《完結》腐敗した世界の空で、世界最強のドラゴンは、3人の少女を竜騎士に育てます。
11-2.裁縫者アジサイ
エレノアの執務室を出る。
石造りの通路が伸びている。シャルリスが窓辺によりかかって外を見つめていた。
何を見ているのだろうか。
ロンもシャルリスが見ているほうへと目をやった。
この城は、周囲よりもすこし高い位置にある。都市をヘイゲイすることが出来た。城門棟を封鎖して見捨てた命のことを考えているのかもしれない。
死臭はらんだ風が吹き込んできた。シャルリスの赤い髪をなびかせていた。
「チョット髪が伸びたか?」
ロンが来ていることに気づかなかったようだ。ロンの声に驚いたように、シャルリスは振り返った。
「そうっスか? また切らなくちゃダメっスね」 と、髪に手ぐしを通していた。
「伸ばしてもけっこう可愛いと思うけどな」
シャルリスの頬が赤らんだ。
「伸ばしたらダメっスよ。マジで髪の毛がクルクルしちゃうんで。ボクはエレノア竜騎士長みたいにキレイな髪にはならないっスよ」
「チェイテとアリエルの具合はどうだ?」
「ふたりとも医務室で寝てるっス。だけど、ケガは軽いらしいっスよ。ふたりとももう意識は回復していますし、アリエルのほうもすこし休めば動けるって」
「そうか。良かった」
竜読みの巫女を連れて避難するように指示したのは、ロンだ。まさか巫女が感染しているとは思わなかったのだ。
注意が足りなかった。
下手をすれば全滅していたところだ。
「悪かったな」
「どうしてロン隊長が謝るっスか」
「オレの判断ミスだった」
「でもあのときの判断は、他に方法はなかったと思うっスよ。咄嗟にあの判断ができたのはスゴいと思ったっス」
「シャルリスのおかげだ」
「ボクの――おかげ?」
と、シャルリスは不思議そうな顔で、ロンのことを見あげてきた。
「シャルリスは、巨大種から、チェイテとアリエルの2人を救った。シャルリスがいなけりゃ今頃、あの2人は動く死体だ」
「ボクが救ったわけじゃないっスよ。バトリがやったことっス」
シャルリスはそう言って、みずからの胸に手を当てていた。
【腐肉の暴食】が人助けなんて不思議なこともあるものだ。いったい何が狙いなのか、疑問である。
「それでも、あの場にシャルリスがいたから、助けることが出来たんだろう。他の誰でもねェ。シャルリスだから出来たことだ」
ロンは屈んで、シャルリスと目線を合わせてそう言った。
「それは……」
「使いこなせないか」
「え?」
「その【腐肉の暴食】のチカラ、シャルリス自身のチカラとして、使いこなすことは出来ないのか」
シャルリスはひとりで巨大種を倒している。どういった戦いが行われたのかは、見ていないのでわからない。が、巨大種を倒すというのは、相当なチカラだ。
「わかんないっスけど」
と、シャルリスは思案気に首をヒネった。
「もし、自在に使えるなら強力な武器になるな――と思ってな。それはシャルリスにしか扱えないチカラになる」
「ボクにしか……」
と、シャルリスはみずからの手のひらを見つめていた。
少女の手から、戦士へと化けはじめている。そういう手をしていた。剣や棒をにぎるから、硬くなりはじめているのだ。
「そうだ。【腐肉の暴食】に寄生されているのはシャルリスぐらいだからな。そいつを手懐けけられるのも、シャルリスだけだ」
へぇ、これが例の小娘かい――と、アジサイがクチをはさんだ。
「ッたく、覚者ともあろう者が、こんな小娘にたぶらかされるとはな。ヘリコニアがロリコンだったとは知らなかったぜ」
アジサイは屈みこんで、シャルリスのことを観察していた。
「人聞きの悪いことを言うな。オレはロリコンなんかじゃない」
と、ロンは立ち上がってそう言い返した。
「どうだかな。お前ほどの男が、女と関係がないのも怪しいと思ってたんだ。ロリコンなら納得もいく」
「美人なら手あたり次第に子だねを植え付けようとする、お前と違って、オレは節度をわきまえてるんだ」
