミツマタで、この都市を死守して見せるさ」


「生きた人間の匂いに誘われて、大量のゾンビが押し寄せてくるはずだ」


 ロンは頭部で1000匹近いゾンビを処理したが、あんなものではないはずだ。すぐにでもまたゾンビたちが押し寄せてくることだろう。


「言われなくてもわかってるさ。オレさまやミツマタが死ぬと思うかい? オレさまたちは皇帝陛下直属の地上相当部隊。覚者さまだぜ」
 と、アジサイは背負っている巨大な裁縫針を手にとった。


「そうだな」


 ここは、アジサイとミツマタのふたりを信じて任せよう。
 シャルリスを連れて、ロンはすぐに都市竜クルスニクを発つことにした。

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