「なら、どうして殺さなかった? こいつは殺しておくべきだった。そうだろう? 【腐肉の暴食】を生かしておくのはリスクが高すぎる」
と、アジサイは、シャルリスの顔を指差してそう言う。
アジサイが、あまりに無神経なことを言うものだから、シャルリスが泣きそうな表情をしていた。
「お前にはわからねェだろうさ。オレにはシャルリスを守らなくちゃいけない理由があるんだ」
【腐肉の暴食】とはじめて対峙したときに、仕留めそこなった。
その結果。
【腐肉の暴食】はなんの罪もない娘に寄生してしまった。
責任は、ロンにあるのだ。
「わからねェな。一時の感情に流されるなんてハードボイルドじゃねェ。どんな事情であれ冷酷に任務をこなしてこそハードボイルドってもんだ」
「よく言うぜ。そっちこそ、エレノア竜騎士長に変なチョッカイを出すのは止せよ」
「オレさまの愛は誰にも阻むことは出来ないのさ」
と、アジサイはツギハギのトンガリ帽子を目深にかぶりなおしていた。
アジサイの着ているものは、すべてお手製だ。すぐに再生するロンの服もまた、アジサイの作ってくれたものだ。
「そう言って、お前は女を大切にしない。いったい何人フってきた。このスケコマシ野郎が」
お互いに悪態をついても許される。
そういう仲なのだ。
その証拠にアジサイのクチ元には笑みがあった。
「真実の愛は、そう簡単に見つからないのさ。オレさまは真実の愛を探す、流浪の旅人だからな」
「よく言うぜ」
あの――と、シャルリスが困ったように声をあげた。
そう言えば、まだアジサイのことを紹介していなかった。覚者のアジサイだと説明すると、シャルリスは目を見開いていた。
「か、覚者さま――ですか」
「おうよ。裁縫者アジサイとはオレさまのことだ。シャルリス・ネクティリアだったな。ウワサは聞いてるぜ」
「ボクのウワサっスか?」
「【腐肉の暴食】を飼ってるンだろ」
「それは……」
と、返答に窮していた。
「胸もペッタンコみたいだし、悪いがオレさまの嗜好には入らねェな。あと10年成長してから出直してくることだな」
さすがにムッとしたようだ。
「ボクだって、あんたなんか相手にしないっスよ」
「言うじゃねェか。小娘。これは将来が楽しみだ。まぁ、10年後にお互い生きていたら、どうなっているかのお楽しみってわけだ」
「ゼッタイ相手になんかしてやらないっスから」
アジサイはトンガリ帽子を持ち上げて、その白銀の目をあらわにした。シャルリスの顔を覗きこんでいる。
「なるほど。たしかに良い目をしてやがる。自分が主人公だと信じて疑わない目だ」
「はぁ?」
「ヘリコニアはオレさまの親友だ。地上ではともに背中をあずけて戦ってきた。そんなヘリコニアの判断を、オレさまは信じてる。ヘリコニアはお前を殺さずに生かした。その意味を考えることだな」
アジサイはそう言うと、シャルリスの肩をやさしく叩いていた。シャルリスが困惑した顔をしていた。
「おい。アジサイ」
と、ロンが制した。
こいつにしゃべらせていては、いったい何を言い出すかわかったもんじゃない。
「オレさまから言えるのは、これぐらいだ。お前は急ぐんだろ。こんなところでダベってる時間はねェぜ」
「ああ。そうだったな」
「任せておけよ。お前が行って帰ってくるまでのあいだぐらいは、オレさまとミツマタで、この都市を死守して見せるさ」
「生きた人間の匂いに誘われて、大量のゾンビが押し寄せてくるはずだ」
ロンは頭部で1000匹近いゾンビを処理したが、あんなものではないはずだ。すぐにでもまたゾンビたちが押し寄せてくることだろう。
「言われなくてもわかってるさ。オレさまやミツマタが死ぬと思うかい? オレさまたちは皇帝陛下直属の地上相当部隊。覚者さまだぜ」
と、アジサイは背負っている巨大な裁縫針を手にとった。
「そうだな」
ここは、アジサイとミツマタのふたりを信じて任せよう。
シャルリスを連れて、ロンはすぐに都市竜クルスニクを発つことにした。
石造りの通路が伸びている。シャルリスが窓辺によりかかって外を見つめていた。
何を見ているのだろうか。
ロンもシャルリスが見ているほうへと目をやった。
この城は、周囲よりもすこし高い位置にある。都市をヘイゲイすることが出来た。城門棟を封鎖して見捨てた命のことを考えているのかもしれない。
死臭はらんだ風が吹き込んできた。シャルリスの赤い髪をなびかせていた。
「チョット髪が伸びたか?」
ロンが来ていることに気づかなかったようだ。ロンの声に驚いたように、シャルリスは振り返った。
「そうっスか? また切らなくちゃダメっスね」 と、髪に手ぐしを通していた。
「伸ばしてもけっこう可愛いと思うけどな」
シャルリスの頬が赤らんだ。
「伸ばしたらダメっスよ。マジで髪の毛がクルクルしちゃうんで。ボクはエレノア竜騎士長みたいにキレイな髪にはならないっスよ」
「チェイテとアリエルの具合はどうだ?」
「ふたりとも医務室で寝てるっス。だけど、ケガは軽いらしいっスよ。ふたりとももう意識は回復していますし、アリエルのほうもすこし休めば動けるって」
「そうか。良かった」
竜読みの巫女を連れて避難するように指示したのは、ロンだ。まさか巫女が感染しているとは思わなかったのだ。
注意が足りなかった。
下手をすれば全滅していたところだ。
「悪かったな」
「どうしてロン隊長が謝るっスか」
「オレの判断ミスだった」
「でもあのときの判断は、他に方法はなかったと思うっスよ。咄嗟にあの判断ができたのはスゴいと思ったっス」
「シャルリスのおかげだ」
「ボクの――おかげ?」
と、シャルリスは不思議そうな顔で、ロンのことを見あげてきた。
「シャルリスは、巨大種から、チェイテとアリエルの2人を救った。シャルリスがいなけりゃ今頃、あの2人は動く死体だ」
「ボクが救ったわけじゃないっスよ。バトリがやったことっス」
シャルリスはそう言って、みずからの胸に手を当てていた。
【腐肉の暴食】が人助けなんて不思議なこともあるものだ。いったい何が狙いなのか、疑問である。
「それでも、あの場にシャルリスがいたから、助けることが出来たんだろう。他の誰でもねェ。シャルリスだから出来たことだ」
ロンは屈んで、シャルリスと目線を合わせてそう言った。
「それは……」
「使いこなせないか」
「え?」
「その【腐肉の暴食】のチカラ、シャルリス自身のチカラとして、使いこなすことは出来ないのか」
シャルリスはひとりで巨大種を倒している。どういった戦いが行われたのかは、見ていないのでわからない。が、巨大種を倒すというのは、相当なチカラだ。
「わかんないっスけど」
と、シャルリスは思案気に首をヒネった。
「もし、自在に使えるなら強力な武器になるな――と思ってな。それはシャルリスにしか扱えないチカラになる」
「ボクにしか……」
と、シャルリスはみずからの手のひらを見つめていた。
少女の手から、戦士へと化けはじめている。そういう手をしていた。剣や棒をにぎるから、硬くなりはじめているのだ。
「そうだ。【腐肉の暴食】に寄生されているのはシャルリスぐらいだからな。そいつを手懐けけられるのも、シャルリスだけだ」
へぇ、これが例の小娘かい――と、アジサイがクチをはさんだ。
「ッたく、覚者ともあろう者が、こんな小娘にたぶらかされるとはな。ヘリコニアがロリコンだったとは知らなかったぜ」
アジサイは屈みこんで、シャルリスのことを観察していた。
「人聞きの悪いことを言うな。オレはロリコンなんかじゃない」
と、ロンは立ち上がってそう言い返した。
「どうだかな。お前ほどの男が、女と関係がないのも怪しいと思ってたんだ。ロリコンなら納得もいく」
「美人なら手あたり次第に子だねを植え付けようとする、お前と違って、オレは節度をわきまえてるんだ」
「なら、どうして殺さなかった? こいつは殺しておくべきだった。そうだろう? 【腐肉の暴食】を生かしておくのはリスクが高すぎる」
と、アジサイは、シャルリスの顔を指差してそう言う。
アジサイが、あまりに無神経なことを言うものだから、シャルリスが泣きそうな表情をしていた。
「お前にはわからねェだろうさ。オレにはシャルリスを守らなくちゃいけない理由があるんだ」
【腐肉の暴食】とはじめて対峙したときに、仕留めそこなった。
その結果。
【腐肉の暴食】はなんの罪もない娘に寄生してしまった。
責任は、ロンにあるのだ。
「わからねェな。一時の感情に流されるなんてハードボイルドじゃねェ。どんな事情であれ冷酷に任務をこなしてこそハードボイルドってもんだ」
「よく言うぜ。そっちこそ、エレノア竜騎士長に変なチョッカイを出すのは止せよ」
「オレさまの愛は誰にも阻むことは出来ないのさ」
と、アジサイはツギハギのトンガリ帽子を目深にかぶりなおしていた。
アジサイの着ているものは、すべてお手製だ。すぐに再生するロンの服もまた、アジサイの作ってくれたものだ。
「そう言って、お前は女を大切にしない。いったい何人フってきた。このスケコマシ野郎が」
お互いに悪態をついても許される。
そういう仲なのだ。
その証拠にアジサイのクチ元には笑みがあった。
「真実の愛は、そう簡単に見つからないのさ。オレさまは真実の愛を探す、流浪の旅人だからな」
「よく言うぜ」
あの――と、シャルリスが困ったように声をあげた。
そう言えば、まだアジサイのことを紹介していなかった。覚者のアジサイだと説明すると、シャルリスは目を見開いていた。
「か、覚者さま――ですか」
「おうよ。裁縫者アジサイとはオレさまのことだ。シャルリス・ネクティリアだったな。ウワサは聞いてるぜ」
「ボクのウワサっスか?」
「【腐肉の暴食】を飼ってるンだろ」
「それは……」
と、返答に窮していた。
「胸もペッタンコみたいだし、悪いがオレさまの嗜好には入らねェな。あと10年成長してから出直してくることだな」
さすがにムッとしたようだ。
「ボクだって、あんたなんか相手にしないっスよ」
「言うじゃねェか。小娘。これは将来が楽しみだ。まぁ、10年後にお互い生きていたら、どうなっているかのお楽しみってわけだ」
「ゼッタイ相手になんかしてやらないっスから」
アジサイはトンガリ帽子を持ち上げて、その白銀の目をあらわにした。シャルリスの顔を覗きこんでいる。
「なるほど。たしかに良い目をしてやがる。自分が主人公だと信じて疑わない目だ」
「はぁ?」
「ヘリコニアはオレさまの親友だ。地上ではともに背中をあずけて戦ってきた。そんなヘリコニアの判断を、オレさまは信じてる。ヘリコニアはお前を殺さずに生かした。その意味を考えることだな」
アジサイはそう言うと、シャルリスの肩をやさしく叩いていた。シャルリスが困惑した顔をしていた。
「おい。アジサイ」
と、ロンが制した。
こいつにしゃべらせていては、いったい何を言い出すかわかったもんじゃない。
「オレさまから言えるのは、これぐらいだ。お前は急ぐんだろ。こんなところでダベってる時間はねェぜ」
「ああ。そうだったな」
「任せておけよ。お前が行って帰ってくるまでのあいだぐらいは、オレさまとミツマタで、この都市を死守して見せるさ」
「生きた人間の匂いに誘われて、大量のゾンビが押し寄せてくるはずだ」
ロンは頭部で1000匹近いゾンビを処理したが、あんなものではないはずだ。すぐにでもまたゾンビたちが押し寄せてくることだろう。
「言われなくてもわかってるさ。オレさまやミツマタが死ぬと思うかい? オレさまたちは皇帝陛下直属の地上相当部隊。覚者さまだぜ」
と、アジサイは背負っている巨大な裁縫針を手にとった。
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